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1811年、ブサコ作戦
第1部 第3章- 1 シャープはその夜、よく眠れませんでした。 夜が更けるにつれ冷え込みが厳しくなり、地面は硬く、身体中が痛みました。 身動きするたびにわき腹が突き刺すように痛み、ついに彼は眠りをあきらめ、起き上がったのでした。 彼は指であばらをさすりながら、考えているよりも傷がひどいものだったらどうしようかと思っていました。 右目は腫れ上がり、半分しか開いていませんでした。 「起きられましたか」 と、近くで声がしました。 「死んでるよ」 と、シャープは答えました。 「お茶を一杯、いかがですか?」 シャープの留守中にノウルズによって伍長に昇進したマシュー・ドッドでした。 「頼む、マシュー」 シャープは痛みをこらえながら、焚き火に使う枯れ枝を拾いました。ドッドは火をおこし、炎に息を吹きかけていました。 「火を起こしてよかったんですかね?」 ドッドが尋ねました。 「昨夜ならダメだ。でもこの霧だ。見えないさ。お茶で温まりたい。火を焚こう」 シャープは枝をくべ、火の粉がはじける音を聞いていました。ドッドはやかんに水を満たし、ポーチから一握りの茶葉をやかんに入れました。シャープも自分の茶葉を加え、そしてまた薪をくべました。 「くにを思い出しますよ」 「霧だからな」 「すぐ晴れますね」 「あと2時間半かな」 尾根のあちこちで焚き火が焚かれ、まだほとんどの兵士たちは眠っていました。シャープは歩哨を東の尾根の端に立てていましたが、もうしばらくは見回る必要はないはずでした。 「ハーパー軍曹が、あなたは階段を踏み外したと言っていましたが」 と、ドッドはシャープのゆがんだ顔に目を向けながら言いました。 「階段は危ないぞ、マシュー。暗いと滑る」 「セクストンはそれで死にましたからね。教会の塔に、鐘のロープを新しいのに代えるために登って、落ちたんです。誰かが押したんだという奴もいますが。女房は他の男といい仲だったんで」 「お前か、マシュー」 「ミスター・シャープ!やめてください!まさか」 お茶が沸き立ち、シャープはカップを手にしてドッドに礼を言うと、フランス軍に向かって尾根を横切りました。 歩哨に聞こえるように、わざと足音を立てながら、彼は歩いていました。 「誰だ?」 リード軍曹でした。 「シャープ大尉だ」 「合言葉は?」 「まあ、お茶でもどうだ、軍曹?俺を撃たないでくれるんなら一口」 リードはカタブツでしたが、合言葉のためにお茶をふいにするほどではありませんでした。 「合言葉は“ジェシカ” ですよ」 「中佐の奥さんの名前だな?ミスター・スリングスビーは俺に伝えるのを忘れたんだ。何か変わったことは?」 シャープはカップをリードに手渡しました。 「特に何も」 イリッフ少尉が歩哨の見回りにやってきて、シャープの顔を見て目を見張りました。 「おはよう、ミスター・イリッフ」 「おはようございます」 少年はすっかり怖気づいていました。 「順調か?」 「そう思います」 イリッフは薄明かりで見たシャープの顔を信じられないもののように思い、そして理由を聞いたものかどうか、悩んでいるようでした。 東の斜面は闇と霧に沈んでいました。 焚き火の灯りを頼りに、誰かが登ってくる足音がしてきました。 馬の蹄の音、赤ん坊の泣き声。 シャープはそれ以外の音を探していました。しかし静かでした。 「夜明けまでは来ないな」 「来るとお思いですか?」 と、リードはそわそわと尋ねました。 「脱走兵たちはそういっている」 「この霧の中を?本当ですかね?・・・大尉、本当に転んだんですか?」 「踏み外したんだ。足元が見えなかった。まだ1,2時間は眠れるぞ。銃剣はよく研いで置けよ」 「あの・・・」 と、イリッフが言いかけ、しかし言葉に詰まりました。 「本当に敵が来るかどうかわからない。だが、なまくら刀で敵に向かっていくなよ。サーベルを見せてみろ」 イリッフは騎兵用のサーベルを持っていました。 古い安物で、シャープはそのカーブした刃を親指でなぞりました。 「向こうにポルトガル竜騎兵の連隊がある。そこの鍛冶屋に行って、1シリングやって研いでもらって来い。これじゃあ、ネコも切れないぞ」 シャープはサーベルを返すと、自分の剣を半ば抜きました。それは重く、無反りの剣で、バランスの悪いものでしたが、力のある男の手にあれば役に立つ武器でした。 その刃はよく研がれていましたが、シャープはもっと鋭い刃を求めていました。金はうまく使うもんだ。と、シャープは思いました。 焚き火に戻り、もう一杯のお茶をカップに注いでいると、ルロイ少佐がやってきました。 「寒いな、シャープ。夏はどうしちまったんだろうな?それはお茶か?」 「アメリカ人はお茶を飲まないんだと思っていましたよ」 「国王に忠実なアメリカ人は飲むのさ」 と、ルロイはシャープからカップを取り上げ、一口飲んでひどい顔をしました。 「砂糖は入れないのか?」 「入れません」 「馬の小便みたいだ」 と彼は言いながら、しかし全部飲み干しました。 ハーパー軍曹が交替の歩哨を率いてやってきて、スリングスビーもウィンザー上の衛兵のようにすっきりした姿を現しました。 そしてハーパーにサーベルを向け、 「私が行くまで待っていろ、軍曹!」 と叫びました。 「俺が行くように指示した」 と、シャープは言いました。スリングスビーは振り返りました。 「おはよう、シャープ!目の周りがあざになっている。気分はどうだ?良くなってきたかい?」 「死にそうだ」 と、シャープは答えながら、連隊が隊列を組んでいる尾根の頂上を見上げました。敵の奇襲に備えているのでした。 シャープは軽歩兵隊の前に立っていました。約600人の、強壮な兵士たち。ほとんどが南エセックスの田舎から出てきた男たちでしたが、中にはロンドンやアイルランド出身のものもいて、ほとんどが泥棒や酔っ払いや人殺しや能無しで、しかし彼らは兵士として鍛え上げられました。 彼らは互いの弱点をよく知っており、仲間の冗談が好きで、この世に自分たち以上に優秀な連隊はないと思っていました。彼らは独立心が旺盛で、頑固で、誇り高く、自信満々でした。 右翼にはポルトガルの一個連隊がいて、9ポンド砲がすえられていました。 あれは役に立たない。と、シャープは思いましたが、尾根にすえられた9ポンド砲は、斜面の兵士たちには有効なことも、彼は知っていました。 彼らは待っていました。しかし、フランス軍は来る様子を見せませんでした。 愛馬ライトニングにまたがったロウフォード中佐が各小隊に声をかけながら進んできました。 「今日、われわれはよく戦い、さらに名声を高めようではないか。義務を果たせ。そしてフランス人に、彼らよりも優秀な兵士がいると思い知らせてやろう!」 彼はそれを繰り返しながら軽歩兵隊の前にやってきて、シャープに微笑みかけました。 「一緒に朝食をどうだ、シャープ?」 「お供します」 ロウフォードはフォレスト少佐を振り返りました。 「半分ずつに分けて休憩だ」 半数が隊列に残り、半数がお茶を飲んだり、何か食べたり、休んだりし始めましたが、隊列から遠くはなれることは許されませんでした。 中佐のテントの陰に隠れようとしたイリッフにシャープは声をかけました。イリッフは、吐いていました。 「鍛冶屋にこれを研いでもらってきてくれ。きっちり研ぐように言うんだぞ。ヒゲをそれるくらいだ。できるだけ早く戻って来い」 シャープは自分の分とイリッフの分、2シリングを渡しました。 ロバート・ノウルズが上半身裸になってヒゲをそっているのを見て、彼にかみそりを借りようかと一瞬考えましたが、まだ顔の傷がひりひりしているのでシャープはそれをあきらめ、丸一日は髭剃りは無理だな、と思いながらシャープはロウフォードのテントに入りました。 ロウフォードは白いテーブルクロスがかかった食卓の前に座っていました。 「ゆで卵だ。座ってくれ、シャープ。パンもそんなに固くないぞ。具合はどうだ?」 「ほとんど痛みません」 と、シャープは嘘を言いました。 「霧が晴れてきた。フランス軍は来ると思うか?」 「ホーガン少佐は確かだと思っておられるようです」 「それなら義務を果たさねば。連隊にはいい演習になりそうだな。本物の標的だ。コーヒーもうまいぞ。好きにやってくれ」 シャープ以外にはロウフォードの客はいないらしく、彼はコーヒーを注ぎ、卵とパンを取って、黙って食べました。 居心地が悪い思いでした。 彼はロウフォードと10年以上の長い付き合いでしたが、何も会話を思いつくことができないのでした。 たとえばホーガンやフォレスト少佐のような人々は、会話をとぎらせることなく続けることができましたが、シャープはそういうことが苦手でした。 中佐は沈黙を気にしていない様子で、4週間遅れの ザ・タイムズ を読んでいました。 「トム・ダイトンが死んだ。いい老人だったが。読みたいか、シャープ」 「できれば」 「持って行っていいぞ」 シャープは読むつもりはありませんでしたが、何かの役に立つかもしれないと思って新聞を受け取りました。 「それでは、きみはフランス軍が来ると思うのだな?」 ロウフォードはほかのことを考えているように気のない声で尋ねました。 シャープはロウフォードが落ち着かないようすなのには気づいていましたが、その理由に思い当たりませんでした。 「われわれは彼らがくると仮定しなければならないと考えます」 「全くそのとおりだ。最悪に備える。そして最善を期待する。連中が自滅しにやってくると考えよう。ウェリントンとマッセーナが城取りごっこをするわけだ。そんなに大変な一日にはならないだろうな」 ロウフォードは戦いの前で緊張しているのだろうか? それは似つかわしくはありませんでした。彼は十分に戦争の経験を積んでいました。とりあえずシャープは何か言わなければなりませんでした。 「カエルどもはやってくるでしょうが、たいしたことにはならないでしょう。斜面で進軍が遅くなるはずです」 「そうだ、そのとおりだ、シャープ」 ロウフォードはかすかな微笑を見せました。 「坂道で連中は遅れるだろうし、こちらは高いところから攻撃ができる」 「われわれの勝利です。ポルトガル軍も優秀です」 「ああ、そうだった、ポルトガル軍のことを忘れていた。いい連中だ。卵をもう一つどうだ?最後の一個だ」 「もう十分です」 「そうか、親切だな。私はゆで卵に目がないんだ。父もそうだった。彼が天国に行ったとき、天使がきっと両手にゆで卵を持って迎えてくれたと思うんだ」 ロウフォードはゆで卵の殻を割り、塩を振るとスプーンですくいました。 「それで考えていたんだが、シャープ」 ロウフォードはためらいがちに切り出しました。 「今日の戦いにあまり心配は要らないとしたら、連隊の経験の幅を広げることをしてみたいと思うのだ。言っていることはわかるか?」 「いつもフランス軍は、われわれの経験の幅を広げてくれます」 と、シャープは答えました。 「そうではなく、実戦上の経験だ。それで私はこう決めた」 ロウフォードはシャープから目を逸らしました。 「コーネリアスに今日の軽歩兵隊の指揮を取らせたい。彼の経験の幅を広げたいのだ。彼がどうやるか見たくはないか?いい経験になると思うのだが」 シャープは何も言いませんでした。抗議したいと思いましたが、どうしようもありませんでした。 中佐は卵の殻の底を、スプーンでつつきました。 「それでシャープ」 と、ロウフォードは最悪の瞬間が終わったことを感じ取り、微笑みかけました。 「きみは少し休んだほうがいい。怪我がひどいんじゃないか?そんなふうに見えるぞ。だからコーネリアスに任せて、きみは彼の馬を使え。そして私の目になってくれ。アドバイスをしてくれ」 「私のアドバイスは」 と、シャープはとうとう口にしました。 「最高の将校を軽歩兵隊の指揮官とすることです」 「そうしたら、コーネリアスの可能性がわからないままになってしまう。彼に任せろ、シャープ。きみは既にきみの真価を証明済みじゃないか」 ロウフォードはシャープの答えを待っていましたが、シャープは何も言いませんでした。 彼は自分の世界からまっさかさまに落ちてしまったような気持ちがしていました。 そして、谷から砲声が聞こえてきました。 砲弾が霧を引き裂くような音をたて、尾根の上の日光に照らされている部分で破裂し、あたりを黒く染めました。 「時間だ、シャープ」 ロウフォードはいい、ナプキンを払い落としました。 フランス軍の進軍が始まったのでした。 ロウフォード、じれったい。
by richard_sharpe
| 2007-01-31 18:51
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