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1810年、ブサコ作戦。
第3部 トレス・ヴェドラス防衛線 第11章 - 2 その要塞は単に 第119保塁 と呼ばれていました。要塞といえるほどのものでもなく、低い丘の頂上に石造りの武器庫と6門の大砲がある、という程度の建造物でした。 しかも大砲は拿捕したロシアの戦艦から奪った12ポンド砲で、その扱いなれないシロモノに、ポルトガルと英軍混合の砲兵たちはてこずっていました。 第119保塁。 そこからさらに10個の保塁を東にたどるとテージョ川に達し、20マイルほど下流は大西洋でした。その間にはさらに100個もの保塁や要塞が丘を横切って2匹のヘビがうねるように続いているのでした。 それが、トレス・ヴェドラス防衛線でした。 3本の街道がそのラインを突っ切り、主街道はテージョ川と海のちょうど中間を通っていましたが、1本の道路は川沿いで第119保塁にも近く、それは首都に向かう副街道になっていました。 マッセーナがどのルートをとるにしても、トレス・ヴェドラス防衛線が彼を阻み、シザンドレ川が行く手をさえぎることになります。彼はこの3つの街道を避け、荒野の進軍を強いられることになり、それでもやはり多くの保塁に迎えられることになるはずでした。 保塁はまだ新たに作られつつありました。多くの労働者たちが、斜面を急にして歩兵が駆け上がるのを防ぎ、石で防壁を築いていました。 低地を進むにしても、そこにはダムが設けられ、谷は水で満たされるようになっていました。そして攻め手は追い詰められて砲火にさらされ、そこは死地となるはずでした。 4万の歩兵隊のうちのほとんどがポルトガル兵で、フランス軍が攻めてくる場所に両軍の残りの軍が進軍する容易ができるまでの間、保塁を守っているのでした。 英軍からもいくつかの隊が防衛線の守備についており、サウス・エセックスは第114保塁から第119保塁の間を受け持っていました。 ロウフォード中佐は将校たちを招集し、彼らの責任範囲についての確認をしようとしていました。 他の将校たちが見守る中、最後にやってきたのはスリングスビー大尉で、彼はよろけながら階段を昇っていました。どう見ても、彼の足どりは酔っ払いのものでした。彼は昇りきると、全部で43段だった、と報告し、その様子を見ていなかったロウフォードはいぶかしげに振り返りました。 「43段?」 「重要なことです」 スリングスビーは夜の闇の中では何段あるかを心得ていることが重要なのだ、というつもりだったのですが、そのことすらもう忘れてしまっていました。 「憶えておこう。さて、フランス軍がやってきたら、われわれはここで彼らを食い止めなければならない」 スリングスビーは囃したて、他の将校たちは彼を無視しました。 「そしてわれわれに向かってくる彼らを、自滅させねばならない」 「自滅させねばならない」 と、スリングスビーは言いましたが、今度の声は低めでした。 「ここで彼らを撃破することは可能だ」 中佐は義弟が口を挟む前に、急いで続けました。彼は地図の第119保塁の南に広がる谷間の西から丘にかけて、ぐるっと指し示しました。 「フォレスト少佐と私は昨日、北側を偵察してみた。そしてフランス軍の立つ位置から、われわれの位置を確認してみた。丘の上からは、この谷間が誘い水になる。こちらのラインの突破口に見える」 「突破口」 と、スリングスビーは繰り返し、うなずきました。ルロイ少佐はスリングスビーがそのうちノートを取り出してメモでも始めるのではないかと思いました。 「実際には、谷は完全に封鎖されている。ただバリケードがあり、水に閉じ込められるだけだ」 「ばかばかしい」 スリングスビーはつぶやきましたが、それがロウフォードに向けた言葉か、フランス軍に向けた言葉なのかはわかりませんでした。 「しかしわれわれは攻撃に対する準備をしておかなければならない。もし攻撃が激化した場合、保塁からの砲撃を絶え間なく行うことになる。全ての保塁からだ。残兵には、丘の稜線からの銃撃が必要となる。彼らは丘に登ることはできず、谷間で壊滅する。われわれが避けなければならないのは、こちらの広い谷間へのフランス軍の侵入を許すことだ」 ロウフォードは第119保塁の眼前に広がる低地を指差しました。そこは防衛線の北側では開けた谷間で、そここそがフランス軍の足がかりになると思われました。 低地の広がりは、元は豊かな農地でしたが、今では工兵隊がテージョ川を氾濫させてそこを水没させる努力をしていました。満ち潮も加わって今も次第に水かさは増していました。ロウフォードが今話している丘の下で、2回蛇行して流れていました。そして大きく迂回してテージョ川に注いでいましたが、最初の屈曲部の内側は英軍の防衛線内で、古い家畜小屋が茂みの中に廃墟のように崩れかけて残っていました。2つ目の屈曲部の内側はフランス軍側にあり、大きな農場のいくつかの建物が放棄されていました。 農場は小高くなって水も来ておらず、湖の中の小さな島のようでした。 そして潮が引くとともに水位が低くなっていきましたが、まだやはり水浸しで、フランス軍が乾いた土地を目指すには、家畜小屋のそばを通るしかありませんでした。 ロウフォードはある可能性を将校たちに示しました。 「もしこの家畜小屋か農場に重量砲を据えられた場合、敵軍はこちらの守備位置を砲撃できるようになる。諸君、それを許してはならない」 それはちょっとありえないことだ、と、ルロイ少佐は思いました。この浸水の中で、重量砲を運ぶことはできない。 ルロイは、ロウフォードもそれを承知で言っているのではないかと思っていました。 「諸君、われわれはそれを阻止しなくてはならない。偵察隊を置く。精力的に偵察を行う。中隊規模でこの谷を偵察し、鼻を突っ込もうとするカエルどもを叩く」 ロウフォードは振り返り、スリングスビー大尉を指差しました。 「コーネリアス、きみの任務だが・・・」 「偵察です」 と、スリングスビーは急いで答えました。 「精力的な」 「歩哨を家畜小屋に置くことだ」 ロウフォードは遮られたことに苛立っていました。 「コーネリアス、昼夜を分かたず、軽歩兵隊がそこに駐在するのだ。わかったか?」 スリングスビーは流れの脇の家畜小屋を見つめ、しばらくの間命令の意味がわからなかったかのようでした。 「そこに駐在所を設けるんですか?」 と、彼は悲しげに尋ねました。 「家畜小屋にだ。そこを固め、フランス軍が全面攻撃を仕掛けてこない限り、とどまれ。あるいは、私がしぶしぶながら気を変えて撤収の許可を出さない限り」 この言葉に他の将校たちはくすくす笑いましたが、スリングスビーは大真面目にうなずきました。 「日没までに軽歩兵隊を配備したまえ。日曜日には任務から解放する。その間、わが方の偵察隊がきみの部隊に物資の補給をする」 近くのテレグラフ・ステーションが信号の送信をはじめ、ロウフォードは言葉をいったん切りました。 「そして諸君、きみたちは防衛線のこのセクションをくまなく歩き回り、熟知しておいて欲しい。ここを長く守ることになるはずだ。コーネリアス、ちょっと話がある」 他の将校たちは第114歩塁から第119歩塁までの間の調査のために去っていき、スリングスビーと二人きりになると、ロウフォードはこの小男に向かって身体を傾けました。 「こういうことを尋ねるのはつらいのだが、きみは飲んでいるのか?」 スリングスビーはすぐには答えずに谷を見つめていました。雨がかかって、彼は泣いているように見えました。 「昨夜、飲み過ぎました。申し訳ありません」 「誰でもときどきはハメをはずす。しかし毎晩では」 「身体にいいんです。熱病の予防になります。西インド諸島にいたとき、軍医がそう言っていました。みんな熱病で死んだのに、ラム酒を飲んでいた私は生き残りました。薬なんです」 ロウフォードはため息をつきました。 「私はきみに機会を与えようとしている。コーネリアス、きみは非常に優秀な中隊を指揮しているんだ。そしてあるいは新しい指揮官が必要かもしれない。シャープがもし戻らなかった場合、きみは有力候補者なんだ。きみが大酒呑みでさえなければ」 「わかっています。申し訳ありません。熱病が怖いだけなんです」 「私が怖いのは、フランス軍が夜明けに攻撃をかけてくることだ。きみの部隊があの家畜小屋にいれば、彼らを早期に発見できる。コーネリアス、だから私は君をそこに配置するんだ。歩哨だ。マスケットからイフルの銃声が聞こえたら、敵が現れたことが私にもわかる。そしてきみはここに撤退してくればいい。目を光らせて、そして私を失望させないでくれ」 「約束します。必ず」 スリングスビーは酔っ払おうとしたことはありませんでした。彼は寒くて目を覚まし、ラム酒を少し飲めばラクになる、と思うだけでした。飲みすぎるつもりはありませんでした。しかしラム酒が彼に自信を与え、だからこそ、軽歩兵隊をうまく指揮できない彼にラム酒は必要だったのです。兵士たちは彼を嫌っており、彼はそれを知っていました。そしてラム酒を飲むと彼は兵士たちのかたくなな行動にうまく対処できるような気がするのでした。 「われわれは失望させないでしょう」 と、彼は全ての言葉に力を込めました。 「よろしい。それでいい」 実際、ロウフォードはその家畜小屋に歩哨を置くことを必要としているわけではありませんでした。しかし彼は妻とスリングスビーの昇進について約束しており、約束は約束で、単純な仕事を成功させることで兵士たちを統率する機会を与えてやろうとしているのでした。 「最後に一つだけ、コーネリアス」 「なんなりと」 「ラムはダメだ。もし熱病にかかりそうだと思ったら、戻ってきて私に言いたまえ。医者に連れて行ってあげよう。それから、きみが今するべきことは、12人ほどの兵士を連れて第118歩塁の裏手の道を調査することだ。そして残りの兵士たちには武器の手入れをさせ、弾薬を補充させろ」 「わかりました。ありがとうございます」 ロウフォードはスリングスビーが階段を下りていくのを見ながらため息をつくと、望遠鏡を取り出して北の様子を探っていました。 壊れた風車が3基、それはフランス軍の見張り台になっているようでした。右手をずっとたどると海でした。英国海軍の戦艦が河口に錨を下ろしていました。 「もし奴らが来るとすれば、道は洪水で使えないから、こちらにまっすぐ上ってくるだろうな」 ロウフォードの背後で声がして、彼は望遠鏡から向き直りました。 オイルスキンのケープをまとったホーガン少佐でした。 「元気でしたか?」 「寒くなりそうな気がするんだ。冬の始まりじゃないか?」 と、ホーガンは言いました。 「冬はまだでしょう」 ロウフォードはレンズの水滴を拭ってからホーガンに望遠鏡を差し出しました。 「閣下はどうです?」 「なおお盛んだ。彼からよろしくということだ。もちろん怒っておいでだが」 「怒って?」 「文官どもだよ、ロウフォード。戦争は負けたといっている連中だ。兵隊たちの手紙をイシアタマどもが新聞に載せたんだ。閣下は連中を銃殺したいと思っておられる。まさかきみも閣下の敗戦だなんていう手紙を書いてはいなかろうね、ロウフォード?」 「まさか!」 ホーガンは望遠鏡を下に向けました。 「洪水は思ったほどの規模にはなっていないな。まあ、こんなものだろう。すくなくとも道路は使えないし、奴らにできることは、この丘をたどって内陸に入り込むことだけだ。あの廃屋の近くを通って、きみのところにまっすぐ来るだろう」 「私が考えたのもそこです。あの谷に進軍してくるでしょう」 「そして全滅だ」 と、ホーガンは満足そうに言いました。 「ロウフォード、実際のところ、私は連中がそうするとは思っていないんだ。しかし虎口に飛び込むかもしれん。シャープの消息は?」 ロウフォードはいきなりの質問に驚き、一瞬ためらいましたが、ホーガンに他意はなさそうでした。 「何も」 「行方不明っていうやつか」 「名簿からはずすべきかどうかと思っているのですが」 それは公式にシャープが姿を消したこと、そして大尉の地位に空きができたことを意味する行為でした。 「ちょっと早まったことじゃないかな?」 と、ホーガンはそれとなく言いました。 「もちろんきみの問題だよ、ロウフォード。まったく、きみの管轄下だ。私がどうこう言う筋合いじゃない。きみが名簿から彼の名を消そうが消すまいがね」 ホーガンは望遠鏡で広い谷間を横切った丘の上に視線を向けました。 「彼がいなくなったとき、何をしようとしていたんだね?」 「テレピン油を探しにいったんです。それから、イギリス人女性を連れていました」 「ああ」 とホーガンは、それでもまださりげなく言いましたが、望遠鏡をおろして向き直りました。 「ご婦人か。それはミスター・シャープらしいじゃないか。コインブラでだね?」 「コインブラです。そして戻ってこないのです!」 と、ロウフォードは憤りをあらわにしました。 「もう1人、姿を消した人物がいてね」 と、ホーガンは北の稜線に目を向けました。 「少佐なんだが、重要人物だ。私が閣下のためにしているようなことを、彼はポルトガル軍のためにしている。もし彼がフランス軍の手に落ちたとしたら、それはまずいことなんだ」 ロウフォードはおろかではなかったので、ホーガンの遠まわしな会話には訳があることがわかっていました。 「二人の失踪は関係あると?」 「二人は関係があると思っているんだ。シャープとその男の間で、いわゆる意見の食い違いがあってね」 「シャープはそんなことは言っていませんでした!」 ロウフォードは機嫌を損ねました。 「小麦粉のことは?丘の上の」 「ああ、それは聞きました。詳細までではありませんが」 「リチャードは上官に詳細を報告するなんていう無駄なことはしない」 とホーガンはいって言葉を切り、くしゃみをしました。 「われわれを混乱させるようなことは言わない男だ。だが彼はうまく対処する。結果的にひどい目に遇うようなことになってもね」 「ひどい目に?」 「戦闘の前の晩だ」 「転んだといっていましたが」 「彼らしいじゃないか。そうなんだ。この二つのことは関係がある。しかし今も二人が関係しているかどうかはわからない。まあ、たいしたことじゃない。私はシャープを全面的に信頼しているんだ」 「私もです」 と、ロウフォードは言いました。 「もちろんそうだろう」 ホーガンは、サウス・エセックスについてはロウフォードが思っているよりもよく知っていました。 「ロウフォード、もしシャープが戻ってきたら、閣下の本部に寄越してくれないか?フェレイラ少佐についての情報を、われわれが必要としていると伝えて欲しい」 ウェリントンがシャープのために時間を割くかどうかは疑問でしたがホーガンにはシャープが必要であり、ロウフォードには将軍も同意見だと思わせるのもヤブサカではない、とホーガンは考えていました。 「もちろんそうします」 と、ロウフォードは約束しました。 「西に数時間馬で進んだペロ・ネグロにいる。もちろん、用事が済んだらすぐに彼を返す。きみも早くシャープを通常任務に戻したいだろうからね」 通常任務という言葉に、微妙な力が込められていました。 ロウフォードはシャープとスリングスビーの間の悶着についてホーガンに話すかどうか迷っていましたが、いきなりホーガンは驚きの声を上げました。 「友達が来たぞ」 一瞬、ロウフォードはホーガンがシャープのことを言っているのかと思いましたが、彼が見たのは丘の上の騎兵でした。 フランス軍でした。 敵の偵察隊の第一弾が防衛線にやってきたのであり、それは背後にマッセーナの軍が遠からぬところにいるということを意味していました。 トレス・ヴェドラス防衛線は、英国政府に知らされることなく建設されたものでしたが、20万ポンドの巨費を費やしたものでした。 それはかつてヨーロッパに建築された防衛線の中で、最も大規模で、もっとも高価なものでした。 そして今、その真価が試されようとしていました。 すみません。今回はシャープが登場する場面までたどり着けませんでした。 次回はシャープがちゃんと出てきます。
by richard_sharpe
| 2007-05-11 23:05
| Sharpe's Escape
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