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1810年、ブサコ作戦。
第3部 トレス・ヴェドラス防衛線 第11章 - 3 彼らはフランス竜騎兵でした。川沿いに下ってきた竜騎兵たちが、西岸に姿を現したのでした。 少なくとも30騎の彼らはこの午後、3人の男たちと2人の女たちを乗せた小さなボートを発見し、それは彼らにとって逃しがたいゲームのチャンスとなったのでした。 彼らはボートに向かって叫びましたが、誰もボートが彼らのほうに接岸して止まるなどということを期待してはいませんでした。そして数秒後、最初の銃声が響きました。 その銃弾はボートよりもかなり手前で水しぶきを上げ、シャープとハーパーは必死でこぎ始めました。そして騎兵たちから離れようと東岸にボートを寄せました。 竜騎兵たちは下流に向かい、馬から下りて川にせり出している木に登り始めました。 「狙いを定めている」 と、ヴィセンテが言いました。 半ば水に浸かった木の幹が、霧が晴れて日が射し始めた川面に見えてきました。 シャープは左のオールを使ってそちらを目指しました。対岸では、竜騎兵たちが片膝をついて銃を構え、そして発砲しました。 「木が見えるか、パット?」 ハーパーは振り返り、二人は重いオールを操って枯れ枝にさえぎられながら、倒木の陰にボートを寄せました。 そして頭を低くし、竜騎兵たちから見えないようにしました。 確かに騎兵たちからは見えませんでしたが、彼らは遅かれ早かれボートが出てくると考え、銃撃を続けていました。 ヴィセンテがまずシビレを切らしました。彼は立ち上がり、ライフルを木の間から構えました。 「まだライフルを撃つことができるか、試してみなくては」 「肩はもういいだろう」 と、シャープは言いました。 「正確な射撃ができるかどうかということだよ」 ヴィセンテは言い、前屈みになりました。 竜騎兵たちのカービン銃はマスケットよりもさらに射程が短いものでしたが、この距離ならライフルの射程内であり、ヴィセンテは指揮官と見られる男に狙いをつけました。 竜騎兵たちはヴィセンテに気づきましたが、まさか届くはずがないと思っていました。 シャープは木の幹越しに見ながら、ヴィセンテの射撃の腕前に好奇心を抱いていました。 ライフルの銃声がし、指揮官は身体をひねるようにして血しぶきを飛ばしながら落馬しました。 「さすがだ」 とシャープは感じ入ったように言いました。 「冬の間ずっと、練習していたんだ」 射撃には支障はありませんでしたが、装填する時に肩が痛むのでした。 「ティラドール中隊の隊長である以上、狙撃手としても優秀でなくてはならないからね」 「そうだな」 とシャープが言い、その間にもフランス軍のカービンの銃弾は枯れ枝に撥ねかえっていました。 「競技ではいつも優勝していた。でもそれはただの練習だったから」 そして彼は新しい弾丸を込めると、再び立ち上がりました。 「今度は馬だ」 彼はそのとおりにし、そしてシャープとハーパーも竜騎兵たちに銃弾を浴びせ始めました。 敵は激しく応酬してきましたが、全てが無駄に終わりました。 彼らはライフルを持っている連中をターゲットにすることは、自分たちの馬鹿さ加減を証明することだとようやく気づき、馬に乗って去っていきました。 シャープは再装填しながら、騎兵たちが南に向かっていくのを見ていました。 「下流で待ち伏せする気かも知れない」 ヴィセンテは立ち上がり、木をすかしてみていましたが、もう敵の姿はありませんでした。 「たぶん川から離れないと思う。コインブラからここまで、食料を見つけていないはずだ。だから橋を渡ろうとするだろう」 「橋ですか?」 と、ハーパーが尋ねました。 「こちらの岸に渡るために。こちらには食料がたくさんある。もし橋を架けるとすると、サンタレムだ」 「それはどこだ?」 「南だ。川沿いに古い要塞がある」 「そこを通らなければならない?」 「今夜だな。ここでしばらく休んで、暗くなるのを待ってから川を下ろう」 フェレイラたちもそうするだろうか、とシャープは考えました。 もしかしたらもっと上流で、馬を使って対岸に渡ったかもしれない。 本当は彼らのことは重要ではない、と、シャープは自分に言い聞かせたりもするのでした。重要なのは、軍に戻ることだ。 しかし彼はフェレイラ兄弟を見つけだしたいと思っていました。裏切りの代償は支払うべきだし、フェラグスには貸しがある。 彼らは夕暮れまでそこにとどまり、川岸で火を焚いて濃く、火薬の味のするお茶を入れました。それがシャープとハーパーの背嚢に残っていた、最後の茶葉でした。 竜騎兵たちはパルティザンを恐れて姿を見せず、日が落ちるとシャープとハーパーはボートを川に押し出し、再び彼らは川を下り始めました。 雨は降り続いており、彼らは凍えていました。 ボートが流れるに任せ、ときどき遠くの丘にともる火を見、流木に行く手をさえぎられ、何時間流されたかと思う頃に西岸に灯りが見えました。 「サンタレムだ」 と、ヴィセンテがささやきました。 胸壁には歩哨が立っており、その背後で火が赤々と燃えていました。街のほうからは兵士たちの高歌放吟が聞こえ、シャープはコインブラを襲った悲劇がサンタレムにも訪れたのだろうか、と考えていました。 暗闇の中で彼らの姿は見えないことはわかっていましたが、シャープはボートに身を伏せ、永遠に続くような要塞の城壁を通過するのを待っていました。そして最後の光が遠くなり、辺りは再び暗闇に包まれました。 シャープは眠りに落ちました。 セイラはカップでボートに入ってきた水をかい出し、ハーパーはいびきをかき、ホアナは震えていました。 川幅は広くなり、そして流れも早くなりました。 霧の中で、シャープは目覚めました。雨はやんでいました。彼は温まろうとして、オールをこぎました。 セイラが彼に笑いかけました。 「夢を見ていたの。お茶の夢を」 「もう無いんだ」 「だからその夢を見たのよ」 ハーパーも目を覚まして漕ぎ始め、しかしボートは全然進んでいないようでした。 一生懸命に漕いでも、同じ木が同じ位置にありました。 「潮だ」 と、ヴィセンテが言いました。 「潮?」 「さかのぼってきている。後ろに押し戻している。しかしそのうち引いていくだろう」 フェレイラ兄弟はそんなに遠くにはいないだろう。もしかすると、霧の中で追い越されてしまうかもしれない。 シャープとハーパーは、押し戻そうとする満ち潮に逆らいながらオールを漕ぎました。 霧はだんだん晴れてきて、潮の力は弱まり、頭上をカモメが飛び過ぎて行きました。 まだ海からは何マイルも離れていましたが、潮風の匂いがしてきて、川の水も黒っぽくなってきていました。 だんだんと暖かくなり、霧も砲煙のように漂って消えていこうとしていました。 彼らは西岸近くを、ときどき魚網を避けながら進んでいきました。 静かな川面と真珠色の空が広がっているだけで何の動きも無かったそのとき、前方でまぎれもない砲声が響きました。 「何も見えない」 と、ヴィセンテが舳先から言いました。 シャープとハーパーは手を止め、振り返って前方を見ましたが、川面の霧しか見えませんでした。 そして次の砲声が聞こえ、シャープは霧の中に何か見たような気がしました。 さらにボートを進めると、そこには戦艦の姿が浮かび上がり、西岸の竜騎兵に向けて砲撃しているのでした。 血しぶきが霧を染めるのが見えました。 「イギリス船だ」 と、ヴィセンテが言いました。彼は立ち上がって両腕を大きく振り、シャープとハーパーはいっそう力を込めて漕ぎ始めました。 旗手がトップマストにユニオン・ジャックを掲げていました。 「こっちだ!」 と、その兵士は叫びました。 「ボートをこっちにつけろ!」 6門の艦載砲のうち2門が火を噴き、竜騎兵たちは死んだ馬を残して去っていきました。 甲板では3人の水兵がマスケットを構え、ボートを狙っていました。 「誰か英語を話せるものは?」 「私はシャープ大尉だ!」 「誰だって?」 「サウス・エセックス連隊のシャープ大尉だ。狙うんならどこかよそにしてくれ!」 「イギリス人か?」 シャープが上着も着ておらず、ヒゲも伸び放題であることが、彼らを驚かせていました。 「中国人だよ」 シャープは怒鳴り返しました。そして若い海尉を見上げました。 「あんたは?」 「デイヴィス海尉だ。この船の艦長だ」 「私はシャープ大尉、こちらはポルトガル軍のヴィセンテ大尉だ。そしてその大男はハーパー軍曹。ご婦人方はあとで紹介する。今必要なのは、もしご好意をいただけるなら、ちゃんとしたお茶なんだ、海尉」 マストから伸びた鎖で吊るされた板に乗り、彼らは甲板に上がりました。 シャープはデイヴィスに敬礼をしました。19歳程度の若さの尉官でしたが、英国海軍の戦艦を指揮している以上、彼は陸軍で言えば少佐に当たり、シャープよりも階級は上なのでした。 水兵たちはホアナとセイラが上がってくると囃したてましたが、デイヴィスの一声で静かになりました。彼は水平たちに指示を出し、そしてシャープと彼の連れを導くしぐさをしました。 「ようこそ、スクウェレル号へ。お茶をご馳走しましょう。なぜここにいるのかお尋ねしても?」 「コインブラから来たんだ。海尉、あなたは?」 「カエルどもと遊んでいるんだ」 と、デイヴィスは答えました。彼は長身で痩せぎすの若者で、着古したユニフォームを着ていました。 「満ち潮に乗ってきて、岸に出てくる馬鹿なカエルを殺し、また戻るんですよ」 「ここはどこかな?」 「アルハンドラの3マイル北で、そこに防衛線はつながっている。下にキャビンがあるから、ご婦人方はそちらへ。でも汚いですよ。すごく」 シャープはセイラとホアナを紹介しました。二人ともデッキにいることを選び、デイヴィスは艦の説明をしたのちに 「お茶でしたね?」 と言いました。 「それからかみそりを貸してもらえないだろうか」 シャープは尋ねました。 「それから何か食べるものも」 と、ハーパーが付け加えました。 「お茶に、かみそりに、朝食」 と、デイヴィスは言いました。 「ぽかんと眺めているんじゃない、ミスター・ブレイスウェイト!」 それは海尉候補生で、ホアナとセイラを見つめながら自分の彼女にするなら黒髪と金髪とどちらがいいだろう、と考えていたのでした。 「ぼーっと見ていないで、5人のお客に朝食を出すようにパウェルに伝えろ!」 「5人のお客ですね。アイ・アイ・サー!」 「それから、他のボートが下ってくるかどうか見ていてもらえるだろうか?」 と、シャープはデイヴィスに尋ねました。 「5人の男たちがわれわれを追ってきていると思う。彼らを捕まえたいんだ」 「それがわれわれの任務だ」 と、デイヴィスが答えました。 「この川を下ってくるものは全て、ここで止める。ミス・フライ?椅子をお持ちしましょうか?」 朝食は、厚手の陶器の皿に乗ったベーコンとパン、卵がデッキで供されました。シャープはデイヴィスのかみそりを借りてヒゲをそり、その間にデイヴィスの召使がジャケットにブラシをかけ、靴を磨き、剣の鞘をきれいにしておいてくれました。 あと少しで軍に戻れるな、と、シャープは思いました。そしていきなり意気消沈してしまいました。ロウフォードが彼の命運を握っていることを思い出したのです。 霧は薄らぎ、しっかりと錨をおろしたスクウェレル号の周囲を、潮が流れていきました。 西岸には小島が連なっているのが見えてきました。そして他の船の姿も。一艦隊が停泊しているということでした。 どこか遠くで砲声が響きました。 「この霧さえ晴れれば、いい日になりそうだ」 と、デイヴィスが言いました。 「雨がやんでよかった」 シャープがいうと、デイヴィスは 「雨のほうが霧よりもマシだ。標的が見えなくなる」 と、霧を通して薄く見える太陽を見上げました。 「もう少しここにいて、その後アルハンドラに戻る。そのときにあなたたちを岸に下ろしてあげよう」 そのとき、デイヴィスを呼ぶ声がトップマストとメインマストの合わせ目から聞こえてきました。 「ボートです!」 シャープは望遠鏡を取り出して水兵が指差した西の方角に向け、小さいボートが岸近くの潮流に乗っているのを見つけました。 デイヴィスは甲板を駆け下り、艦はやや向きを変えました。 「警告しろ!用意でき次第撃て!」 しばらく静まり返ったのち、小さい砲が火を噴きました。 「止まりません!」 「直接狙って撃て!」 「アイ・アイ・サー!」 砲弾はボートの上を飛び越え、向こう側の小島に着弾しました。 シャープは望遠鏡をボートに向けましたが、霧のためにあまりよく見えませんでした。それでも、フェレイラ兄弟に違いありませんでした。ほかに誰がいる? そして確かではありませんでしたが、際立って大柄な男の姿が見えたように思いました。フェラグスだ。 「海尉!」 と、彼は叫びました。 「ミスター・シャープ?」 「あのボートには逮捕しなければならない男が二人乗っている。私の任務だ」 それは正確ではなく、シャープの任務は軍に戻ることでしたが、デイヴィスはそのことを知りませんでした。 「彼らを追うためにボートをお借りできるだろうか」 デイヴィスはためらいました。自分の指揮権を超えるもののように思われたのです。 「ほかの戦艦があの先にもいる」 と、彼は指差しました。 「だが彼らがお尋ね者だということは知らない」 と、シャープは言いました。 前方から砲撃がありましたが、やはりボートからは外れました。 「それに艦隊よりも手前で上陸するかもしれない。我々が彼らを追う必要がある」 デイヴィスはしばらく考え、そしてブライスウェイト海尉候補生を振り返りました。 「ジョリー・ボートだ、ミスター・ブライスウェイト!急げ!」 彼はシャープに向き直り、 「ご婦人たちはここにのこるといい」 といいました。これは質問ではありませんでした。 「いいえ」 と、セイラは断固とした口調で言い、マスケットを持ち上げました。 「ここまで一緒に来たのだから、最後まで一緒に行きます」 一瞬、デイヴィスは何か言い返そうとしましたが、お客がいないほうがスクウェレル号の生活はシンプルだと思いなおしました。 もう一度砲声が響き、煙がデッキの上を漂いました。 「楽しんできてください」 と、デイヴィスは言いました。 そして彼らは岸に渡り、追跡にかかりました。
by richard_sharpe
| 2007-05-15 18:20
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