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1811年3月、バルロッサの戦い。
第2部 カディス 第8章 - 2 「俺の名はシャープだ」 と、シャープは彼女が召使を呼ぶ前に言いました。 「リチャード・シャープだ」 彼女はうなずきました。そしてベッドカバーをあごのところまで引き上げました。 ベッドは広く、もう1人寝ていたことは明らかでした。枕に頭のあとがありました。 大使の頭だな、とシャープは思いました。 ムーン准将がこの家に入る彼を見ていたし、シャープとしてもヘンリー・ウェルズレイがすっかりこの娼婦に参ってしまっていることに、文句は言えませんでした。なぜなら、カテリーナ・ブラスケスは美人だったからです。金色の巻き毛は乱れていても美しく、大きな青い目と、小さな鼻と、豊かな唇に滑らかな白い肌。黒い瞳に黒髪、浅黒い肌のこの国では、彼女はダイヤモンドのように輝いていました。 「俺はずっとあんたを捜していた」 と、シャープは言いました。 「それに、捜しているのは俺だけじゃないぜ」 彼女は小さく頭を振りました。彼女の怯えた表情は、彼女を捜しているのが誰であれ、その人物を怖れていることを伝えていました。 「俺のことを知っているんだな?」 と、シャープは尋ねました。 彼女は小さくうなずきました。そしてさらにベッドカバーを引っ張り上げ、口元を隠しました。 彼女を隠すにはいい場所だな、とシャープは思いました。 ここなら危険はない。パンフリー伯は危害を加えないし、彼女を愛人としようとしている男の庇護下で快適そうだ。彼女は安全だ。すくなくとも、召使たちの噂話がパンフリー伯邸での彼女の存在をばらしてしまうまでは。 カテリーナはシャープをしげしげと観察していました。彼女の目はシャープの汚れたユニフォームの上から下までを見回し、そして剣に目を留め、また目を上げて彼の顔を見ると、今度は少し目を見張りました。 「俺は昨夜忙しかったんだ」 と、シャープは言いました。 「手紙を何通かひったくってきた。手紙のことは覚えているか?」 彼女はもう一度小さくうなずきました。 「でも俺が取り戻した。俺がウェルズレイ氏に渡して、彼はそれを燃やした」 彼女は少しベッドカバーを下げました。口元に微笑が浮かびました。 シャープは彼女が何歳くらいか、見当をつけようとしていました。22?23?なんにしても若い。若くて、彼が見たところ、無垢な少女のようでした。 「でももっとほかに手紙があるんだろう、ダーリン?」 ダーリン といわれて彼女は少し眉を上げました。そしてほとんどわからないくらいわずかに首を振りました。 シャープはため息をつきました。 「俺は確かに英軍将校だが、ダーリン、マヌケじゃないんだぜ。わかるか?」 うなずきました。 「じゃあ、お話をさせてくれ。ヘンリー・ウェルズレイはあんたに書かないほうがいいようなことを書いた手紙を山ほど渡して、あんたはそれをとっておいた。全部しまっておいた。だが、あんたのヒモがそれのほとんどを持っていった。違うか?そいつはそれをやつらに売って金をあんたと山分けにしようとしたが、そいつは殺された。あんたは誰がやつを殺したか、知っているか?」 彼女は首を振りました。 「坊主だ。サルバドール・モンセニー神父だ」 眉が再びピクリと動きました。 「そしてモンセニー神父は、その手紙を買い戻そうとした男も殺した」 と、シャープは続けました。 「そして昨夜、あいつは俺を殺そうとした。俺はちょっと殺しにくい相手だったというだけのことだ。やつは手紙を失い、印刷していた新聞も失った。残っているのは怒り心頭の坊主一匹、ということだよ、ダーリン。やつはもうちょっと知っている。あんたがまだ何通か持っている、ということだ。あんたは金が必要なときのために、それをとっておいた。だがヒモが殺されて、あんたは怖くなった。違うか?それであんたはヘンリーのところに駆け込んで、ちょっとばかり嘘をついて、手紙は全部盗まれたといったんだな。そしてあんたはもう持っていないと。だがまだあるはずだ。そしてあんたが持っているんだ、ダーリン」 小さくわずかな否定の動きが、巻き毛を揺らしました。 「坊主はえらく怒っているんだぜ、かわいこちゃん」 と、シャープは言いました。 「他の手紙をほしがっている。そのうちやつは別の印刷所を見つけるだろうが、まず手紙がなくちゃならない。違うか?だからやつはあんたを追ってくるよ、カテリーナ。その上、やつはナイフ使いの悪党だ。あんたのきれいな腹を上から下まで切り裂くぜ」 巻き毛が再びゆれました。彼女はベッドカバーを鼻のところまで引き上げました。 「あいつがあんたを見つけられないと思うか?俺は見つけた。そして俺は、あんたが手紙を持っていることも知っている」 今度は動きはなく、大きな目が彼を見つめていました。その目に恐怖はありませんでした。 この娘は、自分の美しさがどんな力を持つかよく知っていて、シャープが彼女を傷つけることができないのもわかっている。シャープにはそれがわかりました。 「だからダーリン、話してくれ」 と、シャープは言いました。 「どこに手紙があるのか。それで終わりにしよう」 ゆっくりと、彼女はシーツと毛布を下ろして口元を見せました。シャープを真面目な表情で見つめ、なんと答えようかと考えているようでした。そして、彼女は眉をひそめました。 「教えて」 と、彼女は言いました。 「その頭はどうしたの?」 「銃弾の通り道にいたのさ」 「おばかさんね、シャープ大尉」 彼女はかすかに微笑を浮かべ、それはすぐに消えました。彼女の英語には訛りがあり、アメリカ人のようでした。 「パンプスがあなたのことを話してくれたわ。あなたは危険な男だって」 「そうだよ。とてもね」 「いいえ、そんなことないわ」 彼女は微笑し、そして寝返りを打って暖炉の上の時計を見ました。 「まだ8時にもなっていないじゃないの!」 「英語がうまいな」 彼女は枕に頭を戻しました。 「母がアメリカ人だったの。パパはスペイン人。二人はフロリダで出会ったの。フロリダって知っている?」 「いや」 「合衆国の南よ。英国領だったんだけど、独立戦争のあとスペインに返還されたの。インディアンと奴隷と兵隊と宣教師しかいないところよ。パパはセント・オーガスティンで守備隊の大尉だったの」 彼女は顔をしかめました。 「あなたがここにいるのをヘンリーが見たら、怒るでしょうね」 「午前中は戻ってこない。パンフリー伯と仕事で忙しいんだ」 「かわいそうなパンプス」 と、彼女は言いました。 「私、彼が好きよ。彼はいろんなことを話してくれるの。回れ、右」 シャープは命令に従いました。そして、たんすの鏡の中に彼女が映っているのが見えました。 「鏡の前からどいて」 と、カテリーナは言いました。 シャープはその命令にも従いました。 「こっちを向いていいわ」 彼女は青いシルクの上着を着て、あごのところまでレースに埋まっていました。そして彼に向かって微笑みました。 「朝食とお湯が運ばれてくるから、あそこに入って待っていて」 と、彼女はたんすの横の扉を指差しました。 「あんたは朝食にお湯を飲むのか?」 と、シャープは尋ねました。 「お風呂よ」 といって、彼女はベルを鳴らしました。 「火を焚かせなくちゃ。ハムは好き?パンは?卵もあるかも。私はとてもお腹がすいているんだといっておくわ」 彼女は階段を上ってくる足音に耳を済ませました。 「隠れて」 と、彼女はシャープに命じました。 シャープはカテリーナのドレスでいっぱいの小部屋に入りました。鏡台には化粧品やつけ黒子が並んでいました。その鏡の後ろは窓で、シャープからはカディス湾から北に向かって出て行く船が見えました。 軍が動き始めた。 シャープはその様子を見つめ、本当ならあの場所にいるのに、と思いました。兵士たちや、マスケットや、大砲や馬たちと一緒に。 みんな戦争に行くのに、彼は娼婦の衣裳部屋にこうしているのでした。 半時間ほど後に朝食が運ばれ、そのころまでには暖炉の火は燃え盛り、バスタブは湯気の立ち昇るお湯で満たされていました。 「召使たちはお湯を入れるのを嫌がるのよ」 と、カテリーナは枕の上に座って言いました。 「きつい仕事だって。でも、私は毎日お風呂に入ると言い張ったの。今はお湯は熱すぎるから、待たなくちゃ。朝食を食べて」 シャープは腹ペコでした。彼はベッドに座り、口いっぱいにほおばりながら尋ねました。 「で、いつ出てきたんだ?どこだって言ったっけ、フロリダ?」 「16歳のときよ。母が死んだの。パパはずっと前にいなくなっていたわ。私はあそこにいたくなかったのよ」 「どうして?」 「フロリダにいろというの?」 カテリーナは身震いしました。 「蛇だらけの熱い沼と、ワニと、インディアンしかいないのよ」 「じゃあどうやってここに来たんだ?」 「船でよ」 と、彼女は大真面目に言いました。 「泳ぐには遠すぎるもの」 「ひとりで?」 「ゴンザーロが連れてきてくれたの」 「ゴンザーロ?」 「死んだ男よ」 「手紙を売りに行った男か?」 彼女はうなずきました。 「それで、あんたはずっとゴンザーロと仕事してたってわけか」 彼女はまたうなずきました。 「マドリードと、セビリアと、ここで」 「おんなじゲームをしていたのか?」 「ゲーム?」 「いい生まれのふりをして、手紙を書かせて、そいつを売る?」 彼女は微笑しました。 「ずいぶんお金を稼いだわ、シャープ大尉。あなたが夢にも思わないくらい」 「夢なんて必要ないよ、ダーリン。俺はインドの王様から宝石を盗んだことがある」 「じゃあ、あなたはお金持ちなの?」 と、彼女は目を輝かせました。 「全部なくした」 「不注意ね、シャープ大尉」 「で、ゴンザーロがいなくなって、これからどうするんだ?」 彼女は顔をしかめました。 「わからないわ」 「ヘンリーのところにいる?愛人として?」 「彼は親切よ」 と、カテリーナは言いました。 「でもロンドンに連れて帰ってくれるとは思わないわ。そのうち彼は帰るんでしょう?」 「帰るだろうな」 と、シャープは認めました。 「だから誰かを捜すわ」 と、彼女は言いました。 「でもあなたじゃないわよ」 「どうして?」 「誰かお金持ちよ」 と、彼女は笑いながら言いました。 「あんたはサルバドール・モンセニー神父から離れなくちゃならないんだぜ」 と、シャープは言いました。彼女はまた身震いしました。 「本当に彼は人殺しなの?神父なのに?」 「あいつの手下と同様、悪党だ。あんたの手紙をほしがっている。やつは手下と一緒にあんたを殺しに来る」 「でも、あなたも私の手紙がほしいのよね」 「そうだ」 「それにパンプスは、あなたが人殺しだと言っていたわ」 「そうだ」 彼女はしばらくそのジレンマに悩む様子でしたが、やがて風呂のほうにうなずきました。 「きれいにしなくちゃ」 と、彼女は言いました。 「また小部屋に隠れていようか?」 と、シャープは尋ねました。 「あら、違うわ。お風呂はあなたのためよ。あなた、臭うもの。服を脱ぎなさい、シャープ大尉。背中を洗ってあげる」 シャープは優秀な兵士です。命令に従いました。
by richard_sharpe
| 2008-09-12 17:20
| Sharpe's Fury
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