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1811年3月、バルロッサの戦い。
第3部 戦闘 第10章 - 5 後方をセッロ・デル・プエルコに配置した守備隊が上手く守るであろうことを確信していたサー・トーマスですが、彼は海岸沿いに延びる松林の中の道を進む歩兵たちの脇を行き来しながら、彼らを励ましていました。 「みんな、もうすぐだぞ!」 サー・トーマスは隊列の後方に向かって馬を進めながら叫びました。 「もうじき着く!がんばれ!」 彼はしきりに右側に目をやり軽騎兵隊が敵の進軍についての情報を持ってくるのではないか、と半ば期待していました。 ウィッティンガムは松林の内陸側に斥候を出してみましたが、彼らは姿を見せないままでした。サー・トーマスは、フランス軍は連合軍をカディスに向けて不名誉な撤退をさせることだけで満足したのではないかと推測しました。 銃声は止んでいました。フランス軍は確実に海岸線を封鎖していましたが、南からの銃声が止みつつある間に、彼らは姿を消していました。 サー・トーマスは、ただの小競り合いだったのかもしれないと思いました。軽騎兵の斥候部隊がセッロ・デル・プエルコの大スペイン軍団と接触しただけかもしれない。 彼は立ち止まって兵士たちが通り過ぎるのを見ていました。着かれきった兵士たちが、彼の姿を見ると背筋をまっすぐに伸ばすのが心に食い入るようでした。 「もうすぐだぞ、みんな」 彼は、自分がどんなに彼らを愛しているかを思っていました。 「神様がついていてくださる。もうじきだ」 彼は叫びながら、しかしどこがもうすぐなんだろう、と苦々しく感じていました。 この骨までくたくたの兵士たちはすでに一晩中荷物や武器を背負ったままで歩き続け、そしてそれは、今では無駄になってしまったのでした。 ただ、イスラ・デ・レオンに退却していくためだけの徒労だったのでした。 突然、北の方角で叫び声が上がりました。 兵士の一人は奇襲だと叫び、サー・トーマスは道を見下ろしましたが、何も見えず何も聞こえませんでした。 やがてシルバー・テイルズの将校が二人の男を引き連れて、馬で駆けてくるのが見えました。 二人の男たちは民間人で、銃とサーベルとピストルとナイフで武装していました。 パルティザンだ。と、サー・トーマスは思いました。フランス軍に占領されたスペインの地獄を生き延びた男たちでした。 「将軍、彼らはあなたに話したいことがあるそうです」 と、シルバー・テイルの将校は言いました。 二人のパルティザンたちは、いっぺんに話し始めました。早口で、興奮していました。 サー・トーマスは彼らをなだめました。 「私のスペイン語はゆっくり出ないと駄目なんだ」 と、彼は言いました。 「だからゆっくり話してくれ」 「フランス軍です」 と、片方の男が東を指差しました。 「あんたがたはどこから来たんだね?」 と、サー・トーマスは尋ねました。 男のうちの一人が説明するには、彼らは比較的大きいグループのメンバーで、この3日間フランス軍を追跡してきたのだということでした。6人でメディナ・シドニアを出発し、途中、明け方に竜騎兵に見つかり、海岸まで追い立てられて、彼ら二人だけが生き延びて荒野を横切ってきたのでした。 「そこはフランス軍でいっぱいでした」 と、もう一人の男が力をこめて言いました。 「こちらに向かっています」 最初の男が付け加えました。 「どれくらいの規模のフランス軍かね?」 と、サー・トーマスは尋ねました。 「全軍です」 二人の男たちは同時に答えました。 「見に行こう」 サー・トーマスは言い、二人の男と参謀たちを連れて松林に入りました。 彼は枝を避けるために身をかがめなければなりませんでした。森は広く深く、濃い影を落としていました。砂土を覆った松葉が、蹄の音を消しました。 松林は急に終わり、朝日の下で波打つヒースの荒野に変わりました。 その広い視界いっぱいに、ブルー・コートに白のクロス・ベルトをかけた集団が広がっていました。 「セニョール」 と、パルティザンのひとりが手柄でも立てたかのように彼らを示しながら言いました。 「なんということだ」 サー・トーマスは低くつぶやきました。そしてしばらくの間無言で、ただ敵の接近を見つめていました。 パルティザンたちは、将軍はショックのあまり言葉を失ったのだと思いました。 たしかに、彼は災厄が近づきつつあるのを見てしまったのでした。 しかし、サー・トーマスは考えていたのでした。 彼らがマスケットを肩にかけて進んでいることに、サー・トーマスは気づいていました。彼らは前方に敵がいることに気づいていない。したがって、彼らは闘いに向けて進んではいましたが、戦いのさなかに向けて進んでいるわけではないのでした。 そこには大きな違いがありました。 マスケットは装填されてはいても射撃の準備はできておらず、大砲も砲身の重さを考えれば、展開できるまでに時間がかかるはずでした。 フランス軍はまだ戦闘準備ができていない。 サー・トーマスはそのように考えました。 彼らは戦闘があることを予期してはいるが、まだだと考えている。 疑いなく、彼らは自分たちが松林を通り抜ける最初の軍団だと考えていて、その後に殺し合いが始まると思っている。 「ラペーニャ将軍の後に続かなければ」 と、連絡将校が気遣わしげに言いました。 サー・トーマスはその言葉を聞いていませんでした。彼は指先で鞍頭を軽くたたきながら考えていました。 もし北進を続ければ、フランス軍はバルロッサの上方の丘で旅団を分断し、右翼に回り込んで海岸に向けて攻撃をかけることになるでしょう。サー・トーマスは左側面が無防備なまま、防御を強いられることになりかねません。 いいや、ここで連中を迎え撃つほうがいい、と、彼は考えました。 それはたやすいことではなく、ひどい混乱を招くことになるかもしれませんでしたが、北進を続けて彼自身の血であるとも言えるレッド・コートの兵士たちを海に追い込むよりはましでした。 「閣下」 と、サー・トーマスはいつに似合わぬ丁重さでウィリアム・ラッセル卿に目を向けました。 「ウィートリー大佐に私の敬意を伝え、旅団を率いてこの連中に正面対決するように命じていただきたい。先鋒隊を出来る限り早くよこすように言ってくれ!旅団本隊が来る間に、軽歩兵隊に敵を包囲させたい。大砲も持ってくるように。ここにだ!」 彼は馬が立っている彼の真下の地面に向けて片手を突き下げました。 「急げ。時間がない!ジェイムズ」 と、彼はもう一人の参謀に合図をしました。彼は第1近衛歩兵部隊の大尉で、レッド・コートに黄色い胸当てがついたユニフォームを着ていました。 「ディルクス将軍に敬意を。そしてここに彼の旅団を」 彼は右に向かって手を振りました。 「砲兵隊をあの丘の間に陣を取ってもらいたい。まず遊撃隊を送るように!急げ!出来るだけ早く!」 2人の参謀は木立の中に消えていきました。サー・トーマスはしばらくとどまり、半マイルよりも手前のすぐそこに近づいているフランス軍を見ていました。 彼は大きな賭けをしていました。 彼らの準備ができていないうちに叩き潰したかったのです。しかし彼は、自分の旅団に深い木立を抜けさせるには時間がかかることをわきまえていました。だからまず遊撃隊をよこすように命じたのです。彼らなら荒野に攻撃のラインを設け、フランス兵の殺戮を始められるでしょうし、サー・トーマスは遊撃隊だけが残りの部隊が到着して決定的な射撃を開始するまで持ちこたえることが出来るとわかっていたのです。 彼は連絡将校に視線を向けました。 「よろしい」 と、彼は言いました。 「ラペーニャ将軍にこの松林を抜けてご自分の旅団を移動させていただければ光栄だと伝えて欲しい」 彼は注意深く言葉を選んでいました。 将校は馬で去り、サー・トーマスは東に目を戻しました。 フランス軍は巨大な2列横隊で近づきつつありました。 彼の計画はウィートリーの旅団を北側の隊列に向かわせ、その間にディルクス将軍とその親衛隊がセッロ・デル・プエルコに近い隊列に直面させる、というものでした。 そして彼はセッロ・デル・プエルコのスペイン軍のことを思い出しました。 フランス軍はその南側の軍勢を丘に向けて進軍させるかも知れず、それは許されてはならないことで、さもなければ敵軍はサー・トーマスの防御のもろい右側面を急襲することが可能になってしまうのでした。 彼は南に向き直り、残りの参謀たちを率いてセッロ・デル・プエルコに向かいました。 松林を抜けながら、あの丘は地の利を得ている、と彼は考えていました。 頂上にはスペイン軍の大砲があり、フランス軍に向けて砲撃が可能でした。 その丘は彼の軍の弱点である右翼を防御する要塞でした。それにフランス軍が平原で食い止められた場合、その側面を攻撃するために丘の上に配備した旅団を使うことが出来るかもしれないのでした。 彼は木立から馬で抜けながら、神に感謝していました。 しかしそれも、そうだと仮定してのことでした。 セッロ・デル・プエルコはすでに放棄され、サー・トーマスが南に乗り入れようとしたときには、もはやフランス軍の先頭はその丘の東の斜面を登りつつありました。 いまや敵軍はセッロ・デル・プエルコを制圧し、目に入った連合軍はジブラルタル守備隊の500名ほどの兵士たちだけで、彼らは高地を抑える代わりに丘のふもとで更新のための隊列を組んでいるところでした。 「ブラウン!ブラウン!」 サー・トーマスは隊列のほうに馬を寄せながら怒鳴りました。 「なぜここにいるのだ!なぜ!」 「フランス軍全軍の半数があの丘を登ってきたからです、サー・トーマス」 「スペイン軍はどこだ?」 「逃げました」 サー・トーマスは一瞬ブラウンを見つめました。 「そいつは参ったな、ブラウン」 と、彼は言いました。 「だがきみは直ちに向きを変え、攻撃を開始しなければならんのだ」 ブラウン少佐は目を見開きました。 「あの軍勢に攻撃をかけることを、私にお望みですか?」 彼は疑わしそうに尋ねました。 「私が見たのは6大隊と1砲兵隊が向かってくるところだったのであります!わが方はたった536のマスケットしかありません」 スペイン軍に置き去りにされたブラウンは、歩兵と砲兵の大軍勢が丘に接近するのを見て、自殺よりは撤退のほうがましだと考えたのでした。 視界にはほかに英軍の姿はなく、彼には援軍の保証もなく、そこで彼はジブラルタル守備隊を率いて北側から丘を下ったのでした。 今、彼は危地に立っていました。 「もしご命令であれば」 と、彼はストイックに運命を受け入れて言いました。 「遂行いたします」 「命令だ」 と、サー・トーマスは言いました。 「なぜなら、あの丘が私には必要だからだ。許せ、ブラウン。必要なのだ。だがディルクス将軍がやってくる。私が彼を自分でここに連れてくる」 ブラウンは副官を振り返りました。 「ブレイクニー少佐!丘へ戻るぞ!連中を一掃する!」 「サー・トーマス」 と参謀の一人がさえぎり、すでに丘の頂上にフランス軍の戦闘が到着したのを指差しました。ブルー・コートが稜線に並び、斜面を降りる体勢をとっていました。 サー・トーマスはそのフランス軍を見つめていました。 「軽歩兵では食い止められんぞ、ブラウン」 と、彼は言いました。 「一斉射撃だ」 「間合いを詰めろ!」 と、ブラウンは攻撃の命令を待っている兵士たちに叫びました。 「大砲も来ています、サー・トーマス」 と、参謀は静かに言いました。 サー・トーマスはその報告を黙殺しました。 フランス軍が皇帝の大砲全部を丘の頂上に持ってきていたとしても、それは問題ではありませんでした。彼らはすでに攻撃を仕掛けられようとしており、それには歩兵に斜面を登らせて突撃させ、ディルクス将軍の守備隊が援護に駆けつけるまで持ちこたえるよりほかに手はありませんでした。 「神が守ってくださるよ、ブラウン」 サー・トーマスは少佐には聞こえないほど静かな声で言いました。 サー・トーマスはわかっていました。 自分がブラウンの兵士たちを死に追いやろうとしているということを。 しかし彼らは、守備隊が到着するまでの時間を稼ぐために死ななければならないのでした。 彼は参謀の一人をディルクスの兵士たちを招集するために送り出しました。 「彼は私の命令の終わりのほうを無視しているぞ」 と、彼は言いました。 「全速力で部隊を連れて来いと言え。全速力だ!行け!」 サー・トーマスはやるべきことを終えました。バルロッサとベルメハの村の間の海岸線は2マイルほどの間はフランス軍でごった返し、ある大隊は丘に対する松林を占拠していました。 サー・トーマスは、敵が勝利の一歩手前にいることを理解していましたが、兵士たちの戦闘能力のすべてをかけた賭けに打って出なければなりませんでした。 彼の配下の2つの旅団は数で圧倒されていましたが、少なくとも1旅団は坂を上って攻撃をかけねばならず、さもなければ軍のすべてが失われてしまうことになるのでした。 彼の背後には松林の向こうに荒野が広がり、やがて最初の銃声が聞こえてきました。 そしてブラウンは、丘の上へと彼の部下たちを引き返させたのでした。
by richard_sharpe
| 2008-11-18 18:49
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