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1810年、ブサコ作戦。
第2部 コインブラ 第8章 - 2 英軍とポルトガル軍の最後尾がコインブラを出発したのは、月曜の夜明けでした。街に残された食糧の全ては燃やされるか川に投げ捨てられ、パン屋のオーブンも全て破壊されました。 無人と化したかのような街でしたが、実際には4万の住民のうちの半数が避難を拒否して残りました。 フェラグスのように財産を守るためのものもいましたが、老齢や病気、あるいは絶望のために残ったものも多くいました。フランス軍が来ても仕方がない。耐えるだけだ。世界は相変わらず存在し続けるだろうから。 サウス・エセックスは、殿軍として橋を渡っていました。 ロウフォードは馬上で振り返り、シャープとハーパーの気配を探していましたが、埠頭にその姿は現れませんでした。 「シャープらしくもない」 「シャープらしいですよ」 と、ルロイ少佐が受けました。 「彼は一匹狼です。しかも獰猛な。戦士としては尊敬すべき特質ですよ。そうじゃないですか?」 「脱走したりしないだろうか?」 「シャープに限っては。何かに巻き込まれているんでしょう。戻ってきますよ」 「ポルトガル軍に入隊するようなことをほのめかしていたのだが」 と、ロウフォードは心配そうでした。 「そうなると思うか?」 「文句は言えますまい」 と、ルロイは答えました。 「男というものは、自分の価値を知ってもらう必要があります。中佐、そうじゃないですか?」 幸い、スリングスビー大尉がやってきたことで、ロウフォードはこれに答えずに済みました。 「例のアイルランド人の軍曹が戻ってきません」 と、スリングスビーは言いました。 「そのことを話していたのだ」 ロウフォードは答えました。 「脱走者として帳簿に名前を記入します」 と、スリングスビーは宣言しました。 「脱走者です」 「そんなことはさせない!」 ロウフォードは、自分でも驚いたことに、厳しく言い放ちました。そして言いながら、スリングスビーに苛立ちを感じていることに気づきました。この男はまとわりつく犬みたいだ。 そしてロウフォードは、この新しい指揮官があまりにも飲酒を好みすぎるのではないか、と思い始めていました。 「ハーパー軍曹は」 と、彼はいくらか声をやわらげました。 「この連隊の将校の一人と共に任務についている。尊敬すべき将校と共にだ。そのことについての質問は受けない」 「わかりました。もちろんです」 ロウフォードの口調に気おされたスリングスビーは言いました。 シャープとハーパーの行方はわからぬまま、ロウフォードはそれが自分の過失ではないかと危惧していました。 彼はもう一度振り返りました。 しかしやはり二人の姿はなく、連隊は既に橋を渡り、尼僧院の脇の小道を曲がり、影の中へ消えていきました。 コインブラは息をつめているように静まり返っていました。 住人のあるものは古代の城門から中世の城壁を通して街道を見下ろし、フランス軍が来ないでくれることを願っていました。 フェラグスはフランス軍については心配していませんでした。 彼は、まず楽しい復讐に取り掛かろうと、7人の男たちを率いて倉庫へと向かいました。 まず引き上げ戸の上に載せた荷物を取り払うのに手間取りましたが、階下からは何も聞こえてきませんでした。 「眠っているんじゃないですか?」 と、フランシスコが言いました。 「すぐに永い眠りにつかせてやる」 フェラグスは言い、扉の木材にあいた小さな穴を見つけて含み笑いをしました。 「連中は頑張ったわけだ。何時間もかかっただろうに。気をつけろよ!」 彼は扉が勢いよく持ち上げられるのを予期していました。 「扉が上がったら一斉射撃だ」 しかし、何事も起きませんでした。 フェラグスは扉を見つめながら待ち続けましたが、やはり何も起きませんでした。 「こっちが降りていくと思っているんだろう」 フェラグスは扉をそっと持ち上げ、フランシスコがマスケットを隙間から突っ込んで発砲しました。 当然反撃があるだろうと予想されましたが、しかしやはり静まり返ったままでした。 フェラグスの合図で二人の男が火のついたたいまつを地下室に放り込み、煙があふれ出てきました。 「これでやつらも長いことはない」 フェラグスはピストルをぬきました。 男たちを殺し、そのあとで女を手に入れる。 彼はピストルを一発撃ってから、身を乗り出しました。 それでも地下室には何の気配もなく、フランシスコは 「みんな死んだんじゃないですか?」 と言いました。 フェラグスは、シャープ大尉があなどりがたいことを知っていました。 彼は階段の右か左に隠れて待っている。 さらにたいまつを投げ入れても何の反応もなく、フェラグスはマスケットを部下の手から取り上げると階段を下りました。炎が顔を焼き、煙が喉をつき、そして地下室の中を見渡した時、彼は部屋の中央に墓穴のような穴を見出したのでした。 一瞬理解できず、彼は呆然と見入り、そしていきなり恐怖に襲われました。 奴らは逃げた。 フランシスコが穴に近寄り、それを見下ろしました。 「下は何だ?」 と、フェラグスは尋ねました。 「下水道です。溺れたんでしょうかね?」 「いや」 フェラグスは答え、身震いをしました。その穴の中から、何かを叩く音が聞こえてきたのです。 それは遠くからのようでしたが、硬い金属音で、フェラグスはいきなり昔のドミニコ会の僧侶の説教を思い出したのでした。 それは地獄を生き生きと描き出したもので、フェラグスはその恐怖から立ち直るのに2日もかかったほどでした。 今聞こえる音は、その地獄の恐怖をよみがえらせました。 いまや、シャープがハンターで、彼が獲物へと立場が逆転したのです。 「上へ上がれ!」 「あの音は・・・」 「やつだ。降りてやつを探したいのか?」 フランシスコもフェラグスに従って階段を上がり、フェラグスは扉の上に再び荷物を載せるようにと指示しました。 そして何かを叩く別の音がし、フェラグスは飛び上がりました。 「誰だ!」 「セニョール、ミゲルです」 フェラグスは倉庫の扉を開き、ミゲルと、黒のスーツで民間人を装ったフェレイラ少佐を迎えました。その傍らにはフランス軍の護衛が武装して立っていました。 街路の遠くのほうで叫び声が聞こえ、蹄と軍靴の音が響いていました。 フェラグスは太陽の下で、地獄に蓋をして、フランス軍の到着を迎えたのです。 これで彼は安全でした。 ライフルの銃床が下水道の壁に叩きつけられ、その音が反響していました。 「リチャード!」 ヴィセンテの警告で振り返ると、遠くに光が瞬いているのが見えました。 「フェラグスだ。地下室に火を入れたな。ホルゲ、ライフルは装填してあるか?」 「もちろん」 「見張っていてくれ。だが、たぶん来ないだろう」 「なぜ?」 「地下で闘いたくないからだ。それからクソの中に来たくないのさ。それに、怖いんだ」 彼は何度も何度も繰り返しライフルを叩きつけ、ハーパーはシャープにタイミングを合わせながら、同じことを繰りかえしていました。 そして突然、古代の石組みが崩れました。 レンガのいくつかはシャープの足元に落ちて汚水を跳ね上げましたが、ほとんどは向こう側の何かに落ちました。そしてありがたいことに、乾いた埃が立ち昇りました。 「通れるか、パット?」 ハーパーは無言で向こう側の闇に身体を差し入れました。 シャープは振り返り、狭い通路の奥で燃えている火との距離を目測しました。そんなに遠くはありませんでした。 「どこかの地下室ですよ」 と、ハーパーの声が暗闇にこだましました。シャープは武器と荷物を彼に渡し、腹を瓦礫にこすりながら地下室の床へとよじ登りました。 いきなり呼吸が楽になりました。 「ミス・フライ、手を」 シャープは彼女を抱え上げ、彼女はシャープに倒れかかって、その髪の毛がシャープの顔に触れました。 「大丈夫か?」 「大丈夫よ。ミスター・シャープ、あなたが正しかったわ。それに私、なんだか楽しいの」 ハーパーがヴィセンテを助け上げ、シャープはゆっくりとセイラをおろしました。 「服を着るんだ」 「私は人生が変わることを考えていたの。こんな風にじゃなかったけれど」 彼女はまだシャープにしがみついて、震えていました。寒さのせいではありませんでした。シャープは彼女の背をそっと撫でました。 「光だわ」 と、彼女は驚いたように言いました。シャープが振り返ると、部屋の反対側に細い灰色のかすかな線が見えました。 この部屋には皮革が積み上げられ、その臭いが満ちていましたが、下水道に比べるとずっと新鮮な空気でした。 灰色の線は天井近くの高いところにあり、シャープは皮の山に登ってその小さな窓をのぞいてみました。 1フィートほどの高さで鉄格子がはまっており、歩道に面しているようでした。その光は、先刻までのことを考えると天国のようでした。窓ガラスは曇っていましたが、柔らかい光が地下室を照らしていました。 「シャープ!」 とヴィセンテがしかりつけるように言い、シャープが振り返ると、ほとんど裸のセイラの姿が光の中に浮かび上がっていました。彼女は目がくらんでいるようでした。 「服を着よう、ホルゲ」 シャープはセイラの包みを彼女に渡しました。 「ブーツを返してくれ」 彼女は座ってブーツを脱ぎ、その姿のままシャープにそれを押しやりました。 目の中には挑戦的な光が宿り、彼女自身も自分の大胆さに驚いているようでした。 「もう大丈夫だ」 と、シャープは身を屈めながら言いました。 「あんたほどにタフなら、これからも生き延びられる」 「それはほめ言葉ですか、ミスター・シャープ?」 「そうだ。これも」 と、シャープは彼女にキスをしました。彼女はキスを返し、微笑みました。 「セイラ」 とシャープは言いました。 「これでようやく本当に自己紹介ができたみたい」 「そうだな」 「それで、これからどうしますか?」 と、皆が服を着終えると、ハーパーが尋ねました。 「ここを出る。軍はまだいるようだし、倉庫の中の食糧を取り上げて、フェラグスを逮捕して、裁判にかけてから銃殺だ。ホルゲ、手続き上はそうだな?」 「すぐに撃ち殺せばいい」 と、ヴィセンテは答えました。 「よく言った」 シャープは部屋の反対側の、扉に続く階段を登りました。 外では騎兵の蹄の音が響いていました。 「撤退は始まっているらしいな。フランス軍があまり近くにいなければいいんだが」 扉は外から鍵が掛けられていましたが、鋲は腐った木に打ちつけられており、剣を使ってこじ開けることができました。 扉を開けると廊下の突き当たりにもう一つの扉があり、誰かがどんどんと叩いていました。 「今日は何日だ?」 「月曜日かな?10月1日の」 ヴィセンテがややあって答えました。 「なんだと」 シャープは外の馬がフランス軍のものか英軍のものか、心もとなくなりました。 「セイラ、窓から馬がいるかどうか見てくれ」 セイラはよじ登り、窓ガラスに顔を押し付けました。 「2頭います」 「ドックド・テイルか?」 「ドックド?」 「尻尾を切っているか?」 突き当たりのドアが叩き破られようとしてました。時間がないことがわかりました。セイラはまた、ガラスに顔を押し当てました。 「いいえ」 「それじゃあ、フランス軍だ。セイラ、皮で窓をふさいでくれ。そしてすぐにパットのところに隠れろ!」 地下室は再び暗くなり、扉の反対側でセイラとハーパー、ヴィセンテは息を殺しました。 シャープは扉が開くのを見届けました。ブルーのユニフォームに白いクロス・ベルトをつけた兵士が立っていました。 「カエルだ」 シャープも仲間のところに身を潜めました。 フランス兵たちが家に押し入り、靴音が近づいてきました。中の一人が地下室の扉を蹴破り、そして何か言いました。 「トイレみたいに臭いと言っているわ」 セイラがシャープの耳元でささやきました。 水しぶきが跳ね返る音が聞こえました。兵士の一人が放尿しているのでした。 笑い声が沸き、兵士たちは去っていきました。 地下室の暗い片隅でセイラの横にうずくまり、シャープは外の音を聴いていました。 靴音と蹄の音、叫び声と銃声。銃声は戦闘のものではなく、鍵を壊しているもののようでした。 「フランス軍がここに?」 と、ハーパーが尋ねました。 「全軍がいるぜ」 シャープはライフルを装填し、身構えました。 再びいくつもの靴音が聞こえ、廊下を行き来しましたが、兵士たちはもっと裕福な家を求めて去っていったようでした。 「上に行くぞ。屋根裏部屋だ」 ずっと地下にいたせいか、上を目指す衝動に駆られていました。どちらにしろ、そこにそんなに長くはいられませんでした。二手に分かれて階段を登り、廊下を進みました。 家の中は無人で、家具が取り残されているだけでした。 彼らは屋根裏への狭い階段を登りました。そこは3~4軒の家をつなぎ合わせたような細長い部屋で、低いベッドが12台もすえられていました。 「学生部屋だ」 と、ヴィセンテが言いました。 近くの家から悲鳴が聞こえ、銃声が響きました。 「窓だ」 とシャープは言い、いちばん近い窓を押し開けました。その胸壁越しに見下ろすと、そこは狭い街路になっていました。 丘の上の大学が空にそびえ、教会の塔の数々も見渡せました。 フェラグスの倉庫は遠くないはずでした。 彼は街路の向こうの家との距離を測り、飛べそうだと思いました。 しかしヴィセンテは怪我をしているし、セイラはドレスが邪魔になるだろう。 「ホルゲ、あんたはここに残れ。ミス・フライを守ってくれ。パットと俺が調べてくる」 「俺もですか?」 「ほかに手立てがあるか、パット?」 「私たちも行く」 と、ヴィセンテが言いました。 「ここにいたほうがいい、ホルゲ」 シャープは言ってナイフを取り出しました。 「傷の手当てをしたことはあるか?」 彼はセイラに尋ねました。セイラは首を振りました。 「やってみてくれ。包帯をはずして弾を捜すんだ。それを取り出し、シャツやジャケットのクズも取り出せ。痛いといったらモノに当った証拠だから、もっと掘り下げろ。そして取り出したら傷を洗うんだ。これを使え」 シャープはセイラに、まだすこし水が残っている水筒を渡しました。 「そのあとで新しい包帯で巻け。それから」 と、シャープはヴィセンテのライフルをセイラに渡しました。 「カエルが来たら、撃て。音がしたらすぐに戻る」 この騒ぎの中で銃声が聞こえるかどうか疑問でしたが、シャープはセイラを安心させなければならないと考えていました。 「できると思うか?」 セイラはしばらくためらっていましたが、うなずきました。 「できるわ」 「ホルゲ、べらぼうに痛いぞ。でも今日中にこの街で医者を見つけられるとは限らないからな。ミス・フライに任せてくれ」 彼は立ち上がり、ハーパーを振り返りました。 「パット、その道を跳べるか?」 「ゴッド・セーブ・アイルランド」 ハーパーは向こう側の家との距離を見渡しました。 「恐ろしく遠いですね」 「落ちるなよ」 シャープは胸壁の上で助走して弾みをつけ、跳びました。屋根のタイルが砕けて滑り落ちました。肋骨がまたひどく痛み始めました。 ハーパーは身体も大きく、シャープほど柔軟でもなかったのですが、彼に続きました。 軍曹は何とか飛び越え、腹ばいに着地しました。シャープが上着を捕まえました。 「遠いって言ったでしょう」 と、ハーパーは言いました。 「食いすぎるからだ」 「まさか、あの軍にいて?」 ハーパーは埃を払い、シャープに続きました。彼らは明り取りや窓を通り過ぎましたが誰にも気づかれず、次の路地を見下ろしました。 「どこに行くんですか?」 「倉庫だ」 と、シャープは大きな屋根を指差しました。 「下水道を通ったほうがマシですよ」 「じゃあそっちから行け。倉庫で会おう」 「行きますって」 とハーパーは言い、二人は次の屋根に飛び移りました。 そして倉庫の前の通りを見下ろし、シャープは身体を引きました。 「竜騎兵だ」 「どれくらいいますか?」 「十数人か20人だな」 見たことのある大きな扉があり、その前の通りは飛び越すには広すぎました。 竜騎兵たちは馬上で剣を抜き、明らかに倉庫の守備に配置されていました。 彼らは歩兵たちを追い払い、場合によっては剣を使おうとしているのでした。 「連中は大量の食糧を手に入れたわけだな、パット」 「大喜びでしょうね」 「そうはさせない」 と、シャープは荒っぽく言いました。 「どうやって取り上げますか?」 「わからん」 シャープは答えました。 彼には、フランス軍を打ち負かすためには食料を渡してはならないことはわかっていました。 しかし彼の頭の中をいろいろなことがよぎりました。 軍が何をしてくれた?俺が気にするべきことか? 気にするべきことでした。フェラグスがフランス軍の勝利に手を貸そうとしているからです。 街の中の騒音はさらにひどくなり、叫び声や銃声が大きくなって、混乱の体を示し始めました。 竜騎兵が倉庫を守っているということは、食糧があるという噂が兵士たちの間に広まり始めている証拠だ。 兵士たちは荒野を行軍してきて、絶望的なほどに腹をすかしている。 「確実じゃないかもしれないが、考えがある」 と、シャープが言いました。 「どんな?」 「あの野郎どもを腹ペコにしておくためのアイデアだ」 と、シャープは答えました。 ウェリントンはそれを望んでおり、シャープは彼の望みをかなえなければなりませんでした。 シャープはフランス兵たちを空腹のままにしておかなければならないのでした。
by richard_sharpe
| 2007-04-02 16:11
| Sharpe's Escape
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