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1810年、ブサコ作戦。
第3部 トレス・ヴェドラス防衛線 第12章 - 1 アンドレ・マッセーナ元帥は凍えながら、黙って見つめていました。 まだ夜が明けたばかりで、最初の偵察隊が英国・ポルトガル両軍の保塁に到着したところでした。 彼は低い石垣の後ろに立ち、その上に望遠鏡を置いていましたが、ゆっくりと照準を合わせて丘の上から南にかけて、いたるところに要塞や大砲、防壁、兵士たち、テレグラフ・ステーション、旗竿があるのを確認していました。いたるところに、それらはあるのでした。 彼はリスボンでの凱旋行進を計画していました。しかしその代わりに、彼はどこまでも続く防壁を目にしているのでした。 丘の反対側の斜面は急で、敵の大砲は石壁でしっかり守られており、洪水は行く手に迫ってきていました。 彼は自分の失敗を見つめているのでした。 「保塁は大西洋まで続いています」 と、参謀の一人がそっけなく報告しました。 「道筋の全てにではなかろう」 「最後の1キロまでずっと」 と、参謀は淡々と答えました。 「その長さと同様に、シザンドレ川に達したところから、第二の防衛線が続いています」 マッセーナは彼を振り返りました。 「第二の防衛線だと?確かか?」 「目視確認が可能です。二本のラインです」 マッセーナは再び望遠鏡に目を当てました。 大砲に、何か不自然なところは無いか?ジェノアでオーストリア軍の包囲を受けたとき、彼は偽装の大砲を数多く置き、そのためにオーストリア軍が避けていったという経験がありました。 「海までの距離は?」 「約50キロです」 1キロあたり、少なくとも2つの保塁がある。そして1つの保塁には、4門かそれ以上の大砲がある。1キロ当たり8門の大砲ということは、ウェリントンは第1の防衛線だけで400門の大砲を設置していることになり、それは馬鹿げたことのように思われました。 ポルトガルに、そんなにたくさんの大砲があるわけがない。 元帥は、それらが偽装であることを確信しました。しかし、英国海軍の軍艦から大砲を上陸させたかもしれない、とも思いました。 しかし、いつの間にこれを作ったのだ? 「なぜわからなかった?」 と、彼は強い口調で問いました。沈黙が広がり、マッセーナはバレット大佐を振り返りました。 「なぜわからなかったのだ?きみは要塞が2,3基、道路を守るためにおかれているといっただけではないか!これが2,3基の要塞に見えるか!」 「報告を受けていませんでした」 と、バレットは苦い口調で答えました。 マッセーナは怒っていました。しかし彼はその感情を抑え、敵の弱点を探そうとしていました。 いちばん近い丘の裏に回りこむ谷間は、霧で覆われていました。 もし本物の大砲だとしたら、標的になりかねない。しかし誰がイーグルを止められる? マッセーナは、攻撃をしなければならない立場でした。 彼の目前には物資に満ちたリスボンがあり、背後は荒野で、これ以上兵士を飢えさせないためには、前進あるのみでした。 「卵の殻のようなものだ。一点にひびが入れば、砕ける」 テージョ川に停泊している戦艦の艦砲射撃以外の音は、何も聞こえませんでした。 参謀たちと将軍たちはマッセーナの頭越しに防衛線を見つめながら、卵の殻にしてはインパクトが強すぎる、と思っていました。 「彼らは丘の上を守っているが、その間の谷のことを忘れている。分け入って、押し開くのだ。処女を征服するように。レニエ将軍、あの谷が見えるか?」 と、マッセーナは要塞に守られた丘に回りこむ谷を指差しました。 「軽歩兵隊を送り込め。霧が消える前に、すばやく。何があるか確認してくるのだ」 多少の犠牲はあるだろうとは思いましたが、ウェリントンの防衛線の弱点を見つけることが必要でした。 彼は望遠鏡を参謀の一人に手渡し、そのとき向かい側の丘の大砲が火を噴いて砲弾は石壁に跳ね返り、マッセーナの頭を飛び越えていきました。 英軍は彼を見つけていて、一つところに長くいすぎることへの警告をしてきたのでした。 マッセーナは帽子を取ると敵の挨拶に返礼し、馬の待つ後方へと下がりました。 彼は攻撃を始めなければなりませんでした。 フェレイラ少佐が予期していなかったのは、カステル・ブランコで法外な値で買ったボートがリスボンにたどり着く前に英国海軍に出くわした、と言うことでした。 この旅でいちばんの難関でした。それまでにもラバが逃げ出して荷を持って進まなければならなくなったために行程が遅れ、川に出たら出たで魚網に引っかかり、ついにはフランス竜騎兵たちの標的になる羽目にもなりました。 最初のうち、フェレイラは警戒していませんでした。 彼はユニフォームを着ており、上級将校であることを示していました。 しかし予想に反し、その戦艦は砲を撃ちかけてきたのでした。 それがスクウィレル号で、警告のために発砲したのだとは、彼は知りませんでした。 彼に向けて大砲が発せられたと信じ、フェレイラは他の4人に命じて細い流れに乗り入れると、全速力でこがせ始めたのでした。 実際、彼はパニックに陥っていました。 誰かが倉庫の食料についての噂を聞きつけたのだろうか? 彼は罪の意識を持っており、そのことが艦砲への恐怖となって、そこから逃げることに必死になりました。 しかし逃げ切ったと思うまもなく、彼は霧の向こうの下流に、多数の戦艦の姿を見つけることになったのでした。 ただし、彼は要塞がリスボンへ向かう道の北側を守っていて、そこにはポルトガル軍の旗が掲げられていることに気づきました。 英国の水兵よりは、ポルトガル兵のほうがいい。 彼はそう思いました。 「つけられているぞ」 と、フェラグスが言いました。 フェレイラが振り返ると、1艘のジョリー・ボートが川の中央を下ってきていました。 「接岸する。そこまではやつらも来ないだろう」 「なぜだ?」 「水兵は陸を嫌うのさ」 と、フェレイラは微笑しました。 「あの要塞を目指す。馬を借りて、午後にはリスボンに着けるだろう」 ボートを接岸させると、男たちは武器とフランス金貨の入った袋を持って上陸しました。 フェレイラは振り返り、ジョリー・ボートが無理に急流を渡ろうとしているのを見ると、水兵たちはフェレイラたちのボートを奪おうとしているのだと考えました。 もう安全だ。 しかし内陸に入り込もうとして、それが容易ではないことに気づかされました。 川は決壊し、道には水があふれ、行く手を大きな土の壁がふさいでいました。いちばん近い要塞にたどり着くまでには、洪水の中を渡っていかなければならないのでした。 そして、砲声までもが響いてきました。 しかし2発目はありませんでした。試射かもしれない、と、彼らは思いました。 水際をたどって霧の中を進み、フェレイラはやや高い場所に農場の建物があるのを見つけました。そこに行けば、要塞までさほどの距離ではない、と、フェレイラは思いました。 よくやった。成功だ。 フェレイラは笑い出しました。 「どうしたんだ?」 と、フェラグスが尋ねました。 「神様はわれわれの味方だ、ルイス」 「そうか?」 「われわれは食糧をフランス軍に売り、金を受け取り、そして食糧を破壊したんだ。フランス軍に罠を仕掛けたんだということができる。われわれはヒーローになれるぞ」 フェラグスは笑って、肩にかけた皮袋を叩きました。 「リッチなヒーローだな」 「私は中佐に昇進だ。この数日は大変だったが、ようやく終わりだ。あれは何だ!」 「何?」 「要塞だ!」 と、フェレイラは驚いて叫びました。 霧が谷間から去り、フェレイラは丘の稜線に並ぶ砦の数々を初めて見渡すことができたのでした。 彼はただ、街道を守るための保塁が築かれているだけだと考えていました。しかしそれが果てしなく続いていることは明白でした。 半島をすっかり横切り、海まで達しているのだろうか? もしそうだとすると、フランス軍は絶対にリスボンには到達できない。 「あの火事があってよかった。ポルトガルは勝てる」 あと彼がすべきことは、ポルトガル軍旗の掲げられている砦に行くことで、それで全てが終わるはずでした。不安も、危険も、恐怖も。 全て終わりだ。勝利だ。 彼は振り返ってポルトガル軍の旗を見、そして向き直ると、追跡者の姿を見ることになりました。 グリーン・ジャケットが、彼を追ってきていました。 まだ終わりではありませんでした。 そして重たい金の袋を引きずりながら、5人は走り始めました。 サリュー将軍は軽歩兵隊4大隊を率いており、そこには騎兵隊と突撃隊も混成されていました。 しかし彼らはむしろ「ハンター」と呼ばれるべき連中でした。彼らはエリートを自認しており、敵の突撃隊を突破する訓練を受けていました。 彼ら4大隊は89人の将校と2600人の兵士たちで構成されてフランスを出発した第2師団から派遣されており、今ではこの師団は71人の将校と2000人をわずかに超える兵士たちとに減っていました。 彼らは戦闘に向かう部隊ではなく、偵察を主な任務としているのでイーグルを携えてはいませんでした。 突撃隊の兵士たちは敵前の低地帯を調査し、抵抗勢力も無く、彼らは防壁のすぐそばまで近づくことができると判断しました。 しかし最初の兵士たちが行きつく前に霧が晴れてしまうことを、サリューは予期していました。 そしてもちろん敵の砲撃にさらされるということも。しかし彼らは突撃を命令されており、銃弾を喰らうことは計算のうちでした。 サリュー将軍は敵の騎兵が守備に当っているのではないかと恐れていましたが、レニエがそれを晴らしてくれました。 「まだ馬に鞍をつけていない。準備が終わるまでに半日はかかると思われる。こちらの攻撃を邪魔するものがいるとすれば、それは歩兵だ。スールの部隊を用意させている」 スールの部隊は軽騎兵と竜騎兵の混成軍で、1000人の兵士たちと653騎の馬たちから編成されていました。おそらくサリューの調査を妨げる英国・ポルトガル軍にはこれで対峙できるはずでした。 サリューの部隊の準備ができたのは午前も時間が進んだ頃で、第1大隊が霧の垂れ込めた谷間に入ると、レニエ将軍の参謀の一人が下り坂を馬でやってきました。サリューは 「命令変更らしいぞ。リスボン直行ということだろう」 と、傍らの参謀に話しかけました。 レニエの参謀は馬首を大きくめぐらせて、サリューの前に立ちました。 「英軍の歩哨がいます。小川のそばの家畜小屋の廃墟にいる模様です」 「問題ない」 と、サリューは言いました。歩哨程度が4大隊の行軍を止めることなどできない。 「レニエ将軍は、彼らを捕虜にしてはどうかと」 サリューは笑い出しました。 「大尉、連中は尻尾を巻いて逃げ出すだけだ」 「霧です」 と、大尉は言いました。 「霧がまだらにかかっています。レニエ将軍は、これにまぎれて西側から回り込んで近づけるとおっしゃっています。歩哨たちの将校が、あの防衛線について何か情報を持っているのではないかと」 サリューはうなりました。レニエによる提案は命令に等しく、しかし的を外れた命令のようにも見えました。 歩哨にも将校はいるだろうが、たいした情報など持ってないだろう。しかしレニエは確認したがるだろう。 「やってみると伝えてくれ」 と彼は言い、半数の戦力を西に向かわせました。霧にまぎれて接近し、歩哨を蹴散らすくらいのことはできるだろう。 「フェレ大佐に進軍を伝えろ」 と、サリューは参謀に命じました。 「きみも行って、遠くに行き過ぎないように注意してくれ。残りの兵力は10分後に出発する。急げ!」 しかしここで勝利しても意味は無い。情報収集ができるくらいで、長居をすればするほど敵の砲撃にさらされることになる。 やっつけ仕事だな、と、サリューは思いました。 騎兵がちょっと谷を横切ればいいことだ。 しかしその騎兵たちはみすぼらしい姿でした。馬たちは腹をすかしていました。 家畜小屋にいる歩哨には、こんなものでいいだろう。彼らは何か食糧を持っているだろうか。卵とか、ベーコンとか、焼きたてのパンとか、バターとか、搾りたてのミルクとか。 サリューがそういうものを思い描いている横を、騎兵たちが追い越していきました。 ここ数日、兵士たちは困難で長い行軍を続けてきていて、空腹なはずでしたが、将軍の馬を追い越すのは十分楽しい様子でした。 兵士たちも靴のかかとが取れていたり、靴底を紐で縛りつけていたり、ユニフォームは色あせていましたし、つぎが当っていたりしました。しかし彼らの銃は手入れが行き届いており、しっかり戦うであろうことは明らかでした。 彼らのほとんどの上に、英軍の砲弾が降りそそぐだろう。 サリューはそう思いながら、最後の小隊が通り過ぎる中に馬を乗り入れました。 彼の前方を行くのは突撃隊の部隊で、霧の中、この瞬間は静かな行軍でした。 ジャック・ブレン中尉は上品な家庭の出身の上品な青年でした。父親は判事で、二人の兄は弁護士でしたが、末っ子のジャック・ブレンは学科が得意ではなく、ラテン語やギリシャ語を叩き込もうとした教師たちも失敗し、彼の頭は外国語に毒されていないままでした。 ブレンはタフで陽気な小僧で、鳥の巣から卵を盗んだり、教会の塔に登ったりするのが得意でした。そして今も彼はタフで陽気な若者で、ロウフォードの連隊の将校であることが素敵なことだと思っていました。 彼は兵士たちを指揮することが好きで、兵士たちが好きでした。将校たちの中には兵士たちを敵よりも恐れているものもいましたが、この19歳の青年は、兵卒たちの中にいるのが楽しく、彼らのジョークやまずいお茶も好きでした。 彼は第9小隊が好きで、軽歩兵隊のことも好ましく思っていましたが、彼らを指揮するのはなかなか難しいことでした。そのことでジャック・バレン青年の心は少なからず落ち込みましたが、それにしてもスリングスビー大尉はそれまでは何とかやってきたのでした。 「彼は具合が悪いようです」 と、リード軍曹が丁寧な口調で言いました。 「具合が悪い?」 具合が悪いということは病気だということですが、この場合はスリングスビー大尉は酔っ払っている、という意味であることは明白でした。しかし軍曹はあからさまに言うことはできないのでした。 「どれくらい具合が悪い?」 と、ブレンは尋ねました。彼は、スリングスビーと顔を合わせたくないと思っていました。 「とても悪いんです。奥さんのことを悪く言っています。兵士たちが戸惑っています」 どんなことを言っているのかブレンは興味がありましたが、リード軍曹からはその内容までは聞きだせそうにありませんでした。 「ご婦人についてあんなふうに言ってはいけません。とくに既婚婦人のことは」 将校というものは、威厳を持たなければならないのは確かでした。 「大尉は歩けるのか?」 「いいえ」 「まったく。どうやって酒を手に入れたんだ?」 「下男にラムの入った水筒を何本も持たせていました。一晩中飲んでいたようです」 ブレンにはどうしていいかわかりませんでした。彼にはスリングスビーを後方に送り返すことはできませんでした。 「彼を見ていてくれ、軍曹。そのうちよくなるだろう」 「しかし大尉の命令には従えません。あの人の権限ではありません」 「何か命令したのか?」 「スラッタリーを逮捕しろと」 「殴ったのか?」 「変な目で見たというんです」 「なんだと?その命令は無視してくれ。私がそういったと言っていい」 リードはうなずきました。 「指揮を交代されますか?」 ブレンはためらいました。重要な質問でした。肯定すると、公式にスリングスビーに指揮官としての適性が無いことを宣言することにもなり、それは査問の対象になりかねないことでした。 「大尉が回復するまで、私が指揮を取る」 「大変けっこうです」 と、リードは敬礼して去ろうとしました。 「それから、軍曹」 ブレンはリードが振り返るのを待ちました。 「変な目で見るなよ」 「もちろんわかっています。絶対にしません」 ブレンはカップの紅茶をすすり、それがすっかり冷めてしまっていることに気づきました。 彼はカップをおいて、流れに沿って歩き始めました。さらに霧が濃くなったような気がしました。 じきに晴れるだろう。 彼はエセックスの冬の朝、霧が次第に地面を漂って消えていったことを思い出していました。そして猟が始まるのでした。彼は猟が大好きでした。猟が得意な父親を思い浮かべ、彼は微笑しました。 「ミスター・ブレン」 ダニエル・ハーグマンでした。小隊で一番年長の彼は、少し上流から声をかけてきました。 「ハーグマン?」 「何か見たような気がするんですが」 と、ハーグマンは霧の向こうを指差しました。 「今は見えなくなりました」 ブレンも目を凝らしましたが、何も見えませんでした。 「すぐに霧が晴れるさ」 「1時間もして鐘が聞こえるころには晴れるでしょう。いい天気になりますよ」 「そうか?」 そしてそのとき、銃撃が始まったのでした。 シャープはフェレイラたちが繁みから襲い掛かってくるのを警戒していました。 そこでブライスウェイトに頼んで、彼らが上陸したよりもやや下流にジョリー・ボートをつけてもらいました。 セイラとホアナにはボートに残るように言い聞かせましたが、二人とも聞きませんでした。そして3人の男たちの後ろからついてきました。 「ここにはいないはずだ」 と、ヴィセンテは言いました。 「俺たちだってここにはいなかったはずなんだ、ホルゲ。でもいるわけだし、やつらもいる。だから終わらせなきゃな」 彼はライフルを肩からはずしました。 「スクウィレル号で再装填しておけばよかった」 と、彼はハーパーに言いました。 「火薬は湿っていますかね」 「たぶんな」 しかし、今は余裕がありませんでした。彼らは歩き始め、さほど行かないうちにそこが非常に歩きづらいということに気づきました。 地面は水浸しで、足を取られました。 「ブーツを脱いだほうがいいですよ」 と、ハーパーが言いました。 「俺はドニゴール育ちですからね。俺たちは沼地のことなら知らないことが無いんです」 シャープはブーツをはいたままで、膝の上まであるので問題ありませんでしたが、他のものたちは皆靴を脱ぎ、いくらか進むのが速くなりました。 「弾が届く距離まで、追いつかなくちゃならん」 「どうして彼らは振り向かないのかしら」 と、セイラが不思議がりました。 「マヌケだからさ」 と、シャープは答えました。 「自分たちが安全だと思っているからだ」 ようやく彼らは少し高台になった農地にたどり着き、ペースをあげることができました。 そして何とか5人の男に近づくことができました。彼らは銃を肩にかけたままで、おしゃべりしながら進んでいました。 フェラグスはその中でひときわ背が高く、シャープは膝をついて彼を狙ってみましたが、一撃で倒せるかどうか自信がなかったので、再び進み始めました。 左手に、霧を透かして何か建物が見えてきました。コテージと、家畜小屋と、倉庫とやや大きな家と。 工兵たちが洪水を作り出す前に打ち捨てられた農家だと思われました。 そこはやはり小高くなっており、シャープはフェレイラたちがまずそこに向かってから南を目指すのではないかと思いました。 いずれにせよ、建物に入られたら彼らを捕まえるのは難しいことになる為、シャープは急ぎ始めました。 しかしそのとき、彼らのうちの一人が振り返り、まっすぐにシャープを見ました。 「畜生」 シャープは言って膝を落としました。 5人の男たちは、武器と金の重さにギクシャクしながら走り始めました。 シャープは引き鉄を引きましたが、打ち損じたことはすぐにわかりました。ライフルの反応が遅く、鈍い音がしたからです。弾は手前に落ちました。 ハーパーとヴィセンテが射撃をしている間にシャープは再装填し、二人が撃った弾丸のどちらかが1人に当りました。 ホアナとセイラも射撃をしていました。 倒れた男は立ち上がり、いっそう速く走り出していました。そして5人は高台の建物に向かっていました。 ヴィセンテが2発目を撃ちましたが、その弾丸は男たちが姿を消した石壁に当ったのでした。 「畜生」 と、シャープは言って装填を終えました。 「奴らは南に向かうはずだ」 と、ヴィセンテは静かに言いました。 「俺たちは湿地を行くことになる」 シャープは泥と水に浸かった草地に駆け込みました。彼は農家の南に回りこみ、5人の行く手をさえぎろうと考えていました。 しかし水はさらに地面を覆い、シャープの膝の上に達したところで、彼は立ち止まりました。 彼は罵りましたが、西に向かうよりほかありませんでした。シャープは肩にライフルをあて、フェラグスがいるであろう方向に向けて引き鉄を引きました。ハーパーとヴィセンテも続きましたが、3発の弾丸を無駄にしただけでした。 「彼らは夕方にはリスボンに着くだろう」 と、ヴィセンテは言いました。彼はシャープが泥から這い上がるのを手助けしていました。 「もちろん、私はフェレイラ少佐について報告する」 「ずっと先を行っているんだぜ、ホルゲ。やつの言葉があんたの言葉と食い違っていた場合、あんたは大尉でやつは少佐だ。わかるか?」 シャープは西の方角の霧に目を凝らしました。 「残念だ。俺はやつに一発、貸しがあったんだ」 「だからあなたは彼を追っていたの?」 と、セイラは尋ねました。 「他にもいろいろだ」 とシャープは言って装填を終え、ロックをしてライフルを肩にかけました。 「乾いた場所を歩こう。そして帰るんだ」 「やつら、いますよ!」 と、ハーパーが突然叫びました。シャープは振り返り、5人が農家に向かって戻ってくるのを見ました。シャープはライフルを構えながら、何が起きたのだろうかと思っていました。 そして、兵士たちの隊列が見えたのでした。 一瞬英軍かポルトガル軍か、と思いましたが、ブルーのユニフォームに白のクロスベルトでした。 フランス軍でした。 1小隊どころではなく、突撃隊全体が霧の中から姿を現しました。 マスケットの銃声が西から聞こえ、フランス軍はそちらに向き直りました。 フェレイラたちは農家の建物の中に入り、ハーパーはライフルを構えました。 「何が起きてるんですかね」 「戦闘っていうやつさ、パット」 「ゴッド・セーブ・アイルランド」 「神様には俺たちの事を守って欲しいな」 と、シャープは言いました。 シャープの敵が罠に落ちたと同時に、シャープもまたフランス軍の罠に落ちたのでした。
by richard_sharpe
| 2007-05-26 20:04
| Sharpe's Escape
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