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1810年、ブサコ作戦。
第1部 第4章 - 1 その朝の砲撃が始まると、コインブラ中の窓やガラス、シャンデリアが揺れ始めました。 フェラグスは、リスボンへ出発する支度をしていたフェレイラ家の人々を書斎に集めました。 義兄を恐れているベアトリス・フェレイラは十字を切りました。 「なぜここにとどまるのです?」 「あれが聞こえるだろう」 フェラグスは、規則正しく響き続ける雷鳴のような砲声を身振りで示しました。 「わが軍と英軍は戦闘を続けている。弟は戦闘が始まっても、敵軍を食い止められるといった。その通り、戦闘は始まった。だから弟が正しければ、フランス軍はやってこないということだ」 「神様、ありがとうございます」 ベアトリス・フェレイラはいい、召使たちも同様につぶやきました。 「でももし食い止められなかったら?」 と言ったのはセイラでした。生意気な英国女の言うことだから仕方がない、とフェラグスは思いました。 「もし止められなければ、じきにそのことはわかるだろう。わが軍はコインブラを通らなければ撤退できないからな。だが今のところはまだ動く必要はない」 彼はうなずき、その場はお開きになりました。 フェラグスは弟の家では居心地の悪さを感じていました。そこは快適すぎ、贅沢すぎました。彼のコインブラのねぐらには、ベッドと机と椅子くらいしかありませんでした。 しかし彼は弟と約束した以上は、家族の面倒を見なければなりませんでした。 片目でフェレイラ家を見守り、片目で戦況を見守りながら、彼は負け戦になったときのプランを立てていました。 ブサコが失われれば、一ヶ月のうちにリスボンも落ちるだろう。 英軍は海へ。そして国に帰るだろう。 フェラグスはフランス軍によって新しい世になり、ポルトガル全土が占領されるときのことを考えているのでした。 フェレイラは彼に、そのときのための準備として、シャープがだめにした数トンもの小麦粉を用意させていました。 侵略者の犠牲になるよりは、パートナーとなるほうがいいに決まっていました。 彼は裕福でしたが、フランス軍が来ればその幾分かは失われるだろうということを予想していました。 しかし身ぐるみ剥がれてリスボンに逃げるよりも、協力者としてとどまったほうがいい。それが常識だ。とどまって、自分のものは自分で守る。 ペドロ・フェレイラがキーでした。彼はフランス軍の中のポルトガル将校たちと、コネクションを持っていました。 フェラグスは彼を通して、フランス軍が欲しがるものを供給しようとしていました。食料です。 彼が所有する市内の倉庫には、何ヶ月も持ちこたえることのできるビスケットや干し肉など、そして油や布などが保管されていました。フェラグスが生き延びるための道具でした。 彼は書斎の扉を開き、ミス・フライを呼ぶように召使に向かって怒鳴りました。 「書けないのだ」 と、彼は彼女に説明しました。実際は書けることは書けそうでしたが、まだ右手はずきずきと痛んでいました。 「座って、手紙を書いてくれ」 セイラは机に向かい、便箋を引き寄せました。フェラグスは彼女のすぐ後ろに立ちました。 「どうぞ」 「弟への手紙だ。コインブラでは全てうまくいっているといってくれ」 ペンの軋る音が続きました。 「それから、名誉の件は失敗した。あの男は逃げたと」 「それだけですか、セニョール?」 「それだけだ」 フェラグスは低い声で答えました。 シャープの奴。あのライフルマンが小麦粉を、フランス軍への贈り物を台無しにした。そのことでフェレイラのフランス軍内での信用も台無しになったのだ。 「それから弟に、敵がブサコにとどまろうとそうでなかろうと、彼に判断を任せると伝えてくれ」 セイラは書き続けました。インクをつけなおそうと手を伸ばした時、セイラのうなじにフェラグスの指が触れました。 「セニョール、手が触っています」 「だから?」 「だから、やめてください!フェレイラ少佐の奥様をお呼びしましょうか?」 フェラグスはくすくす笑い、指を離しました。 「ペンをとって、続けてくれ。敵が食い止められることを祈っていると」 セイラは顔を赤らめ、狼狽してはいましたが書き続けました。 「しかし、敵がもし食い止められなければ、俺は前に話し合ったとおりのことを実行する。彼に守りを固めなければならないと伝えてくれ」 「何のための守りですか、セニョール?」 「彼には通じる。あんたはただ書いていればいい」 フェラグスは娘の怒りを感じていました。プライドの高い女だ、と彼は思いました。プライドが高く、貧しい。危険なことだ。 ほとんどの女は彼を恐れ、フェラグスはそれを見るのが好きでした。しかしミス・フライは挑戦的ですらありました。たぶん自分がイギリス人だから、安全だと思っているのだ。 その自信が恐怖に変わるのを見るのが、フェラグスは楽しみでした。 その白い肌を犯すとき、彼女は叫び声を上げて逆らうだろう。 しかしそう考えた時、彼の股間を激しい痛みが襲いました。シャープの蹴りの一撃から、まだ回復していないのでした。 あと1日2日だ。そうしたらミス・フライの英国的高慢さも終わりだ。 「書いたものを読んでくれ」 と、彼は命じました。 セイラは小声で読み上げ、フェラグスは満足し、封をさせました。フェラグスの封印は裸婦が描かれたもので、それを見たときのセイラの反応を、彼は楽しんでいました。 「行っていいぞ。ミゲルをよこしてくれ」 ミゲルは彼の腹心の一人で、フェレイラの手紙を彼に託すと、フェラグスはこの数日中に起こる事を考えるのでした。 多少の散財と流血があっても、うまくいけば一攫千金だ。そしてミス・フライ。彼女を打ちのめす。 シャープ大尉はその次だ。 幸運と、多少の知恵が必要なだけだ。 フランス軍の戦術はシンプルでした。 一列の部隊が尾根線で方向転換し、頂上に向かったのでした。英軍とポルトガル軍は、真っ向から対峙することになりました。 そしてウェリントンの歩兵隊は、二つのフランス軍にはさまれ、壊滅しようとしていました。 マッセーナの騎兵隊は追跡に入り、コインブラへと敵を追い詰めることになりそうでした。 ひとたびコインブラが落ちれば、リスボンも長くは持たないはずでした。 リスボンが落ちれば英軍は海上に退き、そしてポルトなどの主な港湾もやがて落ちる。ポルトガルはフランスに占領され、のこった英軍は捕虜になるか、カディスに逃れてスペインに合流するしかない。 どちらにしても、ひとたびフランスがポルトガルとスペインを押さえれば、皇帝の威光を持ってこの新しい土地にもフランス文明の光が射す。 ブサコの尾根に達すればいいだけのことでした。非常にことはシンプルでした。 そしてやや小さい2師団が、約4千ほどでしたがまだそこに控え、英軍を見つめていました。さらに多くがまだ背後にも待っていました。 守備するポルトガル軍を目指し、フランス軍は銃火を浴びせながら登って行きました。突撃隊は頂上を目指し、さらに銃弾を浴びせかけました。女子供が後方からさらに逃げ散り始めました。 ポルトガル軍はじりじりと後退し、一人の将校が戦列を保とうと試みていましたが、灰色の牡馬にまたがったフランス軍の将軍は、兵士たちに銃剣の装着を命じ、突撃が始まりました。 パニックに陥ったポルトガル兵たちは、フランス軍による砲撃で打ち破られました。後方の部隊が同胞を必死で援護していました。 「なんということだ」 フランス軍が尾根に姿を現したとき、ロウフォードはうめきました。負けた、と彼は思ったのでした。 敵軍はあたり一面を覆い尽くし、彼の連隊だけが取り残されていました。惨敗であり、彼自身の不名誉でもありました。 フランス軍の将軍が(コヴェント・ガーデンの娼婦みたいにけばけばしく飾り立てていたので、シャープは将軍だと思ったのですが)、帽子に剣をあて、勝利のしぐさをしました。 「冗談じゃない!」 と、ロウフォードは言いました。 「旋回です」 と、シャープは中佐のほうを見ず、彼に話しかけているとは思われないようにそっとつぶやきました。 「右旋回させてください」 ロウフォードは、まるで聞こえなかったかのようでした。彼は目の前の恐ろしい光景を見つめていました。ポルトガル兵たちが、刈り取られるようにして倒れていっていました。 フランス軍はいつもの3列横隊と違い、7列も8列もあるような大軍勢で、しかもそれぞれが銃撃できる構成をとっていました。 「攻撃隊を呼べ」 と、ロウフォードはフォレストに命じ、そして心配げな視線でシャープをちらりと見ました。シャープは無表情でした。 彼はアドバイスをし、あとはロウフォード次第でした。 ポルトガル軍は逃げ続け、しかし英軍に押し戻されて行き場を失っていました。 フランス軍はさらに偉業を求め、サウス・エセックスの左翼に攻撃をかけようとしていました。 「今です」 とシャープは言いました。もしかしたら、中佐には聞こえなかったかもしれない、と思いながら。 「サウス・エセックス!」 と、ロウフォードは銃声をも押しひしぐような声で叫びました。 「サウス・エセックス!旋回!」 一瞬、誰も動きませんでした。この命令は異例のもので、予想もしておらず、兵士たちは耳を疑いました。しかし将校たちがまず立ち直りました。 「旋回だ!ぐずぐずするな!」 2列横隊の連隊は旋回を始めました。後列だったものが今は前列になり、斜面を背にして次々と銃火を浴びせてくる敵軍を前にしていました。 「連隊、第9小隊を中心に右旋回!」 と、ロウフォードは怒鳴りました。 「進軍!」 これは連隊の能力テストのようなものでした。彼らは大きな扉のように、荒地の上を大きく回り始めました。死体や負傷した同胞たちを踏み越え、彼らは弾丸が飛んでくる中、列を乱さずに移動しなければならないのでした。 旋回を終えたとき、彼らは新手のフランス軍と向き合うことになりました。 こちらのフランス兵たちは危険を見て取り、あわててサウス・エセックスに向けて銃撃を始めましたが、その間にポルトガル軍が体勢を立て直し、背後に迫ってくるのでした。 「第9小隊中心に整列!」 ロウフォードは叫びました。 「その場で銃撃開始!」 それまで最左翼にいた第9小隊が今度は最右翼になりました。ジェームズ・フーパー大尉の下で小隊が隊列を整えるまでわずか数秒で、兵士たちは装填をはじめ、軽歩兵隊は第9小隊の傍らに走りこみ、旋回の隊形を整えるのでした。 「ミスター・スリングスビー、小隊を前へ!」 ロウフォードは叫びました。 「前だ!後ろじゃない!何をやっている!」 「第9小隊!撃て!」 フーパーが叫びました。 「第8小隊!撃て!」 続く部隊からも銃声が上がりました。 外縁に近い小隊は走り続けながらカートリッジを引っ張り出し、装填をしていました。 ロウフォードはその旋回する扉の後方にいて、隊旗が彼にしたがっていました。 将校たちを狙った突撃隊の銃弾が、彼をかすめました。 軽歩兵隊は斜面の下方、連隊の側面にいましたが、いきなりサウス・エセックスに出くわしてしまったフランス軍に向けて発砲を始めました。フランス軍の将校たちは隊列を3列に組みなおすようにどなり始め、白馬にまたがった将軍は最初の攻撃に失敗した後の態勢の立て直しを図り、後続の7連隊を持って英軍を突破するように命じました。 太鼓はさらに高く打ち鳴らされ、イーグルがいっそう高く掲げられました。 「サウス・エセックス!」 ロウフォードは鐙の上に立ち上がりました。 「中央から手前の小隊、撃て!」 フランス軍の前面で打ち破られたポルトガル軍が、再びサウス・エセックスに合流しました。 英軍も左翼を固め、さらに多くの連隊が尾根の南端から合流しようと向かってきていました。 しかしロウフォードは、自分の力で決着をつけようとしていました。 「撃て!」 と、彼は叫びました。 サウス・エセックスは旋回しているさなかに何人かを失っていましたが、まだ健在でした。そして訓練どおりに仕事をこなしていました。撃ち、再装填する。基礎的な能力でした。 「撃て!」 マスケットが兵士たちの肩に反動であたり、そしてまた何も考えず、新しいカートリッジを食い破る。歯が黒く染まり、繰り返し繰り返し、彼らは撃ち続けるのでした。 伍長たちが 「密集隊形!」 と叫ぶとき、それは誰かが死んだか、負傷したことを意味していました。 絶えることがないかのような銃声が続き、それはより大きく、やかましいものになりました。その中でフランス軍の銃声は遠ざかって行き、しかし煙が濃く漂っていて、兵士たちからはそれを見ることができませんでした。 彼らは皆、火薬のために喉が渇ききっていました。 「撃て!」 マスケットが火を噴き、煙の塊りが漂い、その背後に中佐の馬の蹄の音が聞こえてきました。 そしてさらに後方から楽隊の演奏が聞こえてきましたが、兵士たちは誰もそれに気づかず、ひたすら再装填と射撃を続け、事を終わらせようとしていました。 彼らは泥棒か人殺しか能無しかレイプ犯か呑んだくれでした。 誰も愛国心のために入隊したわけではなく、無論国王への敬愛の念など持ち合わせていませんでした。 呑んだくれているところを徴兵に引っかかったか、判事が刑務所か軍かと迫ったか、女に結婚をせがまれたか、あるいは女が結婚してくれなかったか、入隊すれば毎日3食食べられてラムが飲める、という誘いに引っかかったか、そういう理由からでした。 彼らは鞭で打たれたことなどない、紳士階級出身の将校たちに鞭打たれ、酒飲みのバカだと罵られ、ニワトリ一羽盗んだだけで絞首刑になりました。 故郷の英国では、営倉にいるときも人々は彼らを避けました。酒場の中には入れてくれない所もありました。何もかも失ったものとして哀れまれ、さらに日銭をギャンブルで失うのでした。 彼らはロクデナシで、猟犬のように粗暴で、卑劣で粗野でした。 しかし彼らには、二つのものがありました。 プライドを持っていました。 そして彼らはすばらしい一斉射撃の腕前を持っていました。 世界中のどんな軍隊よりも早い射撃ができる。 それが銃弾の嵐の中で、彼らを持ちこたえさせているのでした。 7師団ものフランス軍と向き合うことは死を意味していましたが、サウス・エセックスの兵士たちはカートリッジをかみ破り続けていました。 1師団対7師団。 しかしフランス軍はそれ以上踏み込もうとはせず、後方に固まろうとしており、ポルトガル軍と英軍はサウス・エセックスの隊列に加わりつつありました。 第88連隊コンノート・レンジャーズが北からやってきて、尾根に加わったフランス兵たちに襲撃をかけていました。 射撃練習のようでした。 彼らは赤いジャケットの殺し屋であり、彼らは優秀でした。 「何か見えるか、リチャード?」 ロウフォードは銃声の中で叫びました。 「奴らは持ちこたえないでしょう」 風向きが変わり、シャープからは中佐よりも視界がいいのでした。 「銃剣か?」 「まだです」 シャープにはフランス軍がさらに射撃を加えようとしているのが見えていました。 サウス・エセックスだけが毎分1500発の銃弾に向かって射撃を続けており、いちばん近い2師団のフランス軍に、さらに一つ加わろうとしているのでした。 煙がさらに厚く立ち込めました。 シャープはこれまでこんなにも攻撃に良く耐えている兵士たちは見たことがないと、驚きを覚えていました。 銃弾の雨の中にいて、まだ撤退しようともしない。兵士たちはポルトガル・英軍の銃撃にさらされ、バタバタと倒れていっていました。 火の消えたタバコを黄色い歯にくわえ、古びたコートに身を包んでナイトキャップをかぶった大男が、サウス・エセックスの後方に騎馬でやってきました。 従えた数人の衛兵たちだけが、彼が重要人物であるということを示していました。 彼はフランス兵たちが倒れ、サウス・エセックスが射撃を続けるのを見ていました。 「ロウフォード、お前の部隊にはウェールズ人がいるだろう」 ロウフォードはその声に驚いて振り返りました。 「将軍!」 「そうだろう?ウェールズ人がいないか?」 「いると思います」 「奴らは優秀だからな!」 と、ナイトキャップの男は言いました。 「イギリス人にはもったいない。ロウフォード、ウェールズ製の武器もあるだろう?」 「あると思います」 「そんなものは無いとわかっているくせに」 大男は言いました。 彼はサー・トーマス・ピクトンという名で、この尾根の指揮を取る将軍でした。 「ロウフォード、きみの指揮を見ていた」 と、彼は続けました。 「気でも狂ったかと思ったぞ!右旋回だと?戦闘の真っ只中で?頭をやられたな、と思った。しかしきみはよくやった。たいしたものだ。ウェールズ人の血が混じっているだろう。タバコはいるか?」 「いいえ、けっこうです」 「やりすぎるなよ」 ピクトンはうなずいて去っていきました。 ロウフォードは髪を撫で付け、そしてフランス軍を振り返りました。 彼らは撃破されようとしていました。
by richard_sharpe
| 2007-02-20 18:55
| Sharpe's Escape
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