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1811年、ブサコ作戦。
第1部 第2章―1 ロバート・ノウルズとリチャード・シャープはブサコの尾根に立ち、ポルトガル軍が大きく谷一杯に展開しているのを眺めていました。 英軍とポルトガル軍は北から南に走るこの谷間を占拠し、フランス軍が侵攻してくるであろう街道を封鎖していました。 2本の道がジグザグに荒地の斜面を登り、眼下の谷間の流れの向こう側には、小さな村がありました。 英軍とポルトガル軍からは敵の陣形を鳥瞰することができました。そして兵士たちからは、一部の将校たちが彼らを見下ろしているのをさらに見上げることができました。 フランス軍からは見えないところに大砲が配備され、10マイルあまり続く尾根は自然の要害となり、ウェリントンはフランス軍をおし包むように陣を取っていました。 「すごい景色です。全軍集結だ!絵の道具を持って来ればよかった。いいのが描けただろうな」 「いい絵を描くんなら、連中がこの丘に登ってきて、虐殺が始まってからだ」 と、シャープは言いました。 「連中は来ないと思いますか?」 「イカレているからな。来るかもしれん」 そしてシャープは、ノウルズに向き直りました。 「参謀本部副官って、どうだ?」 ノウルズは会話が危険な方向に向いているのを感じてためらいました。彼は参謀本部副官になる前は、シャープの隊の中尉でした。そして彼は、この元上官が好きでした。 「そんなに大変じゃないです」 「大尉の仕事はたくさんあるだろう。なぜあんたはそっちに?」 「中佐は私にいろいろ経験を積むようにと」 「そういうわけじゃないさ、ロバート。中佐はスリングスビーを大尉にしたがっている。それが理由だ」 中佐は多くを語りませんでしたが、シャープにとって、それが説得力のある理由でした。 「だからあんたを脇にどけたんだ」 シャープは言い終え、そして言い過ぎたことに気づきました。 ノウルズはハエをぴしゃりと叩きました。 「中佐はあなたに好意を持っていますよ」 「俺に?好意を?スリングスビーにポジションを譲れば、だろう」 「スリングスビーは経験豊かです。リチャード、彼は私より経験があります」 「だがあんたはいい将校だが、あいつはウスノロだ。何だっていったい、ヤツはここにいるんだ?」 「彼は中佐の義弟なんですよ」 というのが、ノウルズの説明でした。 「知っている。しかし何者なんだ?」 「ロウフォード夫人の妹と結婚した男です」 「ロウフォードが義弟に望むような男だとは、俺には思えないんだ」 「縁戚まで選べるものではありませんからね。それに彼は紳士ですよ。それから、彼は第55連隊を喜んで出たに違いないです。黄熱病でずいぶん死にましたから」 ノウルズはフランス軍の歩兵部隊を見下ろしていました。 「で、どうして彼は年がいってから入隊したんだ?」 と、シャープは尋ねました。 スリングスビーが大尉になるとしたら27歳の時には中尉でなければならず、その年齢には少佐になっているものも少なくありませんでした。 将校というのは、ミスター・イリッフのように二十歳前に入隊するのがほとんどで、遅くに入隊するのは異例のことでした。 「つまり・・・」 と言いかけ、ノウルズはフランス軍の侵攻のほうに話題をそらそうとしました。 「つまり、なんだ?」 と、シャープはさえぎりました。 「いいえ。言い過ぎました」 「まだ何も言っていないじゃないか。ロバート、切れないナイフで喉を掻き切ってやろうか?」 ノウルズは微笑しました。 「誰にも言わないでくださいよ、リチャード。ロウフォード夫人の妹はトラブルを起こしたんです。結婚していないのに妊娠していることに気づいた。相手はロクデナシです」 「俺じゃないぜ」 と、シャープはすばやく口を挟みました。 「そりゃそうです」 とノウルズはいい、そしてしばらく言葉を捜しているようでした。 シャープはにやりと笑いました。 「つまりスリングスビーは彼女の名誉のためにリクルートされたってわけだな?」 「そのとおり。彼の父親はエセックスの海岸地方のどこかの牧師で、裕福ではなかったらしいです。それで、ロウフォード家の人たちがスリングスビーを第55連隊に入れて、空きができたらすぐにサウス・エセックスに配属すると約束したんです。第3小隊のハロルドが死んだので、そうなったわけです」 「てことは」 と、シャープはフランス軍の砲兵隊が流れに沿って移動しているのを見下ろしながら言いました。 「スリングスビーは股をすぐに開きたがる金持ち女の亭主におさまったことで、とんとん拍子に昇進したわけだ」 「そこまでは言っていませんよ」 と、ノウルズは言いましたが、ちょっと考えて言葉を継ぎました。 「まあ、そうです。そう言えますね。ただ、中佐は彼によくしてやりたいと思っています。スリングスビーは一家に貸しを作って、それを一つずつ返そうとしているんですよ」 「俺の仕事を取り上げることで、だな」 と、シャープは言いました。 「馬鹿なことを言わないでください、リチャード」 「ほかに何がある?奴らはあんたを配置換えして、ヤツに馬を与え、フランス軍が俺を殺すのを神に祈っているんだ」 シャープが言葉をとぎらせたのは言いすぎたためでもありましたが、それだけでなくパトリック・ハーパーがこちらにやってくるのが見えたからでもありました。 この大柄な軍曹は、ノウルズに会釈をしました。 「あなたがいなくて寂しいですよ、ほんとに」 「私もだよ、軍曹」 と、ノウルズは本当に嬉しそうに答えました。 「元気かい?」 「かろうじて息をしていますよ。連中、殺されにまっすぐやってくる気ですかね?」 と、ハーパーはフランス軍を振り返りながら言いました。 「こっちを見たら、ほかにもっといい道を探し始めるさ」 シャープは言いました。 フランス軍は特に変わった動きも見せず、望遠鏡でこちらを覗い、英軍将校の様子を眺めているようではありましたが、特に指令を出してはいませんでした。 いずれにしてもポルトガルを手に入れ、ヨーロッパ大陸全体を皇帝の手中に納めることを確信しているのでした。 スリングスビーは非のうちどころのない、ぴかぴかの軍服姿でこちらに向かっていました。シャープはいたたまれず、その場を離れ、南に向かって歩き始めました。 薪のためか、シェルターを作るためか、フランス軍が木を切っているのが見えました。 丘の間を縫って、いくつかの流れがモンデゴ川に合流していました。川岸には砲兵隊や騎馬隊、そして騎乗の将校たちがいて、馬に水を飼っていました。 フランス軍は二手に分かれて攻撃をかけようとしている様子でした。 そして、既にある部隊は斜面を登りつつありました。将校たちも、馬を尾根に向かって進めつつありました。 しかし砲撃にはまだ遠すぎ、やがて将校たちが尾根に達した時、一発の砲弾が発射されました。 単調で、しかし硬い音が響き、尾根の木々から何千もの鳥たちが飛び立ちました。煙が風に乗り、火薬の臭いが流れ、砲弾はフランス騎兵たちの数歩向こう側に落ち、爆発しました。 一頭だけパニックになりましたが、他のものたちは落ち着き払って望遠鏡を取り出し、頭上の敵を観察していました。 さらに2発の砲撃があり、爆発音が東の丘に反響しました。榴弾砲が頭上で炸裂し、今度は一頭が倒れ、血しぶきがヘザーの繁みに飛び散りました。 シャープは望遠鏡越しに、馬を降りた将校がピストルを抜き、止めを刺してやるのを見ていました。そして将校は鞍をはずすと東に向かって歩き去りました。 さらに騎馬と徒歩のフランス兵たちが向かってきていました。 大砲が狙う方角に向けて、狂気ともいえる行進をしていました。 砲撃が続きました。 だんだんと、砲兵たちの調整も確かなものになってきていました。 火薬が多すぎた何発かが、川の向こう側に落ち、導火線が長すぎたものは、着弾してから爆発するまでの間にフランス兵が避難したりできるのです。 煙の規模は驚くほど小さいものでしたが、シャープからは砲弾が炸裂したあたりで何が起きているのか見えませんでした。 フランス軍は、もはや進撃をしてきませんでした。彼らは横に大きく展開し、砲撃の損害を少なくしようとしていました。 兵士たちは尾根を見上げ、攻撃のしやすいところを探っていました。騎馬の斥候が斜面の裾のほうを走り抜けました。 陽射しが彼らのヘルメットや剣の鞘、馬具にきらきらと反射していました。 こうやって、いつもフランス軍は敵をなぶるのだ。と、シャープは思いました。 歩兵のすぐそばに砲弾が落ちましたが、シャープからは倒れたものは一人もいないように思われました。 かなり時間が過ぎたと思われたとき、茶色いジャケットのポルトガル軍が姿を現しました。そして、突撃体勢をとって敵に向かいました。 彼らは突撃隊がどのように戦うのか、お手本を示そうとしているようでした。 兵士たちは普通、肩と肩を寄せ合うようにしてひしめき合いながら進軍するのですが、シャープたちのような突撃隊は先頭に立ち、敵と自軍との間の戦場で相手の突撃兵を一人ずつターゲットにして倒していくのです。 そしてその後で両軍が激突するのですが、その時には敵軍の将校たちを倒しているはずでした。 突撃隊の兵士たちは散開して戦い、敵にできるだけ近づきます。そして砲兵を狙い、味方の歩兵が戦いやすいようにします。 彼らは二人ずつがペアになり、仲間が装填している間に自分が射撃をする、ということを繰り返します。 フランス軍は、ポルトガル軍が近づくのを観察していました。 しかし反応を見せませんでした。 ただ、騎兵たちが反応しました。散らばった突撃隊の兵士たちは、彼らの刃の格好の餌になるのです。 右側から、彼らは襲いかかりました。竜騎兵と軽騎兵が半々の構成で、騎兵たちはそれぞれサーベルを抜き、なすすべもない兵士たちを刈り取るように切り払っていくのです。 ポルトガル兵たちはマスケットとライフルで武装していましたが、装填中に襲われたら終わりでした。 騎兵たちは大きくカーブを描いて走り抜け、仕事に取り掛かりました。 ライフルの銃声が聞こえ、一頭が倒れました。 さらにもう2発。 騎兵たちは、尾根にいる敵に気づきました。そして向きを変え、斜面の下へと去っていきました。馬を倒された軽騎兵は死に掛かっている馬を放置したまま、味方を追って駆け出しました。 何とか切り抜けたポルトガル兵たちは、小さな勝利に歓声を上げていました。 「やあ、リチャード。落ち込んでいるようだな」 シャープの背後でホーガン少佐の楽しそうな声が聞こえました。そしてホーガンは、シャープの望遠鏡のほうに手を伸ばしました。 ホーガンは望遠鏡をのぞきながら、 「ムッシュー・マッセーナには6万の軍勢があるとわれわれは睨んでいるんだ。大砲は100」 「で、こちらは?」 と、シャープは尋ねました。 「5万と60だ」 ホーガンは望遠鏡をシャープに返しました。 「それで、こちらの半分はポルトガル兵だ」 その口調に、何か気になるものをシャープは感じました。 「何か悪いことでも?」 「そのうちわかるんじゃないかな。でもわれわれにはこれがあるからな」 ホーガンが言うのは防衛線の尾根のことでした。 「連中はやる気十分のようですが」 と、シャープはポルトガル兵のほうにうなずきました。 「急ごしらえの連中が熱心すぎると、すぐにやられる」 と、ホーガンは言いました。 「どうでしょうかね。カエルどもはここまでは来ないんじゃないですか?そこまでイカレてはいないでしょう」 「私もここを攻撃する側にはなりたくないね。ただ見ていて、矛先を変えるかもしれない」 「スペインへ戻ると?」 「いや、まさか。他の道を見つけるだろうよ。ポルトガル人なんか、歯牙にもかけていないからな。さて、今夜夕食を一緒にどうだね?」 と、ホーガンは微笑しました。 「今夜ですか?」 シャープはいきなりの質問に驚きました。 「ロウフォード中佐と話をしたんだが」 と、ホーガンは続けました。 「フランス軍がうるさくなるまでは、きみを貸してくれるそうだ。6時だよ、リチャード。修道院だ。場所はわかるか?」 「いいえ」 ホーガンは尾根を指差しました。 「城壁までまっすぐ北に向かって、通路を抜けて丘の木の間を下り、道にぶつかったらそれを塔が見えるまで歩くんだ。3人で食事だ」 「3人?」 シャープは警戒の色を浮かべました。 「きみと、私と、フェレイラ少佐だ」 「フェレイラ!」 と、シャープは叫びました。 「なんであんな裏切り者のクソ野郎と飯を食わなきゃならないんです?」 ホーガンはため息をつきました。 「きみのせいなんだよ、リチャード。2トンの小麦粉がただの賄賂だったかもしれない。だが、それが情報を得るためのものだったとしたら?」 「そうだったんですか?」 「フェレイラはそう言っていた。私が彼を信じるかということかね?さあ、どうだか。ただ、リチャード、なんにせよ、彼は事件を残念に思っているし、揉め事にしたくないようだ。夕食の件も、彼のアイデアだ。この件に関しては、彼は紳士的だと言わないわけにはいかないね」 ホーガンはシャープの気まずそうな顔を眺めていました。 「リチャード、実際、同盟者との間に恨みを残したくないだろう?」 「ないですね」 「6時だぞ、リチャード」 と、ホーガンは念を押しました。 「それで、楽しんでいるということをはっきり表明しなさい」 アイルランド人は微笑し、そして参謀たちのいる尾根に戻っていきました。 シャープは夕食をすっぽかすいい口実はないかと探していました。 ホーガンと一緒なのがイヤなのではなく、ポルトガル少佐に対して、彼はいやな感じがしていました。 季節はずれの暑さの中で彼は座り込み、風がヘザーの枝を揺らすのを見ていました。 その下には6万の最強の軍勢が、ブサコ防衛線に攻撃をかけようとしているのでした。
by richard_sharpe
| 2007-01-03 17:41
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