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1811年3月、バルロッサの戦い。
第2部 カディス 第8章 - 1 ヘンリー・ウェルズレイは、当然ながら疲れきった様子でした。 夜半までポルトガル大使のレセプションに出席、そして夜が明けたか明けないうちにイギリス大使館を訪れた、怒り心頭の代表団の人々によってたたき起こされたのでした。 代表団が緊急に抗議を申し込みに、町が目覚めない朝まだきにやってくるのはよくあることでした。 黒服に身を包んだ年配の二人の外交官が、大使館の客間の、火を入れたばかりで煙がくすぶる暖炉の前に、いかめしい顔をして座っていました。 パンフリー伯はあわてて服を着込み、青い顔をしてウェルズレイの机の傍らに通訳と向かい合って座っていました。 「シャープ、ひとつ質問がある」 と、ウェルズレイはぶっきらぼうにシャープを迎えました。 「はい」 「昨夜はどこにいた?」 「寝ていました。一晩中です」 シャープは無表情に言いました。軍曹だったころ、将校たちに嘘をつくときに覚えたしゃべり方でした。 「頭のことを考え、早く休みました」 と、シャープは包帯に触れました。二人のスペイン人は、いやな顔をしてシャープを見ていました。 シャープは大使館の召使に起こされたばかりで、大急ぎでユニフォームを引っ掛けてきたのですが、ヒゲも剃らず、汚れてくたくたでした。 「寝ていた?」 と、ウェルズレイは尋ねました。 「一晩中です」 シャープは大使の頭上1インチのところを見つめていました。 「シャープ、他にも聞かなければならないことがある。昨夜、ちょっとした悲劇があった。ある新聞社が焼け落ちたのだ。すっかり破壊されてしまった。幸い怪我人はなかったが、悲しむべき出来事だ」 「実に悲しむべきことです」 「そして新聞社の社主のヌニェズという男が言うには、英軍兵士がやったというのだ。頭に包帯をしたジェントルマンに率いられた英軍兵士だと」 「ジェントルマンですか?」 と、シャープは聞き返しました。(今まで一度もジェントルマンに見間違えられたことがなかったので) 「言い間違えたようだ、シャープ大尉」 と、ウェルズレイは驚くほど無愛想に言いました。 「私は休んでいましたが」 と、シャープは言いました。 「雷が鳴っていませんでしたか?嵐だったように思いますが、しかし夢だったかもしれません」 「確かに雷が鳴っていた」 「雷に打たれて火事になることは、よくあります」 通訳が雷のことを伝えると、外交官の一人が、火事場で焼け残った砲弾の殻を指差しました。その言葉が通訳される間、二人の外交官はシャープをじっと見つめていました。 「砲弾ですか?」 と、シャープはとぼけました。 「おそらくフランスの迫撃砲のものです」 「シャープ、フランスの迫撃砲は街のあの場所までは届かない」 「できます。ダブル・チャージすれば」 「ダブル・チャージ?」 と、パンフリー伯が尋ねました。 「普通の2倍の火薬を使うのです。より遠くまで砲撃が可能です。ただし、砲身が爆発するリスクも伴いますが。あるいは新型の火薬を発明したということも。今までは不純物の多いものを使ってきていますが、シリンダー・チャコール・パウダーを1樽使えば、射程距離の増加が見込めます。おそらくそう思われます」 シャープは淡々とこの無意味な言葉を口にしました。この部屋では彼だけが火薬のことを知っていそうな軍人で、誰も彼の言葉に反駁できませんでした。 「それではたぶん迫撃砲だろう」 ウェルズレイはそういうと、外交官たちにその作り話をフランス語で丁寧に話し始めました。 誰もそれを信じていないのは明らかでしたが、それでもかまわないのでした。彼らは一応の抗議をしたものの、今後スペイン政府を回復するに当たって必要な人物であるヘンリー・ウェルズレイと口論を続けることは好ましくありませんでした。二人は遺憾の意を表明して立ち去りました。 ヘンリー・ウェルズレイは椅子の背にもたれかかりました。 「パンフリー伯が大聖堂で起きたことを話してくれた。残念だよ、シャープ」 「残念とは?」 「死傷者が出たのだ!」 と、ウェルズレイは厳しい声で言いました。 「何人かはわからないし、知りたくもない。今のところ誰も何も言ってこないが、すぐに何か言ってくる。すぐにだ」 「金は奪われませんでしたし、連中は手紙を返す気もありませんでした。パンフリー伯がご報告されたと思いますが」 「した」 と、パンフリーは言いました。 「神父がだまそうとしたと?」 それがウェルズレイにはショックのようでした。 「サルバドール・モンセニー神父です」 と、パンフリー伯がそっけなく言いました。 ウェルズレイは窓に向けて椅子を動かしました。 曇った日で、霧が閉ざされた中庭に入ってきていました。 「モンセニー神父のことなら、私が何とかできただろう」 と、ウェルズレイは霧を見つめたまま言いました。 「たぶん脅しに耐え続けられたし、そのうちに神父に神の使命を与えて南米にでも送ることができただろう。今ではもう不可能だ。シャープ、きみが新聞社に対してしたことが、それを不可能にした。あの外交官たちは私たちを信用するふりをしていたが、彼らはきみが何をしたかよくわかっている」 彼は振り返り、その顔はいきなり怒りに染まりました。 「現時点では十分注意するように言ったはずだ。作法をわきまえるようにと。われわれはスペイン人を攻撃できないのだ。みんな新聞社が破壊されたのは例の手紙が出版され続けるのを阻止するためだということを知っている。そしてわれわれがいることを不快に思うだろう。そして手紙を持っている人物が、他の出版社で発行を始めることができるのだ。全く、シャープ!われわれは放火をし、事業を破滅させ、大聖堂を汚し、怪我人を出した。何のためにだ?言ってみたまえ!何のために?」 「これのためではないですか?」 とシャープは言って、「エル・コレオ・デ・カディス」を大使の机に置きました。 「これが最新版だと思います」 「なんということだ」 と、ヘンリー・ウェルズレイは言いました。彼はどの欄も自分の手紙で埋まっているページを繰りながら赤面しました。 「なんということだ」 「これは一部だけです」 と、シャープは言いました。 「残りは燃やしました」 「きみが燃やしたのは・・・」 と大使は言いかけましたが言葉は消えました。シャープが大使の手紙を新聞の上に並べ始めたからです。次から次へ、まるでトランプを配るかのようでした。 「これが手紙です」 と、シャープは軍曹時代の声のままで言いました。 「それを発行した新聞社は破壊しました。そして新聞を燃やし、こちらを気安く扱うなといっておきました。パンフリー伯がおっしゃっていましたが、彼らのあくどいトリックがこちらを追い詰めているということだったので。以上です」 「まったく」 と、ウェルズレイは手紙を見つめて言いました。 「天なる主よ」 と、パンフリー伯がつぶやきました。 「彼らはコピーを持っているかもしれません。しかしオリジナルがなければ証明ができません。違いますか?そして、とにかく、印刷はもうできないわけです」 「まったく」 と、ウェルズレイは再び言いました。今度はシャープを見上げていました。 「泥棒で、殺人犯で、放火魔です」 と、シャープは誇らしげに言いました。大使は何も言わず、ただ彼をじっと見ていました。 「ガリアーナ大尉というスペイン将校について、聞いたことはおありですか?」 シャープは尋ねました。 ウェルズレイは手紙に目を戻し、シャープの言葉が聞こえなかったかのようでしたが、いきなり眼を覚ましたようでした。 「フェルナンド・ガリアーナか?ああ、彼はサー・トーマスの前任者との間の連絡将校だった。優秀な青年だ。手紙はこれで全部か?」 「連中が持っていた全部です」 「まったく」 と大使は言い、いきなり立ち上がると、手紙と新聞をつかんで暖炉の石炭の上に放り込みました。そして燃え上がる炎を見つめていました。 「どうやって・・・」 と彼は言いかけ、しかしいくつかの質問の答えは聞かないほうがいい、と決めたようでした。 「もうよろしいですか?」 と、シャープは尋ねました。 「シャープ、きみに感謝しなければならない」 と、燃え上がる手紙に目を向けたまま、ウェルズレイは言いました。 「そして私の部下たちにもです。5人です。彼らをイスラ・デ・レオンにつれて帰り、船を待つつもりです」 「もちろん、もちろんそうだ」 大使は机に急いで戻りました。 「きみの5人の部下たちが手伝ったと?」 「実によく働いてくれました」 引き出しが開けられ、シャープはコインの音を聞きました。彼は全然興味がないふりをしていました。大使はコインを紙に包んでシャープに渡しました。 「きみの部下たちに礼を言ってくれるね?」 「もちろんです。ありがとうございます」 と、シャープはそれを受け取りました。 「それにしても、きみはもうベッドに戻ったほうがいいようだ」 と、ウェルズレイは言いました。 「閣下もそのようです」 「すっかり目が覚めたよ。パンフリー伯と私ここで起きている。仕事は山ほどあるのだよ!」 突然、ウェルズレイは幸福そうになりました。悪夢がやっと終わったと、安心したのです。 「そしてもちろん、兄にきみの昇進についての推薦状を書こう。シャープ、必ず書くよ」 「ありがとうございます」 「やれやれ!やっと終わった」 大使は石炭の上の最後の燃え残りに目をやりました。 「終わった!」 「ご婦人の件以外は」 と、シャープは言いました。 「カテリーナでしたか。彼女はまだ手紙を持っているのでは?」 「ああ、それはない」 と、大使は幸せそうに言いました。 「それはない。本当に終わったのだ!ありがとう、シャープ」 シャープは部屋を出ました。そして中庭に出て、息を吸い込みました。 ネコがシャープの足首にすりより、シャープはかがんでその背中をポンポンたたき、そしてコインの包みを開きました。15ギニーありました。1人1ギニーで、残りは自分がとることにしました。不公平な気もしましたが、みんな十分満足するだろう。 彼は1人2ギニーずつにすることにしました。みんなラム酒を買いに行くだろう。 「ネズミを捕まえに行きな」 と、シャープはネコに言いました。 「俺もこれからネズミを見つけるんだ」 彼は回廊を通って小さい中庭に出ると、パンフリー伯の家から女中が牛の乳搾りに出るのを待ち、扉が開いた隙に階段を駆け上がると台所を通り抜けました。 階段を1段おきに駆け上がり、扉を開けるとホールに出ました。さらに厚いカーペットの敷かれた階段を上り、白い家並みと黄色い岩と青い空が描かれたスペインの風景画の前を通りました。踊り場には白い大理石の裸体が飾られていました。 扉が開いていて、女中が掃除をしていました。パンフリー伯の寝室のようでした。 シャープはこっそりと通り過ぎ、女中には気づかれずに済みました。 次の階段はやや狭く、3つのドアが面していました。 最初のドアは召使の居住区に通じるらしい階段の入り口でした。次のドアは納戸で、最後のドアが別の寝室に通じていました。 シャープは忍び入り、ドアを閉めました。 暗がりに目が慣れると、よろい戸が下りた部屋の、まだくすぶっている暖炉の前にバスタブが置かれているのが見えました。 机、二つのソファ、そして扉に鏡のついた大きなたんすと、カーテンが閉じた天蓋つきのベッドがありました。 彼は敷物の上を横切っていちばん近いよろい戸を引き開けました。カディス湾がひろがり、銀の波が日に輝いていました。 誰かがベッドでうめき声を立てました。 シャープは次のよろい戸も開けました。窓の前にはマホガニーのスタンドに金髪のカツラが6つ下がっていました。ソファには青いドレスが広げられ、サファイアのネックレスといやリングも置いてありました。 うめき声が再び聞こえ、シャープはベッドに近づくと後ろ手にカーテンを引き、 「おはよう」 と、陽気な声をかけました。 そしてカテリーナ・ベロニカ・ブラスケスは、叫び声をあげようと口を開いたのでした。
by richard_sharpe
| 2008-09-11 18:45
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