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1811年3月、バルロッサの戦い。
第1部 グアディアナ川 第3章 - 5 マントルピースの上の時計が、10時を打ちました。ヘンリー・ウェルズレイはため息をつき、 「わが同盟軍のために、妙な装いをしなければならない時間だ」 と言いました。客は椅子から立ち上がりました。 「ポートワインとタバコを楽しんでくれたまえ」 と大使は言い、ドアに向かって歩きかけ、立ち止まりました。 「ミスター・シャープ、ちょっといいかな?」 シャープはヘンリー・ウェルズレイについて廊下を進み、ロウソクに照らされた小さな部屋に入りました。 炉には石炭が終え、壁を書物が埋めており、窓の下に革張りの机がありました。大使は窓を開けました。 「スペイン人の召使は、私をやけに温めたがるのだ」 と、彼は言いました。 「私は冷たい空気のほうが好きなのだと何度も言ったのだが、信じてくれない。あっちではきみに気まずい思いをさせたかな?」 「いいえ、閣下」 「あれはムーン准将の利益にもなることだ。彼が言うには、きみが彼を失敗させたということなんだが、私としてはどこか疑わしい。どうも信頼を寄せるに足らない男のように思う」 大使は戸棚を開けて黒い壜を取り出しました。 「ポートワインだ。テイラーの最高級品だ。注いでもいいかな、シャープ」 「ありがとうございます」 「その銀の箱にタバコもある。とりたまえ」 ヘンリー・ウェルズレイはシャープにグラスを渡すと、机の向こう側に腰を下ろしました。そしてライフルマンを鋭く観察しました。 「私の兄がかつてきみが命を救ったことについて、ちゃんときみに礼を言ったかどうか疑問に思っているのだが」 と言って彼は答えを待ちましたが、シャープは何も言いませんでした。 「やっぱり。アーサーらしい」 「あの方は立派な望遠鏡をくださいました」 と、シャープは言いました。 「本当は貰い物で、自分は欲しくなかったとか?」 と、ヘンリー・ウェルズレイはカマをかけました。 「そのようなことはないと確信しております」 と、シャープは言いました。 ウェルズレイは微笑みました。 「兄は多くの美徳を持っているが、その中に感情をうまく表現する能力はないのだ。それが何らかの記念品だとしたら、彼はきみの資質に対する賞賛の気持ちを精一杯示したのだ」 「ありがとうございます」 と、シャープはおずおずと言いました。 大使はため息をつき、喜ばしい内容の会話はここで終わったことを示唆しました。彼は言葉を捜すかのようにためらい、そして引き出しを開けると小さなものを机越しにほうりました。例の角をかたどったブローチでした。 「これが何か知っているか、シャープ」 「残念ながら、存じています」 「ウィリー・ラッセルが話しておいてくれたと思うんだが。それからこれは?」 彼は新聞を机の上に押しやりました。シャープはそれを手に取り、それが 「エル・コレオ・デ・カディス」というものだとはわかりましたが、光が暗すぎるのと字が小さすぎ、そして印刷状態が良くないのとで読む気になれませんでした。彼は新聞をおきました。 「見たことがあるかね?」 「いいえ」 「今日、街中に出回った。そして私がある夫人に送ったと思しき手紙が刷られている。その手紙の中で、私はカディスに関する英国の思惑について、彼女に語っている。第2のジブラルタルにするというものだ。そして国王陛下の政府はカディスに対し何等かの計画を目論んでいるとは決していえないのだ」 「ではこの手紙は捏造ですか?」 と、シャープは尋ねました。 ヘンリー・ウェルズレイは、間を置いて答えました。 「すっかり、というわけではない」 彼の口調は用心深く、今では彼はシャープを見ていませんでした。彼の目は暗い庭に向けられていました。彼はタバコを引き寄せました。 「ウィリー・ラッセルは、私の最近の状況を話したと思うが?」 「はい」 「それなら話が早い。私は数ヶ月前にここである婦人に会い、上流の生まれだと紹介された。彼女はスペインの植民地の出身で、父親は裕福で尊敬すべき人物だというのだ。しかし偽りだった。真相に気づく前に、私は愚かにも手紙の中で彼女への思いを打ち明けていたのだ」 彼は口を閉ざし、開いた窓の外を見つめたまま、シャープが何か言うのを待っていました。しかしシャープは何も言いませんでした。 「手紙は盗まれた。それは彼女のせいではない」 大使は向きを変えてシャープに挑戦的なまなざしを向けました。シャープが彼を信用していないとでも思っているかのようでした。 「それでその泥棒は、あなたを脅迫しようとしていると?」 「そのとおり」 と、ヘンリー・ウェルズレイは言いました。 「卑劣なやつが私に手紙を売ることを持ちかけた。だが私の使いは殺された。彼と護衛二人が。金ももちろん消えていたし、手紙はいまだにわれわれの政敵の手中にある」 ウェルズレイは苦々しげに言い、新聞を振りました。 「理解してもらわねばならないのだが、シャープ、カディスにはナポレオンと講和を結んだほうがスペインには未来があると固く信じている連中がいるのだ。彼らにしてみれば、英国のほうがより恐ろしい敵なのだ。われわれがスペインの植民地を破壊し、大西洋上の貿易を奪ったと彼らは信じている。彼らは私の兄がフランス軍をポルトガルから追い出し、スペインからも引き離すことが出来るとは思ってない。そして彼らの政治的な将来の展望の中には、英国との同盟は含まれていないのだ。私の仕事は彼らをともかくも説得することなのだが、その手紙は私の使命をはなはだしく困難にすることになるだろう。不可能にさえなるかもしれない」 再び彼は言葉を切り、シャープのコメントを待っているようでしたが、今度もこのライフルマンはじっと黙り込んだままでした。 「パンフリー伯はきみが有能な男だといっている」 と、大使は静かに言いました。 「ご親切な方です」 と、シャープはそっけなく言いました。 「彼が言うには、きみは昔は痛快な人物だったと」 「それはどうですか」 ヘンリー・ウェルズレイはちょっと笑いました。 「もし私が間違っていたら許してくれ。そしてきみを責めているわけではないとわかってほしいのだが、きみはかつて泥棒だったそうだな」 「そうです」 と、シャープは認めました。 「ほかには?」 シャープはためらいましたが、大使が彼に正直に打ち明けたことを思い、それに返礼をしなくてはならないと考えました。 「泥棒で、人殺しで、兵隊で、軍曹で、ライフルマンです」 シャープは淡々と並べ立てました。しかしヘンリー・ウェルズレイは、その言葉の中にプライドを感じました。 「シャープ、われわれの敵は手紙を一つだけ印刷し、残りはこちらに売るつもりだといっている。その代価は間違いなく法外なものだが、もし支払えばもう手紙を発行しないと断言した。パンフリー伯は私の代理として交渉に当ってくれている。もし合意に達した場合、きみが彼に付き添い、護衛として手紙と金の交換に力を貸してくれるとありがたい」 シャープは考えました。 「最初の代理人は殺されたとおっしゃいましたね?」 「プラマーという男だった。盗人たちは彼が金を払わずに手紙を奪おうとしたと主張したが、まことしやかないいわけとしか聞こえない。プラマー大尉は勇猛な男だ。連中は彼と2人の連れを大聖堂の中で刺し殺し、彼らの死体を岸壁から投げ捨てたのだ」 「それを再びやるやつらではないと?」 ウェルズレイは肩をすくめました。 「プラマー大尉は抵抗したはずだ。彼は正式の外交官ではなかった。パンフリー伯は公式の身分だ。パンフリー伯を殺せば、間違いなく責任を強行に追及されることになる。そしてきみの存在は、彼らに思いとどまらせるものになるはずだ」 「もう一つお尋ねしたいのですが、閣下は私が泥棒だったことを確認されました。そのことがパンフリー伯の命の補償になると?」 ヘンリー・ウェルズレイは戸惑ったようでした。 「もしパンフリー伯が交渉に失敗した場合、手紙を奪い返さなければならないと考えている」 「それがどこにあるか、ご存知ですか?」 「新聞が印刷された場所だと断定できる」 シャープにとって大きな課題でした。しかし彼はそれを受けることにしました。 「何通の手紙が?」 「彼らが持っているのは15通だ」 「もっとあったのですか?」 「たぶんもっと書いた。しかし盗まれたのは15通だけだ」 「ではその女性がもっと持っていると?」 「彼女は持っていないはずだ。残っていた手紙が15通だった」 シャープには、まだなにか隠していることがあるとわかっていましたが、あまり大使をせっつくのは得策ではないと思いました。 「盗みは能力を要する商売ですが、ゆすりはルール違反です。手が必要です。人殺し相手ですから、私も自分の殺し屋が必要です」 と、シャープは言いました。 「私に思い当たる人物はいない」 と、大使は肩をすくめながら言いました。 「プラマーが死んでしまった以上」 「5人のライフル隊員がいますから、彼らにやらせます。彼らをこの街の中に入れたいので、民間人の服装が必要です。それから閣下からウェリントン公に手紙を書いていただきたい。彼らが任務でここに残るという内容で。私に必要なのは、以上です」 「すべて同意する」 と、ヘンリー・ウェルズレイはほっとした声で言いました。 「それからそのご婦人と話したいのですが。もし他の手紙を持っているとしたら、それが盗まれないようにしないと」 「残念だが彼女がどこにいるか、私にもわからないのだ」 と、大使は言いました。 「もしわかったら、もちろんきみに伝える。彼女は姿を隠したようだ」 「名前を教えていただけますか」 「カテリーナだ」 と、ヘンリー・ウェルズレイはしぶしぶ口にしました。 「カテリーナ・ブラスケスだ」 彼は両手で顔を覆いました。 「あんなことを書くなんて、私が馬鹿だった」 「みんな女のことでは馬鹿になります」 と、シャープは言いました。 「それなのに女なしでは生きていけない」 ウェルズレイはその言葉に苦笑いしました。 「しかしパンフリー伯がうまくやれば、一件落着だ。勉強になった」 「もしうまくいかなかったら、手紙を盗むと」 「そうならないように願う」 と、ウェルズレイは言いました。 彼は立ち上がり、タバコを弾き飛ばし、外の暗い芝生の上に火の粉が散りました。 「本当に身支度をしなければ。盛装して、帯剣だ。だがもうひとつ、シャープ」 「なんですか?」 とシャープは尋ねました。大使のことは常に「閣下」と呼ばなければならないのはわかっていましたが、彼はたびたび忘れていましたし、ウェルズレイも気にしてないようでした。 「われわれはスペインの許可を得て、この街で息を殺して暮らしている。そのことだ。だから何をするにせよ、注意してやってくれ、シャープ。そしてどうかパンフリー伯以外の者たちに気づかれないように。彼だけがこの件に通じているのだ」 これは真実で、他にも手を貸せるはずの人物はいるのですが、ヘンリー・ウェルズレイには信用に足るとは思えませんでした。彼に残されている頼れる人物といえば、この傷跡のある包帯を巻いたロクデナシだけなのでした。 「承知しました」 と、シャープは言いました。 「それではお休み、シャープ」 「失礼します」 かすかにスミレの香りを漂わせながら、パンフリー伯がホールでシャープを待っていました。 「それで、リチャード?」 「ここでの仕事が出来たらしいです」 「それはよかった。ちょっと話せるかな?」 パンフリー伯はロウソクに照らされた回廊にシャープを伴いました。 「本当に5人の男か、リチャード?正直に言ってくれ。5人?」 「7人です」 シャープは言いましたが、正確なところは思い出せず、そしてそれは問題ではありませんでした。 彼は泥棒で、人殺しで、兵士で、そして今、脅迫者退治をすることになったのでした。
by richard_sharpe
| 2007-12-18 20:14
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