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1811年3月、バルロッサの戦い。
第1部 グアディアナ川 第2章- 4 准将は長いすにもたれかかり、タオルを首に巻いて召使にひげをそらせているところでした。 「ああ、シャープか。喜んでくれ。髭剃りの極意がわかったよ」 「そうですか」 「ライムの絞り汁を湯にたらすんだ。名案だと思わないか?」 シャープはなんと答えたらいいかわかりませんでした。 「歩哨をおいているんですが、ボートを見つけました」 「ボートをいまさら何に使う?まだ出発する必要はないぞ。医者にこの脚を診てもらうまでは」 と、ムーンは言いました。 「公爵夫人が、街にいい外科医がいるといっていた。彼女は老いぼれの雌鶏だが、手を尽くしてくれている。その医者のほうがごろつきの兵士などよりは腕がいいとは思わないか?」 「私が思うに」 と、シャープは言いました。 「ここをなるべく早く出発したほうが良いかと」 「ちゃんとした医者に脚を見せるまではダメだ」 と、准将は決め付けました。 シャープはヌーランをボート小屋に配備してボートを見張らせ、彼はハーパーとハーグマン、スラッタリーがいる塔の上に向かいました。 「出発の準備だ、パット」 と、シャープは言いました。 「ボートを見つけたぞ。あとは准将を待つだけだ」 「そんなに簡単にボートが見つかったんですか?で、どうします?」 シャープは一瞬考え込みました。 「もう本隊に合流できないだろう。たぶん最善の策は、川を下って英国海軍の船を見つけることだ。リスボンまでは5日くらいで、連隊に戻れるのは6日後かな」 「それはいいですね」 と、ハーパーは熱を込めて言いました。シャープは微笑しました。 「ホアナか?」 ホアナはポルトガル人の少女で、ハーパーがコインブラで助け出したのでした。今ではリスボンで、ハーパー軍曹と一緒に暮らしていました。 「あの娘が好きでしてね」 と、ハーパーはさりげなく認めました。 「いい娘ですよ。料理もできるし、つくろいもできるし、働き者です」 「それだけか?」 「いい娘ですよ」 と、ハーパーは強調しました。 「それじゃ、結婚したほうがいいぞ」 と、シャープは言いました。 「戻ったらロウフォード大佐に訊いてみてやる」 公式には各中隊に妻帯者は6人だけ、という決まりになっていましたが、うまく頼めば大佐は許可をくれるかもしれませんでした。 ハーパーはじっとシャープを見つめ、シャープが本気で言っているのかどうか考えているようでしたが、その表情からは何も読み取れませんでした。 「大佐はお忙しいでしょうから」 と、ハーパーは言いました。 「パット、俺はお前のことを心配しているんだ。お前が罪人として死んだら、このままだと地獄行きだぞ」 「あなたがいてくれるから大丈夫ですよ」 シャープは笑い出しました。 「まったくだ。大佐には何も話さないでおこう」 「軍曹、うまく逃げたね」 と、スラッタリーは笑いました。 北の丘の上に、騎馬の男の姿が見えました。シャープは望遠鏡を取り出しましたが、照準を合わせたときには姿が消えていました。 「出発の準備だ、パット。准将を引っ張って来い。松葉杖があるが、カエルどもの前では足手まといになるから、やっぱり運んだほうがいい」 「手押し車がありましたよ」 と、ハーグマンが言いました。 「堆肥を運ぶやつです」 「俺がそれをテラスに持って行っておこう」 と、シャープは言いました。 彼は手押し車を厩の堆肥の裏に見つけ、テラスに押して行ってドアのそばに止めました。 今できることは全部やった。あとはムーンの命令次第だ。 彼は准将がいる部屋のドアの外に座り、帽子を取りました。陽射しが顔に温かく当っていました。 彼は目を閉じ、一瞬眠りに落ちました。 夢を見ていました。たぶん、いい夢でした。 そのとき、誰かが彼の頭を叩き、シャープは横のライフルを引っつかみました。 もう一発。 「あつかましい犬ころだ!」 と、金切り声が聞こえました。 それは年老いた女で、日照りで乾いた土のような茶色い顔をしており、シワだらけでした。黒いドレスを着て、白髪に未亡人のしるしの黒いベルを止めていました。 彼女はシャープを、准将が借り受けたはずの松葉杖で叩いていました。 「うちの召使を襲ったそうだね?この無礼者!」 「奥方」 と、シャープはとりあえず言いました。 「ボート小屋にも押し入ったね!召使を襲って!もし世の中に礼儀というものがあるなら、お前を鞭打ってやるのに!主人が鞭打ってやっただろうよ!」 「ご主人?」 「カルデナス侯爵だったのだよ。不運にもセント・ジェームズの宮廷で大使を務めなければならなかった。11年も、あのロンドンというひどい街に住んだのだ。なぜうちの召使を襲った?」 「彼が先に私を襲ったからです」 「そうは言っていなかった」 「もし世の中に礼儀というものがあるなら、奥方、召使よりも将校の言葉を信じていただきたいものです」 「生意気な犬ころめ!食べさせてやり、かくまってやり、そのお返しが野蛮人の嘘かい!それで息子のボートまで盗む気か?」 「お借りするのです」 「駄目だ」 と、彼女は吐き捨てました。 「あれは息子のものだ」 「ここにいるのですか?」 「いない。お前たちもここにいるべきではない。医者が准将を診たらすぐに出て行くがいい。松葉杖だけは持っていってよい。ほかは駄目だ」 「わかりました、奥方」 「奥方、か」 と、彼女はシャープのまねをしました。 「下賎の者め」 ベルが建物の奥で響き、彼女は振り返って 「医者だ」 とスペイン語でつぶやきました。 そこへ、ゲーガンが菜園のほうから走ってきました。 「大尉!やつらがあそこに」 「誰がどこに?」 「ボート小屋です。12人くらいです。みんな銃を持っています。街から来たようです。ヌーラン軍曹があなたのご指示をいただけと」 「ボートを守って、手出しをするなと伝えろ」 「もし手出しされたら?」 「銃剣を装着し、ゆっくりと彼らに向かって歩き、常に銃剣の先を向けておけ。そうすれば逃げ出す」 「わかりました」 ゲーガンはニヤリとしました。 「でも本当に、何もしないんですか?」 「それがいちばんなんだ」 「わかりました。ありがとうございます」 シャープはゲーガンを見送りながら小さい声で罵り言葉をつぶやき、そして台所に入ると、ハリスをテーブルから引き剥がしました。 「准将の部屋のドアのところを見張れ」 と、シャープはハリスに言いました。 「そして医者が終わったら俺に知らせろ」 そしてシャープはハーパーのいる塔に向かいました。 「何も動きはありません」 と、ハーパーは言いました。 「ただ30分前に馬に乗った男があそこに上がっていったのですが、すぐに見えなくなりました」 「たぶん俺も見た。准将の診察が終わったらすぐに出発だ」 と、シャープは言いました。ボート小屋でおきていることについて、彼はまだ何も言いませんでした。 「しかしここに住んでいるあのクソババアの侯爵夫人とやらは、まったく!俺を殴ったんだぞ!」 「そりゃ、バアサンは楽しかったでしょうね」 と、ハーパーは言いましたが、シャープは怖い顔をしてにらみつけたので、急いで続けました。 「おかしいじゃないですか?カエルどもはここを荒らしていない。1連隊養えるほどの食糧があるのに」 「たぶん彼女は食糧をやつらに売っている。だから連中は彼女をそっとして置いているんだ。彼女はこちらの味方じゃない。あっち側だ。俺たちを憎んでいる」 「カエルどもに俺たちがここにいることを伝えたと?」 「それが心配だ」 と、シャープは言いました。 「あの女は抜け目ない」 彼は街道を見つめていました。何かが変でした。あまりにも静か過ぎました。 あのボートを彼女が守ろうとしているという知らせがあったので、胸騒ぎがするのだ、とシャープは思いました。 そして今朝、ヌーラン軍曹が准将に報告したことを思い出しました。 フランス軍は川を渡った。 ということは舟橋か何か、使えるボートを持っているということだ。 ということは、フランス軍は街道だけから来るわけではない。 「くそったれ」 と、彼はかすかにつぶやきました。 「なんです?」 「連中は川を下ってくるぞ」 「またあいつです」 と、スラッタリーが北の丘の上を指差しました。騎馬の男の姿がシルエットになって浮かび上がっていました。 その男は鐙に立ち上がり、手を大きく振っていました。 「行くぞ!」 と、シャープは言いました。 その騎乗の男は一日中見張っていたのだと思われました。そして見張るだけでなく、ヴァンダール大佐に川伝いの部隊が屋敷に接近した時に伝えるのが役割のようでした。第8連隊が攻撃してくる。 罠にはまった。 と、シャープは思いました。 ボートで来る連中と街道から来る連中。彼はちょうど挟み撃ちにあっているのでした。シャープは階段を駆け下りながら大声で兵士たちを呼び、川に向かわせました。 「准将を連れて行くぞ!」 と、彼はハーパーに言いました。 侯爵夫人は准将の部屋にいて、医師が脚に新しい添え木を添えてを包帯で巻いているのを見ていました。 彼女はシャープの顔色が変わっているのを見ると、ケタケタと笑いました。 「そう、フランス軍が来たね」 彼女はシャープをあざけりました。 「フランス軍が来た」 「出発です」 と、シャープは彼女を無視して言いました。 「まだ終わっていないぞ」 准将は包帯の残りを指差しました。 「出発です!軍曹!」 ハーパーは医師を横に押しやると准将を抱え上げました。 「私のサーベル!」 と、准将は抵抗しました。 「松葉杖も!」 「外へ!」 シャープは命令しました。 「サーベルが!」 「フランス軍が来た!」 と、侯爵夫人は笑っていました。 「あんたが伝えたんだな、クソババア」 とシャープは言い、顔を殴りつけてやろうかと思いましたがその代わりに外に出ました。ハーパーが無造作に准将を堆肥用の手押し車に乗せているところでした。 「私のサーベル!」 と、准将はまだいっていました。 「スラッタリー、手押し車を押せ!パット、連発銃を構えろ!急げ!」 シャープは怒鳴り、ハーパーの先に立って走り出し、菜園を抜けて街の男たちが取り巻いているボート小屋に向かいました。 「ヌーラン軍曹!」 「大尉!」 と言ったのはハリスでした。 「あそこに!」 「畜生」 二艘の舟橋がフランス兵を満載して川を下ってきていました。 「ハリス、連中を狙い撃ちだ!ヌーラン軍曹!前進だ!」 シャープはコンノート兵たちに合流しました。彼らは数では街の男たちに劣っていましたが、皆銃剣を装着していました。ハーパーも間に入り、7連発銃を構えました。 上流に向けてライフルの銃声がし、フランス軍のマスケットの銃声も舟橋から聞こえました。銃弾がボート小屋に当りました。街の男たちはひるみました。 「ヴァヤセ!」 シャープは自分のスペイン語が通じるように願いながら叫びました。 「ヨー・レ・マター!」 「どういう意味ですか?」 と、ヌーラン軍曹が尋ねました。 「どかないと殺すぞ」 もう一発銃弾がボート小屋に当たり、民間人たちは意気地なく逃げ散りました。 シャープは安堵のため息をつきました。 スラッタリーが准将を乗せてたどり着き、シャープは小屋の扉を大きく開けました。 「准将をボートへ!」 そしてシャープはハリスたちのところへ走り、フランス軍のボートを狙い、発砲しました。 「ボートへ!」 と彼は叫び、全員ヌーランが既にもやいを切り離していたボートに飛び乗り、流れに入りました。 銃撃がフランス軍側から続き、ヌーランの部下の一人がうめき声を上げて倒れました。 他の銃弾が側壁に当りました。 ハーパーは早くも櫂を2本つかんで立ち上がり、思い切り漕ぎ始めました。 急流にのり、ボートは下流に向かいました。 銃撃は続いており、シャープはハーパーの7連発銃をつかむと舟橋を狙って引き鉄を引きました。 轟音が丘にこだまし、ようやく彼らは追っ手からはなれることができました。 「神様」 と、シャープは危ういところを逃れた安心感のあまりつぶやきました。 倒れた兵士は唇を朱に染めて息を引き取ろうとしていました。 「私のサーベルをおいてきたな!」 と、准将は不満をぶつけました。 「申し訳ありませんでした」 「あれはベネットの最高級品だぞ!」 「ですからお詫びを言いました」 「おまけに堆肥の車に載せたな!」 シャープは、黙って准将の目を見つめ、先に目をそらしたのは准将のほうでした。 「よく逃げ切れた」 と、准将はしぶしぶ言いました。 シャープはベンチにいる兵士たちを振り返りました。 「ゲーガン、准将の添え木を巻いて差し上げろ。みんな良くやった。本当に良くやった。危ないところだった」 マスケットの射程から外れていたので、フランス軍のボートは追跡をあきらめ、岸につけようとしていました。 しかし前方、その細い川がグアディアナ川と合流するあたりに、一群のフランス軍の騎兵が現れました。おそらく第8連隊の将校たちでした。 「岸から離れろ!」 シャープは舵を取っているヌーランに言いました。 シャープはライフルを再装填しました。4人の騎兵が馬を降りて川岸に片膝をつき、銃の狙いを定めていました。 距離が狭まっていました。30ヤードもありませんでした。 「ライフル隊!」 と、シャープは叫びました。そして狙い、ヴァンダールの姿を見つけました。 ヴァンダールはマスケットを肩にあてていました。そして、まっすぐにシャープを狙っていました。 「この野郎」 と、シャープは思いました。そしてライフルをヴァンダールの胸にまっすぐ向けました。 ボートが揺れ、狙いが外れました。それを定めなおし、引き鉄にゆっくりと指をかけました。 そのとき。 ヴァンダールのマスケットの銃口が、煙を吹いたのが見えました。 一瞬後、頭の中全体が真っ白い閃光を発し、そして朱に染まりました。 まるで稲妻に打たれたような激痛が頭を襲い、光はだんだんと暗くなって闇に包まれ、そして何も感じなくなったのでした。
by richard_sharpe
| 2007-11-27 16:07
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