カテゴリ
三冬のシャープ・サイト
以前の記事
2009年 06月 2009年 04月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第14章 村にはまだ6頭の馬が残っており、その馬たちは最初の2マイルほどの行程で役に立ってくれました。 しかしその後は険しい登りの道になり、兵士たちが金貨を背負っていくしかありませんでした。 ノウルズたちが馬を乗り捨てに丘陵地に入っていき、シャープはその蹄の跡が追っ手を惑わせてくれないかと期待していました。 強い雨が降り続け、ずぶぬれで疲れきった兵士たちは、それでも進み続けなければなりませんでした。 テレサは全く怖れていない様子でした。彼女はシャープが自分を殺すことはできないと知っているかのようでした。 彼女の首に巻いたロープの端はハーパー軍曹の手首に巻きつけられていました。 「どこに向かうおつもりですか?」 と、ハーパーは雨の中で声を張り上げました。 「サン・アントンの砦だ。前に少佐が話していただろう」 そしてシャープは、カーシーが今どこにいるのかと考えるのでした。 1時間半ほどでノウルズたちが合流し、彼らは何も見つけなかったことを報告しました。 しかし、エル・カトリコとパルティザンたちは、姿を見せることなくどこかから見ているはずだということを、シャープはわきまえていました。 しかし一日の終わりには、シャープもいくらか希望を持ち始めました。 彼は岩場を、兵士たちを追い立てながら進んでいました。 テレサは一部始終を見ながら、常に薄笑いを浮かべていました。 風向きが変わっていないことを、シャープは祈り続けていました。雨の中で目印になるものは何も見えず、雨に向かえば北に向かっている、ということだけが手がかりでした。 ほぼ30分ごとに兵士たちに休息を取らせ、あたりを警戒しながらの行軍でした。 黄金という宝物も、今では兵士たちにとってはただのお荷物でした。シャープが後ろから目を光らせていなければ、彼らは喜んでその荷を捨てていくことだろうと思われました。 どこまで来たか、砦まであとどれくらいか。 シャープにはそれもわかっていませんでした。 前を進んでいた兵士たちがいきなり立ち止まり、シャープは怒鳴りつけました。 「大尉!見てください!」 先頭のノウルズが前方に手を振りました。 雨の中でしたが、それは美しい眺めでした。 台地は急に途切れ、眼下の谷間には川が流れていました。アグエンダ川でした。 ようやくたどり着いたのです。 川向こうに続く道も見えました。サン・アントンに向かうものでした。 やっとここまできたのでした。 「5分間の休憩だ!」 兵士たちは歓声を上げ、腰を下ろしました。 シャープは岩陰から谷間を見下ろしました。人影も、馬の姿もありませんでした。望遠鏡で確認しても同じでした。 「よし!今夜川を渡るぞ!みんな、よくやった!」 まだ雨もひどく、そこからは目のくらむような下り坂でした。 しかし兵士たちにはゴールが見えてきて、プライドも取り戻していました。 明日はアグエンダの向こう岸で目覚め、コア川に向かう。 その辺りは英軍の領域でもありました。フランス軍もほぼ同数駐屯していましたが、アグエンダ川が一応の境界になっているのでした。 「大尉」 と、ハーパーがそっとささやきました。 「大尉、後方です」 騎馬の男たちの姿でした。台地ではなく、直接こちらに向かう道を、パルティザンたちはやってきたのでした。 テレサは勝利の微笑みをシャープに投げかけました。 「何人だ?」 「それほど多くはありません」 20か、30。シャープはそう勘定しました。 「たいしたことはない!銃剣装着!目にもの見せてやれ!」 シャープは兵士たちに向かって叫びました。 騎馬の男たちは隊列を組み、こちらに駆けはじめました。 「よくひきつけろ!待つんだ!」 エル・カトリコが、勝ち誇った笑みを浮かべているのが見えました。テレサが身をよじりましたが、ハーパーがしっかりと抱きとめました。 騎馬隊は回り込み、シャープたちが向かう方角を封鎖しようとしていました。 「行くぞ」 シャープは顔にかかる雨を拭いました。 向かっていくしかない。 結局、エル・カトリコも愚かではなかったということでした。彼はシャープたちが北に向かうことを知り抜いており、彼らが山道をもがいている間に、平坦な道を騎馬で先回りしたのでした。 しかし、そのシャープの行く手に何か違うものが見えました。四角い帽子の騎馬の姿。 「伏せろ!伏せるんだ!」 フランス軍の斥候でした。 エル・カトリコたちは一瞬遅く、ハーパーと娘の傍らに横たわって、シャープはパルティザンたちが谷間を駆けすぎるのを見ていました。 フランス槍騎兵隊が動き出しました。 それは村を襲った隊とは別の部隊で、他の隊と合流しようとしていたところのようでした。1師団全体がそこにいました。そして、ターゲットを見つけたのでした。 エル・カトリコとパルティザンたちは算を乱して逃げ始めました。 テレサが駆け出しました。 「そこにいろ!」 シャープはハーパーに命じると、テレサの後を追いました。 フランス軍に見つかる! シャープはテレサに伏せるように呼びかけましたが、風が声をさらい、彼女は見向きもしませんでした。 シャープは足を速め、彼女に飛び掛り、引き倒しました。流れに半身が浸りました。 テレサはもがき、シャープの目に爪を立て、しかしシャープは彼女に体重をかけ、手首をつかみ、そして彼らは互いににらみ合っていました。 彼女はシャープを蹴り、シャープは両足を彼女の足に絡めました。 彼女を傷つけないように注意しながら、しかし彼は今見つかったら昆虫のようにまとめて串刺しになることも知っていました。 水は彼女の腰まで浸し、そして蹄の音は間近まで迫ってきていました。 見上げると、パルティザンのホセでした。しかしフランス軍が彼を見つけ、殺到しました。槍が彼の背を貫き、そのまま駆け抜けようとする馬を騎兵たちが引き止めるのが見えました。 テレサは身をよじり、叫び声を上げようとしていました。 彼女からはホセの死は見えていませんでしたが、エル・カトリコがどこかにいるのはわかっていました。 シャープは口で彼女の口を塞ぎました。 彼女の歯がシャープの唇を噛み、彼らは目を見開いてにらみ合ったまま、しかし突然彼女はおとなしくなりました。 フランス兵たちが互いに呼び合う声が交わされ、そしてその気配は徐々に遠ざかっていきました。 シャープは血の流れる唇を離し、頭を上げ、ささやきました。 「静かにしていてくれ」 彼女はうなずきました。シャープは手首を緩め、二人はそのまま雨に打たれていました。 蹄の音が近づき、テレサは何か見たようでした。そして何か言おうとしましたが、シャープは首を振り、やがて再び蹄の音が遠ざかって行く間、シャープは彼女にゆっくりと顔を近づけてキスをしました。 テレサは目を見開いていました。 そしてシャープの、血の流れる唇に彼女の舌がふれました。 シャープもまた、彼女を見つめていました。 テレサは目を閉じ、激しいキスをシャープに与えました。 騎兵たちは去ったようでした。シャープは安堵と、少し後悔の混じった吐息を漏らしました。 彼女は動こうとし、シャープはそれを押しとどめました。前方を、兵站の一隊が横切っていくのが見えたのでした。 フランス軍はアルメイダに向かっている。 「おとなしくしていてくれるか?」 テレサはうなずきました。シャープはゆっくりと手を緩め、彼女の傍らに身体を滑らせました。彼女は腹ばいになりました。 その瞬間、どういうわけかシャープの脳裏をテレサの陰影の濃い裸身がよぎりました。 シャープはゆっくりと首の縄目をほどいてやりました。 「すまなかった」 テレサは肩をすくめただけでした。 その首には細い鎖がかけられ、先には銀のロケットが下がっていました。 シャープはそれを開きましたが、予期した肖像画はありませんでした。その代わり、 愛を込めて J. より と刻まれていました。 シャープは最初は Joaquin(ホアキン) のJ かと思ったのですが、英語なのが奇妙でした。 そしてイーグルの指輪を思い出しました。ジョセフィーナがタラベラで買ってくれた銀の指輪。 これはハーディーのものだ。 「彼は死んだんだな?」 一瞬ためらってから、テレサはうなずきました。そして彼女はシャープの指輪に落としていた視線を、その顔にまっすぐに当てました。 「黄金は?」 「なんだ」 「カディスにいくの?」 「いや」 「あなたたちのものに?」 「そうだと思う。しかしフランス軍との戦いのためだ。イギリスに持って帰るわけじゃない。約束する」 テレサはうなずき、そして兵站部隊のほうに眼を戻しました。 フランス軍は北に向かい、アルメイダを攻撃する。 雨が激しくなり、水かさが増してくるようでした。 「ハーディーはどんな風に死んだんだ?」 「エル・カトリコよ」 「なぜ奴は黄金を欲しがっている?」 「力を金で買うのよ」 スペイン軍は霧散し、政府は解体し、それらしいものは遠くカディスにあるだけでした。そしてエル・カトリコは、彼の帝国を建設する機会をつかもうとしているのでした。 無慈悲な男にとって、スペインは今や大きな野望の対象となっているのでした。 シャープはテレサを見つめました。 「で、あんたは?」 「フランス人を殺したいのよ。最後の一人まで」 「我々の力が必要だ」 テレサはしぶしぶながらうなずきました。 「わかっているわ」 シャープは視線をあてたまま顔を傾け、テレサに再びキスをしました。 テレサは目を閉じ、彼の頭に手を当てました。 夢ではない。彼女が欲しい。 彼女は身体を離し、初めて彼に向かって微笑みかけました。 「水かさが増しているわ」 「渡れるか?」 「今夜雨が上がればね。あちら側で夜を明かせるわ」 「あんたはどうする?」 「帰っていいの?」 「ああ」 シャープは自分がバカだと思いました。 「残るわ。あなたの名前は?」 「リチャード」 彼女はうなずき、前方の砦を眺めました。 「あそこなら安全よ。10人いれば入り口を固められる」 「エル・カトリコは?」 テレサは首を振りました。 「あの男はあなたを怖れている。明日、仲間が戻ってくるまで待つでしょう」 雨水は谷間を満たし、岩場も草も水につかりました。 彼らは阪神水につかりながら、兵站部隊が去るのを待っていました。 明日には何が起きるか。 戦争は小休止でした。 #
by richard_sharpe
| 2006-09-28 17:36
| Sharpe's Gold
10日も間が開いてしまいました・・・。
昨日病院に行って、ちょっと風邪がよくなったような気がしたのですが。 今日は違う病院に行かねばならず、雨の中で冷えたらしくこじらせました。 ああ、また言い訳です。。。 せっかくテレサがー。 ![]() 明日にはきっと。 追記: もう一日だけお待ちを。 風邪薬でとろとろです。 (英語を読めない) 9月27日17時15分加筆 #
by richard_sharpe
| 2006-09-26 16:07
| 欄外のお知らせ
#
by richard_sharpe
| 2006-09-21 10:28
| 欄外のお知らせ
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第13章 シャープは2つの農園の間に立っているオリーブの木を指差し、ハーグマンに向かって叫びました。 「あの木が見えるか、ダニエル?」 鐘楼から返事が聞こえました。 「400ヤード先の、オリーブの木だ。大きい家の向こう側だ!」 「見えました」 「あのぶら下がっている枝を打ち落とせ!」 ハーグマンは何か奇跡のおまじないを口の中で唱え、エル・カトリコは不可能だというように冷笑しました。シャープは彼に笑いかけました。 「あんたの部下が村から出ようとしたら、必ず撃つ。わかったか」 エル・カトリコは返事をしませんでした。 シャープは4人のライフルマンを鐘楼に配置し、カーサテハーダから出るものがあったら撃つようにという命令を与えていました。 あとは軽歩兵隊が到着するまでの時間を稼がなければなりませんでした。 ライフルの発砲音が聞こえ、エル・カトリコにもオリーブの枝が木の皮一枚を残して垂れ下がるのが見えました。 彼は何も言いませんでした。 ハーパーに率いられた5人のライフル隊員たちに武装解除されたほかのパルティザンたちは、壁際に座らされていました。 ライフル隊員たちは金貨の詰まった皮袋を引っ張ってきて、シャープの足元に置きました。それは次から次へと現れました。 シャープは一度にこれだけの量の金貨を見たことはありませんでした。 エル・カトリコがその表情の下に怒りを押し殺していることは、シャープにもわかっていました。 「我々の黄金だ。シャープ」 「我々の?」 「スペインのだ」 「だから俺たちがカディスに運んでやる。一緒に来るか?」 「カディス!きみたちがカディスに持って行くわけがない!イギリスに運ばれて、将軍たちの贅沢品を買うに決まっている」 シャープもエル・カトリコと同様に嘲りに満ちた表情を作ろうとしました。 「それならあんたはこれをどうするんだ?」 「カディスに運ぶ。陸伝いで」 シャープはそれを信じてはいませんでした。 彼の直感の全てが、エル・カトリコは黄金を奪い、自分の手中にすると告げていましたが、それを証明する手立ては、ただ黄金が隠されていたということしかありませんでした。 シャープは肩をすくめました。 「それでは我々がお供しよう。喜んで」 シャープは笑みを浮かべ、エル・カトリコは部下たちに何か言いました。彼らは怒りをあらわにしましたが、シャープの部下たちがライフルを構えて一歩踏み出しました。 パトリック・ハーパーはシャープの傍らに立ち、背を反らせました。 「連中はあんまり嬉しくなさそうですね」 「俺たちが盗むと思っているからな。カディスに運ぶ手伝いをしたくないようだ」 テレサは、小鳥を狙う猫のような目つきでシャープを見つめていました。ハーパーは彼女のその表情を眺めていました。 「連中は俺たちの邪魔をしますかね?」 シャープは眉を上げて見せました。 「我々は同盟者だからな」 そして彼は声を張り上げ、ゆっくりと、スペイン人たちにもわかるように続けました。 「我々がカディスまで黄金を持っていく」 テレサが地面につばを吐き、そしてまたシャープに視線を戻しました。 シャープは、パルティザンたちは皆黄金が隠されているということを知っていたかどうかと考えていました。 もし多くのものが知っていたら、誰かが口にする危険があり、秘密が秘密ではなくなる。 しかし今は現実に黄金が取り出され、彼らはシャープたちが黄金を持ち去ろうとするのをとめようとしていました。 歩兵隊がエル・カトリコの領域の中を無事に金貨を運んで出ることができるかどうか、それも問題でした。 見張りの声がし、ノウルズが合流したことがわかりました。 彼と兵士たちは道に迷い、ヨレヨレに疲れて村に這うようにして入ってきましたが、ノウルズは黄金とシャープを見ると顔を輝かせました。 「信じられません」 シャープは金貨の1枚を彼に放ってやりました。 「スペインの黄金だ」 「すごい!」 兵士たちは中尉を取り囲み、彼は顔を上げました。 「あなたが見つけたんだ!」 「ハープスさ」 「ハープス!」 ノウルズは自分でも気づかずに、ハーパーのあだ名を口にしていました。 「どうやって見つけたんだ?」 「簡単でしたよ。簡単!」 ハーパーはまた手柄話を始めました。シャープは4回か5回は聞かされましたが、今回は軍曹の活躍だったので、それをもう一度聴かなければなりませんでした。 ハーパーはシャープが立てる大音響にビクビクしながら藪の中に潜み、じっと待っていたのでした。 そしてエル・カトリコと部下たちが出てきて剣で堆肥の中をつつくのも見ていました。 それで、彼には全てがわかったのでした。 「でもどうして?」 と、ノウルズは笑いながら尋ねました。 「スリのやり口を知っていますか?二人が組になるんです。ひとりが金持ちにぶつかれば、金持ちは財布が無事だったか確かめますよね?そうすれば財布のありかがわかるってことです。で、うまくやるんですよ!」 ハーパーはニヤニヤし、親指をパルティザンのリーダーのほうに突き出してみせました。 「そのとおりにやってくれたわけです!大尉がジタバタしている間はこっちは無事だったんですよ。それでこういう具合です!」 シャープは堆肥のほうに向かいました。 「袋はあといくつある?」 ハーパーは手をこすり合わせました。 「全部で63個です」 シャープはハーパーに目を向けました。汚れきって、人間だか動物だかわからないほどでした。 「洗ってこい、パトリック。よくやってくれた」 そしてシャープは袋を開いて金貨を確かめました。厚い金貨で、1枚当たり1オンス(31グラム)はあると思われました。 裏に書いてあるラテン語をノウルズに見せると、中尉は 「知恵のはじめは神を畏れることなり」 と読みました。フェリペ5世の肖像が刻まれ、1729年と印されていました。8エスクード金貨でした。 「いくらに当るんだ?」 ノウルズは考え込んでから、掌の金貨を軽く放り上げました。 「約3ポンド10シリングです」 1万6千枚の金貨は、5万6千ポンドに当るのでした。 シャープはヒステリックに笑い出しました。 30回、大尉に昇進できる! 100万人の兵士たちの日当よりも多い金額でした。 シャープが100年生きたとしても使い切れないほどの額が、今彼の足元にあるのでした。 兵士たちが幸運なら、その金貨の2枚分を1年で稼ぎ出す。そういう金額でした。 「1000ポンドですね」 と、ノウルズが言いました。 「なんだって?」 「重さです。1000か、もうちょっと」(約453キロ) 2分の1トン近い重さを、敵地の中、運ばねばならず、しかも天気が荒れ始めていました。 シャープは袋を指差しました。 「30に分けるんだ。背嚢に入れろ。必要なもの以外はおいていく。これを運ばなくちゃならん」 エル・カトリコが立ち上がり、ライフルの銃口が向けられる中、シャープに向かってゆっくりと歩いてきました。 「大尉、それはスペインの黄金だ。スペインに属するものだ。ここに置いていってもらう」 「それはカディスの軍事政府に属するものだ。運んでいく」 「必要ない」 エル・カトリコは静かな口調ながら、威厳を声に含ませました。 「フランス軍との戦いのために、我々が使う。フランス人を殺すために。きみがもって行くのなら、英軍が盗んだということになる。ここに置いて行くべきものだ」 「いやだね」 と、シャープはわざと微笑んでみせました。 「持っていく。英国海軍がカディスに運ぶ。信じられないのなら、なんであんたも一緒に来ないんだ?」 エル・カトリコも微笑を返しました。 「では一緒に行こうか、大尉」 シャープにはエル・カトリコの意味するところがわかりました。 その旅程はゲリラの急襲の恐怖にさらされるものになる。 しかし、ウェリントンの 「ねばならない」 は絶対でした。 雨がポツリと彼の頬を打ち、時間があまりないことがわかりました。 ハーパーが洗い立てのびしょぬれの姿で戻ってきて、パルティザンたちを顎で示しました。 「こいつらはどうします?」 「出発まで閉じ込めておけ。ノウルズ、支度はできたか?」 「もうすぐです」 ノウルズが金貨をわけ、マクガヴァーン軍曹とライフル隊員のタングがそれを背嚢につめていました。 タラベラでフランス軍の革製の背嚢をたくさん奪っておいてよかった、と、シャープは思いました。 英軍のトロッター製の背嚢は紐が胸に食い込み、ひどく痛むのでした。そしていつの間にか、兵士たちはフランス製の背嚢を背負っていました。 「64袋あるはずだったんじゃありませんか?」 と、タングが言いました。 「64?」 「1万6千枚の金貨のはずですよね?63袋あって、それぞれ250枚はいっています。1万5千750枚しかない。250枚足りません」 「行方不明はそれだけじゃないですよ」 とハーパーがいい、シャープにはその意味がわかりました。 ハーディー大尉のことを、シャープは忘れていました。彼はエル・カトリコに目を向けました。 エル・カトリコは肩をすくめました。 「一袋は使った。武器や、火薬や、食糧を買うのに」 「金貨の事を言っているんじゃない。ハーディー大尉が行方不明だ」 エル・カトリコは唇を舐めました。 「フランス軍に捕虜にされたのではないか?そのうち捕虜交換を申し出てくるだろう」 「俺が吐かせてみましょうか」 と、ハーパーが申し出ました。 「ハーディーはフランス軍から逃げようとしたのよ。今はどこにいるかわからない」 と、例の娘の声がしました。 「嘘つきばかりだ」 とハーパーが言った時、雨足が強くなりました。兵士たちはあわただしく武器にカバーをし、ハーグマンの声が鐘楼から聞こえてきました。 騎馬の男たちが向かってきているということでした。フランス軍ではないようでした。 時間がない。 彼らは再びハーディー大尉のことを忘れ、パルティザンたちを閉じ込め(それが全部かどうか、自信は有りませんでしたが)、しかしシャープには、逃げ切れないことはわかっていました。 黄金は重過ぎる。 エル・カトリコにもわかっていました。 「そう遠くまではいけないだろう、大尉」 「なぜだ?」 エル・カトリコは微笑し、雨に手を差し伸べ、黄金を指差しました。 「我々が追う。そしてきみたちを殺す」 そのとおりでした。 村に残っている馬を使ったとしても、そんなに早くは進めないだろう。雨はひどくなってきて、道はぬかるんでいる。 シャープは笑い、エル・カトリコを押しやりました。 「あんたにはできないさ」 彼はテレサの襟をつかみ、彼女を引きずり出しました。 「俺たちに何かしたら、彼女を殺す」 エル・カトリコは飛び出そうとし、テレサは身をよじりました。しかしハーパーの一撃がすばやくエル・カトリコの腹に沈みました。 シャープはテレサの喉をつかみました。 「わかったか?黄金が英軍に届かなければ、彼女は死ぬ」 エル・カトリコは身体を起こし、恐ろしい目をしました。 「シャープ、貴様は死ぬ。必ず殺す。むごたらしくな」 シャープは彼を無視しました。 「軍曹、ロープだ」 テレサの首に、ロープがかけられました。そして彼女をハーパーに預けると、シャープはエル・カトリコに向き直りました。 「憶えておくんだな。近づいたら彼女を殺す。俺が無事に戻れたら、そのときはあんたと彼女を結婚させてやるよ」 シャープには、彼らがすぐに追ってくるだろうことはわかっていました。しかし、時間稼ぎは必要でした。 そしてテレサの嫌悪に満ちた顔を見ながら、彼女を殺せないということを確認していました。 エル・カトリコがそれに気づかずにいてくれることだけを、彼は願っていました。 そして彼らは、雨の中、帰途の長い道のりを歩き始めたのでした。 #
by richard_sharpe
| 2006-09-16 20:17
| Sharpe's Gold
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第12章 それは悪夢のような行軍でした。 闇に慣れた密猟者だったハーグマンの直感だけに頼って、彼らはもと来た道を引き返して行きました。 ノウルズは大丈夫だろうか。もっとたくさんの兵士たちを率い、ハーグマンのような案内者もいない。 それに、シャープと行動しているライフルマンたちは、サウス・エセックスと比べても、いや、軍の中でもっとも優秀なエリートたちなのでした。 世界一だ、とシャープは思っていました。 村の手前で月が出て、彼らのグリーン・ジャケットを照らし出しました。 村は静まり返っていました。 兵士たちは地面に伏せ、シャープは村を見つめました。 彼は立ち上がりました。 「行くぞ!」 大きく迂回して南の谷を回り、月明かりの中で誰にも気づかれないように願いながら、彼らはすばやく進んでいきました。 狼の遠吠えが、一度などはすぐそばから聞こえました。 シャープは東の空が白んでくるのを怖れました。 「伏せろ!」 身を低くして、暗がりの中、フランス騎兵の蹄の跡をたどりながら、彼らは闇の中を村に近づきつつありました。 村の鐘楼が彼らを見下ろしていました。 誰も声を立てず、シャープは薄刃の上を渡るような思いで、兵士たちの先頭にたっていました。 彼は片手を上げ、ハーグマンを振り返りました。 「いいか?」 「完璧です」 ハーグマンは欠けた歯を見せて笑い、シャープはハーパーを見ました。 「行くぞ」 二人は墓地の壁に近づき、そこに来てシャープは気づかれずにそれを乗り越えることがむずかしいことに気づきました。 「鐘楼が見えるか?」 ハーパーはうなずきました。 「誰かが必ずいる。ここは越えられない。見られる」 ハーパーは左側を指差し、シャープもうなずきました。 鐘楼は四方を見渡せるようになっており、村中が見えるはずでした。シャープからはそこに人影は認められませんでしたが、必ずそこに誰か居ることはわかっていました。 彼は、わざわざ罠にかかりに行こうとする小動物のような気分でした。 鐘楼から死角になっている納骨堂の影に回り、彼らは一息つきました。 カーサテハーダは、打ち捨てられたように静かでした。 束の間、シャープは本当にエル・カトリコが部下たちと共に出発したのではないかと思ったほどでした。 しかし彼はラモンのことを思い出しました。 彼はまだ馬に乗れない。テレサがついているはずだ。 誰かがいて、村を監視している。 物音一つしない中、シャープは墓地の鉄柵の扉を通して中を見つめました。月が出ていました。 髪がそよぐ音が聞こえるほど静まり返り、不意に墓地に黄金が隠されているという考えがばかばかしく思われてきました。 シャープはハーパーの肘をつかみ、門の脇の繁みに引っ張りこみました。 「気に入らん」 と、彼はささやきました。何も根拠はありませんでしたが、兵士としての直感が何かを告げていました。 「ここにいろ。俺が行く。誰かが邪魔したら、銃を使え」 パトリック・ハーパーはうなずきました。そして7連発銃を構え、シャープが扉のわきの壁を乗り越えるのを見ていました。 シャープの剣の鞘が石にあたって大きな音をたてるのが聞こえました。 ハーパーは一人で、藪の中に潜み、銃を握りしめていました。 シャープは墓地の内側に這いこみ、自分がたてた音で耳鳴りがするような思いでした。 なんて俺はバカなんだ!剣もライフルも、はずしてくればよかった。 しかし今の彼は夜這いの間男のように大きな音を立て、行く手は石にさえぎられているのでした。 彼は腹ばいのまま、例の新しい墓のほうに進んでいきました。 鐘楼からは丸見えにちがいない。歩哨が眠りこけていますように。 ベルトのバックルやボタンが乾いた土にこすれました。 墓は、やはり疑わしいように思われました。他の墓よりも高く盛り上がっている。 パトリック・ハーパーの直感と、その疑惑だけが根拠ではありました。 シャープはいきなり軍曹のミドルネームがオーガスティンだったことを思い出し、わけもなく可笑しくなりました。 そしてついに墓にたどり着きました。 何も動くものはありませんでした。 彼はただひとりで、誰にも見られなかったような気さえしてきました。 しかし直感はまだそこに危険があるということを告げていました。 彼は素手で掘りはじめ、それが思ったよりも辛い作業であることに、やがて気づきました。 乾いた土を掘り返す音も、大きく響いているように感じられました。 妙な姿勢で屈みこんだまま掘る作業は苦しいものでした。 しかし空が灰色がかってきて時間がないことを知らせ、彼は手を早めました。 墓石の文字までが読めるほどに明るさが増してきました。 まだ土ばかりで何も探り当てられずにいるのに、どこかで声が聞こえました。 それはすぐに途絶え、どうやら誰かが目を覚ましただけのようでした。 しかし既に身を隠すこともできないのは明らかでした。 そのとき、指が何かに触れました。布の袋でした。 彼は袋の中の黄金を思い描きながらさらに掘り続け、表面の土を払いのけ、手を突っ込みました。 金貨ではありませんでした。 指が腐肉に触れ、喉にこみ上げてくるものがありました。 袋をはがしてみると、そこには茶色の服の死体があり、それはハーディー大尉のものではありませんでした。 失敗だ。 手は汚れ、黄金はなかった。 「おはよう」 と、馬鹿にしたような声が聞こえ、シャープが振り返るとエル・カトリコが隠遁所の前に立っていました。 「おはよう、シャープ大尉。腹が減っていたのか?」 シャープは立ち上がり、土の上のライフルに手を伸ばしかけましたが、エル・カトリコの背後からマスケットが彼を狙っていることに気づきました。 足音も立てず、10人あまりのスペイン人たちがそこに現れました。 「よく墓を掘り返すことがあるのかね、シャープ大尉?」 誰も何も言いませんでした。シャープはまっすぐに立ち、手をオーバーオールで拭いました。 ハーパーは何をしているんだ?なぜ現れないんだ?奴らは彼のことも見つけたのか? 何の気配も感じないうちに、エル・カトリコは隠遁所を背に立ち、周囲を固めていたのでした。 「質問に答えたまえ。黄金を探していたのだろう?そうだろう?」 「そうだ」 「しゃべれるじゃないか!」 エル・カトリコは振り返って部下たちに何か言い、そしてシャベルを受け取ると向き直りました。 「掘ればいい。シャープ大尉、掘れ。カルロスをきちんと葬ってやる時間がなかったのだよ。土曜日の夜にあわただしく葬ったのだ。だから代わりにきみがやり直してくれ」 彼はシャベルをシャープにほうり、それは足元に落ちました。 シャープは動かず、ハーパーが何をしているのかとじりじりしていました。 「掘らないのか?」 エル・カトリコの左手が上がり、マスケットの銃口が彼に向けられました。 ハーパーは喉を掻き切られたのだろうか? ハーグマンの助けも望めませんでした。 ノウルズも同じ罠にはめられたかもしれない。 シャープはシャベルを取り、もう望みはなかったものの、死体の下に何かないか掘り返しました。 しかしそこは岩がごつごつとしているだけでした。 エル・カトリコは高笑いをしました。 「黄金は見つかったかね、大尉?」 そして部下たちに通訳し、彼らはこのイギリス人大尉を嘲り笑うのでした。 「ホアキン?」 と、テレサの声が聞こえました。 彼女は白いドレスに身を包み、婚約者の傍らに立つと腕を取りました。 エル・カトリコの説明に彼女が笑うのを、シャープは聞いていました。 「掘れ!大尉、掘るんだ。黄金だぞ!黄金を持って帰らなければならないんだろう」 エル・カトリコは楽しんでいました。 「黄金はない」 「ああ!」 エル・カトリコの通訳でまた皆が笑い、彼は向き直りました。 「部下たちはどこだね?」 「あんたたちを見張っている」 「墓に這って行った時から、きみは丸見えだったのだよ。大尉、きみはずっと一人だった。しかし一人ではないと?」 「ちがう。それから、俺はあんたがここにいるとは思っていなかったんでね」 エル・カトリコはお辞儀をしました。 「それはそれは。テレサの父上が襲撃隊を率いて行ってくれたのだ。私は戻らねばならなかったのだよ」 「黄金を守るために?」 「宝物を守るために」 と、エル・カトリコはテレサの肩に腕を回しました。 「行きたまえ、大尉。部下たちは近くにいるのだろう?そして後ろに気をつけることだな。道のりは長いぞ」 エル・カトリコは笑い、門の方向を示しました。 「行け。フランス軍が黄金を持って行った。私はそういったはずだ。フランス軍だ」 門の鍵は開いていました。 それは簡単に開き、パトリック・ハーパーが元気いっぱいに蹴飛ばしたのでした。 彼は片手で7連発銃を構え、それはエル・カトリコに狙いを定めていました。 「おはようございます!皆さん、今日のご機嫌はいかがですか!」 シャープには見飽きたハーパーのアイルランド人的な皮肉でしたが、それはなかなかのパフォーマンスでした。 シャープには、パトリック・ハーパーがよい知らせを持って沸き立つばかりなのがよくわかっていました。 失敗の惨めさは消え去りました。 ハーパーはニコニコしてスキップしかねない足取りで、ぺらぺらとしゃべっていました。 「いいお天気ですね、閣下」 と、彼はエル・カトリコを見つめました。 「俺はここを動きませんよ、殿様。この銃をぶっ放すまではね。すごい威力ですぜ。頭が完全に吹っ飛ぶんです」 そして彼はシャープに視線を向けました。 「すみません、出てきてしまって!」 シャープは笑みを広げ、そして大笑いしました。すっかり安心したのでした。 ハーパーはひどい臭いがしていました。 「クソの中に落っこちたんですよ」 堆肥にまみれていないのは銃だけでした。 しかし彼はすっかり興奮していて、銃口をエル・カトリコに向けていました。 「連中を呼んでもいいですかね?」 シャープはホイッスルを取り出すと、ライフルマンたちに村に向かうようにとの合図を吹き鳴らしました。 ハーパーはまだエル・カトリコを見つめたままでした。 「ありがとうございます」 これはハーパーの勝利の瞬間であり、それを邪魔するつもりはシャープにはありませんでした。 「殿下、あなたはフランス軍が黄金を持っていったとおっしゃいましたね?」 エル・カトリコは黙ってうなずきました。テレサはハーパーを見つめ、シャープに視線を移しました。 シャープはライフルをパルティザンたちに向けていました。 「フランス軍が黄金を持って行った」 と、テレサの硬い声が二人を軽蔑するような色で響きました。 そしてテレサは自分自身に言い聞かせるように繰り返しました。 「フランス軍が黄金を持って行った」 「けっこうです、お嬢さん。じゃあそうなんでしょう」 ハーパーの声は優しくなりました。 「うちのお袋が言っていたように、知らないものは惜しくないですよね。俺が掘り出したものを見てくださいよ」 ハーパーは皆を笑顔で見渡し、銃を持っていないほうの片手を上げ、底からきらめきながら、たくさんの金貨がこぼれ落ちたのでした。 「ありがたい神様は」 と、パトリック・オーガスティン・ハーパーは言いました。 「今朝は俺にとても親切でね」 #
by richard_sharpe
| 2006-09-15 18:19
| Sharpe's Gold
|
ファン申請 |
||