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1811年3月、バルロッサの戦い。
第1部 グアディアナ川 第1章 - 1 カディスにいる限り、海はいつも身近です。 下水に似た臭いが常に漂い、南風が吹くときは、街の南側では波のしぶきを避けるために、窓を閉めねばなりません。 トラファルガーの戦いの後の1週間、まだ運命が終わっていないとでもいうかのように嵐が続き、波しぶきが大聖堂に吹き付けました。 波はカディスに船の破片や死体を打ち上げました。 しかしそれは6年前のことで、今ではスペインはイギリス側で戦っており、カディスだけが、スペインに残された街でした。ほかの地域はフランスによって占領されているか、無政府状態であるかのどちらかでした。 1811年2月、深夜。 この日も嵐で、波が防波堤にたたきつけられていました。 闇の中で身を潜めている男の姿を、砲煙が浮かび上がらせました。 男は僧侶でした。 ファーザー・サルバドール・モンセニーは長いマントで身を包み、大きな黒い帽子を風に飛ばされないように抑えていました。 彼は30代の背の高い男で、厳しく気難しいけれども姿のいい司祭でした。彼は今、回廊の小さな窪みに身を隠していました。 彼は北部の出身で、妻に死に別れた弁護士だった父親は彼を愛さず、サルバドールは教会付属の学校に入れられました。そして僧侶になったのですが、できれば軍人になりたかった、と思っていました。 しかし運命は彼を兵士ではなく船乗りにし、トラファルガーで捕虜になったときには提督付きの聴聞僧になっており、主とともにイギリスのハンプシャーで降り続く雨と雪を見つめながら、憎しみというものを憶えたのでした。 同時に、忍耐も学びました。彼は今もじっと忍耐していました。全身ずぶぬれで凍えていましたが、彼は身じろぎもしませんでした。ただ、待っていました。 ベルトには拳銃が差し込まれていました。火薬は湿っているはずでしたが、彼はあまり気にしていませんでした。ナイフも持っていましたから。 彼はその柄に触れ、壁に寄りかかり、よろい戸の閉まっていない窓の光を見ながら、足音が近づいてくることに気づきました。 男が一人、ドアに駆け寄りました。鍵はかかっておらず、ドアをすり抜けようとした男にモンセニーが続きました。 そして男が閉めようとしたドアを抑え、 「グラシアス(ありがとう)」 と、言いました。 男はモンセニーが僧侶であるのを見て安心したらしく、 「ここに住んでいるんですか?」 と、たずねました。 「終油の秘蹟だ」 「ああ、2階の気の毒な女ですね」 と男は言って十字を切りました。 「ひどい夜だ」 「もっとひどい夜もあった。だが、いずれ終わる」 「まったくね。坊さん、あんたはカタロニア出身で?」 「なぜわかる?」 「訛りですよ」 男は中庭から階段を上り、鍵を取り出して扉を開きました。そして通り過ぎる僧侶をやり過ごそうとしました。 その時、いきなり僧侶は男を突き倒しました。 男は床に倒れ、ナイフを握りましたが、その顎を僧侶はしたたかに蹴りつけました。 扉が閉まり、彼らは闇に包まれました。 ファーザー・モンセニーは男の胸に膝をつき、ナイフを喉に突きつけました。 「口を利くな」 彼は男の濡れたコートを探り、ナイフを見つけるとそれを放り投げました。 「私が尋ねたことにだけ答えろ。お前の名はゴンザーロ・フラードだな?」 「そうだ」 「娼婦の手紙を持っているか?」 「いや」 と、フラードは答えましたが、顎に切りつけられてうめき声を上げました。 「嘘をつくと怪我をするぞ。手紙を持っているか?」 「ああ、持っている!」 「見せろ」 ファーザー・モンセニーはフラードを起き上がらせました。そしてフラードのすぐそばに立ち、ろうそくがともると、フラードはそこに僧侶というよりは兵士の顔をしたモンセニーを見たのでした。 角ばった顔に、慈悲の色はありませんでした。 「手紙は売りに出している」 フラードは言い、腹にモンセニーの一撃を食らってうめきました。 「尋ねたことにだけ答えればいい。手紙を見せろ」 小さい部屋でしたが、居心地がよさそうでした。ゴンザーロ・フラードは、贅沢好みの男でした。壁には細工の施された鏡がかけられ、床は敷き物で覆われていました。飾られた3枚の絵は、みな裸婦像でした。 書斎机が窓の下にあり、おびえた男はその引き出しを開け、黒い紐で束ねた手紙を取り出しました。そして机の上におくと、後ずさりしました。 ファーザー・モンセニーは紐を切ると机の上に手紙を広げました。 「これで全部か?」 「全部で15通だ」 と、フラードは言いました。 「女は?まだ持っているのか?」 フラードはためらい、しかしろうそくの光がナイフに反射しているのを見ました。 「6通持っている」 「女の手元にあるのか?」 「そうだ」 「なぜだ?」 フラードは肩をすくめました。 「15通で十分だったんじゃないか?彼女もほかに売りたかったから?まだあの男のことを好きだとか?わからねえよ。女のことなんかわかるもんか。でも・・・」 「続けろ」 と、モンセニーは手紙のうちのひとつを摘み上げながら言いました。 「なんで手紙のことを知っているんだ?俺はイギリス人にしか話してねえ」 「女が懺悔に来たのだ」 「カテリーナが!懺悔に?」 「1年に1度、彼女は私に懺悔に来る」 モンセニーは手紙にざっと目を通しました。 「彼女の守護聖人の日だ。大聖堂に来て、罪を神に懺悔する。私は神の仲介者として免罪をするのだ。手紙にいくら要求した?」 「英国ギニーで1通あたり20ギニー」 フラードはやや安堵していました。いちばん下の引き出しには装填した拳銃があり、彼は毎日スプリングのチェックをし、月に一度火薬を替えていました。 そして、モンセニーが僧侶であるということで、彼を甘く見ていました。 「坊さん、あんたがスペイン通貨で払ってくれるんなら、全部で300ドルだ」 「300ドル?」 ファーザー・モンセニーは上の空でした。彼は手紙を読んでいました。それは英語で書かれており、彼はハンプシャーで英語を身に着けたので問題ありませんでした。 手紙を書いた人物は深く恋に落ちており、その愛情を手紙に書いてしまうほどの愚か者でした。 その愚か者は女にいくつも約束をしており、フラードは女のヒモで、ヒモはいま、手紙をカタに脅しをかけているのでした。 「返事があった」 と、ヒモは尋ねられていないことを敢えて口にしました。 「イギリス人から?」 「そうだ。ここにある」 フラードはいちばん下の引き出しを指差し、ファーザー・モンセニーはうなずきました。 フラードは引き出しを開けましたが拳を受けて叫び声をあげ、後ろのドアに背中を打ちつけ、そのまま寝室に倒れこみました。 モンセニーは拳銃を取り上げると火薬を抜き、ソファの上に放り投げました。 「返事をもらったといったな」 と、モンセニーは静かに言いました。 フラードはがたがた震えていました。 「払うと言った」 「場所は決めたか?」 「まだだ。あんたはイギリス人の側なのか?」 「違う。ありがたいことに。私はローマ教会の側のものだ。で、どうやってイギリス人と連絡を取る?」 「メッセージをスィンコ・トレスに残すことになっている」 「誰宛に?」 「セニョール・プラマーだ」 スィンコ・トレスはカル・アンカ通りのコーヒーハウスでした。 「次のメッセージで、そのプラマーと会う場所を決めるのか?引渡しの場所を?」 「そうだ」 「非常に参考になった」 と、モンセニーはフラードを助け起こそうとでもいうように手を伸ばし、フラードもその手をとろうとしました。 しかし彼が次の瞬間に見たのは、喉を切り裂くナイフの刃の光で、それが最後の光景となりました。 ヒモはゴボゴボと噴き上げるような音を漏らしながら、死体となって倒れました。 ファーザー・モンセニーはフラードの顔の上で十字を切り、その魂のために短い祈りを唱えました。 そしてナイフをしまうと男のコートで手をぬぐい、机に戻りました。 引き出しのひとつには金貨がいっぱいに詰まっており、モンセニーはそれをブーツに押し込むと、手紙を縛りなおし、クッションカバーで包みました。そして雨に濡れないように肌着の下に身につけ、デカンタからシェリー酒を注ぎ、それをすすりながら、手紙を受け取った女のことを考えていました。 通り2つ行った先に、彼女は住んでいる。そして6通の手紙を持っている。 15通は手に入れたが、多いにこしたことはない。 しかし今夜は彼女は家にはいないだろう。客の寝室にいるはずだ。 彼はろうそくを消すと、白い波が砕ける闇の中に溶け込んでいきました。 ファーザー・サルバドール・モンセニーは、殺人者で、僧侶で、そして愛国者で、スペイン救出を確かなものにしたのでした。 滑り出しは好調でした。 月の光が照らす闇の中、グアディアナ川はサウス・エセックス軽歩兵隊の眼下に、丘の間を縫う銀色の霧の流れのように横たわっていました。 軽歩兵隊に近いほうにある、ナポレオンの弟で今はスペインの傀儡王にちなんだジョセフ砦と、向こう側の岸にある、皇帝の元妻にちなんだジョセフィーヌ砦、ジョセフはポルトガル側に、ジョセフィーヌはスペイン側にあり、その2つを橋がつないでいました。 リスボンから派遣された軽歩兵隊6個中隊は、サー・バーナビー・ムーン准将の指揮下にありました。 ムーン准将は若く野心家で、今後の昇進も約束されている将校でしたが、今回の作戦が始めてひとりで指揮を取るものなのでした。 これがうまくいけば、うまく橋を爆破できれば、サー・バーナビーには輝かしい将来が開けているはずでした。 そして、滑り出しは好調だったのです。 霧の深い夜明けにテージョ川を渡り、ポルトガル南部からフランス占領下のスペインに入り、リスボンを発って4日目、彼らは問題の川と橋に到着したのでした。 夜が明けようとしていました。 英国歩兵隊は川べりの丘にあるジョセフ砦が建つ西岸にいて、夜明け前の闇の中で砦の姿がかがり火に浮かび上がっているのを見ていました。 少しずつ明るくなるにしたがって、胸壁にいる歩哨の影が現れてきました。 フランス軍が目覚めようとしていました。 しかしそれは、英軍に対する警戒を意味しているわけではありませんでした。 ジョセフ砦でもジョセフィーヌ砦でも、フランス兵たちは女たちの夢を見ながらまどろんでいるはずでした。 冬の間は、砦は安泰でした。ゲリラは確かに丘陵地に潜んでいましたが、大砲の威力でめったに近くまでは来ませんでした。 ポルトガルとスペインのパルチザンたちは、30マイル北のバダホに駐屯しているフランス歩兵隊か、150マイル南でカディス包囲のために道を急いでいるヴィクトール元帥の軍を襲っていました。 かつて、バダホから海に至るまでのグアディアナ川には5つの石造りの橋がありましたが、それらは軍事活動によって破壊され、今ではフランス軍による舟橋であるこのひとつだけになってしまっていました。 民間人は、ほとんどこの橋を使うことはありませんでした。 そして結果的に、ここは平和で、戦闘ははるか遠くにあるようでした。 サウス・エセックス軽歩兵隊指揮官リチャード・シャープ大尉は谷間にはいませんでした。 彼は自分の中隊とともに砦の北の丘の上にいました。 この朝の任務は実に簡単なもので、部下たちが負傷したり戦死したりすることはないことを意味していました。 シャープはそのことを喜んでいましたが、好意で簡単な仕事を与えられたわけではないことをわきまえていました。 ムーンは彼を嫌っていました。 准将はリスボンですでにそれをあらわにしていました。 「私の名はムーンだ」 と、准将は言いました。 「きみは有名人だな」 シャープは不意打ちに驚いたような表情をしました。 「そうでしょうか」 「謙遜しなくていい」 と、ムーンは鎖で縛られたイーグルをかたどったサウス・エセックスのバッジを指差しました。 シャープと彼の軍曹のパトリック・ハーパーが、タラベラの戦いでフランス軍からイーグルを奪ったことを意味しており、そのことをムーン准将は言っているのでした。 「ヒーローはほしくないんだ、シャープ」 と、准将は続けました。 「まったくです」 「よく訓練された単純な軍事行動が戦いを勝利に導く。現実的なことを達成するには計算可能であることが必要だ」 間違いなく真実でしたが、現実でやはり名声を得ているサー・バーナビー・ムーン自身からその言葉が発せられるのは奇妙なことでした。 彼は若く、30そこそこでしたが、この1年ほどはポルトガルでは彼は有名人でした。 ブサコで連帯を率いていた彼は、フランス軍が攻め寄せる尾根で、自ら剣を振るって二人の部下を救出したのでした。 彼はまたギャンブラーであり、女性にかけてはハンターとして知られていました。 ロンドンでは、サー・バーナビーがポルトガルに行ったおかげで安全な街になった、ただリスボンのレディーたちの中には、サー・バーナビーゆずりのやせた顔に金髪碧眼の赤ん坊を産むことになる人もいるだろう、といわれていました。 彼は少なくとも軍人らしい軍人であり、彼がシャープに命令を下すというなら、シャープとしても好意を見せるにやぶさかではありませんでした。 「私の下では名声を得ようとする必要はないからな、シャープ」 と、サー・バーナビーは言いました。 「もちろんです、准将」 とシャープは答えましたが、ムーンは嫌な目つきで彼を見て、以後シャープを無視しているのでした。 シャープ直属の中尉であるジャック・ブレンは、准将が嫉妬しているのだと考えていました。 「馬鹿を言うなよ、ジャック」 「どんな芝居でも、ヒーロー一人につき舞台はひとつだけです。二人には狭すぎるんですよ」 「お前は芝居に詳しいのか、ジャック」 「あなたが詳しいこと以外の分野なら、なんにでも詳しいです」 ブレンは答え、シャープは思わず笑い出しました。 要するにムーンはただ、ほとんどの将校が抱いている兵卒上がりへの不信を共有しているだけだ、とシャープは思っていました。 シャープは兵卒として入隊し、軍曹になり、今では大尉でしたが、シャープが命令を下すことに苛立ちを感じているものもいるのでした。 まあ、そんなところだ。と、シャープは思いました。 ほかの5中隊と一緒に仕事をした後は、リスボンの連隊に帰る。 1ヶ月か2ヶ月してポルトガルに春が訪れたら、トレス・ヴェドラス防衛線から北上し、マッセーナ元帥の軍をスペインに追い払う。 また昇進するに十分なだけの戦闘があるだろう。 「明かりです」 と、パトリック・ハーパー軍曹が言いました。
by richard_sharpe
| 2007-09-13 19:00
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