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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第3章 シャープは指定された時間までの間、今回の任務がいったい何かということに思いをめぐらしていました。 何か、フランス軍の新しい兵器に関する情報を手に入れることだろうか。 英国陸軍大佐コングリーヴのロケット・システムみたいに、聞いたことはあるけれど見たことがある人はあまりいないといったような。 あるいは、お忍びでスペインに来ているらしい、ナポレオンの元妻のジョセフィーナとの政治的接触だろうか。 シャープは例の慇懃な少佐に、優雅な動作で広間に迎え入れられてからも、何となくそんなことを考えていました。 「ああ、シャープ大尉。憲兵隊のことはご存知だったね。こちらがきみも既に会っているアイレス中尉、こちらはウィリアムス大佐だ。よろしいかな?」 ウィリアムス大佐は顔に血管を浮き上がらせ、アイレスの代わりに口を開きました。 「恥ずべきことだ!シャープ、恥を知りたまえ!」 シャープは瞬きもせずにウィリアムスの頭上を眺めていました。 「きみは彼の任務の妨害をし、危険にさらした。領域を超えたことをしたわけだ。恥ずべきだ!」 「そのとおりです。遺憾に思っております!」 「なんだって?」 ウィリアムスは驚いたようにシャープを見、咳払いをしました。 「謝ると?」 「もちろんです。徹頭徹尾、謝罪させていただきます。私のとった行動は実に遺憾なものであります。アイレス中尉もご同様に感じておられると思います」 アイレスはいきなり微笑し、シャープにうなずきかけました。 「まったくです。そのとおりです」 「君自身が何を遺憾に思うというのだ、アイレス?これで満足だというのか?」 憲兵隊長はため息をつきました。 「それではこれで会見は終わりのようだ。大尉、きみの謝罪に対して礼を言う。では」 彼らは立ち去り、シャープは部屋に残ってウィリアムス大佐がアイレス中尉になにやら小言を言っているのを聞いていました。 やがてドアが開き、シャープの苦笑いは文句なしの微笑に変わりました。 マイケル・ホーガンがドアを締め、シャープに向かって微笑みかけました。 「期待以上の謝り方だったよ。元気かね?」 戦況は厳しいものでしたが、ホーガンはうまくやっているようでした。 彼はポルトガル語とスペイン語が堪能であることと、常識的感覚を持ち合わせているという特技でもって、ウェリントンの参謀本部に移動になっていました。 「で、あなたはここで何を?」 ホーガンは 「いろいろね」 と答えてシャープを見、そして大爆発のようなくしゃみをしました。 「キリスト様に聖パトリック!アイルランドの守護者たちよ!」 シャープはびっくりし、混乱した表情でホーガンを見つめました。 「アイルランドの聖者だけが、鼻づまりを治してくれるんだ」 「無駄でしょう」 「なかなか効かないんだ。・・・神様!」 ホーガンは再び力いっぱいくしゃみをし、涙を拭いました。 「で、ここでは?」 「たいしたことはやっていないよ、リチャード。探し物をしたり、地図を描いたり。そんなものさ。“インテリジェンス”というヤツだ。他の連中からはヘンなふうに聞こえるらしいが。リスボンから着いたばかりなんだ」 リスボン。 ジョセフィーナがいる。 ホーガンもそのことを思い出したらしく、 「ああ、彼女は元気だよ」 といいました。 ジョセフィーナはシャープがわずかの間愛し、彼女のために人を殺し、そして彼女は他の男と去って行ったのでした。 ジョセフィーナとクロード・ハーディー大尉の名前を、嫉妬と一緒にシャープは拭い去ろうとしていました。 「で、俺が今度将軍に持ってこなければならない物って、何なんです?」 ホーガンは何事かつぶやきました。 「俺にはスペイン語がわからないって、知っているでしょう」 「ラテン語だよ、リチャード。きみの無教養は悲惨なほどだな。キケロがこういっている。軍資金は際限がない」 「金ですか」 「黄金だ。バケツいっぱいの金だ。我々の欲しい物だ。欲しいというより、必要なんだ。我々は使い果たしてしまった。1年に8500万ポンドだ。もうないんだ」 「ない?」 ホーガンは肩をすくめました。 「ロンドンの、イギリス人どもの政府は清算を命令してきたのさ。ポルトガルに払い、スペイン軍を組織し、で、また金が必要なんだ。数日以内に必要だ。ロンドンから引き出そうとしたが、数ヶ月かかる。今必要なんだ」 「手に入らなかったら?」 「リチャード、もし手に入らなかったら、フランス軍はリスボンに至り、世界中の金を集めようが、我々にはどうでもいいということになる。だから、きみが行って金を取ってこなくちゃならん」 「俺が行って、金を取ってくる。どうやって?盗む?」 シャープはにやりと笑いました。 「借りる、かな?」 ホーガンの口調は、どこまでも真面目でした。彼がため息をつき、背をそらすのをシャープは黙って見ていました。 「問題は、その金が公式にはスペイン政府に属するものだということなんだ。どこに政府があると思う?マドリードにフランス軍と一緒に?それともカディスに?」 「で、金はパリに?」 ホーガンは疲れたように笑いました。 「そんなに遠くはない。2日行程のところだ。今夜出発したまえ。アルメイダに向かう。第16連隊が守備するコア川を渡れ。連絡は行っている。アルメイダではカーシー少佐に会い、彼の指揮下に入れ。1週間以上の猶予はない。これがきみのお墨付きだ」 ホーガンは途中からフォーマルな声音になり、一枚の紙をテーブルの上に広げ、シャープに押しやりました。 シャープ大尉は本官の直接の指揮下にあり、全ての同盟軍の将官はシャープ大尉の要望に従うことを要求される。 署名はただ ウェリントン とあるだけでした。 「金のことは?」 「おおっぴらに言わないほうがいい」 「いくらあるんです?」 「カーシーが伝える。運べる量だ」 「全く!何も教えてくれないんですね」 ホーガンは笑いました。 「あまりね。もう少し話そうか」 ホーガンは指を組んで両手を頭にあて、そっくり返りました。 「リチャード、戦況は悪化している。兵士が、大砲が、馬が、火薬が必要だ。敵は兵力を増強している。この状況を打開できるのは、金だけだ。いろいろ言えないことがある。今まで聞いたこともないほどの、大きな機密事項もある。いずれわかる。それは約束する。皆が知ることになる。だが、今は、とにかく金を持ってきてくれ」 そして彼らは深夜、手を振るホーガンを背に出発し、コア川が流れる谷をアルメイダに向けて出発したのでした。 警戒に立っていた歩哨によれば、そのあたりにはフランス軍の斥候は来ていないということでした。 しかし軽歩兵隊の兵士たちは、敵軍のことなど心配していませんでした。 もしリチャード・シャープが望むなら、敵軍の只中を突破して、パリにだって突き進む。 そういう盲目的な信頼がありました。 ただ、今回のシャープの口調はどこかおかしく、誰も何も言いませんでしたが、大尉が何かを心配していることは伝わってきていました。 ハーパーはシャープの傍らをコア川に向かって進みました。雨が川面を叩いていました。 「何かあったんですか?」 「何も」 シャープはホーガンとの会話を思い出していたのでした。 「どうして我々なんです?騎兵隊じゃないんですか?」 「騎兵隊はしくじったのだ。カーシーがいうには、あの地方には馬は向かないそうだ」 「フランス軍は騎兵隊なわけですよね?」 「きみらなら大丈夫だろうとカーシーは言っていた。とにかく、もっと早く金を取ってくるべきだった。リスクが大きくなっているんだ」 しばらく沈黙が漂い、蛾が飛んできて、机の上に止まりました。シャープはそれを叩き潰しました。 「我々が成功しないと思っていますね」 ホーガンは死んだ蛾から視線を上げました。 「ああ」 「では敗戦ですか」 ホーガンはうなずき、シャープは蛾を床に払い落としました。 「将軍はほかにも手立てがあるとおっしゃっていました。確信がおありのようでしたが」 「あの人に、ほかにどう言える?」 シャープは詰め寄りました。 「では4個師団送り込めばいいじゃないですか。全軍を!絶対に金を奪えるように」 「距離がありすぎる。道もないところをアルメイダまで進まなければならない。我々が何に興味を示しているのかがわかれば、フランス軍もほうっておかないだろう。戦いになる。圧倒的に数で負ける。きみらを送り込むしかないんだ」 そんなわけでシャープは今、失敗を予想しながら斜面を登り続けているのでした。 彼はカーシーの能力に期待するしかありませんでしたが、ホーガンはちょっと違う意見を持っているようでした。 「彼は優秀だ。優秀な将校の一人だ。しかしこの仕事に向いているとは言えんのだ」 カーシーは情報将校で、敵の防衛線の背後まで探索に出かけ、情報を送ってくる役目を負っていました。 カーシーが黄金を発見し、ウェリントンに報告し、彼だけがその正確な位置を知っており、適任であろうがなかろうが、彼がキーマンであることは確かなのでした。 コアの東岸の平地に出ると、東の空が明るくなってきて、アルメイダのシルエットが浮かび上がりました。 大聖堂と城砦が並び、それを中心に丘に町が形成されていました。 堅固な要塞で、攻めるとしたら周囲の平原に身をさらすしかなく、城砦は星型の砦をなして死角もありませんでした。 近づくにつれ、古い城壁とはべつに、最近築かれた防塁が姿を表し、実はそちらのほうが堅固な守りになっていることがわかりました。 緩やかな傾斜でしたが昇りきるまでが長く、息が切れ、シャープは自分がこのような要塞を攻める側ではないことをありがたく思いました。 要塞は戦いの準備を終えていました。 大砲から食糧にいたるまで、補給は万全でした。 コックス旅団長は丘の頂上の司令部の外で、兵士たちが火薬の樽を運ぶのを眺めていました。彼はシャープに敬礼を返しました。 「シャープ、会えて光栄だ。タラベラでのことは聞いている」 「ありがとうございます。準備万端のようですね」 コックスは嬉しそうにうなずきました。そして大聖堂に顔を向け、 「あれが倉庫なんだ」 といい、シャープは驚きました。コックスは笑い出しました。 「ポルトガルで最高の守備を誇る倉庫だ。ウィンザー城のように堅固な塔だよ。文句は言うまい。大砲も物資も十分ある。数ヶ月はカエルども相手に持ちこたえる」 「ところでカーシー少佐に報告に行かなければならないんですが」 「ああ、情報将校のね。神様のいちばん近くにいるよ」 シャープは戸惑いました。 「城のてっぺんだ。テレグラフのそばにいるから間違えずに済む。きみの部下たちには城で朝食を出そう」 「ありがとうございます」 シャープは塔の頂上を目指し、朝日の最初に光が差し込む「神様の近く」にテレグラフの機械があり、その傍らに聖書を手にして跪いている小男の姿を見つけました。シャープは咳払いをしました。 「サウス・エセックスのシャープです」 カーシーはうなずき、目を閉じて唇をすばやく動かしていました。やがて空を見上げて微笑み、それから厳しい表情でシャープに視線を移しました。 「カーシーだ」 彼は立ち上がりました。シャープよりも1フィートほど背が低く、それを熱意と正直さで補おうとしている人物のように見えました。 「シャープ、君に会えて嬉しい。タラベラの事は聞いている。よくやった」 「ありがとうございます」 カーシーはまるで2,3ダースのイーグルを奪ってきた男に対するかのような、大げさな敬意をこめようとしていました。彼は聖書を閉じました。 「きみはお祈りはするかね?」 「いえ」 「クリスチャンか?」 妙な会話でしたが、ときどきこういうことに使命感を燃やしている将校がいることをシャープは知っていました。 「そうだと思います」 「思うなんていうんじゃない!子羊の血であがなわれたかどうかということだ!後でそのことをゆっくり話し合おう」 「楽しみにしております」 カーシーはちらりとシャープを見ましたが、信用することにしたようでした。 「よく来た。何をするかわかっているな?カーサテハーダまで1日行程だ。黄金を取ってきて、英軍の戦列に運ぶ。わかったな?」 「質問が」 カーシーは既に階段に向かって歩き始めていましたが、シャープの言葉に立ち止まり、彼を見上げました。 長い黒いコートに身を包んだ彼は、コウモリのように見えました。 「何がわからないというのだ?」 「どこに黄金があるのか、誰のものなのか、どのようにそれを持ち出すのか、どこに運ぶのか、敵はそれを知っているのか、なぜ騎兵隊でなく我々なのか、そして、何にそれを使うのか」 「使い道だと?お前には関係ない。それはスペインの黄金だ。彼らが好きなように使う。使いたければ教会の聖像のためにでも使うだろうが、まさかそんなことはしないだろう」 彼はいきなり吼え始め、シャープはしばらくパニックに陥ったのち、カーシーが笑っているのだということを理解しました。 「大砲を買うだろう。フランス軍と闘うために」 「私は英軍のための黄金なのかと思っていました」 カーシーはまた犬の咳のような声を上げました。 「すまんな、シャープ。我々の?変わったことを言う。スペイン人のものだ。我々は無事にそれをリスボンに運び、そしてカディスまで軍艦で届けるだけだ。我々のものだと?」 カーシーが吼えている間、シャープはそのことについて今は議論する時でも、場でもないと思い定めました。 「で、今それはどこに?」 「カーサテハーダだといっただろう。スペインの黄金だ。スペイン政府からサラマンカの軍のために送られてきた。軍はもうなくなり、多額の金が敵のうようよいるところに残されたのだ。ありがたいことにいい人物が黄金を保管し、それを私に話してくれた。我々はその黄金をカディスに運ばなければならない」 「いい人物?」 「セザール・モレーノだ。ゲリラを率いている。サラマンカから黄金を運んできた男だ」 「いくらあるんです?」 「金貨で1万6千枚だ」 金額の多寡ではなく、その重さがシャープにとっては問題でした。 「なぜモレーノが国境まで運ばないんですか?」 カーシーは居心地の悪そうな表情をし、そしてきつい目つきでシャープを見ました。 「問題がある。モレーノの一党は少数で、他の党派に合流した。そしてその首領は我々と手を組むのを好まんのだ。モレーノの娘の婚約者で、人望もある。彼は我々が黄金を盗むと考えておるのだ!信じられるか?」 シャープには十分信じられました。ウェリントンには、もっと信じられるのではないかとシャープは思っていました。 「2週間前に失敗したのがまずかった。私の部下の騎兵を50人送り、つかまってしまったのだ。スペイン人たちに顔向けができなくなった。連中は我々が負けると思っているし、黄金を奪おうとしていると思っている。エル・カトリコは黄金を移動しようとしていて、私はもう一度チャンスをくれるように頼んでいるんだ」 「エル・カトリコ?」 「モレーノの娘の婚約者だ。カトリックという意味だ。敵を殺す前に、ラテン語の祈りを唱える。もちろん彼のジョークなのさ」 カーシー少佐は憂鬱そうでした。 「彼は危険な男なのだ、シャープ。退役将校で、闘い方を知っている。そして我々に巻き込まれたくないと思っている」 シャープは大きく息を吸い込み、北の岩の多い風景を見つめました。 「それでは、黄金は1日行程の場所にあり、モレーノとエル・カトリコに守られていて、我々の任務はそれを持ってきて、国境まで安全に運ぶということですね」 「そのとおり」 「モレーノ自身でここに持ってこないのはなぜですか?」 「彼は自分の兵士とパルチザンたちに目を光らせておかねばならんのだ」 カーシーは立ち上がり、コートを脱ぎました。そのユニフォームはプリンス・オブ・ウェールズ竜騎兵隊のものでした。 ジョセフィーナの愛人の、クロード・ハーディー大尉と同じでした。 「モレーノは我々を信用している。エル・カトリコだけが問題だ。まあ、彼はハーディーと懇意だからな。うまくいくだろう」 「ハーディー?」 シャープは思いがけずその名前が出てきたことに驚きました。 「クロード・ハーディー大尉だ。知っているのか?」 「いいえ」 嘘ではありませんでした。シャープはハーディー大尉がジョセフィーナと立ち去っていくのを眺めていただけでした。 「ほかに何かあるかね?」 「ありません」 「よろしい。今夜9時に出発する。一つ言っておく。私はここを知り抜いている。きみはよそ者だ。私に従ってもらう。フランス軍に攻め込まれない限り、日没の祈祷を行う。9時に、北の城門だぞ」 シャープの敬礼に答えると、カーシーは階段を駆け下りていきました。 シャープは胸壁に寄り、眼下を見下ろしました。 ジョセフィーナ。ハーディー。 彼はジョセフィーナがくれたイーグルをかたどった指輪を回しました。 彼は彼女を忘れようとしてきて、彼女は彼に値しないと思おうとしてきたのでした。 そして黄金と、エル・カトリコと、セザール・モレーノのことだけを考えようとしていたのに、その仕事を一緒にやるのがジョセフィーナの男だと? 「あのあばずれ!」 とシャープはつぶやき、テレグラフの当番のためにやってきた海尉候補生を驚かせました。 「なんですか?」 「欲張りには金を、嫉妬には女を、フランス人には死を。違うか?」 「そのとおりです」 その背の高い男が階段を下りていくのを見ながら、少年は前に陸軍に志願しようとした時、父親が 「陸軍なんてキチガイばっかりだ」 と言っていたことを思い出しました。 親父はいつも正しいな。と、彼は思いました。 ひとこと。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-09 18:48
| Sharpe's Gold
ちょっとバタバタして更新が遅れています。(いつものことですが。)
薬の副作用は新しい薬で抑え込むことができ、吐き気はおさまってきました。 水曜日には必ず 「Sharpe's Gold 第3章」 を更新いたします。 埋め草です。 ![]() #
by richard_sharpe
| 2006-08-07 18:12
| 欄外のお知らせ
Sharpe’s Challenge
の時に、妙に充実したサイトができていましたが、あらためて何となくそこに行ってみてびっくり。 シャープのドラマ全体のオフィシャルサイトになっていました。 Trailer、各作品のものが出ていますし、ギャラリーも充実。 是非ご覧になってみてくださいませ。 ここ。 ![]() 訳の続きは、明日までお待ちくださいませ。 明日病院に行ったら、何か薬をもらえるはず。。。 (薬の副作用で吐き気がひどくてちょっと困っています。) #
by richard_sharpe
| 2006-08-03 09:44
| 欄外のお知らせ
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第2章 差し迫った敗北の象徴があるとしたら、それはサウス・エセックス司令部が置かれているセロリコのサン・パオロ教会でした。 シャープは聖歌隊の席に立ち、僧侶が十字架像の衝立を白く塗っているのを眺めていました。 それは豪華なもので、古い、由緒あるものと思われました。 僧はシャープとついたてを交互に見やり、肩をすくめました。 「前にきれいにした時には、3ヶ月かかったんですよ」 「前?」 「フランス軍がここから出て行ったときです。もしこれが銀製だと知っていたら、バラバラにして持って行ったでしょう」 「そんなに遠くには持っていかないだろう」 それは気休めにもならず、僧侶は乾いた笑い声を上げました。 二人とも、フランス軍がまたやってきていること、英軍が撤退するだろうことを知っていました。 シャープは僧侶に対し、自分が個人的に裏切ろうとしているかのような後ろめたさを感じました。 ドアが音をたてて開き、午後の日射しが差し込んで、盛装したロウフォードが入ってきました。 「準備はいいか」 「はい」 「心配するな、リチャード」 と、フォレスト少佐がドアの向こうからシャープに微笑みかけました。 「十分に心配してほしいものだ」 陸軍中佐ウィリアム・ロウフォード卿は腹を立てていました。彼はシャープをじろじろと見回しました。 「準備できているのか?新しい軍服はどうした。浮浪者みたいじゃないか」 「リスボンです。軽歩兵隊の装備は軽いに限りますから」 「そして憲兵をライフルで脅すべきでもない。行くぞ。遅れるわけにはいかんのだ」 ロウフォードは三角帽をかぶりなおし、シャープは片手を挙げました。 「ちょっと待ってください」 彼は、中佐の白い帯に留めた金のバッジの埃を払いました。 それはタラベラ作戦後にロウフォードがイーグルをかたどって作らせたもので、サウス・エセックスだけがフランス軍の象徴を奪ったことを記念するものでした。 シャープは満足げに一歩下がりました。 「これでいいです」 ロウフォードはその謎かけを察し、笑いました。 「シャープ、お前ってヤツは。イーグルを奪ってきたからって、好きなことができるわけじゃないぞ。行こう」 シャープにしてみれば不思議なことに、ロウフォードが彼の嫌う上流階級の金持ちであるにもかかわらず、シャープはロウフォードが好きで、彼の部下でいることに満足していました。 彼らは同い年で、ロウフォードは昇進のための費用に困ったことなどありませんでした。 7年前にインドのマーラッタで戦ったとき、ロウフォードは中尉でリチャード・シャープは軍曹でした。 この軍曹は上官をサルタン・ティプーの塔で生き延びさせ、ロウフォードは彼に読み書きを教えたのでした。 人ごみを掻き分けるようにして、シャープはウェリントン公の司令部に向かうロウフォードについていきました。そして中佐の高価なユニフォームを見ながら、7年後はどうなっているのだろう、と思うのでした。 ロウフォードは野心的でしたし、シャープは彼が将軍になることを確信していました。そしてロウフォードはシャープのようなタイプの男を、今後とも必要とするだろう。 シャープはロウフォードの目であり耳であり、プロの兵士であり、ゴロツキのような兵士たちの表情を読み、彼らを優秀な歩兵部隊に仕上げることのできる男でした。 そしてそれ以上に、シャープは地の利を読み、敵を読むことができ、ロウフォードはこの軍曹上がりの将校を頼りにして、これまで闘ってきたのでした。 シャープのイーグルもまた役立ってきました。 それはバルデラカーサで軍旗を失ったことの恥辱を晴らし、サウス・エセックスの兵士たちの自信を回復しました。バッジは兵士たち全員の帽子につけられ、タラベラでの栄光を全員で分かち合っているのでした。 ロウフォードは人ごみの中から抜け出ると、シャープに念を押しました。 「軍事法廷沙汰にだけはさせられない。リチャード、断じてそれはダメだ。たぶん謝罪をしなければならないことになる。それでやり過ごすんだ」 「謝る気はありませんよ」 ロウフォードは足を止めて振り返り、指をシャープの胸に突き立てました。 「リチャード・シャープ。謝れと命令されたら、とびきりの謝り方をするんだ。はいつくばって、のたうち回って、ぺこぺこして、おべっかを使うんだ。わかったか?」 シャープはカチッと音をたてて踵を合わせました。 「サー!」 ロウフォードは、怒りを爆発させました。滅多にないことでした。 「全く、本当にわかっているのか、リチャード!これは軍事法廷行きの犯罪なんだぞ!アイレスは憲兵隊長にわめき立て、憲兵隊長は将軍に向かってわめきたてたんだ。で、ミスター・シャープ、将軍はこの点に関しては向こうに同情的だ」 人だかりができ、ロウフォードの怒りはそがれたようでしたが、指はまだシャープに向けられたままでした。 「将軍は憲兵隊をさらに導入しようとしている。その仕事の手始めがリチャード・シャープ大尉だということを、将軍はお喜びにならないだろう」 「わかりました」 「それからシャープ大尉、将軍がきみの行動に好意的だとは考えないことだ。あの方は今まで十分きみの身を守ってきた。これ以上ということはあるまい。わかるな?」 シャープはロウフォードが正しいことはわかっていました。 将軍はサウス・エセックスに出動を命じましたが、目的はまだ知らされておらず、シャープはそれがこれまでの退屈を忘れることができるような任務であることを望んでいました。 しかしアイレスの登場で状況が変わり、シャープは軍事法廷送りかも知れず、あるいは国境付近でのパトロールに配置換えされるかもしれないのでした。 ウェリントン司令部の建物の屋根の上には、妙なものが設置されていました。 シャープにとって、テレグラフ(電信)という新しい装置を見るのは、これが初めてでした。彼はそれが作動しているところをぜひ見てみたいものだと思いました。メッセージがコア川の警備隊からアルメイダの要塞を経て伝えられるというのです。 これは海軍のシステムを導入したものだということで、20マイルの距離を10分で到達できるのです。 シャープは、この長いナポレオン戦争が続く間に、必要に応じてこれからどんな新しい仕掛けが発明されることだろう、と思うのでした。 さて、ひんやりとした廊下に踏み込むと、シャープはテレグラフのことを忘れました。 彼はこれから始まる尋問をやはり怖れていました。 シャープのキャリアは不思議にもウェリントンのそれとリンクし、いくつかの戦場を共にしてきました。 そしてシャープは常に背嚢の中に、将軍から贈られた望遠鏡をしまいこんでいました。 小さな銘板がはめ込んであり、そこには 「感謝をこめて AW 1803年9月23日」 と刻まれていました。 サー・アーサー・ウェルズレイはシャープ軍曹に命を救われたと信じていましたが、シャープは実際のところ、将軍の馬が倒れ、インド兵の銃剣が迫ってきたことくらいしか憶えていませんでした。 アッセイエの戦場での彼は、上官たちが次々と死んでいくのを見、生き残りをかき集め、敵を叩きのめした、それだけでした。 その戦いの後で彼は将校に取り立てられ、取り立ててくれたその本人が今、シャープの運命を決めようとしているのでした。 若い少佐の案内で招じ入れられ、シャープはほぼ1年ぶりにウェリントンを見ることになりました。 シャープはそこに憲兵の姿がないのを知ってほっとしましたが、将軍の怒りを感じ取ることができました。 「きみはアイレス中尉をライフルで脅したのかね、シャープ大尉」 大尉 という言葉が強調されていました。 「はい」 ウェリントンはうなずき、その表情は疲れて見えました。 彼は立ち上がって窓に歩み寄り、部屋の中は静まり返って通りからの音だけが聞こえていました。 ウェリントンは振り返りました。 「わが軍の兵士たちが略奪や強姦を行った場合の軍への損害を理解しているかね、シャープ大尉」 「理解しております」 「そうであってほしいものだ」 彼は再び腰を下ろしました。 「敵軍は食糧調達のために略奪を奨励している。結果として、彼らはいく先々で憎まれる。私はそれを避けるために金を使っている。まったく、いくらかかることか!だから地元の人々はわれわれを歓迎し、助けてくれるのだ。わかるか?」 「はい」 シャープはこのお説教が早く終わってくれればいいな、と思っていました。 突然頭上で変わった音が聞こえてきました。ウェリントンは天井を見上げ、シャープにもそれがテレグラフの音であることが察せられました。 「官報で公表したきみの昇進は、まだ裁可を得ていない」 と、ウェリントンは再びシャープに視線を向けました。 シャープは、公式にはまだ中尉で、大尉としての階級は1年前にウェリントンによって交付されましたが、まだ正式な認可を得ておらず、彼の地位は全く流動的なものなのでした。 「その兵士は処罰されたか?」 「はい」 「それでは、二度と同じことが起こさないようにしてくれたまえ、シャープ大尉。たとえ野生のニワトリであっても、二度と」 やっぱり、将軍は軍隊で起きるすべてのことをお見通しなんだ、と、シャープは驚きました。 しばらく誰も口を利かず、これで終わりなのか、軍事法廷には送られずに済むのか、とシャープは不安になりました。謝らなくてもいいのか?彼は咳払いをしました。 「なんだね?」 「ほかに何か、軍事法廷とか、配置換えとか、そういうことは?」 ロウフォードは心配そうにシャープを見ましたが、将軍はかすかに笑いました。 「シャープ大尉、きみとあの軍曹を縛り上げたいものだ。しかしきみにはやってもらうことがある。この情勢をどう思う?」 沈黙が漂い、やがてロウフォードが 「敵の意図とわれわれの反撃について、憂慮すべき点がありますが」 と遠慮がちにいいました。 「敵はわれわれを海に追い落とすだろう。反撃?3万の軍勢と2万5千のポルトガルの初心者どもで、35万の兵士を迎え撃つのか?」 頭上のテレグラフはまだ音をたてていました。 将軍が挙げた数字には、ゲリラやパルティザンは含まれていませんでした。しかしそれを入れても、絶望的な数字に変わりはありませんでした。 ドアがノックされました。 先ほどの少佐が入ってきて、将軍に紙を手渡しました。それに目を通しながら、彼はため息をつきました。 「残りはまだ受信中なんだな?」 「はい。しかし要旨はここに」 少佐が去ると将軍は椅子に寄りかかりました。 あまりいいニュースではないようでした。 かつてウェリントンが、作戦を指揮することは手綱でつながれた馬のチームを走らせるようなものだといっていたことを思い出しました。ロープは弾けようとし続け、将軍にできることはそれを結び合わせて走り続けることしかないのだと。 1本のロープは今まさに解けかかっており、シャープは将軍の指がテーブルを小刻みに叩くのを見つめていました。 将軍は目を上げてシャープを見、そしてロウフォードに視線を移しました。 「中佐、シャープ大尉を借りる。中隊もいっしょに。1ケ月以上借りることになると思う」 「わかりました」 ウェリントンはやや安心した様子で立ち上がりました。 「戦争はまだ終わっていない。諸君、たとえ誰がなんと言おうとも」 口調は苦々しげでした。 「フランス軍を戦闘に引き出し、われわれがそれに勝つことができれば、進撃を食い止めることができるだけかもしれないが、われわれの生存は他のことにかかっている。シャープ大尉、きみがそれをもたらさなければならない。もたらさなければならないんだ。わかるか?」 シャープは、将軍がこれほどにしつこく強調するのを聞いたことがありませんでした。 「わかりました」 「もし失敗したら?」 と、ロウフォードが尋ねました。将軍はかすかな微笑を浮かべました。 「失敗しないほうがいい。ミスター・シャープ。私のカードはきみだけじゃない。しかしきみは・・・重要だ。諸君、予期せぬことが数多く起こることだろう。シャープ大尉、きみは私の指揮下に入った。今夜の出発に備えて準備したまえ。女たちも、必要ない装備も置いていけ。そして完全武装だ」 「わかりました」 「きみは1時間以内にここに戻れ。任務は2つだ。1つ目は、命令を受理することだ。私からではなく、きみも旧知の人物だ。ホーガン少佐だ」 シャープは、顔がほころぶのを押さえられませんでした。技術将校の物静かなアイルランド人は、シャープの友人でした。しかしウェリントンはそのシャープの喜びに釘を刺しました。 「しかしその前に、ミスター・シャープ、アイレス中尉に謝罪してきたまえ」 将軍はシャープの反応を注視していました。 「もちろんです。もちろん最初からそのつもりでした」 シャープは空々しく驚いたように目を見張ってみせました。しかし将軍の目の奥に、面白がっているような色がちらりと光ったような気がしました。 ウェリントンはロウフォードに目を向けました。 「いいかな、中佐」 「ありがとうございます、将軍」 ロウフォードは長く将軍の参謀として傍らにあり、その気質を知りぬいていました。 「夕食に同席したまえ。いつもの時間だ。フォレスト少佐も。シャープ大尉は忙しそうだな。それでは諸君、これで」 司令部の外では喇叭が聞こえ、夕日があたりを赤く染め上げていました。 将軍は好物のマトンの夕食の前に事務処理を終わらせようとし、しかし一瞬手を止めました。 ホーガンのいうとおりだ、と、彼は思いました。 作戦に奇跡が必要だとしたら、今会ったばかりのロクデナシこそが適任だ。ロクデナシだが、それ以上だ。戦士で、失敗なんて他人事だと思っている男だ。 しかし全くロクデナシだな。 と、ウェリントンは思いました。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-02 11:15
| Sharpe's Gold
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第1章 敗北でした。 まだ戦争は終わってはいませんでしたが、将軍たちから娼婦にいたるまで、それは周知の事実でした。 英軍は罠にかかり、縛り上げられ、料理の仕上げにナポレオンの登場を待つばかりでした。 スペインは陥落し、カディス港の要塞とゲリラたちを残すのみでした。 敗北でした。 第95ライフル隊からサウス・エセックス軽歩兵隊の指揮を取るようになったリチャード・シャープ大尉は、戦争に負けたとは思っていませんでした。 しかし不機嫌で、イライラしていました。 雨は降り続き、足元はぬかるみ、ライフル隊のユニフォームはじっとりと濡れて重くなっていました。 彼は黙って、兵士たちの、とりわけロバート・ノウルズ中尉とパトリック・ハーパー軍曹のおしゃべりを聞きながら、むっつりと歩いていました。 二人は彼をほうっておいたほうがいいことをわきまえていました。中尉はそれでもシャープの不機嫌について何か言おうとしましたが、大柄なアイルランド人の軍曹は首を振りました。 「大尉を励ますチャンスなんかありませんよ。惨めになるのが好きで、だから惨めになりきっているんです。そのうちあいつは自力で這い上がってきますって」 ノウルズは、一介の軍曹が大尉のことを 「あいつ」 呼ばわりするのはどうかと思いましたが、軍曹に悪気は無いことはわかっていましたし、それに彼は二人の友情がうらやましくもありました。 この数ヶ月でノウルズにも彼らの友情がどんなものかわかってきていました。 彼らはオフのときを一緒に過ごすようなことはありませんでしたが、それでもやはりそれは友情でした。二人とも戦闘に関しては才能を持ち合わせており、二人が制服を脱いだ姿をノウルズは想像できないほどでした。 二人は戦争のために生まれたかのようで、普通は生き延びるために必死になる戦場で、シャープとハーパーは存在そのものが驚異的でした。戦場に生まれついているといってもいいほどで、ノウルズはそのこともうらやましく思っていました。 雨の中、ハーパーは機嫌よく兵士たちに声をかけ、北の戦場に向かっていくことをむしろ嬉しく思っていました。 パトリック・ハーパーも他の兵士たち同様、フランス軍とその新しい司令官についての噂を聞いてはいました。しかし、かといって彼はそれで夜の眠りが浅くなるということもありませんでした。 噂では、補充兵としてポーツマスから3月に派遣された兵士たちは嵐に遭い、ビスケー湾の北岸に死体として打ち上げられたということでした。そのため、連隊は正規の半数で闘うことになるのでした。 ハーパーはそのことも気にしていませんでした。 タラベラでは2分の1だった。今夜は集合場所のセロリコの町に着けば、女もいるし酒もあるだろう。 ドニガール出身の男には、もっとひどい運命だってあったかもしれないし。 ハーパーは口笛を吹き始めました。 それはシャープを苛立たせました。 英軍が打破されたということを彼は信じていませんでした。信じてはいませんでしたが、シャープを落ち込ませる原因にはなっていました。 タラベラ以降、連隊はパトロールと訓練にばかり時間を費やしていました。 将校たちはフランス騎兵の胸当てを洗面器代わりにし、シャープ自身までが、お湯を使って毎日ひげをそるという贅沢に慣れてしまっていたのでした。 平和時の旅行のような行軍でした。しかしようやく、時ならぬ雨の多い夏の今、フランス軍の攻撃が予想される北部へと向かっているのでした。 道は谷間の小さな村に入りました。 騎兵隊の姿があり、シャープはさらに苛立ちを感じましたが、彼らのユニフォームを見て気を変えました。 ブルーの、キングス・ジャーマン・レジオンでした。 シャープは彼らを尊敬していました。彼らはプロフェッショナルでした。シャープもまた、プロフェッショナルでした。戦場で経験を積み、幾多の闘いを生き抜いてきた彼やハーパーのような男たちは、戦時にだけ必要とされる男たちで、それはジャーマン・レジオンの兵士たちも同様でした。 騎兵たちの不審げな視線の中、シャープたちは行軍を止めました。シャープの赤い帯に目を留めた将校が、シャープに呼びかけました。 「きみが隊長か?」 「サウス・エセックス、シャープ大尉だ」 「シャープ大尉!タラベラの!」 将校は満面に笑みを広げ、シャープの手を握り、背を叩きました。そして部下たちのほうを振り向くと、彼らに向かって何か叫びました。 騎兵たちはみなシャープに向かってうなずきかけました。 シャープがタラベラでフランス軍のイーグルを奪ったことを、皆聞いていたのでした。 シャープはハーパーと兵士たちのほうを顎でしゃくりました。 「ハーパー軍曹と歩兵隊のことも忘れないでくれ。みんなでやったんだ」 「たいしたもんだな!私はロッソウ大尉だ。セロリコに向かうのか?」 シャープはうなずきました。 「あんたたちは?」 「われわれはコアに向かう。偵察中だ。敵が近づいている。戦闘になるぞ」 彼は嬉しそうで、シャープは騎兵がうらやましくなりました。ロッソウは声高に笑いました。 「こんどはわれわれがイーグルを取ってくる。どうだ?」 シャープはフランス軍を打ち破るとしたら、彼らを置いてほかにないと思いました。英軍の騎兵も勇敢でしたが、偵察や歩哨の仕事に倦み、ただ戦闘を夢見ているだけでした。 他の歩兵たち同様、シャープもまた英国騎兵隊よりも、仕事をわきまえているジャーマン・レジオンのほうが好きでした。 ロッソウはさらに付け加えました。 「もうひとつ、あの忌々しい憲兵たちが村にいる」 シャープは大尉に感謝し、そして兵士たちを振り返りました。 「ロッソウ大尉の言葉を聞いたか!憲兵がいるぞ。手癖の悪いやつはよく気をつけることだ!わかったか」 誰も略奪の罪で絞首刑になりたくなどありませんでした。 シャープは隊を解散し、10分間の休憩に入りました。 騎兵たちは雨の中を出立し、シャープは貧しく、見捨てられた村の中央の教会に向かいました。住民たちはポルトガル政府の命令で南や西の方角に立ち退き、食糧は持ち去られ、井戸は羊の死体で汚染されていました。 パトリック・ハーパーはロッソウと出会ったことでシャープの機嫌が直ってきたことを知り、彼の傍らにやってきました。 「盗むようなものはありませんよ」 「奴らは何か見つけるんだ」 3人の憲兵たちが教会の横にいました。彼らは待ち伏せする山賊のように、獲物を待ち構えていました。 「おはよう」 と、シャープは気安げに彼らに話しかけました。 将校が胡散臭げにうなずき返しました。 「このあたりにライフル隊はいないと思っていたが」 もしこの憲兵が彼らを脱走兵だと思っているとしたら、お門違いでした。脱走兵はユニフォームを着てなどいないものでしたし、シャープもハーパーも、他のライフル隊員同様、グリーンジャケットを着ていました。憲兵将校は二人を馬上から見下ろしました。 「命令を受けているのか?」 「将軍のご要請です」 と、ハーパーが人懐こい調子で答えました。憲兵はわずかに苦笑を浮かべました。 「ウェリントン公ご自身の?」 「そのとおりだ」 シャープは声に警告を含ませましたが、憲兵は気づかないようでした。シャープのいでたちは特殊でした。色あせて傷んだグリーンジャケット、フランス騎兵のオーバーオールにナポレオン近衛隊のブーツ。他の兵士たちと同様、フランス兵から奪った背嚢を背負い、将校にあるまじきことにライフルを肩にかけていました。将校の身分を示す肩章は縫い目とほつれを残してなくなっていて、緋色の帯も色あせ、汚れていました。 そしてシャープの剣。 それは歩兵将校のサーベルではなく、バランスが悪くて評判のよくない、騎兵の重たい剣でした。 「きみの所属は?」 と、憲兵将校は落ち着かない様子で尋ねました。 「サウス・エセックス軽歩兵隊だ」 憲兵将校は兵士たちを見渡しましたが、とくに誰かを縛り首にする理由も見つからず、シャープとハーパーに目を戻し、ハーパーの肩に目を留めました。 シャープよりも4インチは背の高いこのアイルランド人は、シャープよりもさらにイレギュラーな武器を携えていました。ライフルと、7連発銃。憲兵はそれを指差しました。 「何だ、それは」 「7連発銃です」 ハーパーの声は、自分の新しい銃への誇らしさにあふれていました。 「どこで手に入れた?」 「クリスマス・プレゼントです」 確かにそれは、シャープがハーパーにクリスマス・プレゼントとして与えたものでした。 憲兵は信じていないようでした。 まだ数百しか製造されず、海軍が接近戦で使うために一回に7発発射されるように工夫されたその銃は、反動で肩を砕くほどの衝撃があるものでしたが、シャープはハーパーなら使いこなせると思って与えたのでした。 「クリスマス・プレゼントだと?」 「俺からだ」 「で、きみは?」 「サウス・エセックスのリチャード・シャープ大尉だ。あんたは?」 憲兵は硬直しました。 「アイレス中尉であります」 「アイレス中尉、ここで何をしている?」 シャープは中尉の疑惑や居丈高な態度にうんざりしていました。 こういう連中が彼を鞭打ち刑にしたのでした。モリス大尉は、ダブリンにいることがわかっていました。ヘイクスウェル軍曹はどこにいるかわかりませんでしたが、シャープは必ず復讐しようと思っていました。 とりあえず、今はこの若い憲兵将校が相手でした。 「どこへ行くんだ?」 「セロリコです」 「気をつけてな、中尉」 「その前にまず一回りします」 シャープは憲兵たちが通りを馬で行くのを雨をすかして眺めていました。 「軍曹、お前の言うとおりだといいな」 「なんです?」 「何も盗むようなものがなければいいな、ってことだ」 そして二人はいきなり思い当たり、走り出しました。 シャープはホイッスルを吹き、軍曹たちが号令をかけて兵士たちを集合させました。憲兵もそれを聞きつけ、馬を返してきました。 「行軍用意!」 と、ハーパーが中隊の前に出ました。ノウルズがシャープのすぐそばに立ちました。 「何事ですか?」 「憲兵隊だ。何かあるぞ」 憲兵たちは必ず何かを見つけ出そうと決意しているようでした。 48人の兵士たちと3人の軍曹、将校が2人。しかし1人欠けていました。バッテンでした。 バッテンは髪をつかまれ、家の間から憲兵に引きずり出されました。 「略奪です。逮捕します」 シャープが喜んで絞首刑にしたい男がいるとしたら、この錠前破りのバッテンでした。しかしシャープは憲兵に何事もさせるわけにはいきませんでした。 「こいつが何を盗んだと?」 「これです」 アイレスが高く掲げたのは、まだ足が痙攣しているニワトリでした。 シャープは怒りがこみ上げてきました。憲兵ではなく、バッテンに対してでした。 「略奪は絞首刑です。見せしめは必要です」 ざわめきが兵士たちの間に広がりましたが、ハーパーがそれを押さえました。シャープはバッテンを怒鳴りつけました。 「どこでニワトリを見つけた!」 「その辺にいたんです。野生のニワトリです」 笑いがわき起こり、ハーパーがまたそれを静めました。 「野生だと?家の中にいたじゃないか。大尉、嘘です。私はこの男を家の中で見つけました」 「その家に誰が住んでいるんだ?住民はいるのか?」 「今はいません。が、人の住まいです」 「この村は捨てられているぞ。誰から盗んだんだ?」 アイレスにとってはそれは問題ではありませんでした。 「ニワトリはポルトガルに所属するものです。縛り首だ」 と、アイレスは他の二人を振り返りました。 「やめろ!」 「盗みは死刑です。あなたの部下たちはみんな同じだ。見せしめがないとわからない。いいか、コイツが吊るされるのをよく見て置け!お前たちもこうなるんだ!」 と、アイレスは終わりのほうを兵士たちに向かって叫びました。 が、カチッという音がそれをさえぎりました。 シャープがベーカー・ライフルの銃口をアイレスに向けていました。 「放してやれ、中尉」 「気でも狂ったのか」 アイレスは青ざめ、シャープと、横に立ったハーパーを見つめました。 その戦い慣れた厳しい顔つきを見、顔の傷跡を見て、この二人がイーグルを奪ってきた当人たちであると納得がいきました。 中尉の目が泳ぐのを見て、シャープは自分が勝ったことを知りました。代償の大きい勝利でした。 たとえ空のライフルでも、軍は憲兵にライフルを向けたものに甘くはない。 「どうぞ。近くまたお会いすることになりますが」 と、アイレスはバッテンを前に押しやり手綱を引いて部下たちと共にセロリコへの道に入りました。 シャープは前途に暗雲が垂れ込めていることを感じていました。彼はバッテンに向き直りました。 「ニワトリを盗んだのか?」 「はい。でもあいつが持っていきました」 不公平だ、とでもいうような口調でした。 「あいつがお前を持っていってくれればよかったよ。お前のはらわたをつかみ出してくれればよかった」 バッテンは後ずさりしました。 「ルールは知っているな、バッテン。言ってみろ」 軍律は分厚い本になるほどでしたが、シャープはただ3つのことを兵士たちにルールとして与えていました。 単純なことで、それを破ると処罰が与えられることになっていました。 バッテンは咳払いをしました。 「よく闘うこと。許可なしに酒を飲まないこと。それから・・・」 「続けろ」 「敵から、もしくは飢えた時以外は盗むな」 「飢えていたのか?」 「いいえ」 シャープはバッテンの腹を殴りつけました。彼は泥に倒れ、うめき声を上げました。 「バッテン、このばかやろう!」 シャープは彼をそこに残し、行軍の命令を発しました。シャープを先頭に、雨の中を彼らは進み始めました。 「殴ることないのに」 と言ったバッテンをハーパーは怒鳴りつけ、これからシャープがどうなることかと考えるのでした。 いっそ、自分でバッテンを殺してやりたかった。 ノウルズが傍らで同じことを思っているだろう、ということを、ハーパーは考えていました。 「たった1羽のニワトリのせいで」 と、ノウルズは困り果てた顔つきで軍曹を見ました。 「そうですかね」 ハーパーは若い中尉を見下ろし、ハーグマンを呼びました。ハーグマンはライフル隊最年長の40代の兵士でしたが、凄腕の狙撃手でした。 「ニワトリは何羽くらいいた?」 「1ダースですかね」 ハーパーは中尉に顔を向けました。 「と、いうわけです。少なくとも16羽くらいの野生のニワトリがいたんです。20羽かな。で、それがそこで何をしていたのか、飼い主がなぜ隠しておかなかったのかは、神様だけがご存知です」 「野生のニワトリは捕まえにくいですからね」 と、ハーグマンはくすくす笑いました。 「ほかに何か、軍曹?」 ハーパーは笑って彼を見下ろしました。 「ダニエル、上官たちにモモ肉を1本ずつだ」 ハーグマンはノウルズをちらりと見ました。 「わかりました。モモ肉1本ずつですね」 ハーグマンは戻ってゆき、ノウルズは含み笑いをしました。将校にモモ肉1本ずつということは、軍曹には胸肉のおいしいところがいき、兵士たちにも肉がいきわたり、しかしバッテンには何もないということだ。 そしてシャープは? ノウルズの気持ちは沈みました。 戦争は負け、雨が降り続き、明日はリチャード・シャープ大尉に憲兵隊からのトラブルが発生する。 深刻なトラブルが。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-02 11:14
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