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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第7章 ノウルズは実によくやりました。 ホールには敵の姿はなく、レッドコートの兵士たちが装填と銃撃を続けながら2階に進み、ライフルマンたちも回廊に向けて狙いを定め、カーシーはサーベルを手にして窓辺に立ち、 「跳べ!」 と怒鳴っていました。 ハーパーの号令でライフル隊員たちはホールに侵入してくる騎兵を狙い、1階の窓からレッドコートの歩兵たちもなだれ込んできました。 シャープの姿だけがありませんでした。 「大尉は!?」 と、ノウルズはあたりを見回しました。 「いない!外に出ろ!騎兵がいるはずだ!」 カーシーはノウルズの肩をつかみました。 娘はドアを駆け抜け、シャープはそれを追いながら、ふと聖母マリアに捧げられている灯明に気をとられました。 今日、いや、昨日の8月15日は聖母被昇天祭で、カトリックの重要な祝日であることを彼は思い出していました。 そのロウソクを引っつかむと、彼は遠ざかっていく足音を追いました。 あわてて足を滑らせ、彼は階段の下に叩きつけられました。 しまった。と、彼は自分を罵りました。 自分のいるべき場所は部下たちのところで、きれいな娘なんかを追いかけている場合じゃない。 それにしても彼は捕虜を一人解放し、そしてその娘は身柄を確保されていたという意味で、敵にとって重要な人物であるはずでした。 階段は地下に続いていました。シャープはまだクラクラしていましたが、白い腕がいきなり突き出されてろうそくの炎が消え、娘の低い声がしました。 彼らはドアのそばにおり、その隙間から明かりが漏れていましたが、物音はしませんでした。 シャープは彼女が注意を促すのを無視してドアを開けました。 室内にはランタンが吊るされ、その下には恐怖の色を浮かべた槍騎兵が1人、銃剣を装着したマスケットを構えていました。 彼は引き鉄を引くよりも銃剣を使うほうが早いと思ったらしく、シャープに飛び掛ってきましたが、シャープは刃でその口元を払って身をかわし、敵が自らの刃の上に倒れて腹を貫くに任せました。 そして、彼は声を失いました。 部屋はさまざまな恐ろしいやり方で殺された死体に満ちていました。 床はスペイン人の血でどす黒く染まっていました。若いものも年寄りも、男も女も、全て殺されていました。 おそらくその前日、シャープが丘の上から見下ろしていた頃に、フランス人たちが彼らをむごたらしく殺し、村を空にしたらしい、ということがシャープには衝撃でした。 数え切れないほどの死体、数え切れない殺し方。 中には何が起きているかもわからないまま、母親の目の前で殺されたであろう幼い子どももいました。 娘がシャープの傍らを通り過ぎようとしたとき、再び射撃音が聞こえました。 シャープは娘の腕をつかみました。 「行くぞ!」 「だめ!」 彼女は死体を押しのけ、誰かを探していました。 なぜこの死体ばかりのところに護衛がいたのだろう? シャープは彼女を押しやり、ランタンを取って部屋の奥のかすかなうめき声が聞こえた方向を照らしました。 「ラモン!」 ランタンを寄せると、そこには長い血の染みがあり、そして男が石の壁に釘付けにされていました。 彼はまだ生きていました。 「ラモン!」 娘はシャープを押しのけて鈎爪を引っ張り、シャープはランタンを置くとその金具を剣の柄で叩き壊しました。 外からは蹄の音と射撃音が雷のようにとどろいていましたが、ようやく金具が外れ、囚人は自由になりました。 彼は剣を娘に渡してラモンと呼ばれた男を肩に担ぎ上げました。 「行くぞ!」 娘が先に立ち、部屋の反対側の隠し扉を彼女はランタンで指し示しました。 シャープは怪我人を下ろすと手を伸ばし、押し開け、死臭に満ちた室内に流れ込む新鮮な夜気を吸い込みました。そして身体を持ち上げて這い出し、そこが人目につかずに物資を運び入れることのできる扉になっていることに気づきました。 あたりを見回すと、中隊は3列に隊列を組んでいました。 「軍曹!」 ハーパーが振り向き、安堵の表情を浮かべました。 シャープは部屋に戻ると怪我人を押し上げ、娘に手を貸そうとしましたが彼女はそれを無視し、自分で這い上がりました。 兵士たちの間から歓声が湧きました。 ハーパーはしどろもどろになりながらシャープが死んでしまったのではないかと案じていたことを話し、それから怪我人を担ぎ、中隊のほうに向かいました。 闇の中に、騎兵たちの姿がありました。 ハーパーは隊列の真ん中に怪我人を横たえ、ノウルズはシャープに笑いかけ、カーシーは娘のほうに挨拶のようなしぐさを送りました。 「装填できているか?」 シャープはマスケットを構えた兵士たちを指差しながら、家の燃え落ちる音の中でノウルズに向かって叫びました。 「もうすぐです」 「急がせろ!」 ハーパーが7連発銃を手に戻り、シャープは自分たちが門を突破してからどれくらいの時間がたっただろう、と考えていました。 7、8分、そんなものだろう。 兵士たちが7,8百発くらいの弾丸を慌てふためくフランス兵たちに撃ちこみ、カーシーと娘と囚人を救い出すには十分な時間でした。 右側から現れた騎兵隊に向き直り、整然と隊列を組みなおし、兵士たちは身構えましたが、さらに騎兵隊の蹄の音が聞こえてきました。 「退却!」 兵士たちは走り出し、負傷したもののうめき声がその中から聞こえてきていました。 シャープは振り返り、ハーパーに槍が迫っているのを見ました。 軍曹はゲール語で何かわめくと槍をつかみ、騎兵を背後の馬の蹄の下に引きずり落としました。 シャープのすぐ横で引き鉄の音がし、さらにもう一人の騎兵が倒れました。 ハーグマンの声が 「やっつけた」 と、いつものようにつぶやくのが聞こえました。 「後ろ!」 とハーパーの声がして、シャープのほとんど足元に騎兵が踏み込み、彼は広場に逃げました。トランペットの音が聞こえましたが、シャープはとにかく走り、インドで槍に串刺しにされかけたことを思い出していました。 しかしそのとき、ハーパーの勝利の声が聞こえました。 「戻れ!もう十分だ!」 彼は笑っていました。 「やりましたね、大尉!」 シャープは弾んだ呼吸を整えようとしていました。 奇妙に静まり返り、銃声も途絶えていました。 たった50人程度とは、フランス軍は思っていないだろう、と、シャープは思いました。 こちらはどの程度の代償を払ったことだろう。 「無事か?」 と、彼はハーパーに尋ねました。 「はい。大尉は?」 「打ち身くらいだ。あとは?」 「まだ確認していません。ジム・ケリーは重傷です」 ハーパーの声は沈み、シャープは数週間前の結婚式のことを思い出しました。 「クレセイクルはかすり傷だといっています。2,3人はおそらく失ったかと。中庭に行けばわかります」 「誰だ?」 「わかりません」 空が白みかけていました。 兵士たちは眠りをとらなければなりませんでした。 赤い目をして疲れきった何人かを歩哨に置き、シャープはノウルズが負傷者の手当てをしているところにいきました。 例の娘はカーシーの足の傷に包帯を巻いていました。 「どんな具合だ?」 「ケリーはダメです」 伍長の胸のあたりのジャケットはノウルズによって切り取られ、傷口が露出していました。肋骨が見え、血が噴出し、なぜまだ生きていられるのか不思議なほどでした。 クレセイクルは太ももの傷を自分で手当し、シャープになにやら言い訳めいたことを言いました。 ほかに2人、サーベルで切りつけられた重傷者がいましたが、命に別状はありませんでした。 48人。 4人が戻っていない。と、シャープは数えました。そしてケリーが続けば5人。 槍騎兵はその3倍は犠牲を出しているはずでした。 シャープは兵士たちの間を歩いて、起きているものたちをねぎらいました。 「シャープ大尉!」 カーシーはシャープをじっと見つめていました。 「きみは気でも狂ったのか?」 一瞬、シャープには意味がわかりませんでした。 「なんでしょうか」 「いったい何をしでかしたんだ?」 「何をしたか?あなたを救助しに行ったんです」 シャープは感謝を期待していたのでした。 しかしカーシーは戦死者と流血に怒りをあらわにしていました。 「この馬鹿者!どうやって負傷者を送還するつもりだ?」 「我々が運びます」 「運びますだと?20マイル以上も?きみは黄金を守るためだけのためにやってきたはずだ。闘うためではない!」 シャープは深呼吸しました。 「少佐、あなたがいなければ我々はエル・カトリコを説得して黄金を運ばせてくれるようにすることはできません。私はそう判断しました」 カーシーはシャープを見つめ、首を振り、ジム・ケリーを指差しました。 「それだけの価値があることか?」 「将軍は私に黄金が重要なのだとおっしゃいました」 シャープは声を抑えました。 「シャープ、重要だというのは、それはスペインに対してのポーズにすぎない」 「はい」 今は議論している場合ではない、と、シャープは思いました。 「まあ、少なくともきみは彼らを助け出した」 カーシーは2人のスペイン人の方に手を振りました。 「彼らは?」 「モレーノ家の子供たちだ。テレサとラモンだ。フランス人たちは、モレーノかエル・カトリコが彼らを救出しにくるだろうと思って人質にしていたのだ。少なくとも我々は彼らの感謝を受けることができるだろう。黄金よりももっと大切なものを取り戻したのかもしれないからな。ともあれ、黄金があそこにあるのかどうかわからんぞ」 「なんですって?」 「何を期待しとるのだ?フランス軍がただあそこにいたわけはなかろう。どうだ?」 シャープはカーシーに自分の考えを述べる気分ではありませんでした。 フランス軍が黄金を手にしていたとしたら、一気にシウダード・ロドリゴに引き上げていくだろうと思われました。 「彼らは何かそういうことを言っていましたか?」 「いや。何も」 「では希望はあるわけです」 少佐は苦い顔つきで、ケリーを指差しました。 「彼にそう言ってやれ」 そして、ため息をつきました。 「すまん、シャープ。言い過ぎた。連中は今日中にまた戻ってくるかな?」 「フランス軍ですか?」 「そうだ。きみは休んだほうがいい。数時間後には、ここを守備しなければならないことになる」 「わかりました」 シャープはカーシーから離れ、テレサの視線に気づきました。 彼女は何の興味も示さずに彼を眺めていました。 エル・カトリコはラッキーな男だな。 とシャープは思い、眠りに落ちていきました。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-26 19:22
| Sharpe's Gold
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第6章 シャープは自分自身をごまかそうとしていました。 とてもシンプルだ。フランスでも随一といわれる2連隊に夜襲をかけ、少佐を解放する。 まともなヤツなら、引き返すべきだ。フランス軍は既に黄金を奪取しており、戦争は終わりだ。気の利いた兵士なら、ライフルを引っ担いで生きて帰ることを考えるだろう。 そのかわりに捨て鉢になったギャンブラーのように、16倍の敵に向かって行こうとしている。 シャープは夕日が稜線に消えていく中、フランス軍の野営地を眺めていました。 彼らは強い。が、防御に回った時には弱点を露呈する。 シャープは身体の中に興奮が湧き上がってくるのを感じ、成功を確信し始めていました。 フランス軍はゲリラの攻撃は予期し、少数のグループに対しての準備はしているが、英軍歩兵部隊の登場は考えてもいないだろう。 それがシャープの希望でもありました。 カーシーがモレーノの邸のバルコニーに座っているのがシャープには見えていました。 闇の中の進軍は永遠に続くようでしたが、シャープは決して兵士たちをせきたてませんでした。 フランス軍の焚いている明かりは、彼らにはまるで烽火のようにはっきりとした目印になっていました。 「やつらにはこっちが見えませんよ」 と、ハーパーがシャープの傍らでささやきました。 兵士たちは銃を装填し、白いベルトをコートで隠していましたが、彼らの吐く息さえもが闇の中では大きすぎるほどでした。 村に近づくにつれ、彼らは丸裸のような心細さを感じました。自分の足音にさえ怯え、しかしそれは敵の歩哨にとっても同じことだと、シャープにはわかっていました。 その晩で、今がいちばん辛い時間でした。 壁の内側には騎兵たちがいて、丘からは狼の遠吠えが聞こえ、兵士たちは生きて帰れるかどうかという恐怖に襲われているのでした。 光が閃きました。 「伏せろ!」 シャープは押し殺した声で命じ、自分の心臓の音がうるさいほどに聞こえるのを感じていました。 どうやらフランス兵がもう一つ明かりをつけただけのことのようでした。 この静かな、打ち捨てられた村。しかし本当に村人たちに捨てられたのだろうか。 「軍曹」 「はい」 「俺たち二人で行く。中尉、ここで待て」 シャープとハーパーの濃い色のユニフォームが闇に溶け、しかしシャープはジャケットの布のこすれる音、ベルトの鳴る音が大きすぎるように感じていました。 影の中に、どんな危険が潜んでいるか。 やがてシャープは手探りで乾いた石壁にたどり着き、ハーパーを傍らに、無人の村の中を闇をたどりながら進んでいきました。 本当に無人のようでした。 ハーパーは低く口笛を3回吹き、中隊の影が動き始めました。 「こちら側で待機だ。ライフル隊がまず動く。合図を待て」 シャープの言葉にノウルズがうなずき、白い歯を見せました。中隊の全員が、興奮しているのがわかりました。彼らは16倍の敵に向かっていくのを楽しんでいるのでしたが、それがシャープがいるからだということに、彼自身は気づいていませんでした。 ハーパーもノウルズも、この長身のライフル隊長が、何も言わなくても不可能を可能にし、彼の行くところには確実に勝利があると兵士たちが信じていることを知っていました。 ライフル隊員たちが壁に沿って移動し、中隊が続きました。 フクロウが飛び立ち、ハーパー以外の全員をぎょっとさせました。 細い道は兵士たちでいっぱいでした。モレーノ邸の壁は高く、8フィート余りありましたが、家畜移動用の門は大きく開いており、焚き火のそばの兵士の顔が白く浮かび上がっているのが見えました。パルチザン警戒のために、彼らはわざと大きく門を開いているのでした。 しかし、まさか歩兵部隊が正面攻撃を掛けるとは思ってもいないだろう。 シャープは薄笑いを浮かべました。 「準備できました」 と、ノウルズが言いました。シャープはライフルマンたちに向き直りました。 「将校を狙え。いいな」 まずライフル隊が侵入して発砲、敵を混乱に陥れ、ノウルズ以下の中隊が騎兵に襲撃をかけるという計画でした。 シャープは待っていました。 兵士たちが銃剣を装着すると、彼の命令と共に全員が叫び、わめきたてながら門から侵入し、守備側はライフルマンたちが射程距離に入る前から銃撃を開始しました。 ハーパーが走りこみ、火のついた薪をつかんで騎兵たちに投げつけるのが見えました。 馬たちは棒立ちになり、シャープは剣をふるって敵兵の喉に突き立てました。 「行くぞ!」 ライフルマンたちは門に走りこむと膝を突き、灯りに照らされたあたりを狙いました。 防御側は統制がお粗末でした。 ノウルズに率いられたレッドコートの兵士たちも焚き火の周りに走りこみ、隊列を整え、マスケットを構えました。 ハーパーの声と銃声が聞こえ、シャープは槍騎兵がこちらに向かってくるのを見ました。 頭を振りたてた馬の瞳に焚き火が反射し、騎手は刃をシャープに向かって繰り出しました。 シャープは身を翻し、門にぶつかりました。 銃声が聞こえ、馬がいななき、騎兵は落馬し、シャープはまっすぐに中庭に駆け込みました。 何もかもがゆっくりと過ぎていくようでした。 シャープはサーベルを振りかざした騎兵の胸に剣を突っ込み、その傍らをライフル隊員たちが喚きながら駆け抜けていきました。 剣を引き抜きながら振り返ると、ハーパーが銃剣で将校を一人倒したところでした。 「ライフル隊!」 シャープは叫び、ホイッスルを吹き鳴らしました。 放れ馬たちが走り回る中、兵士たちは門内を満たし、ロバート・ノウルズ中尉はフランス兵なら誰もが知っている、英軍歩兵部隊の号令を発し始めました。 「構え!前列!撃て!」 闇にまぎれたナイフの襲撃の代わりに、最も予想外の攻撃が始まったのでした。 マスケットの銃撃は規則的に続き、兵士たちは手順どおりに発砲していきました。 ノウルズ中尉の声はあくまで冷静で彼は常に先頭に立ち、虐殺の指揮を取っていました。 兵士たちの頬は火薬で汚れ、銃撃の反動で肩が痛み、しかし中庭は敵の死体で埋め尽くされ、煙の中で篝火に照らされていました。 ハーグマンのグループが門を閉めるまで、襲撃の開始から1分たったかどうか、というところでした。 「中に入るぞ!」 シャープがドアを蹴り、ハーパーが殴りつけ、開いた扉から建物の中に兵士たちは殺到しました。 ノウルズ中尉は中庭で、ハーグマンが相棒に装填してもらいながら射撃を続け、バルコニーに姿を現す将校を残らず仕留めているのを見ていました。 この中尉にとってはまだ3回目の実戦で、パニックになりそうな気持ちを抑えながらの戦いでした。 焚き火の向こうからフランス将校が躍り出て彼の喉首をつかみあげ、ノウルズは息が詰まるのを感じながら、突然父親が買ってくれたサーベルを自分が握っていることを思い出しました。彼は目を閉じ、相手の喉に突き刺しました。 このとき命令は中断していましたが、兵士たちはそれに気づかず、間断ない射撃を続けていました。 目を開くと、初めて自分の手で殺した敵の傍らに、ハーパー軍曹がいました。 「こっちです、中尉!」 突入から1分半。シャープは銃声の数からそう判断していました。 モレーノ邸の階段の上に将校たちはバリケードを築いていました。 「お前の銃を貸せ!」 シャープはハーパーに叫びましたが軍曹はにやりと笑うと首を振り、7連発銃の引き金を引きました。 ハーパーは後ろに吹っ飛び、シャープは驚いて駆け寄りました。 「すごい反動ですね」 剣を突き出しながら階段を駆け上がると、吹き飛んだバリケードの後ろで将校が1人、ピストルを構えていました。 引き金を引くのをシャープはなすすべもなく見ていました。 不発でした。将校はあわてたあまりに装填をしていなかったのでした。生死の分かれ目となりました。シャープの剣が彼の頭蓋骨を打ち砕きました。 ライフルマンたちも殺到し、ハーパーは銃剣を振りかざしてシャープの傍らに立ちました。 「カーシー!」 シャープは階級も敬称も忘れて怒鳴りました。 「シャープ?」 「出てきてください!」 「逃亡しないという宣誓をしたのでな」 「助けに来たんです!」 宣誓がどうした! 廊下の突き当りのドアが開き、銃声がし、またドアが閉まりました。 カーシーはいきなり目が覚めたような顔つきをしていました。 「こっちだ。飛び降りなけりゃならん」 シャープはうなずきました。 階下は大混乱でした。 シャープは階段の上から怒鳴りました。 「中尉!上がって来い!」 カーシーがブーツを引っ張り上げながら片足跳びでシャープのそばにやってきました。 「ライフル隊員が援護します。少佐、続いてください!」 カーシーはシャープの命令に素直に従い、彼に続いてドアを通り抜けました。そしてつぎのドアを肩で打ち破り、いきなりシャープは立ち止まりました。 ベッドの上に、手と足を縛り付けられ、黒髪で白いドレスを着た娘が横たわっていました。 その髪の色はジョセフィーナを思わせましたが、猿轡をはめられた彼女の目は、ぎらぎらとシャープをにらみつけていました。 彼女は逃げようともがき、その鋭い顔つきの美しさにシャープは打たれました。 彼はロープを切ろうと駆け寄りましたが、彼女は首を振りたてて部屋の隅の暗がりに顔を向けました。 銃声がし、ピストルの銃弾がかすめました。 ベッドの傍らに、お楽しみの邪魔をされた大佐が怯えた表情で立っていました。 「ゴッド・セーブ・アイルランド」 ハーパー軍曹がベッドの上の娘を見てつぶやきました。 「ほどいてやれ」 フランス将校は娘を指差して何か言っていました。シャープはすんなりこの男を殺してしまいたい、今は捕虜をとる余裕もない、と思っていましたが、娘を自由にしてやったハーパーに向かってその将校を見張るように命令をしました。 シャープは窓にかけ寄り、外の闇が静かになったのを確認しました。 やりおおせた! シャープが振り向くと、ほっそりとした黒髪の娘がフランス将校のサーベルを手に取り、股間にぐっさりとつきたてていました。 将校は恐ろしい苦痛の叫びを上げ、彼女は微笑しました。息をするのも忘れるほど、その表情は美しいものでした。 ハーパーは驚愕してその様子を見ていました。シャープはそれを無視しました。 「パトリック!連中を中に入れろ。窓を通らせろ!つぎのドアに行くぞ!」 娘は大佐につばを吐きかけ、罵声を浴びせ、彼を殺しきらなかったシャープに軽蔑のまなざしを投げかけました。 シャープはその猛禽類のような美しさに我を忘れかけましたが、銃声が彼を現実に引き戻しました。 彼女は大佐のサーベルを手にし、ドアを走り出、右に抜けて行きました。 シャープは警戒も忘れ、それを追い始めました。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-24 16:06
| Sharpe's Gold
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第5章 エル・カトリコは丘の影から騎乗の男たちを率い、カーシーの説明を聞かなくてもシャープにはどの男がそのリーダーか、望遠鏡を通してはっきりとわかりました。 シャープはゲリラたちの隊列を追い、プリンス・オブ・ウェールズ騎兵隊の制服を探しましたが、ハーディー大尉らしい姿はありませんでした。 そして男同然の働きをする、というテレサらしい女の姿も見えませんでした。 彼らは圧倒的多数のフランス軍に向かって行き、先頭が敵の隊列に達して剣を振り下ろしたところでした。 トランペットが静寂を破り、フランス軍は隊を整えようとしましたが、エル・カトリコはその暇を与えませんでした。 人質になっていた兵士に釣られたフランス軍は一撃で追い立てられ、スペイン人部隊が姿を見せてからほんの2分後には、さらに捕虜を増やした結果となりました。 エル・カトリコは襲撃から生き延び、さらにパルチザンによる追撃を受けているフランス騎兵たちが村から逃げ出していくのを馬上から見ていました。 彼はまだ満足しない様子で、フランス軍の行く手を突っ切りました。10人あまりが彼を追いました。 カーシーは笑いを浮かべました。 「彼はこのあたりでは随一の剣の使い手だ。スペインでも最高かもしれん。4人がかりのフランス人を、祈り続けながら殺したのを見たことがある」 2人の捕虜を助け出そうとした騎兵たちの20人以上が殺され、あるいは捕虜になってしまったのでした。一方でパルチザンは無傷でした。 フランス軍は正面からプライドを打ち砕かれました。 「終わったようだ」 と、カーシーは地平線を見ながら言いました。シャープはうなずきました。 「見事でした。でも一つだけ。フランス軍は村で何をしていたんでしょうね?」 「ハチの巣の掃除さ。この下が街道だ。アルメイダ攻撃のための補給路はここを通るし、ポルトガルを攻撃するにはこのあたりを押さえなければならない。パルチザンが行く手にいるのを望まないのだ。だからこのあたりを一掃したか、そうしようとしたのだ」 その説明でシャープは納得しましたが、しかし気になることがありました。 「しかし黄金は?」 「隠してある」 「ハーディーは?」 「わからんが、どこかにいる。少なくともエル・カトリコはここにいるし、彼らは我々の敵ではない。我々が到着したことを、彼に知らせてきたほうがいいだろう。シャープ、ここで待機しろ。私はエル・カトリコに会ってくる。北側を迂回する。今夜遅くに戻れるだろう。火を焚くなよ」 カーシーは急ぎ足で立ち去りました。 問題は、エル・カトリコが黄金の「エスコート」を英軍にさせてくれるかどうかだな。と、シャープは思いました。 カーシーがいようがいまいが、村の向こう側の隠遁所とやらを調べてみたいものだ。とも思いましたが、彼はその考えを払いのけ、横になりました。 静かな谷に日差しが強く照りつけ、草が光っていました。 北の地平線上に雲が広がり、一両日中には雨になりそうでした。 シャープは頭の中で帰り道のプランを描き出そうとしていました。サン・アントンの岩場の広がる谷を抜け、荒野の端を通る。 果樹園の向こうには墓地と隠遁所が見えていました。もし鍵がかかっていたら? まあ、中隊のうちの10人程度は錠前破りで稼いできた連中だ。鍵は大丈夫。しかし問題は、黄金を見つけ出すという任務だ。 カーシーはモレーノ家の納骨堂にあると言っており、簡単そうに聞こえましたが、真夜中にフランス軍のすぐそばで作業し、夜明けまでにそれを無事に持ってくることができるかどうかを考えていました。 「奴らは夜まで村を出ませんよ」 と、ハーパーが傍らで言いました。 「出ないだろうな」 「ちょっと難儀な道ですね」 「ハーグマンがうまくやるさ」 ダニエル・ハーグマンは闇の中でも道を見つけ出すという、神秘的な能力を持っていました。 それなのにどうしてこの密猟者は徴兵に捕まってしまったんだろう、と、シャープはいつも不思議に思っていましたが、どうやらある晩飲み過ぎてしまった、というところのようでした。よくある話でした。 「ま、あの少佐にもできることなら、俺たちにもやれますよ」 と、ハーパー軍曹はうなずき、笑いました。 シャープは西日の中で谷を眺めながら横たわり、納得が行くまでプランを練り続けていました。 納骨堂を想像し、金貨の山を思い描き、それが軍をフランスの攻撃から救うことができるのだ、と考え、しかしなぜその金が必要なのか、と疑問を抱くのでした。 運べる量だろうか。もし多すぎたら?運べるだけ運ぶしかない。 この少数のライフルマンたちだけで、フランス軍の領域を・・・? いや、もっとシンプルに考えなくては。 夜襲は大失敗に終わる可能性もあるが、良く考え抜かれた計画は生還につながる。 彼は、興奮がみなぎってくるのを感じました。 たぶんやれるぞ! シャープは考え込んでいたので、最初のうちはトランペットの音に気づきませんでした。 ハーパーが彼をモレーノ家の納骨堂から引き戻し、北東の道の果てを示しました。 「なんだ?」 「騎兵です」 「北から?」 「パルチザンがいた辺りです。何か起きています。何でしょうね」 何かおかしい。 シャープは谷の反対側の歩哨に声をかけました。 「何か見えたか?」 「見えません」 「あそこです!」 ハーパーが指差した先には、カーシーの姿がありました。 少佐は振り返りながら、村に向けて馬を駆けさせていました。 「なんだろう」 とシャープが言った途端、カーシーの背後に、青と黄色のユニフォームの騎兵隊が姿を現しました。彼らは剣の代わりに長い鉄の穂先をつけた槍を手にし、赤と白の旗印を負い、少佐が道を引き返したと見るや、馬腹をけりたてて彼を追いました。 ノウルズが首を振りました。 「あれは?」 「槍騎兵隊だ」 シャープは憂鬱な声を出しました。彼らはヨーロッパでも名声が高く、勇猛な戦士たちでした。 インドで、シャープ軍曹は危うくそのような長い槍で木の幹に釘付けされそうになり、その時の傷はまだ残っていました。 槍騎兵たちはゆっくりと、しかし確実に追いつこうとしていました。カーシーの馬が持つかどうか。 この騎兵たちはどれくらいの規模でこのあたりの対ゲリラ戦に投入されているのだろう。 いつまでこの辺にいるつもりなのだろうか、とシャープは考えていました。 カーシーがいきなり馬を速め、すぐ背後に迫った槍から逃れようとしました。ノウルズはこぶしを握りしめていました。 葦毛の馬は大きく足を動かし、らくらくと走り抜けていました。カーシーは剣を抜く必要もなさそうで、シャープは幾分ほっとしましたが、そのとき。 突然馬が前足を上げて身をひねり、カーシーは落馬しました。 「ヨタカだ!」 と、ハーパーが馬の鼻先をかすめて飛び立った鳥に目を留めて叫びました。 見当違いでしたが、シャープはこのときこのアイルランド人がこの距離から鳥の種類まで特定できることに驚いていたのでした。 彼は望遠鏡を取り上げ、カーシーが立ち上がったのを見ました。彼は鐙に足を掛け、再び鞍にまたがりました。 「エル・カトリコは?」 と、ノウルズが尋ね、ハーパーは 「ずっと遠くですよ」 と暗い声で答えていました。 馬は再び進み始めましたが、すでに槍騎兵たちはすぐ後ろに迫っていました。カーシーは馬の向きを変えて村への坂を下ろうとしましたが馬は怯え、その瞬間にカーシーはつかまったのでした。 彼は向きを変え、剣を引き抜きました。そして高々と差し上げました。 馬は落ち着きを取り戻し、槍騎兵たちが殺到する中、さらに進もうとしていました。 少佐は手首をうまく動かし、すばやく右腕をふるって敵の旗印を切り落としました。 「お見事!」 と、シャープは笑みを浮かべました。 カーシーは一人の敵の腹に剣を突き立て、しかし土ぼこりが舞う中、闘いは終わりました。 「生きてる!」 と、ノウルズが指差しました。 「見てください!」 少佐は二人の騎兵に挟まれ、槍を向けられ、血を流していましたが馬上にありました。 人質将校の交換のために、彼は確保されたようでした。 しかしポルトガルから英軍がやってくるまで、何ヶ月もカーシーは待たなければならないだろうな、と、シャープは暗い気持ちになりました。 そしてシャープはウェリントンの希望が留め置かれている隠遁所に目を向けました。 カーシーがいないということなら、やっぱり夜中に中隊が作業することは重要だ。 槍騎兵たちの半数はカーシーを連れて村に向かい、残りは隠遁所と墓地に向かって行きました。 絶望的だ。 フランス軍が去るのを待つしかないか。 フランス軍が去ったら、エル・カトリコが来るだろう。 シャープは、先刻見た背の高いグレーのコートのスペイン人は、黄金が英軍の手に渡るのをなんとしても阻止するだろうと確信していました。 そのパルチザンのリーダーを懐柔できるただ一人の人物は敵の手に落ち、傷を負っている。 彼は稜線から滑り降り、中隊を振り返りました。 ハーパーがそばにやってきました。 「何をしましょうかね?」 「何って?闘うのさ」 シャープは剣の柄を握りました。 「見物はもう十分だ。今夜、少佐を取り返す」 ノウルズは驚いた表情で彼らを振り返りました」 「取り返す?あっちは2連隊なんですよ!」 「だから?たった800人じゃないか。こっちは53人いるんだぜ」 「アイルランド人も1ダース」 と、ハーパーは声もなく笑い、少尉を見ました。 ノウルズは坂を這い下り、信じられないように彼らを見ていましたが、やがて笑い出しました。 「キチガイ沙汰ですよ!本気ですか?」 シャープはうなずきました。ほかに選択肢はありませんでした。 53人で800人に奇襲を掛けるか、戦争に敗北するか。 彼はノウルズに笑いかけました。 「心配するな!簡単なことだ!」 さてそれにしても、と、シャープは思いました。これからどうしようか。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-22 15:51
| Sharpe's Gold
少し更新の間が開くことになりそうです。
読んでいます。 読み進めます。 頑張ります。 ![]() 追記 : 読み進んでいます。 Gold の半分を過ぎました。 ハーパー軍曹のミドルネームがわかりました。 パトリック・オーガスティン・ハーパー。 立派な名前だー。聖人二人分。(8月生まれでしょうか。) 更新は22日火曜日に第5章の予定です。 (8月20日加筆) #
by richard_sharpe
| 2006-08-16 22:20
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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第4章 シャープの目には、徒歩のカーシーは滑稽に見えました。 短躯で、忙しく小刻みにはさみのような両足を動かし、大きな灰色の口髭はこけおどしのようでした。 しかしひとたび葦毛の馬にまたがると、ようやく本来の身の丈になったというように落ち着きを取り戻すのでした。 夜の行軍でした。細い月が雲間にかかり、闇の中を少佐に率いられて辺境の土地を進んでいきました。 カーシー少佐はアルメイダからシウダード・ロドリゴにかけてのこの一帯を知り抜いていました。 彼は土地の様子と村々を、抜け道を、川の渡渉地点を知っていました。 そしてゲリラたちがどこにいるのかも知っていました。 アグエンダ川から立ち昇る霧の中に腰を下ろし、彼はパルチザンのことについてシャープとノウルズに話して聞かせました。 襲撃と、殺戮について。武器を隠す秘密の場所について。そして丘の頂上から頂上へと伝わる烽火について。 「パルチザンを知らずには、ここで活動はできないのだよ、シャープ。フランス軍は伝令一人のために400人を警護につけねばならないほどだ。それでも十分ではないこともある」 ウェリントンは相当額を懸賞として提示している為、フランス軍の伝令はパルチザンにとっていい稼ぎになるのでした。 殺し方も無残でした。 「昼間は羊飼いや農夫や粉屋だったりするものが、夜には殺し屋に変わる。フランス人がひとり殺す間に、彼らは二人殺す。全ての男、女、子供たちまでもだ」 「女も闘うのですか?」 と、ノウルズが足を伸ばしながら尋ねました。 「闘う。男同然にな。モレーノの娘のテレサは、どんな男よりも優秀だ。どう襲えばいいか、ちゃんと知っている。彼女が殺したところを見たことがあるがね」 シャープは目を上げて丘の上を霧が流れていくのを見ていました。 「その娘が、エル・カトリコと婚約しているという?」 「そうだ」 しばらく沈黙したのち、中にはただの山賊もいる、ということをカーシーはいい、ノウルズはそれがエル・カトリコのことかどうか尋ねました。 「そうではない。しかしあの男は手ごわい。生きたままのフランス兵の皮を少しずつ剥いでいくのを見たことがある。祈りながらな。中尉、ここではフランス人がどんなに憎まれているか知っておくべきだ。テレサの母親もフランス人に殺された。ひどい死に方だった」 そして彼は立ち上がり、移動を告げました。 カーサテハーダまで約2時間、その前にアグエンダ川を渡らなければなりませんでした。 ここを渡ると友軍を期待することはできませんでした。既にフランス軍の領域内で、カーシーは敵の気配を探りながら先頭を進んでいきました。彼は敵に遭遇しても身を隠すことができるように、間道を選んでいました。 中隊は敵に近づくにつれ、興奮してきました。シャープが踏み分け道の傍らで兵士たちが行き過ぎるのを待つ間、彼らは皆笑顔を送ってきました。 ライフルマンは彼とハーパーを除いてたった20人になっていました。 優秀な奴らだ、と、シャープは嬉しく彼らを見つめていました。 ダニエル・ハーグマン。中隊一のスナイパーで、元密猟者。 パーリー・ジェンキンス。小男でおしゃべりで、釣りがうまい。彼はタングと組んで闘う。 アイザイア・タング。本と酒にどっぷり浸かった彼は、ナポレオンは目覚しい天才で英国政府は圧制者だと信じているが、それはそれとしてクールなライフルマンとしての戦いぶりを見せてくれる。彼は手紙の代筆をしてやり、届いた手紙を読んでやる。ときどき批判的な議論を吹っかけたがるが、無理強いはしない。 みんな、いいやつだ。 残りの33人はレッドコートでブラウン・ベス・マスケットを携えた歩兵たちでしたが、タラベラでの勇者たちで、ノウルズ中尉もいっぱしの将校になってきていました。(まだシャープを怖れているようでしたが。) アイルランド人のジェームズ・ケリー伍長は結婚してからこの3ヶ月というもの、笑いが止まらない様子で、メソジスト信者のリード軍曹は中隊全員の魂のことをいつも心配していました。 彼らの中でも最高のハーパー軍曹はシャープの傍らを歩いていました。 「お次は何ですかね?」 「金を拾って帰るのさ。簡単だ」 ハーパーはにやりと笑いました。 彼は戦闘においては、アイルランドの戦士の物語に出てくるゲール人の英雄のように野蛮でしたが、ひとたび戦いを離れると韜晦するのでした。 「それを信じているんですか?」 シャープには答える暇がありませんでした。 カーシーが200ヤード先で止まり、馬を下りると左を指差し、丘の上に登るように指示しました。 シャープもその動作を繰り返して中隊は移動を始めました。 「何事です?」 カーシーは答えず、獲物を探る猟犬のような目つきをしていました。そして丘の上を示しました。 「白い石が見えるか?敵はこのあたりに広がっているということだ。来い」 少佐は馬を引き、岩場に入っていきました。シャープと兵士たちもそれに続き、やがて村を見下ろす谷間に出ました。 「奴らもここにはこないだろう」 「で、ここはどこです?」 カーシーは谷の先を指しました。 「カーサテハーダだ」 遠くに雲が湧いていましたが空は青く、シャープには何も不審な点はないように思われました。 中隊が移動した小道から何かが音をたてて飛び立ち、ハーパーが微笑するのをシャープは見ました。 軍曹は鳥を見て日がな過ごすのが好きなのでした。 何も異状はないように見えました。 カーシーは岩の影に愛馬を連れて行き、何か話しかけていました。そのようすで、シャープには孤独な偵察業務の間、カーシーにとってこの馬だけが友人だったことがわかりました。 カーシーはシャープの元に戻ると、姿勢を低く保つように命令しました。 カーサテハーダは美しい村でした。川の流れが出会うところに作られた、40軒あまりの小さな村で、食糧も豊かでした。 村から2マイルほどのメイン・ストリートの突き当たりに古い塔が建ち、教会があり、反対側には大きな邸がありました。 シャープは朝日を反射することを怖れて望遠鏡を使いませんでしたが、その家が中庭を囲んで建物をめぐらしたつくりになっていることがわかりました。 「モレーノの邸だ」 「金持ちなんですね」 「かつてはな。このあたり一帯の大地主だった。だが、フランス軍がやってきた。今では廃墟だ。だかこの丘陵地からの襲撃までも奪い取ることはできんのだ」 村は無人で、生き物の気配もありませんでした。果樹園の奥にまた一つ教会と鐘楼がありました。 「隠遁所だ。聖者が昔住んでいたところに教会を建て、今では墓地として使われている。あそこに、黄金がある」 「あそこのどこに?」 「モレーノ家の納骨堂だ。隠遁所の脇だ」 村の通りは左から右に横切っており、右(南)に向かう端は谷の向こうの紫色の霞に消え、左はこちらに近づいて斜面の陰になっていました。シャープはそこを指差しました。 「どこに向かっているんですか?」 「サン・アントンの浅瀬だ」 そしてカーシーは丘の上の白い石を見上げました。 「来たようだ」 「だれが?」 「フランス軍だ」 風のほかに何も動くものはなく、しかしカーシーは鋭い目で谷をくまなく見渡していました。 「襲撃だ」 「なんですって?」 「教会の風見が動いている。パルチザンがいる時には鎖で固定してある。動物がいないだろう?フランス軍が食糧に屠ったのだ。奴らはじっと待っている。パルチザンが、もう誰もいなくなったと思って戻ってくるのを」 「戻ってきますか?」 「いや。連中は頭がいい。フランス軍は一日中待つことになるだろう」 「われわれは?」 カーシーは一瞬鋭い視線をシャープに投げかけました。 「待つさ」 兵士たちは窪地のそこに武器を置き、コートで日差しをさえぎり、水筒の黒ずんだ水を飲みながら休んでいました。 アルメイダを発つ前にシャープとハーパーとノウルズの3人で兵士たちの身ぐるみを剥いで12本のワインと2本のラム酒を没収していましたので、多少は隠し持っているにしても、酔っ払って使い物にならなくなるようなことはないだろうとシャープは思っていました。 兵士たちは眠り、シャープは道筋の確認を終えてやっと眠ろうとしたところをハーパーに起こされました。 「動きが?」 「谷です」 ざわついている兵士たちを抑えてから、シャープとハーパーはカーシーとノウルズがいる岩がけの縁に向かいました。 「見ろ」 と、カーシーが薄笑いを浮かべました。 北から5騎の姿が村に向かっていました。シャープは望遠鏡を取り出しました。 「パルチザンですか?」 「3騎はな」 スペイン人たちはまっすぐに背を伸ばし、ゆったりと騎乗していました。しかし残りの二人は裸にされ、鞍にくくりつけられていました。 「捕虜だ」 と、カーシーは鋭い声で短く言いました。 騎馬の男たちは立ち止まり、一人が馬から下りると捕虜たちに向かいました。裸の男たちは鞍から下ろされ、足首を馬の腹の下にしっかりと結びつけました。そしてロープが長く繰り出され、フランス人たちは馬に引きずられるかたちになりました。 シャープの望遠鏡を借りていたノウルズは、青い顔をしていました。シャープはそれを受け取り、覗き込みました。 「奴らはどうする気です?」 「アザミさ」 道の両側はアザミの生い茂った岩地で、ときに人の丈ほどの高さになっていました。 まず1頭が走り出し、その後を次の馬が追いました。ジグザグに走る馬たちの様子を、3人のスペイン人は馬上から静かに見守っていました。 2人の裸の捕虜たちの姿は土煙で隠れましたが、馬は岩に出くわすと向きを変え、そのたびに体が赤く染まっているのがちらりと見えました。 おそらく既にフランス人たちには意識はなく、痛みも感じていないはずでしたが、パルチザンたちの思惑通りに村のセザール・モレーノの邸に動きが見えました。 門が開き、じっと潜んでいた騎兵隊が姿を現したのです。 軽騎兵隊でした。サーベルを抜き、奔走する2頭の馬に向かって行きました。 しかし馬たちは立ち止まりました。フランス騎兵隊に追い回された記憶が、制御するもののない馬たちを怯えさせたのでした。 谷間は混乱に陥っていました。 2頭の馬は狂ったように走り回り、騎兵隊の命令系統は乱れ、100騎ほどのフランス騎兵は谷間を縦横に駆け回り、さらに多くの騎兵たちが通りに出てきているのも見えました。 もし自分の部下たちがあんな目に遭っていたら、やはり自分も助けようと走り回るだろう。 シャープはそう思いました。 1頭がようやく捕まったとき、他の馬を追おうとしていた騎兵たちに集合をかけるトランペットが響きました。 エル・カトリコが北の丘から手勢を引き連れて姿を現したのです。 圧倒的に数で勝るはずのフランス兵は虚を突かれました。 「パーフェクトだ」 と、カーシーは嬉しそうにいいました。 襲撃したはずの者たちが、襲撃されようとしていました。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-12 15:03
| Sharpe's Gold
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