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1811年3月、バルロッサの戦い。
第1部グアディアナ川 第3章 - 2 痛みと闇の中、きしるような音が聞こえ、シャープはインド洋を航海していたころのピュセル号に乗っていました。そしてレディ・グレースと一緒にいて幸せで、しかしすぐに彼女は死んでしまったのだということに気づき、泣きたいような気分になりました。 きしるような音は続き、突然の閃光とともに、再び暗闇になりました。 「瞬きしたみたいです」 という声が聞こえ、シャープは目を開きました。白い灼熱の熾き火のような頭痛がしていました。 「イエス様」 と、彼はつぶやきました。 「違います、俺ですよ。パトリック・ハーパーです」 軍曹が彼の上にかがみこんでいました。 木の天井の細い継ぎ目から陽射しが差し込んでいました。彼は目を閉じました。 「ここはどこだ?」 「ソーンサイド号です。フリゲート艦ですよ」 「神様」 と、シャープはうめきました。 「神様にはこの1日半、ちょっとばかりお祈りしておきましたからね」 「ほら」 と、他の声がして手がシャープの肩の下に差し込まれ、身体が起こされました。激しい痛みがまた頭の中に走り彼は咳き込みました。 「これを飲むんだ」 それは苦い液体で、シャープはむせ返りそうになりながら飲み、そしてまた眠りに落ちました。 次に目覚めたときは夜で、ランタンの明かりが廊下にともり、船の動きにつれて船室の帆布でできた壁に影が揺れ、めまいがするようでした。 うとうとしながら彼は船の音を聞き、上を歩く足音を聞き、水しぶきの音やベルの音を聞いていました。 夜が明けてすぐに彼は目を覚まし、頭が包帯で分厚くぐるっと巻かれていることに気づきました。まだガンガンと頭痛はしていましたが焼け付くような痛みではなく、彼はつり床から足を下ろし、いきなりめまいを感じました。 ゆらゆらするつり床の端に腰を下ろして、彼は頭を抱えていました。吐き気を感じましたが、胃はからっぽでした。 ブーツは床に置かれ、ユニフォームとライフルはドアの木製の鉤に引っ掛けてありました。 彼は目を閉じました。 ヴァンダール大佐のマスケットが火を噴いたことを思い出しました。 そして彼はジャック・ブレンのことを考えました。かわいそうなジャック・ブレン。 ドアが開きました。 「いったい何をしているんですか」 と、ハーパーが嬉しそうに尋ねました。 「デッキに上がりたいんだ」 「軍医殿は寝てなきゃいけないって言っていましたよ」 「軍医に何ができる。手伝ってくれ」 シャープはブーツと剣は置いたまま、オーバーオールと汚れたジャケットを引っかけ、ハーパーの腕にしっかりと支えられてデッキに上り、ハンモックにすがりながら歩きました。 微風が心地よく、船は塔が点在する低地を通り過ぎていました。 「みんなはどこだ?」 「舳先のほうです」 「きちんとした格好をしていないな、シャープ」 と、ムーン准将の声がしました。彼は椅子に座り、添え木をした脚を大砲の上にのせていました。 「ブーツも履いていないじゃないか」 「デッキでは裸足のほうがいい」 と、陽気な声がしました。 「で、裸足で何をしているんだね?私は下で休んでいるようにと命じたはずだが」 民間人の姿をした、まるまると太って陽気そうな男がシャープに微笑みかけました。 「私はジェスロ・マッカンだ。この船の軍医だ」 と彼は自己紹介すると、握りこぶしを差し出しました。 「この指は何本かな?」 「0です」 「今度は?」 「2本」 「このスウィープは数を数えられるぞ。感心したよ」 と、マッカンは言いました。 スウィープとはライフル隊員のことで、そのモスグリーンのジャケットが、チムニー・スウィープ(煙突掃除人)のボロキレのように黒く見えることからつけられたあだ名でした。 「痛むかね?」 「良くなってきています」 とシャープは言いましたが、嘘でした。 「こういっちゃなんだが、きみは悪運が強いな、ミスター・シャープ。おそろしくラッキーだ。マスケットに撃たれたのだよ。かすっただけだが、さもなければきみはここにはいないな。だが部分的に頭蓋骨が陥没骨折したのだ。私がもとに戻したがね」 と、マッカンは得意そうに笑いました。 「元に戻した?」 と、シャープは尋ねました。 「ああ、そんなにたいしたことじゃない」 と軍医はさりげなく言いましたが、実は困難な作業でした。 1時間半もの間、薄暗いランタンの光の下でゾンデと鉗子を使って割れた骨を扱わねばならず、血と脳漿で指が滑り、骨をうまくはめ込む前に脳が流れ出てしまうのではないかと心配したほどでしたが、ついに骨片を元の場所にはめ込むことに成功したのでした。 「で、きみは無事にここにいる」 と、マッカンは続けました。 「2年は寿命を縮めたがね。それで、いいニュースだ。きみには脳みそがあるよ」 彼はシャープが戸惑ったのを見て取り、大げさにうなずきました。 「あるんだよ!本当に!私がこの目で見たんだから。海軍の頑固な思い込みが間違いだと証明したわけだ。みんな、陸軍兵士の頭蓋骨の中は空っぽだと思っているからな。レビュー誌に投稿したほうがいいな。有名になれるぞ!兵士に脳みそが発見された!」 彼はうけたフリをしようとして笑おうとしましたが、顔をゆがめるのがやっとでした。彼は包帯に触りました。 「痛みは治まりますか?」 「頭の怪我に関しては、われわれにもほとんど何もわかっておらんのだ。出血が多いということ以外には。ただ、プロとしての経験からいわせてもらうと、ミスター・シャープ、ばったり倒れて死ぬか、すっかり良くなるかどちらかだ」 「慰めになります」 シャープは大砲に腰掛け、遠い雲の下の陸地を眺めました。 「リスボンまでどれくらいかかりますか?」 「リスボン?私たちはカディスに向かっているのだよ!」 「カディス?」 「われわれの母港だ」 と、マッカンは言いました。 「しかしすぐにリスボン行きの船を見つけられるさ。ああ!プリファー艦長が上がってきた」 艦長は痩せて細面の気難しそうな男でした。 案山子みたいだな、とシャープは思いましたが、彼も裸足でした。潮で焼けた上着を見なくても、確実に海の男と分かる、とシャープは思いました。 艦長は少し准将と話すとまっすぐに歩いてきて、シャープに自己紹介しました。 「起き上がれるようになってよかった」 と、彼は強いデボン訛りで言いました。 「ありがとうございます」 「カディスにはすぐに着くから、いい医者がきみの頭を診てくれるだろう。マッカン、キャビンのテーブルにコーヒーがあるぞ」 「アイ・アイ・サー」 と軍医は言って、プリファーは見かけほど気難しくないのだ、ということをシャープに分からせるように笑いました。 「歩けるかね、シャープ?」 と、プリファー艦長はぶっきらぼうに尋ねました。 「大丈夫だと思います」 シャープはプリファーについて歩き、ムーン准将が見ている傍らを通り過ぎました。 メインマストの帆柱のそばで二人だけになったとき、プリファーは言いました。 「昨夜、夕食を准将と共にしたのだ」 と、彼は言葉を切りましたが、シャープは黙っていました。 「そして今朝、きみの軍曹と話をした」 と、プリファーは続けました。 「妙なことだ。話がぜんぜん違う」 「違いますか?」 プリファーはソーンサイド号の航跡を眺めていましたが、振り返ってシャープを見ました。 「ムーンは全部きみの失策だと言っている」 「何ですって?」 頭の中で痛みが脈打っていて、シャープは自分が聴いたことが正しいのかどうか、自信が持てませんでした。彼は目を閉じてみましたが、それでも痛みは治まらないのでまた目を開きました。 「彼が言うには、橋の爆破をきみが命じ、しかし爆薬を女性の荷物の下に隠すという戦争でのルール違反をやったので、きみがぐずぐずしているうちにカエルどもに有利になり、結果として彼の馬は死に、脚は折れ、サーベルを失ったそうだ。そしてサーベルはベネットの最高級品だったと彼は言っていた」 シャープは何も言わずに白い鳥が海から飛び立つのを見ていました。 「きみは戦争のルールを破った」 と、プリファーはそっけなく言いました。 「しかし私の知る限り、戦争のルールはひとつ、勝つことだけだ。きみは橋を爆破したのだね?」 「そうです」 「しかしベネットの最高級サーベルを1本失った」 プリファーはほとんど面白がっているようでした。 「それで准将は今朝、私からペンと紙を借りてウェリントン公宛に報告書を書いていた。きみのためにはならないだろう。なぜ私がこのことをきみに話したと思う?」 「お話くださってありがたいです」 と、シャープは言いました。 「きみは私と似ているからだよ、シャープ。私は錨索穴から這い上がってきたのさ。強制徴募された水夫から始めたのだ。私は15歳で、8年間は鯖を捕って過ごした。30年前のことだ。読み書きもできなかったし、六分儀のことも全然わからなかった。しかし今では艦長だ」 「錨索穴から這い上がって・・・」 と、シャープは言いました。そして海軍の俗語で、それが兵卒から将校へと昇進することだということを思い出していました。 「しかしそのことを忘れさせてはくれないでしょう?」 「海軍ではそれほど悪いものでもない」 と、プリファーは渋りながらも言いました。 「生まれよりも海の男かどうかに価値を置いているからな。しかし30年も海にいると、人間の見方もいくらかわかってくる。それで軍曹が言っていることが正しいというのが私の見解だ」 「そのとおりです」 と、シャープは熱を込めて言いました。 「だからきみに忠告した。それだけだ。私なら自分でも報告書を書いて、航路をいくらかでもきれいにするがね」 プリファーは帆を見上げ、そして肩をすくめました。 「カディスに入る前に迫撃砲を何発かお見舞いされるが、当たりはしないよ」 午後には西風が弱まり、ソーンサイド号はゆっくりと大西洋の荒波の中を浮き沈みしながら進み、カディスもゆっくりと視界に入ってきました。白い塔が輝いていました。 夕方にはすっかり凪ぎ、プリファーは入港を朝まで待つことにしました。 大型商船が陸地に近いところで停泊していました。 「サンタ・カタリナ号だ。1年前にアゾレスで見た。もっと風が吹いてくれないと、あの船は港の南側に向かえないぞ」 と、プリファーは望遠鏡をのぞきながら言いました。 「何か問題でも?」 と、シャープは尋ねました。 「カエルどものターゲットにされる」 艦長の心配は現実化したらしく、夜に入ってから遠くで雷のような砲声が盛んに聞こえました。 陸地からのフランス軍の迫撃砲による砲撃でした。 ソーンサイド号の前甲板から、シャープは閃光をいくつも目にしました。 水兵が1人、悲しげな調子でフィドルを奏で、艦長室から灯りがもれていました。准将はそこでプリファー艦長と夕食の席を共にしていました。 「大尉は招待されなかったんですか?」 と、ハーパーが尋ねました。 ライフルマンたちとコンノート・レンジャーズは前甲板の9ポンド砲の周りでくつろいでいました。 「招かれたよ」 と、シャープは答えました。 「でも艦長は、俺が外で食べるほうがハッピーだろうと考えてくれたんだ」 「プラム・プディングを作っていましたよ」 と、ハーパーが言いました。 「あれはおいしいですよ」 ハリスも言いました。 「本当においしいです」 「俺たちも食べたじゃないか」 「ときどき海軍に入ればよかったと思うんです」 と、ハーパーが言いました。 「お前が?」 シャープは驚きました。 「プラム・プディングとラム酒ですからね」 「女はいないぞ」 「そうですが」 「頭はどうですか?」 と、ダニエル・ハーグマンが尋ねました。 「まだついているよ、ダン」 「痛みますか?」 「痛む」 と、シャープは認めました。 「酢と油紙ですよ」 ハーグマンは熱心に言いました。 「何にだって効きます」 「頭をぶつけた伯父さんがいるんですがね」 と、ハーパーは言いました。 このウルスター出身の男には、あらゆる不運を経験した親族が数限りなくいるのでした。 「伯母さんのヤギに突かれたんです。クロッカトリレンの荒野が血だらけですよ。ほんとに、あたり一面!伯母さんは伯父さんが死んだと思ったくらいです!」 シャープは、他のライフル隊員やレンジャーたちと同じように待っていました。 「それで、死んだのか?」 と、しばらくたってから彼は尋ねました。 「いえいえ!またその晩も乳絞りをしていましたよ。でもかわいそうなヤギはそれまでどおりにはなりませんでした。で、カディスではどうするんですか?」 シャープは肩をすくめました。 「リスボン行きの船を捕まえる。リスボンに行く船はいくらでもあるだろうさ」 彼は振り返り、水面を見つめましたが何も見えませんでした。 遠くの閃光は既に消え、迫撃砲のあたりの灯りも消えていました。 真っ暗な海がフリゲート艦の舷側を包み、帆はかすかな風に震えているだけでした。 ご心配をおかけしましたが、シャープは無事です。 (わかりきったことではありますが) 小刻みになりましたが、意識不明のシャープをそのままにしておくのは気が引けたので、少しずつですが訳しました。 あまり進んでいませんが、これで全体の4分の1くらいです。 つぎは来週に。
by richard_sharpe
| 2007-11-30 18:12
| Sharpe's Fury
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