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1810年、ブサコ作戦。
第2部 コインブラ 第8章- 1 最初の案は、扉を抜け出して上のものをどける、というものでした。 まずシャープとハーパーは、力いっぱい扉を持ち上げようとしましたがびくともせず、そこで彼らは穴を開けることにしました。 ヴィセンテは肩の傷のために役に立たず、彼とセイラはなるべく死体からはなれて座っていました。 ハーパーは銃剣を使い、シャープはシャツを脱いで手に巻きつけました。剣が長すぎ、刃を持たなければならないということを、シャープはハーパーに愚痴りました。 「このシャツはおろしたてだったのに、もったいないな」 「リスボンで縫い物をしてくれる、例の人からのプレゼントですか?」 「そうなんだ」 ハーパーはくすくす笑い、刃先を頭上に突き立てました。シャープも同様にして剣を使い、硬い木材を少しずつ削り始めました。彼らはしきりに罵り言葉を口にしました。 「実地の言語レッスンだわ」 と、しばらくのちにセイラが言いました。 「すまんな、ミス」 と、シャープは答えました。 「軍にいたら、いちいち気にしていられなくなりますよ」 ハーパーの説明に、セイラは尋ねました。 「兵隊たちはみんな口汚いの?」 「みんなね。いつもだ。ダディー・ヒル以外は」 「ヒル将軍は、言葉遣いがいいので有名なんです」 シャープの答えをハーパーが引き取りました。 「あとリード軍曹もだな」 と、シャープが付け加えました。 「ヤツは汚いことばを使わない。メソジストなんだ」 「俺はあいつが罵ったのを聞いたことがありますよ。あのバッテンがリードの聖書から8ページ破いて拭いた時です。ケ・・・」 と言いかけ、ハーパーはセイラが聞きたくない言葉だろうと思って途中でやめ、手に力を込めました。 少なくとも3インチはある扉を、2本の横木が支えていたのですが、シャープとハーパーは最初の内気に止めていなかった横木をはずすことで木材を弱くすることができるのではないかと気づきました。 そして横木を割り、緩めてはずし、さらに作業を続けました。 木屑で階段は足の踏み場もないほどになり、こわばった筋肉をときどき休めなければなりませんでした。 銃剣や剣は、このような作業をするには刃が細すぎました。 シャープは一度ポケットナイフを使って見ましたが、木屑が目に入るだけで、結局シャツを手に巻いて、剣を使わなければなりませんでした。 たとえ木材を貫いたとしても、小さな穴しかあけられないだろう。それをどれほどの大きさに広げられるかだ。それでも、どんな戦いでも最初の小さなステップから始めなければならない。 先があるかどうか判らないが、先のことを考えても仕方ない。 シャープとハーパーは辛抱強く作業を続けました。 汗がシャープの肌を伝い、ハエがたかりました。口は木屑でいっぱいで、肋骨がやけに痛みました。 暗闇の中で、時間はもうわかりませんでした。1時間か、10時間か。外は日が暮れたのか。時間のことを考えないようにしながら作業をしていたシャープの剣の先が、木材よりも固いものにぶつかりました。 もう一度つついてみた彼は、思わず罵りました。 「すまんな、ミス」 「どうした?」 と、うっかり眠ってしまっていたヴィセンテが尋ねました。 シャープは答えず、今度はナイフを使い始めました。そして穴をいくらか広げ、扉の上に載せられているものを引っかいてみました。 そしてまた罵りました。 「あの野郎どもは、敷石を載せやがった。クソ野郎!」 「ミスター・シャープ」 と、セイラは疲れきった様子でつぶやきました。 「連中は全くのクソ野郎どもですよ、ミス」 と、ハーパーもまた穴から上に載っているものを確認してから言いました。 「彼らは何をしたんだ?」 と、ヴィセンテは尋ねました。 「上に石を置いたんだ。その石の上に荷物を載せた。連中は見た目ほど馬鹿じゃなかったってことだ」 シャープは答え、階段を降りると壁に寄りかかって座りました。急に疲れが出て、呼吸も苦しいほどでした。 「扉を抜けられないというわけだな?」 と、ヴィセンテは尋ねました。 「まったくチャンスはない」 「それで?」 「これから考えるんだ」 とシャープは言いましたが、実際何も考えることができませんでした。完全に閉じ込められてしまったのでした。 「ネズミはどこから入ってくるのかしら」 と、しばらくのちにセイラが尋ねました。 「連中は小指くらいの穴でもすり抜けられるんですよ。好きなところから入ってきます」 「でも、どこから?」 「扉の周りの隙間からだろう」 と、シャープが答えました。 「俺たちは出られない」 彼らはむっつりと黙り込みました。飛び交っていたハエは、死体のほうに戻っていきました。 「銃を撃ったら、誰かが聞いてくれるだろうか?」 と、ヴィセンテが言いました。 「ここは地下だから、無理だろう」 とシャープは答えましたが、実際はフェラグスと向かい合うときのために、弾薬を取っておきたかったのでした。 彼は壁に頭をもたせかけ、目を閉じ、考え始めました。 天井は?何百もの石でできている。 彼は脱出することをイメージに描いてみました。 突然、彼は花の咲き乱れる草原にいました。銃弾が彼をかすめ、もう一発が脚に当たって彼は目を覚ましました。 誰かが右のふくらはぎをつついていました。 「俺は眠っていたのか?」 「みんなですよ。今が何時かさっぱり」 と、ハーパーが言いました。 「まったく」 シャープは伸びをし、手足の筋肉が痛いことに気づきました。さっきの作業のせいでした。 「まったく、眠っている暇なんかないんだ。連中はこっちにすぐに来るかもしれないんだぞ」 シャープは腹立たしげに言いましたが、ハーパーが動く音がし、彼は床に身体を伸ばしている様子でした。 また眠ろうとしているのかとも思いましたが、ハーパーは 「何か聞こえるんです」 と、部屋の中央の床の上からささやきました。 「どこだ?」 「耳を石に当ててみてください」 シャープも身体を伸ばし、右耳を床に押し当てました。 彼の耳は、長年銃撃の音にさらされたために聴覚が鈍くなっていました。彼は息を止め、じっと聞き入り、するとかすかに水の流れる音が聞こえてきました。 「水か?」 「この下に流れがあるんですよ」 と、ハーパーが言いました。 シャープは剣の柄で床をたたいてみました。そして戦闘で耳をダメにしていないセイラが確かめました。 「あたりだ、パット」 シャープは気を取り直し、肋骨の痛みも軽くなったようでした。 「石を持ち上げるぞ」 言うは易し、行うは難し。とは、このことでした。 彼らは再び武器を取り出し、石の縁を掘り返し始めました。ハーパーが指の太さほど欠けている部分を見つけ、そこに集中し始めました。 「下まで割れていますよ」 「漆喰で固められていなければいいな」 「床石に漆喰を使うわけないですよ。ただ置くだけです。どいてください」 「何をする気だ?」 「持ち上げます」 「剣を梃子に使えばいいじゃないか」 「それであなたの剣が折れたら、ますますご機嫌が悪くなりますからね。ちょっとどいてください。こいつを持ち上げますから、隙間ができたら一緒にお願いします」 シャープは避け、ハーパーは2本の指を縁に突っ込んで引き上げ始めました。彼は罵りながら思い切り力を込め、ようやく石が音をたてました。 石の縁に指を当てていたシャープは、それがわずかに動くのを感じました。 ハーパーはうめき、3本目の指を突っ込むと、力いっぱい引き上げました。 シャープはその隙間に、ライフルの銃身を差し込みました。 「よし、いいぞ」 「ゴッド・セーブ・アイルランド!」 ハーパーは身体を伸ばして大きく息をつきました。 「そっちを持ってくれますか?一緒にこの馬鹿タレをひっくり返しましょう。すみません、ミス」 「慣れてきました」 と、セイラはため息混じりに言いました。 シャープは石に両手をかけました。 「いいか?」 「いきますよ」 彼らは石を持ち上げ、ひっくり返しました。死体のすぐそばに倒れ、妙な湿った音がして、ハエがうなりを上げました。 セイラは気分の悪そうな声を立て、シャープとハーパーは笑い出しました。 穴の中には砂利やレンガの残骸や石や土が詰まっており、彼らはそれを両手で掻き出さなければなりませんでした。ヴィセンテも右手だけで手伝い、セイラは掘り出されたそれを脇にどけました。 「きりがないですね」 とハーパーは言いながら、それでも作業を続けました。 2フィートほど掘って、やっとシャープの血のにじんだ手が、タイルを敷き詰めたような、カーブした面に触れました。 「ローマのレンガだ」 と、ヴィセンテが右手で探って確認しました。 「ローマ人はレンガをタイルのように薄く作った。トンネルの天井だ」 「トンネル?」 と、シャープが尋ねました。 「ローマ人が、水路を引いたんです。たぶんそれです」 と、セイラが言いました。 「そこに突入だ」 シャープは言いました。彼の耳には流れの音がはっきりと聞こえてきていました。 水がある。それはトンネルを通って川に流れ込んでいるだろう。 シャープの心に強い希望が湧いてきました。 彼は石のふちをつかんで身を乗り出し、ライフルの銃身を叩きつけ始めました。 「あなたのやっていることは」 と、ヴィセンテが言いました。 「アーチを硬く締め付けているだけだ」 「俺がやっていることは」 と、シャープは言い返しました。 「こいつを叩き割ることだよ」 ヴィセンテが言っていることはおそらく正しいことでしたが、シャープは一つ一つレンガを崩すような辛抱強い作業は、もうできませんでした。ハーパーが加わりました。 彼らがレンガを殴りつける音とは別に、かけらが水に落ちる音も聞こえてきました。 ハーパーの渾身の一撃がついに突き崩し、古代のレンガ造りの天井が落ちると同時に突然、地獄から立ち昇るようなすさまじい臭気が地下室に満ちました。 「クソ!」 と、ハーパーが後ろに跳び下がりながら言いました。 「まさにそれだよ」 と、ヴィセンテが小さい声でつぶやきました。地下室はいまや、息をするのも苦しいほどでした。 「下水道か?」 シャープは信じられないように尋ねました。セイラはため息をつきました。 「山の手の地区から流れてきている」 と、ヴィセンテが説明しました。 「下町のほうでは、地下室の穴を使っているからね。ローマ時代の下水道だ。クロアカと、ローマ人たちは呼んでいた」 「俺ならこれを出口と呼ぶね」 シャープは言い、さらにライフルをふるって穴を広げました。 「さあ、また見てみようぜ」 シャープはロウフォードにもらった新聞紙の残りの半分を取り出し、ライフルを使ってハーパーの手を借りながら火をつけました。 新聞紙は燃え上がり、ハーパーが穴の縁に近づけると青緑色の炎を上げました。 「まあ、ひどい!」 セイラは見下ろして声を上げました。 せせらぎのような音が聞こえていましたが、7~8フィート下には緑色の何かが浮いた液体が流れていました。 突然の光に驚いたネズミたちがどろどろの液体の縁を逃げ惑っていました。 そのカーブの形状から見て、深さは1フィート程度だと、シャープは目測しました。 炎はハーパーの指を焦がすほどまでになり、彼はたいまつを下に落としました。それは一瞬青い炎を燃え上がらせ、そしてまた暗闇に包まれました。 コインブラの金持ちのほとんどが街を離れていてくれて本当に助かった。と、シャープは神に感謝しました。さもなければ、このローマの下水道にはもっと汚水が満ちてたことでしょう。 「この中に入ることを本気で考えているのか?」 ヴィセンテは信じられないといった声で尋ねました。 「選択の余地はない。ここに残って死ぬか、あそこに降りるかだ」 シャープはブーツを脱ぎました。 「あんたは俺のブーツを使うといい、ミス」 と、彼はセイラに話しかけました。 「丈が長いから、例のモノにあんたは触らずにすむ。しかし服は脱いだほうがいいぞ」 しばらく沈黙がありました。 「あなたは私に・・・」 とセイラは言い始め、しかし言葉に詰まりました。 「いや、違う、ミス」 と、シャープは辛抱強く話し始めました。 「あんたがしたくないことを無理にさせたくはない。でも服を着てあの中に入ったら、天まで届くほどの臭いがついてしまう。だから服は着ないほうがいい。俺も同じだ。だから今、脱いでいるんだ」 「ミス・フライの服を脱がせるなんて」 とヴィセンテは驚いたように言いました。 「頼んでいるわけじゃない」 と、シャープはフランス騎兵のオーバーオールを脱ぎながら言いました。 「彼女次第だ。でもホルゲ、あんたも脱いだほうがいいぞ。持ち物をみんな、上着かシャツの中に包んで、袖を首に結び付けるんだ。一体、誰に見られるっていうんだ!真っ暗じゃないか。さあ、ミス、ブーツだ」 彼はブーツを床の上に押しやりました。 「あなたは私に、下水道に入らせたいんですか、ミスター・シャープ?」 セイラは小さな声で尋ねました。 「違う、ミス。そうじゃない」 シャープは答えました。 「俺はあんたを緑の野原に連れ出してやりたい。そして幸せに、十分な金も持って、これからの人生を過ごさせてやりたいんだ。でもそこにあんたを連れて行くには、下水道を通らなければならないんだ。もしあんたがいやなら、ここで俺とパットが出て行って戻ってくるのを待っていることもできる。ただ、フェラグスよりも先に戻れると約束はできない。だからあんた次第だ。ミス、任せる」 「ミスター・シャープ?」 セイラは憤慨したかのようでしたが、そうではありませんでした。 「あなたの言うとおりです。謝ります」 シャープは下着一枚になって他の衣類をオーバーオールに突っ込み、肩紐で縛りました。そしてベルトや武器と一緒に穴の縁に置き、 「俺が先に行く。ミス、あんたは次に来て、俺の背中に触って進むんだ。ホルゲ、あんたはその次で、パットが殿軍だ」 と言ってふちに腰掛け、ハーパーに手首を握ってもらって身体を支えながら、穴に下りました。 「パット、もう2インチだ」 その最後の数インチを彼は落ちるようにして降り、危うく足を滑らせかけました。下水道の底はヌルヌルしていました。 有毒ガスのような空気に満ちており、シャープはむせました。 「誰か荷物を下ろしてくれ」 シャープは帽子やポーチをくくりつけたベルトを首に巻きつけ、その上にオーバーオールを縛りつけて肩にライフルを掛け、剣を右手に持ちました。剣で、前方を探れると思ったのです。 そして一瞬どちらに進むか迷いましたが、流れていく先に川があると考え、そちらに進むことにしました。 「ミス、次だ。気をつけろ。滑るんだ。まるで・・」 と言いかけ、彼は言葉をチェックしました。 「怖がらなくていい。ハーパー軍曹がおろしてくれる」 彼は両手を差し出し、セイラの腰の辺りを支えました。彼女はブーツを履いた足を汚水の中に下ろしましたが、パニックと恐怖でバランスを失いかけ、シャープにしがみつきました。シャープは彼女の腰を両手で抱きました。 「大丈夫だ。これで助かる」 ヴィセンテがセイラの荷物を下ろし、彼女が震えていたのでシャープが首に巻きつけてやりました。 「ホルゲ、あんたの番だ」 そして最後にハーパーが下りました。 シャープは前方にかすかな光でも見えないかと、身を屈めていましたが、真っ暗で何も見えませんでした。 「ミス、俺につかまれ。ホルゲ、あんたはミス・フライの荷物に触っているんだ。ゆっくり進むぞ」 裸で汚水の中を進みながら、丁寧に「ミス」と呼んでいる状況ではないな、と思いながら、シャープはほかに彼女をどう呼んでいいのか思いつきませんでした。 セイラはシャープの腰にしっかりつかまり、冒険へと踏み出していました。 彼女は、突然で予期せぬことでしたが、幸福を感じていました。 なんだかわからないものが下水道の天井から垂れ下がっていてシャープの顔をかすめ、彼はそれを払いのけながら、それの正体を考えるのも恐ろしい、と思っていました。 そして剣で前方の空間を払いながら進み始めました。 どれくらい進んだか、と推し測ってみたりもしましたが、彼らの歩みはがっかりするほどに遅いものでした。 しばらく進むと下水道の床は上に向かって傾斜し始め、しかし天井は同じ高さのままだったので、身を屈めて進まなければならなくなりました。 何かが髪をこすり、天井から落ち、そしていきなり、剣で探っていた一歩先の床がなくなりました。 「止まれ」 と彼は言い、剣を前に突き出しました。2フィート先、1フィートほど深いところに底が見つかりました。 「ちょっと離してくれ」 彼はセイラに言うともう一度距離を測り、前かがみになったまま大きく踏み出しました。 足を滑らしましたが壁に身体を打ちつけ、踏みとどまりました。彼は思い切り罵りました。 「すまんな、ミス」 その声はトンネルの中をこだましました。 彼は荷物を結び付けなおしましたが、衝撃で肋骨がまたひどく痛んでいました。 彼はセイラを振り返りました。 「前の床に穴がある。一歩くらいの大きさだ。片足でふちを探してみてくれ」 「見つけたわ」 「大きく一歩踏み出せ。2フィート前、1フィート下だ。まず俺の手をしっかり握るんだ」 彼は剣を壁に立てかけ、両手をセイラに差し出してその手を握りました。 「いいか?」 「ええ」 「両手を前へ。俺の二の腕をつかめ。しっかりと握るんだ」 シャープは彼女の肘をつかみました。 「大きく一歩だ。気をつけるんだぞ。滑るからな。まるで・・・」 「クソみたいに?」 とセイラは言い、笑いながら大きく息をすると、一歩前に踏み出しました。 後ろの足が滑って彼女は思わず叫び、半ばそれを予期していたシャープはしっかりと彼女を抱きとめました。乳房が彼の肌に押し付けられました。セイラは咳き込みました。 「大丈夫だ、ミス。よくやった」 「大丈夫か?」 と、ヴィセンテの心配そうな声が聞こえました。 「ピンピンしている。そこらの兵隊よりも、ミス・フライは優秀だ」 彼女は震えながらシャープにしがみついていました。手が冷たくなっていました。 「あんたのどういうところを俺が好きなのかわかるか、ミス?」 「え?」 「文句を言わないところだ。まあ、言葉遣いにはうるさいが、起こっている事態について、あんたは文句を言わない。耳にタコができるほどの文句なしで下水道に連れ込める女なんて、そうはいない」 シャープはすこし下がってセイラを離そうとしましたが、彼女はしがみついたままでした。 「ホルゲに場所を開けてやってくれ」 シャープは彼女を下水道のすこし下流に導きました。 「俺の考えは間違っていないと思うんだが」 と、シャープは続けました。 「あんた、楽しんでいるんじゃないか?」 「そうなの」 とセイラは答え、忍び笑いをしました。彼女はシャープの腰に両手を回したままで、シャープは思わず屈みこんで彼女の額にキスをしました。 セイラは伸び上がり、頬を彼の頬に押し付けました。 まったく、何だっていうんだ?と、シャープは思いました。 下水道の中だぜ。 何かがシャープとセイラの横に飛び込んでくる音がしました。 「ホルゲ、大丈夫か?」 「無事だ。すみません、ミス」 ホルゲは何か不適切なところを手探りしてしまったのでした。 ハーパーが続き、シャープはセイラの両手を腰に感じながら先頭に立ちました。 そして右手にもう一本の下水道が流れ込むところを通り過ぎ(そこでは流れ込む液体のしぶきが腿のあたりまで跳ね返りました)、そして流れが急になったことに気づきました。 幅が狭くなり、流れの中を足首にぶつかってくるものが何か考えないようにしながら、彼は少しずつ進みました。 足元は恐ろしく滑り、指の間に何かヌルヌルしたものが入り込みました。 彼は剣を支えにしながら前を探り、その先が急に落ち込んでいることに気づきました。 この先は何だろう。川か? 下のほうでしぶきが上がっている音が聞こえました。 汚水溜めか、他の下水道だろうか。どれくらい落ち込んでいるんだ? 「何?」 と、立ち止まったシャープにセイラが心配そうに尋ねました。 「トラブルだ」 彼は再び耳を澄ませ、他の音を探し、後方にも聞き入り、それが川なのかどうかを確認しようとしました。 下水道はモンデゴ川に注いでいると思われましたが、それはもっと遠いはずでした。 壁際にレンガの破片を見つけ、彼はそれを投げ込んでみました。やがて、水音が聞こえました。 「この下水は何かのプールに流れ込んでいる」 「何かのプール じゃなくて、小便とクソのプールですよ」 と、ハーパーが断言しました。 「ありがとう、軍曹」 「引き返さなくては」 ヴィセンテは提案しました。 「地下室に?」 セイラは尋ねました。 「まさか」 シャープは答え、ライフルの紐を探りながらコペンハーゲンの煙突を潜り抜けたときの恐怖を思い出していました。 何をやるにしても、あれよりはマシだ。 「パット、引き返してくれ。壁を探りながらだ。俺たちは後につく」 セイラはシャープの腰に手を当てて彼の後ろを進むことを選びました。 ハーパーは銃剣の柄を壁に沿わせ、その鈍い音が響きました。 シャープはこの下水道がどこかの地下室の脇を通っているのではないかと半ば希望していました。それを見つけることができなければ、地下室を通り過ぎて奥に進み、探すしかない。 長い夜だ、と彼は思いました。もしまだ夜なら、という話でしたが。 しばらく進むと、音が変わりました。ハーパーはもう一度そこをたたきました。何かが反響していました。 「探していたのはこれですかね?」 と、彼は尋ねました。 「壁を崩さなくちゃならないな」 と、シャープは言いました。 「ホルゲ、ハーパー軍曹の服を持ってやってくれ。ミス・フライ、あんたは俺のだ。汚水につけないでくれよ」 しばらく叩いたのち、目当ての場所を見つけました。下水道のカーブになった上のほうの、10フィートほどのところでした。 「誰かが上にいたら、びっくりするでしょうね」 と、ハーパーが言いました。 「私たちの上に崩れてきたら?」 セイラが尋ねました。 「つぶされるだけだ。だからもし神様を信じているんなら、祈ってくれ」 と、シャープは言いました。 「あなたは信じていないの?」 「俺が信じているのはベーカー・ライフルと、1796年型の騎兵用の剣だけだ。用意はいいか、パット」 「いいですよ」 と、ハーパーはライフルを構えました。 「じゃあ、こいつにぶちかましてやろうじゃないか」 そして彼らはぶちかましたのでした。
by richard_sharpe
| 2007-03-28 16:14
| Sharpe's Escape
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