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1811年3月、バルロッサの戦い。
第1部グアディアナ川 第3章 - 3 夜明け前に風が変わり、ソーンサイド号はカディス湾の入り口のある南西に向きを変えました。 街が近づき、シャープにも巨大な灰色の胸壁が白い街並みの上にそそり立っているのが見えました。 フリゲート艦はダイアマンテ岩を目印に波を蹴立てて進み、そこで湾の開けた南に向かいました。 トロカデロ半島にあるフランス軍の迫撃砲は砲撃を始め、砲弾はあと2マイルというところで艦に当ることなく着水し、水しぶきを上げました。 本土にはフランス軍の砦が3つあり、湾を守っている地峡部分にあるカディスの海に面した部分にやっと届くというものでした。 ソーンサイド号は街の南側の、英国海軍の戦艦と小さい商船の間に錨を下ろしました。 ムーン准将は、艦の船大工が作った松葉杖を突いてシャープのところにやってきました。 「艦上にしばらく残れ、シャープ」 「わかりました」 「公式には英国陸軍部隊は街にはいることは許されていない。だから今日明日中に出発船を見つけられなかったら、イスラ・デ・レオンに滞在場所を見つけなければならない」 彼は停泊地の南側の低地を指しました。 「それから、私は大使館に挨拶にいってくる」 「大使館ですか?」 ムーンは怒りを込めた目つきでシャープを見ました。 「スペインに残っている主権がわずかなことはわかっているだろう」 と、ムーンは言いました。 「フランスが、一握りの砦を除いたほとんど全土を掌握していて、だからわれわれの大使館は、今はここカディスにあるのだ。マドリードやセビリアではなく。あとで命令を送る」 命令が届いたのは午後になってからで、シャープと兵士たちは北に向かう輸送船が出向するまでイスラ・デ・レオンで待つことになりました。 彼らを乗せたボートはほとんどが商船で構成されている艦隊の間をすり抜けて進みました。 「噂では、この船たちは陸軍を南に運ぶんだそうですよ」 と、ボートの指揮を取っている海尉候補生が言いました。 「南に?」 「海岸沿いのどこかに下りたいらしいです。フランス軍に向かっていって、包囲網を攻撃するんです。ああ、ここです。どうかご無事で!あなたの卵の殻、早く治るといいですね!」 「イスラ・デ・レオンはフランスの包囲網からカディスを防衛している英軍・ポルトガル軍5000の兵士の基地になっていました。 散発的な砲声が、数マイル東の包囲線から響いていました。 サン・フェルナンドという小さな町が島の上にあり、彼の膝にすがりついた第88連隊とサウス・エセックスからの一握りの浮浪者たちに弱り果てている少佐に報告をしました。 「きみの部下たちはテントの列のどこかに居場所が見つかるだろう。ただし、もちろんきみ自身は、他の将校同様サン・フェルナンドに宿営しなくてはならない。まったく、どこか空いていたかな?」 少佐は宿泊場所のリストに目を通しました。 「一晩か二晩です」 と、シャープは言いました。 「風向き次第だろう。違うか?だからずっと北西の風だったら、きみはリスボンの近くのどこであろうとたどり着けない。ああ、あった。ダンカン少佐のいる家が空いている。彼は砲兵将校だ。だから特別じゃない。今はここにいないがね。サー・トーマスと狩りをしている」 「サー・トーマス?」 「サー・トーマス・グレアムだ。ここの司令官だ。クリケットと狩りに目がなくてね。もちろんキツネはいないから、かわりに犬を放して追いかけるんだ。防衛線とフランス軍との間には、都合よく障害物がないからね。召使の場所も必要だと思うが?」 シャープは召使を持ったことはありませんでしたが、今回は自分を甘やかすことにしました。 「ハリス!」 「はい」 「お前はこれから俺の召使だ」 「喜んで」 「サン・フェルナンドは、冬場はいくらか上等な場所だ」 と、少佐は言いました。 「夏はおそろしく蚊が追い。しかし1年でもこの時期はなかなか過ごしやすい。酒場も多い。戦争向きの場所ではないな」 風はその晩も次の晩も変わりませんでした。 シャープは兵士たちに休養を取らせ、彼らはユニフォームを洗って繕い、シャープはずっと風向きが南か東に変わってくれることを祈っていました。 連隊の軍医は、シャープの傷を調べて、良くするよりもむしろもっと痛くしただけでした。 「もしその船医がきみの骨を元通りに治したというなら、現代医学にできる限りのことをしたということだ。包帯をしっかりと巻いておきたまえ、大尉。湿らせておいて、お祈りするんだな。痛むときにはラム酒だ」 シャープと同居することになったダンカン少佐は、愛想のよいスコットランド人でした。 彼が言うには、5,6隻の船がリスボンへ向かう風待ちをしているということでした。 「風さえ変われば、4~5日で帰れるさ」 ダンカンはシャープを近くの酒場に誘い、持ち合わせがないシャープが弁解しようとするのにとりあわず、食べ物をたっぷりととって勧めました。 「ドンたち(スペイン人のこと)は、ひどく遅い時間に食べるんだ」 と、彼は言いました。 「だから料理人が目を覚ますまで、飲み続けなくちゃならない。ハードだよ」 彼は赤ワインの壺を頼み、それがやってきたとき、ドアが開いて痩せた若い騎兵将校が現れました。 「ウィリー!一緒に飲むか?」 ダンカンは嬉しそうに声をかけました。 「リチャード・シャープ大尉を探しているところなんだ。で、たぶんあなたが彼ですね?」 彼は笑ってシャープに片手を差し出しました。 「ウィリー・ラッセルです。サー・トーマスの参謀です」 「ウィリアム・ラッセル卿だ」 と、ダンカンが言いました。 「でもウィリーで十分だ」 と、ウィリアム卿は急いで割って入りました。 「きみがシャープ大尉だね?きみは召喚を受けている。馬を連れてきた。風みたいに大急ぎで行かないと」 「召喚ですか?」 「大使館にだよ、大尉!スペイン宮廷における国王陛下の全権大使であり特別公使にだ。まったく、なんて長いんだ!」 彼はダンカンのワインをちょっと飲みました。 「誰かこれに小便したのか?用意はいいか、シャープ?」 「私が大使館に呼ばれているんですか?」 シャープはまごついていました。 「きみが、だ。それで、遅刻だ。ここは私が探しに来た3番目の酒場で、私はいちいち飲んできたんだ。ノーブレス・オブリージュ(貴人の義務)さ」 彼はシャープを酒場の外に引っ張り出しました。 「さっきから言いたかったんだが、会えて光栄だ!」 と、ウィリアム卿は気さくに言い、シャープが信じられない様子でいるのを見ると付け加えました。 「いや、本当だよ。私はタラベラにいたんだ。私はやられていたんだが、きみはイーグルを捕ったじゃないか!ボニー(ナポレオンのこと)に目に物見せてやったな。そうだろう?これだ。きみの馬だ」 「本当に行かなくてはなりませんか?」 と、シャープは尋ねました。 ウィリアム・ラッセル卿はちょっとの間考え込みましたが、言いました。 「そう思う。全権大使かつ特別公使が一介の大尉を召喚するということは、そう毎日あることじゃない。大使としては、彼は悪い人物ではないよ。馬には乗れるか?」 「ヘタですが」 「頭の傷はどうだ?」 「痛みます」 「そうだろう。私も馬から落ちて切り株に頭をぶつけたことがあるが、1ヶ月くらい考えることもできなかったよ!実をいうと、ちゃんと治っていないんじゃないかと思うんだ。乗りたまえ」 シャープは鞍にまたがり、ウィリアム・ラッセル卿の後をついて街の外に出ました。 「どれくらいですか?」 「6マイルちょっとだ。乗馬にはちょうどいい。干潮の時には浜を走れるが、今夜は道を行かなければならないな。大使館でサー・トーマスに会えるよ。すごい人だ。きっときみも好きになる。みんなそうなんだ」 「ムーンは?」 「残念ながら、彼もいる。無礼な男じゃないか?聞いてくれよ。彼は私になれなれしいんだ。私の父が公爵だから、近づこうとしている」 「公爵ですか」 「ベッドフォードのね」 そしてウィリアム卿は軽く笑いました。 「心配するな、私は跡継ぎじゃない。そのつぎでもないんだ。私はただの、国王と国のために死ぬ男だよ。ムーンはきみのことが好きじゃないだろう、違うか?」 「そうらしいです」 「彼は自分の落ち度をみんなきみのせいにしていたよ。サーベルをなくしたんだって?ベネットの?」 「ベネットって、聞いたことがなくて」 と、シャープは言いました。 「セント・ジェームズの刃物師だ。すばらしく上等で恐ろしく高いんだ。ベネットのサーベルでヒゲが剃れるという話だ。試したことはないが」 「そのことで召喚されたんですか?文句を言われる?」 「まさか!大使がきみを呼んでいるんだ。一緒に飲みたいんだと思うよ」 地峡は狭くなり、シャープの左には広々と大西洋が広がっていました。そして右にはカディス湾が。 湾の端は白くかすみ、幾百もの、光り輝くピラミッド型のものが並んでいました。 「塩だ」 と、ウィリアム卿が説明しました。 「ここの一大産業なんだ。莫大な量の塩だ」 シャープは急に、自分のみすぼらしいユニフォームが恥ずかしくなりました。 「英軍兵士は街中に入ってはいけないのだと思っていました」 「将校だけは入れるんだ。スペイン人は歩兵部隊が街中に入って出て行かないという事態を恐れている。彼らはここもジブラルタルみたいにされるんじゃないかと思っているんだ。ああ、そうだ、ひとつ重要なことがあるんだ、シャープ」 「なんでしょうか、閣下」 「ウィリーと呼んでくれ。みんなそうしているんだから。そう、重要なことなんだ。忘れてはいけないことだ。もし飲んだくれていたとしてもこれだけは守らないといけない。大使の奥方のことに触れるな」 シャープは戸惑ってウィリアム卿を見ました。 「どうしてまた?」 「絶対ダメだ」 と、ウィリアム卿は力を込めました。 「おそろしくいやな思いをすることになる。彼女はシャーロットという名だったが、逃げたんだ。シャーロット・ザ・ハーロットだ。彼女はハリー・パジェットと逃げた。参ったことに事実だ。恐ろしいスキャンダルなんだ。きみがここにしばらく滞在するということなら、これを目にすることになると思うが」 と、彼はポケットからブローチを出しました。 「ほら」 とウィリアム卿は言って、シャープに投げ渡しました。 そのブローチは安っぽい骨製で、一組の角をかたどっていました。シャープは肩をすくめました。 「牛の角ですか?」 「寝取られ男をあらわす角だよ、シャープ。大使はエル・コルヌードと呼ばれている。われわれの政敵はこのバッジをつけて、彼をバカにしているんだ。気の毒に。彼はうまくやっているが、傷ついているのは確かだ。だから頼むから、シャーロットの事は聞かないでくれ」 「そんなことしませんよ」 と、シャープは言いました。 「その人のことを知りもしないんですから」 「いや、知っているよ!」 と、ウィリアム卿は嬉しそうに言いました。 「彼もきみを知っているんだ」 「私を?どうして?」 「きみは本当に、英国国王陛下のスペイン特命大使が誰だか知らないのか?」 「知らないんです」 「外務大臣の末の弟だよ?」 しかしシャープがまだわからない様子でいるのを見て取ると、ウィリアム卿は言いました。 「そしてアーサー・ウェルズレイの弟でもある」 「アーサー・ウェルズレイ・・・つまりウェリントン公の?」 「ウェリントン公の弟だ。そのとおり。それもまたまずかった。シャーロットがパジェットと逃げて、ヘンリーは離婚したんだが、それは議会に報告しなければならず、それはまたずいぶんトラブルになった。それでヘンリーはここに来ることになり、実に魅力的なお嬢さんと知り合った。彼は、彼女が上流の出だと思ったんだ。だが、違った。彼は彼女に手紙を書いたんだ。気の毒なヘンリー。彼女はすごい美人で、シャーロットよりもずっと美人だった。事態は完全に困ったことになっていて、われわれはみんな、何も起きていないようなフリをしているんだ。だからシャープ、何も言うな。成り行きに任せるしかない」 彼らは街の南の大きな門に到着し、ウィリアム卿は黙り込みました。 そこには歩哨たちが銃剣を装着したマスケットを持って立っていて、ウィリアム卿が合言葉を言うと大きな扉が音を立てて開きました。 シャープは海に囲まれた街の、細い道を通り抜けていくことになりました。 彼は今、カディスに入ったのでした。
by richard_sharpe
| 2007-12-06 17:09
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