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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第11章 失敗。 その感覚が二日酔いのように重苦しくのしかかっていました。 カーサテハーダから軽歩兵隊を英軍本隊に連れ帰るには、2つの川が行く手をふさいでいました。 ラモンだけが、別れを惜しんでくれました。彼はシャープの両頬にキスをし、 「約束を忘れないで、大尉。ライフルだよ」 というのでした。 シャープはその約束をどう果たせばいいものかと考えていました。 アルメイダはおそらくもうすぐ襲撃を受け、フランス軍はこの一帯を占領し、英軍は海に追い落とされ、撃破される。 そしてたぶんまだ、黄金はカーサテハーダにある。 彼はウェリントンの言葉を思い出していました。 「なければならないのだ。わかるか?そうせねばならぬのだ!」 黄金ならもっとあるはずなのに。ロンドンの金庫に、銀行に、商船に。 なぜ、この黄金なのだろう。 疑問を抱えたまま、兵士たちはアグエンダ川に差し掛かろうとしていました。 同行するパルティザンたちは、最初に彼らを眼にした丘のところから南に向かうことになっていました。 彼らの中にカーシーのブルーのジャケットは見えましたが、灰色のコートを着たエル・カトリコの姿はありませんでした。 シャープがたずねると、 「先に行った」 という答えが返ってくるだけでした。 パトリック・ハーパーが追いついてきて、シャープの顔を見つめました。 「一言、よろしいですか?」 「いつもはそんなこと聞かないじゃないか。どうした?」 「連中を見て、何か思い出しませんか?」 と、ハーパーは彼らをエスコートしている騎馬の男たちを示しました。 「言ってみろ」 「徴兵された時のことを思い出したんです。こんな感じでしたよ、デリーから歩いていた時は」 シャープは、ハーパーが故郷のことからはじめる時の話し方を心得ていたので、さえぎらずに聞いていました。 「で、奴らはこんな感じでエスコートしていたんです。馬に乗って、前と、両脇と、後ろに。道中ずっとね。一人も逃げ出さないように。囚人のようなものですよ。夜も見張られ、マゲラの近くの物置に入れられていた。ずっとです!」 軍曹の表情は、故郷のことを話すときには悲しみで曇るのでした。しかしやがてニヤリとすると、 「何を言おうとしているかわかりますか?連中は囚人を連れているんですよ。俺たちがこの土地から出て行くのを見張っているんです」 「だとしたら?」 二人は他の兵士たちに聞こえないように、歩調を速めていました。 「奴らは嘘を言っているってことです」 「なるほど。どうして嘘をついていると?」 ハーパーは昨日のエル・カトリコの言葉を指摘しました。 6日前に召使を葬ったこと。それは日曜日に当るということを。 「で?」 「カトリックは聖なる日に埋葬はしないんですよ。ありえません!」 そしてハーパーが珍しい鳥(赤トビ)に気をとられている間、シャープは考えていました。 地下室の上の石が、カーシーにすらわからないほどきっちりとはめられていたこと。 エル・カトリコが捕虜にしていた槍騎兵の軍曹をすばやく殺したこと。 フランス軍は黄金について何も知らなかったからではないだろうか。 フランス軍は黄金を奪っていたとしたら、急いでシウダード・ロドリゴに戻るはずだ。 ハーパーの言うように、墓は日曜日に作られ、それもまた疑わしいことでした。 エル・カトリコは嘘をついている。証拠はありませんでしたが、確かなことでした。 シャープはハーパーを振り返りました。 「黄金はあの墓にあると思うか?」 「何かがあるはずです。おかしいのは、あの墓は暴かれていなかったということですよ」 「もし俺がフランス将校なら」 と、シャープはつぶやきながら考えました。 「何かが隠されているとしたら、新しい墓だと思うだろうな。まずそこを探す」 ハーパーはうなずきました。 「で、そこに英軍の将校が埋められていたら?」 ハーディー。 もしフランス軍が英軍将校の墓を暴いたら、速やかに埋め戻し、祈りをささげるだけでそれ以上のことはしないだろう。 「しかし・・・」 「わかっています。変ですよね。カトリックは異教徒を一緒の墓地に埋めたりしないものです。でも何千もの金貨を隠すためだとしたら?やりかねませんよ。あの娘さんの親父さんは何か言っていましたか?」 「何も知らないそうだ」 それは本当だろうと思っていました。シャープが黄金のことを尋ねた時、テレサの父は顔を背けました。 「黄金!いつだって黄金の話だ!リスボンに届けて欲しかった。エル・カトリコは陸を運ぶといったのだ!フランス軍がそれを持って行った。カディスに行くはずだったものが、もうないのだ」 さらにシャープがそのことについて聞こうとしたとき、テレサを伴ってエル・カトリコが姿を現したのでした。 そして今、ハーパーの言葉がシャープに新たなイメージを与えました。 イギリスの田舎にある古代の墳墓と、そこに埋められた黄金の伝説。ドラゴンに守られていて、掘り出すことができない。 それをシャープは振り払い、カーサテハーダに黄金がありえるかということを考え始めました。 なぜエル・カトリコはカーシーがパルティザンと共に残るように仕向け、あるいはシャープたちライフル隊にも残るように言ったのか? もしハーパーが正しいとしたら、そしてシャープ自身の疑いが正しいとしたら、墓は協会の規則に反して日曜日に彫られ、そこにはジョセフィーナの愛人の遺体と共に黄金が埋まっている。 エル・カトリコは、おそらく彼の疑いをそらすためにパルティザンと残るように言ったのだろうと思われました。黄金はいつでも掘り出すことができる。 嘘のような話でしたが、もしここで決心しなければ、黄金は永遠に手に入らないということが、シャープにはわかっていました。 彼は声を上げて笑い出し、エル・カトリコの部下のホセが振り向きました。 「大尉?」 「休憩を取る。10分だ」 兵士たちは腰を下ろし、シャープは負傷者たちに声をかけて回りました。 「明日にはアルメイダだ。明後日には連隊に合流できるぞ」 彼はわざと大声で言いました。 彼は決心していました。 明日はアルメイダには着かない。カーサテハーダに戻り、墓堀をする。 それだけが、疑いの種を除くことができるのでした。しかしそこには、フランス軍よりも危険な敵が待っているはずでした。 もしそこに黄金があったとしても、フランス軍と、さらに手ごわいパルティザンを酒ながら、20マイルの道のりを運ぶことができるか。 しかしこのとき、彼はホセの気をそらすため、兵士たちもびっくりするほどの浮ついた声で言ったのでした。 「明日には肉が食えるぞ。野菜のシチューじゃないんだ!ラムもあるし、女房たちも待っている。楽しみじゃないか?」 兵士たちは、シャープが幸せなら自分たちも幸せだというように、笑顔を見せました。 「おまけに俺たち独り者には、ポルトガル人の美人が待っている!」 「あんたたちは女のために戦うのか?」 と、ホセは信じがたいような表情で尋ねました。 「そうさ。後は酒のためだ。それから1日差し引き1シリングのためだな」 ノウルズがやってきて、10分の終わりを告げ、シャープは手を打って兵士たちを立たせました。 兵士たちは機嫌よく立ち上がると荷物を背負い、銃を肩にかけました。 シャープはホセに印象を植え付けようとしていました。 まさか彼らがカーサテハーダに戻るとは思わせないために。 パトリック・ハーパーが再びシャープに歩調を合わせました。 「で、戻るんですか?」 シャープはうなずきました。 「他の誰にも知らせるなよ。どうしてわかった?」 ハーパーは笑い出しました。 「だってあなたはあいつの女にぞっこんですからね」 シャープは微笑しました。 「そして黄金だ、パトリック。黄金を忘れちゃダメだ」 アグエンダ川には夕暮れに到着し、シャープは東側の岸にキャンプを張りたかったのですが、それはパルティザンたちに疑惑を抱かせることになるのでやめました。 彼らは兵士たちが対岸に渡るまで、監視を続けていました。 ずぶぬれで震えているノウルズに命じ、シャープは大きな焚き火を焚かせました。 パトリック・ハーパーは、衣類を火で乾かしながら、なぜ大尉が敵に発見される危険を犯して火を焚かせたのかを考えていました。 パルティザンからも、兵士たちがここにいるのがわかるからだ。 しばらくのち、ホセは立ち去ることを決意したらしく、シャープは騎馬の男たちが東に去っていくのを見ていました。 「中尉!」 ノウルズが焚き火のそばからやってきました。 「引き返すぞ。今夜だ」 ノウルズはそれを予期していたかのようにうなずきました。 「負傷者は連れて行けない。リード軍曹がアルメイダまで連れて行く。3人の兵士をつけてやれ。そしてコアに出て、艦隊に合流するように言うんだ。いいな?そしてこちらは二手に分かれる。俺はライフルマンを先導する。後からついて来い。カーサテハーダの墓地で会おう」 「黄金はあそこにあると?」 「たぶんな。みてみたいんだ」 シャープは中尉に笑いかけました。 「指示を出してくれ、ロバート。そして何か問題があったら知らせてくれ」 闇が濃くなり、月は雲に隠れ、星が瞬き始めました。冷たい北風が吹いていました。天気が変わりそうでした。 今夜はもってくれ。 と、シャープは思いました。雨になると遅れる。カーサテハーダには、闇の中で到着しなければなりませんでした。 ノウルズが戻ってきました。 「何か問題が?」 「リードだけです。書類が必要だというのです」 シャープは笑い出しました。 リード軍曹のイシアタマめ。フランスよりも厄介な敵だな。 シャープはノウルズのノートから破りとった紙に、闇の中で鉛筆を走らせ、ノウルズに渡しました。 「まだ何か?」 「黄金があることをご存知なのですか?」 「俺が知らないということを、お前は知っているはずだ」 「危険です。カーシー少佐は戻るようにおっしゃったし、エル・カトリコは我々を歓迎しないでしょう。それに・・・」 と、彼は言いよどみました。 「それに?」 「例の憲兵の事件の後で、将軍とあなたの間に何かあったことを、みんな知っています。もしカーシーが何か言ったら、そうしたら・・・」 「さらにトラブルになると?」 「そうです。それだけじゃなくて、官報がまだ交付されていないのをみんな知っています!あなたが兵卒上がりだから!イーグルまでとってきたのに、不公平です!」 「ちがうちがう」 シャープはノウルズをさえぎりました。彼はちょっとたじろぎ、驚いていました。 「軍が不公平なんじゃない。遅いだけだ」 そのことを、彼自身信じてはいませんでした。しかしそう自分に思わせたとしても、やはり苦い気持ちでした。 彼はあの得意だった瞬間を思い出していました。 将軍はすぐに官報で彼を大尉に任命したのですが、それきり、まだ本部からの連絡はありませんでした。 拒否されたのかどうかさえ、わかりませんでした。 全く、昇進のシステムって奴は。 シャープはノウルズを見ました。 「お前は中尉になってどれくらいになる?」 「2年9ヶ月です」 その答えのすばやさにシャープは驚きましたが、中尉たちは昇進に必要な3年を数えて暮らしているのでした。 「クリスマスまでには大尉になるのか?」 「父が支払いをしてくれます。タラベラの後で、約束してくれました」 「お前はそれだけの価値があるよ」 シャープは痛いような嫉妬を感じていました。 500ポンドあれば、大尉の地位を買える。ノウルズはいい親父を持ってラッキーだな。 シャープは笑い、自分の憂鬱な気分を振り払いました。 「もし俺の官報交付が失敗していたら、クリスマスには立場が逆転だ!」 彼は立ち上がりました。 「時間だ。どうやって道を探すか。まあ、うまくやろうぜ」 北東に1000マイルほど離れた場所で、一人の小男が飽くことを知らずに書類の山を相手の仕事を続けていました。 そしてアンドレ・マーシャル提督の最近の通信を繰り返し読んでいました。 彼がエスリング公に任命したばかりのこの提督が、接触をたとうとしているのかと考えていました。 そんなにも小規模な英軍に対し、この大規模なフランス軍をもってして、なぜマッセーナはこんなに時間がかかるのか。 報告書ではマッセーナはポルトガルに進軍しつつあり、英軍は今にも海に追い落とされそうだというのに。 その小男はあくびをしました。 彼は自分の帝国で起きていることのすべてを承知していました。エスリング公が若い女に溺れていることも。 仕方ない、男には必要だ。特にこんなに長く続いている時は。勝利が全てを帳消しにするだろう。 彼は声を上げて笑い、召使にろうそくをともさせました。 マッセーナの愛人が軽騎兵のユニフォームを着ているからといって、それがどうした? 帝国は安泰だ。 小男はベッドに向かい、そして皇妃のもとで、これからの数ヶ月続くであろう眠れぬ夜を忘れようとするのでした。 #
by richard_sharpe
| 2006-09-14 19:52
| Sharpe's Gold
2週間前に処方された薬の副作用と格闘しているところです。
眠気 なんですが・・・。 立ったままでも眠れるほどです。 そんなわけでこのところ、続けてPCの前に座って集中することができずにいます。 一両日中には必ず更新するつもりです。 毎日見に来てくださっている皆様、どうもありがとうございます。 申し訳ありませんが、もう少しだけお待ちくださいませ。 ![]() #
by richard_sharpe
| 2006-09-11 13:22
| 欄外のお知らせ
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第10章 細身の剣は目にもとまらぬ速さで動き、シャープの左にあったと思った次の瞬間には、まるで魔法のように胸元に突きつけられていました。 鋭いその切っ先は、わずかに触れているだけなのに、シャープは血が一筋流れているのを感じていました。 エル・カトリコは一歩跳び退り、敬礼から守りの姿勢に入りました。 「遅いぞ、大尉」 「剣を代えませんか」 エル・カトリコはシャープの剣を取ると、バランスを測り、空を切ってみせました。 「肉切り包丁だな」 エル・カトリコの剣は針のように細く、バランスもいいものでしたが、シャープは彼の攻撃から身をかわすことはできませんでした。 パルティザンの首領はシャープをなぶり、喉元からほんの半インチのところで刃を止めました。 「きみは剣士ではないな」 「俺は兵士なんでね」 エル・カトリコは微笑むと皮一枚のところをかすめて剣を戻しました。 「ではきみの軍隊に戻りたまえ。船に乗り遅れるぞ。英軍は帰国しようとしている。大尉、戦争を我々の手に残して」 「じゃあ、よく面倒を見て置いてください。また戻ってきますよ」 シャープはエル・カトリコの高笑いを背に門に向かいました。 ノウルズによる銃撃のあとが生々しく残るモレーノ邸の中庭でした。 セザール・モレーノが門を入ってきて立ち止まり、シャープに笑いかけ、エル・カトリコに向かって片手を挙げました。 「大尉、きみの部下たちの用意はできたようだ」 モレーノは品のある男でしたが、力強さや勇気は妻の死と共に仕舞いこまれ、彼は愛娘を強大な力を持つエル・カトリコにゆだねたようでした。 灰色の頭髪と口髭を持つ彼は、シャープに通りの方を示しました。 「同道しよう」 村人たちの埋葬で丸一日かかり、その間にローデンも死に、彼の葬送が今始まろうとしているのでした。 「私の子どもたちだが」 と、モレーノは口を開きました。救ったことへの礼ならもう何度も繰り返されていましたが、彼はまた説明せずにはいられないのでした。 「ラモンは病気で、さほど重いものではないのだが、旅には耐えられない。それでテレサが残って面倒を見ていたのだ」 「フランス軍の襲撃は突然だったのですか?」 エル・カトリコが割って入りました。 「突然だった。我々の予想を越えていた。彼らが丘陵地を探索していたのは知っていたのだが。マッセーナは心配なのだ」 「心配?」 モレーノが言葉を継ぎました。 「補給線が、南へ向かっている。我々がどうするかわかるかね?アルメイダを守るために、明日補給線を叩く」 シウダード・ロドリゴでと同様、英軍があてにならないために、エル・カトリコは部下たちを危険にさらそうとしているのでした。 彼は魅力的な微笑を浮かべてシャープを見ました。 「きみも来てくれるだろうな?きみたちのライフルは役に立ちそうだ」 シャープも笑みを返しました。 「軍に合流しなければならないんでね。おっしゃったでしょう?船に乗り遅れる」 「何もせずに帰るのか。悲しいことだ」 ゲリラの一団が、彼らが通り過ぎるのを黙って見つめていました。それぞれが、男も女も、マスケットと銃剣を装備し、ナイフをベルトに何本も差し、長剣を帯していました。馬も立派で、鞍をつけたそれらを、シャープは羨望の眼差しで見つめました。 「彼らはフランス人への憎しみのために、馬を進める。人民が我々を支えてくれるのだよ、大尉」 と、エル・カトリコは言いました。 それと英軍の銃とね。 と、シャープは思いましたが、何も言いませんでした。 「大尉、申し訳ない。きみの部下を我々の墓地に埋葬することはできんのだ」 モレーノは彼らを墓地の外に伴いました。 プロテスタントの魂は、カトリック信者の魂を地獄に引きずり込む。 スペイン人はそう信じているのでした。 カーシーが墓の前に立ち、ハーパーにうなずきました。ハーパーの号令で全員が帽子を取り、カーシーの祈りが始まりました。 で、黄金は? と、シャープは考えていました。 フランス軍が持ち去ったようではあるが、残虐に村人を殺し、金貨を奪い、その後で注意深く納骨堂の石を戻しておくだろうか。 シャープはハーパーに目を向けました。 軍曹は空を見上げ、鳥を見ているようでしたが、彼の視線がちらりとシャープに向けられ、一瞬で逸れました。 その表情に、何か気づいたことがあるということを、シャープは認めました。 「アーメン!敬礼!」 カーシーの声に我に帰り、シャープ、ハーパーと号令が飛んで葬礼の空砲が響きました。 シャープは戦死した兵士たちを葬儀無しで葬ろうとしていたのですが、カーシーが難色を示し、シャープも少佐が正しいというように思ったのでした。 兵士たちが軍に戻ることについて静かに話している声が、シャープの耳にも届いていました。皆、戻りたがっていました。 カーシーが聖書を手にシャープの傍らにやってきました。 「きみはよくやってくれた。この辺境の地まではるばるやってきて、よくやってくれた。何も手にすることなく戻らせるのは心苦しいが、きみの努力は無駄ではなかった。我々はスペインの人々に、彼らとその将来を気にかけていること、きみたちの熱意と行動を示すことができた。それは忘れられることはないだろう」 エル・カトリコが拍手をしました。カーシーはさらに続けました。 「明日ポルトガルに向けて出発したまえ。エル・カトリコがエスコートしてくれる。私はここに残り、戦闘を続ける。また会えると願っている」 シャープはまっすぐに前を見て、怒りを押し殺していました。 つぎはエル・カトリコの主催する葬儀にシャープたち将校が連なる番でした。 テレサは黒いドレスを着て、いつものようにシャープなど見たこともないといったような視線を向けてきていました。 エル・カトリコは脇に剣をはさんで立ち、テレサのシャープに向けた視線に気づいて薄笑いを浮かべました。彼は、テレサに対するシャープの思いを知っているようでした。 シャープは岩場を駆けていた陰影の濃い裸身を思い浮かべ、それは黄金と同様にあきらめなければならないものだと自分に言い聞かせていました。 ハーパーが十字を切り、帽子を取りました。 ラモンがシャープに笑いかけました。 「明日行くんだね?」 「そうだ」 「悲しいな」 たった一人、カーサテハーダで親しみを見せてくれるのが彼でした。彼はシャープのライフルを指差しました。 「それが好きだ」 シャープはニヤッと笑い、ライフルを彼に持たせました。 「一緒に来いよ。ライフルマンになれるぞ」 エル・カトリコがひとしきり笑い、咳払いをしました。 「大尉、悲しいことだ。多くのものが命を落とした。多くの新しい墓を設けなければならなかった」 シャープは小さな墓地を見渡しました。 何かがおかしい。何か見落としている。 フランス軍は墓を暴いていったのでした。それは今では埋め戻されていました。 もし連中が黄金の事を聞いていたら、ここをこんなに荒らしただろうか? ハーパー軍曹がさりげなく近づいてきました。 「全部が荒らされたわけじゃないですね」 エル・カトリコは彼に微笑を向けました。ハーパーが指差している墓は、まだ新しいものでした。 「全部ではない。時間がなかったのだろう。6日前に葬った、私の従者の墓だ。いい男だった」 カチリと音がして、皆がラモンを振り返りました。彼はライフルをいじっていました。そして、シャープの手にそれを返しました。 「いつか一つくれるね?」 「いつかやるよ。戻って来た時に」 「戻ってくる?」 シャープは声高に笑いました。 「戻るさ。フランス人どもをパリまで追い立てなくちゃならないからな」 彼はライフルを担ぎ上げ、エル・カトリコから離れて歩き出しましたが、振り返ると彼はシャープについてきていました。 「大尉、戦争に敗れたとは思っていないのか?」 シャープは肩をすくめました。 「まだ負けていない」 「間違いだ。大尉、きみたちは負けたのだ。今では奇跡だけが、英国を守る」 その声はあざけりを隠していませんでした。シャープも同じ調子で言い返しました。 「我々は同じクリスチャンだ。違うか?ってことは、奇跡を信じるということだ」 いきなり高い笑い声が響きました。 振り返った視線の先に、テレサがいました。 彼女は父親の腕をとり、隠遁所の入り口に立っていました。 笑いは突然に終わり、彼女は再び気難しい表情に戻りました。 しかし初めて、シャープには、テレサの気持ちがこの背の高いスペイン人に向いていないことがわかりました。むしろ、シャープに同意しているようでもありました。 奇跡か。そいつが始まったのかもしれないな。 と、シャープは強く感じました。 #
by richard_sharpe
| 2006-09-05 18:22
| Sharpe's Gold
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第9章 すえた甘いような臭いが、村から5マイルの距離にまで漂い、むせ返るようでした。 シャープは、この臭いを熟知していました。軽歩兵隊のほとんどの兵士たちも、この臭いの正体を知っていました。 村には犬さえも生き残っておらず、生き返るのを恐れたかのように、むごたらしくずたずたにされていました。何匹かの猫だけが、時折姿を見せました。 たった一人、生きている人間がいました。 パンと水と一緒に、傷を受けたシャープの部下ジョン・ローデンが残され、息絶えようとしていました。 ラモンはおぼつかない英語と身振りで、村に何が起きたかをシャープに話しました。 50人近い村人たち、ほとんどか老人と子供たちでしたが、皆殺されたというのでした。 フランス軍はゲリラではない村を包囲して逃げる隙を与えなかったのです。 ラモンは引き金を引くしぐさをし、回復したら戦いに戻る意志を見せました。 彼はテレサによく似ていましたが、テレサよりも親しみのある表情を持っていました。 死体は地下室だけでなく、槍騎兵たちのなぶりものにされた挙句に隠遁所に追い詰められて殺されたものも多くいました。 ライフル隊員でナポレオン信奉者のアイザイア・タングは、手にしていた朝食のパンを隠遁所の手前の階段にたたきつけていました。 捕虜にした軍曹をマクガヴァーン軍曹に任せたとき、マクガヴァーンは 「野蛮人ですよ、奴らは」 と、苦しげに言いました。彼の子供と同じくらいの年の子供たちが、隠遁所の中で惨殺されているのでした。 シャープはその手前で足を止めました。 ここに、黄金がある。 シャープは自分の使命に怒りと嫌悪を感じていました。 「外に出してやれ!埋葬するんだ!」 兵士たちは青い顔をし、ハーパーは泣いていました。カーシーは、涙一つ見せないテレサの傍らにたっていました。 「恐ろしいことだ」 「だから彼らは、ああいうことをフランス兵にやるわけですね」 と、シャープは裸にされ、馬に引きずられた捕虜たちのことを思い出していました。 テレサはシャープを見ていました。シャープには、彼女が恐ろしいほどの怒りで、涙を飲み下しているのがわかりました。 シャープはハエを払いのけました。 「黄金は?」 カーシーがシャープに続き、隠遁所の床の意志を指差し、つま先でつつきました。 「この下だ」 「軍曹!ツルハシを探せ!急げ!」 兵士たちは命令を受けて安堵したようでした。 シャープは死体が引きずり出されていく音を聞かないように勤めながら、その敷石をつま先で叩きました。 「貴族ですか?」 「さあ、わからん。昔はそうだったかもしれない」 これはテレサの家族の納骨堂なのでした。 シャープはツルハシを持ってきたハーパーに声を掛けました。 「どこを掘る?」 ハーパーは槍騎兵の死体を蹴り、屈みこんで石の継ぎ目に打ち込むと、顔に血管を浮かび上がらせて力いっぱい持ち上げました。 壊れた石の下には、シャープ一人が十分入れそうなほどの空間がありました。 「みんな、こっちへ来い!」 テレサは向こう側の扉から、まるで無関心な様子で墓地に出て行きました。 ハーパーはもう一箇所、石にツルハシを打ち込み、兵士たちが6人がかりでそれを持ち上げました。 闇の中に、石段が溶け込んでいました。 シャープはそこに一歩足を踏み入れ、叫びました。 「ロウソクだ!誰か!」 ハーグマンが背嚢から取り出して火をつけている間、皆は一瞬静まりました。 シャープは闇の中を見つめていました。 本当にここにウェリントンの希望が埋まっているのか? それは非常に奇妙なことに思われました。 彼はロウソクを受け取ると、埃っぽい朽ちた死臭のする場所へと降りていきました。 棺が並ぶ中、シャープはロウソクを高く掲げ、何か金属が光ったのを目に留めました。 それは黄金ではなく、鋲の破片でした。 シャープはカーシーを振り返りました。 「無いですね」 「無いな」 カーシーは1万6千枚の金貨がその床にあったのを見たことがあるかのように、そこを見回しました。 「持ち去られた」 「どこに仕舞ってあったんですか?」 「きみが立っているところだ」 「どこへ?」 カーシーは鼻で笑い、伸びをしました。 「知るものか。私にわかるのは、ここには何もないということだけだ」 「で、ハーディー大尉はどこです?」 シャープはだんだん腹が立ってきていました。こんなに遠くに来たのに、何もない。 「知らんよ」 シャープは石壁を蹴りつけました。 黄金は持ち去られ、ハーディーは行方不明で、ケリーは死んでローデンは死にかけている。 彼は壁のくぼみにロウソクを置き、屈みこんで床を調べ始めました。 埃に何かを引きずったような跡が残されていました。 黄金は動かされたのだ。 彼は立ち上がりました。 「エル・カトリコが持ち去った可能性は?」 その声は二人の頭上から聞こえました。深く豊かで、若々しい声でした。 「いや、それはない」 とその声が再び言い、グレーの長いブーツと、グレーの長いコート、銀の細身の剣を腰にした姿が現れました。 弱弱しい光の中に、背の高い、浅黒い端正な顔が浮かび上がりました。 「少佐、また会えてよかった」 カーシーは口髭をひねり、 「ホベリャノス大佐、こちらはシャープ大尉です。シャープ、こちらは・・・」 「エル・カトリコ」 シャープは邂逅にふさわしくない、淡々とした声で言葉を継ぎました。 シャープより3歳ほど年上の、背の高いその男は微笑み、優雅な会釈をしました。 「私はホアキン・ホベリャノスだ。スペイン軍では大佐だったが、今ではエル・カトリコとして知られている。フランス軍はこの名をおそれているのだ。しかし私は無害な男だよ」 シャープはこの男の剣さばきの速さを思い出していました。 無害などころか。 彼はシャープに片手を差し出しました。 「私のテレサを救い出してくれたそうだな」 「はい」 もう一方の手がシャープの肩に軽く触れました。 「では、きみに借りができたわけだ」 しかしその言葉は、猜疑に満ちたその目に裏切られていました。 エル・カトリコは一歩下がると優雅な手つきで床を示しました。 「空だ」 「そのようですね。たくさんあったはずなのに」 「きみたちの好意で運んでもらえるはずだった」 といった声は、絹のように滑らかでした。 「カディスへ?」 エル・カトリコは視線をピタリとシャープに据えていました。 「ああ、しかしもう果たせない。なくなってしまった」 「どこにあるか、ご存知なのですか?」 「知っているとも、大尉」 シャープはじらされているのがわかっていました。 「どこへ?」 「興味があるかね?あれは我々のものだ。スペインの黄金なのだよ、大尉」 「好奇心が強い性質でね」 「ああ、なるほど。では好奇心を満たしてあげよう。フランス軍が持って行ったのだ。2日前だ。ハーディー大尉と一緒に。捕虜がそういっていた」 カーシーは会話に割り込む許可を得るように咳払いし、エル・カトリコの言葉を引き取りました。 「そういうことだ、シャープ。終わった。ポルトガルに戻りたまえ」 シャープは彼を無視し、スペイン人をじっと見つめていました。 「確かですか?」 エル・カトリコは笑みを浮かべ、おかしそうに眉を上げ、両手を広げました。 「捕虜が嘘をついていなければね。確かだと思うが」 「あんたはそいつのために祈ったのか?」 「そのとおり。彼は祈りと共に天国へ行った。肋骨を一本ずつ切り取られてね」 エル・カトリコは声を上げて笑いました。 シャープが微笑む番でした。 「こちらにも一人捕虜がいる。あんたの捕虜の話を裏付けられると思うが」 エル・カトリコは指を階上に向けました。 「槍騎兵の軍曹かね?きみらの捕虜というのは?」 シャープはうなずきました。 「そうだ」 「それは気の毒に。ここに着いた時に、私がその男の喉を掻き切ってしまった。一瞬、怒りに我を忘れてね」 口元は笑っていましたが、その目は笑っていませんでした。これが挑戦だ、ということはシャープにはわかっていました。 しかしシャープは肩をすくめただけで、背の高いスペイン人が階段を上がっていく後についていきました。 新たにそこにやってきていた男たちで騒がしくなっていた周囲が、リーダーの登場で静まりました。 シャープはすえた臭いの中で、部下たちをやすやすと動かしている背の高い男を見つめていました。 兵士はその行動だけでなく、どのような敵を打ち破ったかによって判断される。 シャープはそれを知っていました。 そして無意識のうちに、剣の柄に手を掛けていました。 はっきりと口に出されたわけではありませんでしたが、シャープはそこに英軍の敵を見出していたのでした。 そしてそれは、全く個人的な戦いになるはずでした。 #
by richard_sharpe
| 2006-09-01 17:18
| Sharpe's Gold
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第8章 カーサテハーダは粉々にされた蟻の巣のようなものでした。 午前中いっぱい、斥候が谷を回り、そして土煙を上げて戻っていきました。 乗り手を失った馬たちがさまよい、ハーパーは故郷のドニゴールの荒野でポニーを乗り回していたときのことを思い出しました。 兵士たちはひっそりと動き回っていました。 ケリーは血の泡を口元に浮かべながら弱々しく呼吸をしており、兵士たちは死を怖れるようにして彼を避けていました。 シャープは目覚めるとハーパーに休むように命じ、歩哨の交代をし、一掴みの草で剣にこびりついた血をこそげ落としていました。 火を焚くことはできず、兵士たちは戦場でと同様、湯の代わりに小便で銃の中を洗い流していました。 例の娘は何の反応も見せず、表情も変えず、ラモンの手をとり、彼の唇を水で湿してやっていました。 太陽はじりじりと彼らを焼き、それをさえぎるものはありませんでした。 カーシーはシャープの横にやってくると、谷を見下ろしました。 「見ろ。荷造りを始めたぞ」 望遠鏡で見下ろすと、村の通りには一頭の荷ロバがいました。その荷が黄金かどうかまで、判断はできませんでした。 「こっちまで探しにはこないだろう。我々が立ち去ったかどうかを確認するだけのはずだ」 「移動しますか?」 「このあたりでいちばんの隠れ場所は、ここだ。きみたちさえ頭を低くしていれば大丈夫だ」 シャープはカーシーが常に「きみたち」ということばを使い、自分が英軍に所属していないかのような、シャープがこの敵の領域で生き延びるかどうか気にしていないような言い方をするのが不思議でした。 カーシーはしばらく物思いにふけっているようでしたが、こう切り出しました。 「あれがなぜ重要か、きみは知っておかねばならない」 「少佐?」 と、シャープは何のことかわからずに問い返しました。 「黄金だ。スペイン側は非常に失望している。タラベラで何があったか、考えてみたまえ。シウダード・ロドリゴではどうだ?恥ずべきことだよ、シャープ」 シャープは黙っていました。 タラベラではスペイン軍は、彼らが保証した補給を怠ったためにウェリントンの力添えを失いました。 シウダード・ロドリゴでは、5週間前、要塞都市が果敢な防衛の後に陥落し、ウェリントンは救援を送りませんでした。 マッセーナの攻撃軍は、つぎはアルメイダを標的としていました。 「シャープ、我々は彼らに同盟軍として、何かしなければならん。我々が助けになること、有益であることを、さもなければ彼らの支持をわれわれは失う。わかるか?スペイン軍がいなければ、我々は戦争に敗北するのだ。ウェリントンにもそれがわかってきた。遅すぎても、来ないよりはマシだ」 カーシーは例の笑い声をたてました。 「ウェリントンが我々に黄金を運ばせる理由はそれだ。誠実な努力を見せなければならん。シウダード・ロドリゴでの裏切りを埋めないとな!政治的配慮というヤツだ!」 今は議論の場ではない、とシャープは思いました。彼は全くカーシーの言葉を信じていませんでした。 シャープにわかっていたのは、この小柄な少佐はスペイン人の側にあるということでした。退役後の人生を、この荒野と白い家々の土地に見出したかのようでした。 シャープはテレサとラモンのほうを振り返りました。 「彼らは黄金については何か知っていましたか?ハーディー大尉のことは?」 「何も言っていなかった。たぶんエル・カトリコが黄金を移動して、ハーディーはそれに付き添っているのだろう」 カーシーはスペイン語でテレサに何か話しかけました。 シャープにはその内容はわかりませんでしたが、テレサを見ることができるのが嬉しく、ジョセフィーナと黒髪が似ているな、などと思っていました。 しかし二人が似ているのはそれだけで、ジョセフィーナが贅沢な暮らしに浸かっているのに対し、この野生の動物のような娘は厳しい表情で、23歳という若さでしたがその口元にはしわが刻まれていました。 シャープは彼女の母親がむごい死に方をしたらしいということを思い出しました。 そしてフランス軍大佐を殺した時の彼女の笑顔を思いだし、思わず微笑しました。 「何がおかしいの?」 テレサはシャープの目を指で抉り取りそうな顔つきをしていました。 「何も。英語が話せるのか?」 「彼女の父親は英語が堪能で、我々はずいぶん助かった。彼女は何も知らないそうだ。黄金はまだ隠遁所にあるのではないかと言っている。ハーディーの姿は見ていないらしい」 カーシーは、スペイン人が自分に嘘をつくなどとは思ってもいない様子でした。 「では隠遁所を探さなければ」 「まずは偵察がどう動くか待とう。そう長くはかからないだろう」 300あまりの槍騎兵たちが村から移動を始めていました。彼らは馬から下りていました。 シャープは兵士たちに静かにするように命令し、偵察が向かってくるのを見つめていました。 騎兵たちは斜面を登り始め、シャープは彼らが斜面の低いところをずっと移動し続けていくように、息を殺して願っていました。 背の高い槍騎兵が1人、他のものたちよりも高いところにやってきました。軍曹でした。 降りてくれ。 シャープはひそかに繰り返しました。しかし彼は一人でやはりこちらに向かってきていました。 シャープはゆっくりと振り返り、唇に指を当てながらハーパーにその軍曹を示しました。 騎兵軍曹は立ち止まり、上を見上げ、汗を拭きました。 将校が下から戻るように叫びましたが、彼は首を振って稜線を指差し、さらに昇りました。 あとほんの数歩で、すべてが駄目になる。 シャープは自分の真下にいる軍曹を呪いました。 その息遣いまで聞こえるようになり、いきなりシャープの目の前に茶色く日焼けした手が這い上がってきました。 シャープは30分ほどとも思える、実際は1秒にもならない時間を待ちました。 そして敵が驚きの目を見張った時。 シャープはその軍曹の喉を右手で締め上げました。左手でベルトをつかみ、身体をねじるようにして敵を引っ張り上げました。 ハーパーがその男を蹴り倒し、7連発銃の銃床で頭を殴りつけました。 誰も見ておらず、気づいていないはずでした。しかし敵兵たちはまだこちらに向かっており、これで終わりではありませんでした。 敵の軍曹とハーパーは四つに組み合い、相手の頭をねじろうとしていました。 その軍曹は叫び声を上げるべきでしたが、めまいがしているらしく、ただ彼は立ち上がることだけを考えているようでした。 2人の取っ組み合いを、他の者たちはただ呆然と見守るばかりでした。 行動を起こしたのはテレサでした。 彼女はマスケットを拾い上げると、真鍮製の銃身で男の額を殴りました。 そのときにちらりと喜びの色が彼女の表情をよぎったのに、シャープは気づきました。 いきなり静かになり、ハーパーは首を振りながら立ち上がりました。 「ゴッド・セーブ・アイルランド」 娘はハーパーを哀れみのような色を浮かべた目で見やると、そのまま(シャープを見もせずに)彼の横に横たわり、敵を見下ろしました。 彼らは軍曹を探し始めていました。 大声で呼び、こちらに向かってきていました。 シャープはあたりを見回しましたが、身を隠すところはありませんでした。 見つかるまで、時間の問題だ。まったく、あの軍曹め! テレサが谷を横切り、向こう側に向かって行き始めました。 「彼女がうまくやる」 と、カーシーがラモンの横で首を振りながら言いました。 その間にも軍曹を探す兵士たちは、刻一刻とこちらに迫ってきていました。 いきなり叫び声が上がりました。 鋭く、短く何度か繰り返されました。 テレサでした。 彼女は恐ろしい叫び声を上げ、シャープの部下たちは戸惑った顔つきを見交わしていました。 シャープは身を乗り出すようにして崖の縁から覗くと、槍騎兵たちが叫びながら斜面の上のほうを指差しているのが見えました。 何に興奮しているのか、その正体が分かると、シャープは思わずハーパーも見たことがないような大きな微笑を顔に広げました。 シャープは望遠鏡を取り出しました。 全裸の娘が尾根に沿って、追っ手を気にするように振り向きながら走り、丘の反対側に姿を消しました。 酒か女だ。 と、シャープは思いました。兵隊にはそれに限る。 そしてテレサが姿を消した方向に、槍騎兵たちは統率をなくして殺到しようとするのでした。 彼らは軍曹が彼女を見つけ、裸にし、そして逃げられたのだと思っていることは確かでした。 彼女がいかに勇敢で頭が働くか、シャープにははっきりとわかりました。 しかしただこのとき、彼は陰影の濃い、筋肉質の裸身を思っていました。俺の好みだ。 カーシーはシャープを見上げていました。 「何があったんだ?」 「彼女が連中を遠ざけてくれました」 「どうやってですか?」 と、ハーパーが尋ねました。 娘の姿は丘の頂上の向こう側に消えていました。シャープはハーパーに笑いかけました。 「服を脱いだんだ」 「きみはそれを見ていたのかね!」 カーシーは怒気もあらわでした。 「何も手伝いができなかったので」 「なんという類の男なんだ、きみは?」 どんな類の男が、あれを見ずにいられるというんだ? 「言ってくださればよかったのに」 と、ハーパーが残念そうに言いました。 「お前のおふくろさんが心配するからな。すまんな」 とシャープは笑い、 「お前に話してみろ、他の奴らがみんな見たがるに決まっているじゃないか。とりあえず今のところは無事に収まったって事だ」 といいながら、シャープは彼女の美しさを思い浮かべていました。 2時間ほど経って、白いドレス姿でテレサが戻ってきました。 騎兵たちは軍曹を探すのをあきらめ、カーサテハーダから立ち去っていきました。 たぶんその村はこの周辺のパルティザンにとって、マッセーナ軍の補給を狙う根城となっていたのでした。 テレサは尾根から自分の村を見下ろし、騎兵たちの槍の穂先の輝きが遠ざかっていく様子を眺めていました。 その行軍は果てしなく続くようで、フランス軍の威容を物語っていましたが、彼らですらゲリラ軍を打ち破ることはできないのでした。 シャープはあらためて、自分がパルティザンと戦う側にいなくてよかったと思いました。 彼らに勝つには皆殺しにするしかない。 そして血に染まった多くの死体のことを思い出していました。 フランス軍が姿を消すまでの間に、ケリーは息を引き取りました。 シャープはまた未亡人になったプルー・ケリーのことを思い、死んだ伍長が笑みを絶やさなかったことなどを考えていました。 彼女はまたすぐに結婚するだろう。兵隊について歩く女が生き延びるには、それしか道はないから。 ケリーは浅い穴に葬られ、その上に兵士たちは石を積み上げ、カーシーが祈りを捧げました。 縛り上げられた槍騎兵は、その光景を見てもがくのをやめていました。 すっかり日が昇り、暑く、雨雲はまだ遠くにありました。 軽歩兵中隊は、空になった谷間に、黄金を探すために降りていきました。 #
by richard_sharpe
| 2006-08-29 17:29
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