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1810年、ブサコ作戦。
第2部コインブラ 第7章 - 1 「すばらしい。シャープ、全くすばらしい」 ロウフォード中佐は新しい本部の部屋の扉を次々と開けていました。 「家具がすこし成金趣味的な気がするが、しかしすばらしい。シャープ、ありがとう」 彼は飾り彫りの縁の鏡の前で、髪を撫で付けました。 「この邸にはコックがいるといっていたな?」 「そうです」 「それから厩と?」 「裏庭にあります」 「確認してこよう。案内してくれ」 どうやらロウフォードは、スリングスビーからシャープの無礼さについての新しい報告を受けていない様子でした。 「シャープ、きみはそのつもりになれば全く優秀な補給将校だと認めよう。きみが適任かもしれない。ミスター・キリーは病状がよくならないと医者が言っていたのだ」 「そのつもりはありません」 と、台所を通り抜けながらシャープはロウフォードに言いました。 「ポルトガル軍の募集に応じようかと考えています。だから誰か後任を探してください」 「何を考えているって?」 と、ロウフォードは衝撃を受けたようでした。 「ポルトガル軍です。英軍将校をまだ募集していますし、彼らは俺の行儀のことは気にしないと思うんです」 「シャープ!」 と、ロウフォードは言いかけてやめました。そこは厩のある裏庭で、ヴィセンテ大尉がセイラをなだめようと骨を折っていました。 セイラはフェレイラ夫人が唯一残していった喪服を着ていました。 その美しさに目を見張り、ロウフォードは帽子を脱いで彼女にお辞儀をしました。 彼女は中佐を無視してシャープに向き直りました。 「あの人たち、みんな持っていってしまったんです!」 「誰が?」 と、シャープは尋ねました。 「何を?」 「私のトランク!私の服!本!」 お金も消えてしまったのですが、セイラはそれには触れませんでした。そして今度は、彼女のトランクを馬車に載せた、厩番の少年に文句を言い始めました。そしてまたシャープを振り返りました。 「何もかもです!」 シャープはロウフォードを振り返りました。 「ミス・フライをご紹介させてください。こちらはロウフォード中佐です。われわれの指揮官です」 「イギリス人か!」 と、ロウフォードは嬉しそうに言いました。 「何もかも盗っていったのよ!」 セイラはまた少年に向き直り、怒鳴り始めました。 「ミス・フライはここの家庭教師です。そして、なぜか家族の出発のときにおいていかれたようです」 シャープはこの騒ぎに負けないように声を張り上げました。 「家庭教師か」 ロウフォードは彼女の身分を知り、急速に興味を失いました。 「早く街を立ち去る支度をしたほうがいい、ミス・フライ。一両日中にフランス軍がやってくる」 「私は何も持っていないんですよ!」 と、セイラは言い返しました。 「中佐、ライトニングのマッサージをしておきましょうか?」 と、ハーパーが尋ねました。 「こちらでやる。きみはスリングスビー大尉のところへもどったほうがいい」 「わかりました。すぐに。もちろん」 と言いながら、ハーパーは気をつけをしたままでした。 「全部よ!」 とセイラは喚き、コックがやってきて彼女を怒鳴りつけました。セイラは怒り狂っていました。 「中佐、許可を戴きたいのですが」 と、シャープはさらに声を張り上げました。 「フォレスト少佐が、テレピン油を塩漬け肉にかけるようにとおっしゃっていました。ハーパー軍曹が手伝ってくれると助かるのですが。彼は鼻が利くので」 「鼻が利くって・・・」 と言いかけてロウフォードはセイラとコックの言い争いに気を取られました。 「シャープ、きみのいいようにしたまえ。ところでミス・・・何といったか・・とにかく彼女を連れて行ってくれないか?」 「トランクを馬車から降ろしてくれるって約束したのに!」 彼女はロウフォードに怒りをぶつけ始めました。ロウフォードは指揮官だから、彼女に何かしてくれるべきだと考えたのです。 「大丈夫ですよ、何とかなります。シャープ、ミス・・・いや、このご婦人を連隊の女たちのところに連れて行ってやってくれ」 彼女が遺失物について喚いている限り、安息は得られないことにロウフォードは気づいたのでした。 荷物が運び込まれ、歩哨が置かれると、ロウフォードは振り返りました。 「シャープ、きみの問題はゆっくり考えよう」 「テレピン油ですか?」 「わかっていることを聞くな。ポルトガル軍の話だ。・・ああ、まったく!」 最後のことばは、セイラがついに泣き出したことについて発せられたものでした。 シャープは何とか彼女をなだめようとしました。 「ミス・フライ」 というシャープの言葉もセイラは無視しました。 「セイラ!」 シャープは彼女の肩に手を置きました。 「必ず全部取り返せるから!」 彼女は顔を上げて彼を見ましたが、何も言いませんでした。 「フェラグスには俺も用事がある。もし彼がこの町にいるのなら」 「います!」 「それじゃあ落ち着いてくれ、お嬢さん。そして俺に任せて」 「私はミス・フライです」 「じゃあミス・フライ、落ち着いて。俺たちがあんたのものは取り返すから」 ハーパーがぐるりと目を動かしました。 「大尉、テレピン油ですよ」 シャープはヴィセンテに尋ねました。 「テレピン油はどこに行けばあるかな?」 「さあ、どこかな。材木置き場は?木材に使わないだろうか」 「で、あんたはこれからどうする?」 「実家の様子を見てきていいと大佐がおっしゃった」 「じゃあ、一緒に行こう」 「テレピン油はないよ」 「テレピン油なんか。あんたの護衛をするよ、ホルゲ」 そしてシャープは振り返ってセイラを見ました。 「あんたをあとで兵隊のかみさんたちがいるところに連れて行く。彼女たちが面倒を見てくれるだろう」 「奥さんたち?将校の奥さんもいるの?」 セイラはその立場がちょっとうらやましかったのでした。彼女は家庭教師で、雇い人に過ぎませんでしたが、そういう立場の中では特権があるほうでした。 「私は敬意を持って接して欲しいんです、ミスター・シャープ」 「ずっと丘を下っていけば、将校の奥さんたちもいる。だが俺たちは、今はテレピン油を探しに行かなければならないんだ。身を守りたいなら、一緒に来たほうがいい」 「一緒に行きます」 と、セイラは答えました。この街のどこにフェラグスがいるかわからないことを思い出したのでした。 道すがら、ヴィセンテはコインブラ大学のことを語って聞かせ(オックスフォードほどに歴史があるということでした)、シャープはロウフォードやスリングスビーのことを考えていました。 ヴィセンテの実家は山の手にあり、鎧戸が下りていました。 ヴィセンテは敷石の下から鍵を取り出しました。 「泥棒がいちばん最初に探す場所だ」 と、シャープは注意しました。 家の中はかび臭く、しかし泥棒には入られていませんでした。 本やギリシャの哲学者の彫像、壺、絵などは箱に納められて地下室に隠されていました。そんなところに隠すとすぐに泥棒に見つかる、というシャープのアドバイスは聞き流され、地下室の鍵は床板の下に隠されました。 寝室の棚には毛布だけがしまわれ、ヴィセンテは自室から色あせたガウンを持って出てきました。 「これを着て講義に出たんだ。楽しかった」 そういうと彼はガウンを丁寧にたたみ、毛布と一緒に仕舞いました。 「あんたは今は軍人なんだ」 「フランス軍が出て行くまではね」 家を出ると彼は再び敷石の下に鍵を隠し、シャープとハーパー、セイラを大学に案内しました。 「学問は神聖だ」 と、ヴィセンテは言いました。 「大学は聖域なんだわ」 それまで黙っていたセイラが、自分に馴染みの世界に触れて、ようやく口を開きました。 「聖域?まさか!カエルどもがここで何をすると思う?」 と、シャープは笑いました。 「汚いことばを使わないでください!」 と、「カエルども」という言葉を何か他の意味と間違えたらしいセイラが抗議しました。 「フランス軍は食糧に関心があるだけだろう?ここに食糧はない。もっと高尚なものしか」 ヴィセンテは言い返しました。 「カエルどもはここに来る。そしてきれいなものを見つけるんだ。自分たちが手に入れることのないものを。そうしたら連中は何をする、パット?」 「大暴れですよ」 と、ハーパーは答えました。 「フランス軍はここを守るはずだ。彼らは名誉を重んじるし、敬うべきものを知っている」 「名誉を重んじる!俺はインドのセリンガパタンで、宮殿の警護についた将校たちを知っている。名誉を重んじる連中だ。ルビーやエメラルドや、金でできた虎や、ダイヤモンドや真珠や、とにかく見たこともないくらいのお宝があった。何が起こったと思う?」 「守られたと思いたい」 「将校たちはそこを空にしてしまったんだ。きれいさっぱりね。ウェリントン公もその一人だ。そこにはもう何もないのさ」 「ここはきっと守られる」 と、ヴィセンテは悲しそうに言いました。 大学を出て坂を下り、下町の通りに戻ると、時計が11時を打ちました。 「戻らないと」 というヴィセンテを、シャープは 「まず何か食ってからだ」 と引きとめ、彼らは酒場に入りました。 誰であれ軍服姿の人間を、街の人々は毛嫌いしていました。しかしそれでもしぶしぶと席を譲ってくれ、彼らはテーブルにつき、ヴィセンテがワインとパン、チーズ、それからオリーブを注文しました。 「心配しなくていい。あんたの上官には、ロウフォード中佐から言っておいてもらう。重要なミッションだったんだと。何が起きているか把握している上官がどれくらいいると思う?ウェリントンくらいしか、全てを見通している将校はいないさ」 「でも英軍は帰ってしまうんでしょう?」 と、セイラが尋ねました。 「戦争に勝つまでは帰らない。でもあんたに何をしてやればいい?国に帰るか?」 彼女は肩をすくめました。 「お金がないんです。ミスター・シャープ。お金も、着る物も」 「家族は?」 「両親は亡くなりました。叔父がいますが、迷惑がるでしょう」 「俺は孤児でよかったな」 「シャープ!」 と、ヴィセンテがたしなめました。 「大丈夫ですよ、ミス」 ハーパーが間に入りました。 「どうして?」 ミスター・シャープがいるからですよ、ミス。この人は、もう大丈夫だとわからせてくれますよ」 「で、なんでフェラグスはあんたを閉じ込めたんだ?」 と、シャープは尋ねました。 セイラは顔を赤らめ、テーブルに視線を落としました。 「彼は・・・」 と言いかけてことばに詰まったのがなぜか、シャープにはわかりました。 「しようとした?それとも、した?」 「しようとしたんです」 彼女は小さい声で言い、そして顔を上げました。 「私をモロッコに売ると言ったんです。たくさんのお金を払う人たちがいるからって・・・」 「あのクソ野郎には思い知らせてやるべきだな。すまん、ミス。汚い言葉だ。これからやるべきことは、奴を見つけて、金を取り戻すことだ。簡単じゃないか」 「ね、大丈夫でしょう」 と、何もかもが解決したようにハーパーが言いました。 彼らのその会話の間、ヴィセンテは隣に座った大柄な男と話しをしていました。彼は表情を曇らせ、そしてシャープのほうに向き直りました。 「この男はフランシスコといって、食糧が一杯の倉庫が街にあると言うんだ。鍵をかけられ、隠されている。そしてフランス軍に売る予定らしい」 シャープはフランシスコに目を向けました。 ドブネズミだな。街のネズミ野郎だ。 「フランシスコは何を要求している?」 「要求?」 ヴィセンテには質問の意味がわからなかったようでした。 「彼が何を望んでいるかだ、ホルゲ。なぜ俺たちに話した?」 「フランス軍に食料を渡したくないといっている」 「愛国者だってか?どうしてその食料のことを知っているんだ?」 「運ぶのを手伝ったそうだ。そして賃金を払ってもらえなかったと」 それならわかる、とシャープは思いました。フランシスコは愛国者かもしれないが、報復のほうが動機としては信用できる。 「で、どうして俺たちなんだ?街には兵隊がうようよしている。どうしてわざわざあんたに話した?」 「彼は私を見かけたことがあるそうだ。彼も私もこの街の育ちだから」 シャープはワインをすすり、鋭い視線でフランシスコを見つめました。 「誰が倉庫の持ち主だ?」 「マニュエル・ロペスという男だそうだが、私はその名前を聞いたことがない」 「フェラグスじゃなくて残念だ」 と、シャープは言いました。 「その倉庫はどこだ?」 「歩いて2分だ」 「その話が本当だとしたら、本部に報告しなければならないな。だが、まず確認したほうがいい」 シャープはハーパーにうなずきかけました。 「お前のおもちゃ、装填してあるか?」 「火薬がまだです」 「用意しておけ、パット。もしミスター・ロペスが好意的でなかったら、黙らせなくちゃならないかもしれん」 フランシスコはハーパーの7連発銃を見て気味が悪くなったようでした。 「弾がもっと欲しいですね。あと23発残っているだけです」 「ロウフォードからくすねてくるか。彼のピストルは0.5インチの弾丸を使う奴だが、あいつはぶっ放したことがないんだ。すまんな、ミス。彼は強力な武器が嫌いらしいんだな。なぜ持っているのか不思議だ。かみさんを脅すためかな」 そして彼はヴィセンテに目を向けました。 「用意はいいか?その食糧とやらを見つけて、あんたの上官に報告しようぜ。お手柄だ」 フランシスコはビクビクしながら彼らを案内していきました。 二つの扉がついた、黒い石造りの倉庫を彼は指差しました。 「あれです、セニョール」 「報告してきていいか?」 「戻ってきた時に何もなかったら、こいつが嘘をついていたら俺たちは馬鹿みたいじゃないか。まず中を見て、それからあんたの上官に報告し、ミス・フライを連れて行く」 「錠がかかっているぞ。撃つか?」 「騒ぎになるだけだ」 とシャープは言い、背嚢からピックロックを取り出しました。子供のときから必ず身につけている道具でした。 「それの使い方を知っているのか?」 と、ヴィセンテは顔をしかめました。 「俺は昔、泥棒だったんでね。それで食い扶持を稼いでた」 セイラの驚きを見て、シャープは付け加えました。 「ずっと将校で紳士だったわけじゃないんだ」 「でも今はそうよね?」 彼女は心配そうでした。 「もちろん、彼は確かに将校ですよ、ミス」 とハーパーが7連発銃を持ち直しながら言いました。彼は通りを見渡して警戒していましたが、こちらに注意を払っている人影はありませんでした。 鍵がかちりと鳴り、シャープは錠をはずしました。そして扉を開ける前に、彼は肩からライフルを降ろし、撃鉄を起こしました。 「フランシスコを捕まえておけ。中が空だったら、このバカヤロウを撃ち殺してやる。すまん、ミス」 フランシスコはもがきましたが、ハーパーがしっかりと捕まえていました。 シャープは扉を開き、闇の中に踏み込みました。最初のうちは何も見えませんでしたが、目が慣れてくるにつれ、天井まで積み上げられた箱や樽、袋が見えてきました。 「すごいぞ。見ろ!」 「食糧か?」 と、ヴィセンテが尋ねました。 「そういう匂いだな」 シャープはライフルを肩にかけなおして剣を抜き、袋に突き刺しました。穀物がこぼれでてきました。 「何トンもある!」 「何が問題なの?」 セイラは尋ねました。 「問題だろう!軍は食料がないと闘えない。今度の作戦は、カエルどもをおびき寄せてリスボンの手前で飢えさせることなんだ。これじゃあ、何週間ももつじゃないか!」 ハーパーはフランシスコから手を離し、彼が急に走り出したことに気づかないほど驚いていました。 倉庫の中には20フィート四方の区画に食糧が積み上げられ、その間を通り抜けられるようになっていました。 樽の中には英軍の焼印を捺されたものもありました。盗品でした。 ハーパーは3人の後を着いていきながら、急にフランシスコのことを思い出して振り返りました。通りの向こう側から6人の男が現れ、倉庫の入り口を塞ぎました。彼らはピストルを持っていました。 「トラブルです!」 ハーパーは怒鳴りました。 シャープは振り返り、そして6人の人影を見、やはりフランシスコが裏切り者だったことを思い知らされました。 トラブルが発生したのでした。
by richard_sharpe
| 2007-03-20 20:38
| Sharpe's Escape
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