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1811年、ブサコ作戦。
第1部 第1章- 1 リチャード・シャープ大尉はご機嫌斜めでした。 彼は今、ハーパー軍曹が何か言ったらケンカを売ろうと待ち構えていました。 そして、ハーパー軍曹はそういう危ない橋を渡るのが大好きでした。 「大尉のユニフォーム、うまく修繕できましたね」 シャープは今のところハーパーを無視していました。 1810年9月、シャープはポルトガルの丘陵地の斜面を登っていました。夏の名残の暑さでした。 「なかなかしゃれたステッチじゃないですか」 とハーパーはさりげなく続けました。 「自分で縫ったんじゃないですよねえ。女の人の手だな。違いますか?」 シャープはまだ何も言いませんでした。 長い剣が、丘を登る一足ごとに足に触りました。将校には不似合いなこの剣と銃を、シャープはいつも持ち歩いていました。 「やっぱりリスボンで誰かに会ったんですよねえ?」 ハーパーはまだ続けていました。シャープも、まだ聞こえないフリをしていました。 シャープのジャケットは、ハーパーと同じようにグリーンでした。彼らはライフルマンでした。 ベーカー・ライフルを手にし、ダークグリーンのジャケットを着たエリートたち。 シャープは今ではサウス・エセックス軽歩兵隊の指揮を取っていましたが、赤いジャケットの兵士たちの中に、やはり彼と同じようなグリーンのジャケットのライフル隊員たちが何人か混ざってました。 「で、カノジョは誰なんです?」 と、ついにハーパーは尋ねました。 「ハーパー軍曹」 シャープもまた、ついに口を開きました。 「それ以上何か言って、危ないことになってもいいんならそれでもいいぞ」 「はい、大尉」 ハーパーは答え、かすかに笑いました。 彼はウルスター出身のカトリック教徒で、まさか英国人の異教徒の、しかも将校と友達になるとは思ってもみませんでした。 しかし実際、彼はシャープが好きでしたし、シャープも彼のことが好きであるということを、彼は知っていました。 そこでハーパーは口笛を吹き始めました。 「戦争が終わったら」という歌の、ある朝、霧の中で金髪の美人が・・・というくだりで、ついにシャープは笑い出しました。 「ジョセフィーナだよ」 「ミス・ジョセフィーナですか!彼女は元気ですか?」 「とてもね」 「そりゃよかった。で、一緒にお茶でも召し上がったわけですね?」 「お茶は飲んだな。軍曹、そのとおりだ」 「もちろんそうでしょうとも」 そしてハーパーは、しばらく無言で歩いていましたが、もう一度挑戦してみることにしたようでした。 「それで、俺はあなたがミス・テレサにぞっこんだと思っていたんですが」 「ミス・テレサ?」 シャープは、まるでその名前など聞いたことがないとでも言うような口ぶりで答えました。しかしこの数週間、彼は国境でパルティザンたちと一緒に去っていった、猛禽類のように美しい娘のことを、片時も忘れたことはなかったのでした。 「テレサが好きだよ」 と、シャープは弁解するように言いました。 「でも次にいつ会えるか。会えないかもしれないんだ!」 「でも逢いたいんですよね?」 「当たり前だ!だからなんだ?お前だって好きな娘がいても、次に会えるまで聖人みたいに待ってたりなんかしないだろう?」 「全くそのとおりです」 と、ハーパーは認めました。 「でもどうしてあなたが俺たちのところに戻ってきたがらなかったのかわかりましたよ。ミス・ジョセフィーナが縫い物をしている間、あなたはお茶を飲んでいたわけですし。お二人にとって楽しい時間だったでしょうねえ」 「戻りたくなんかなかったさ」 と、シャープは吐き捨てるように言いました。 「1ヶ月休暇をくれるはずだったんだ!1ヶ月だぞ!それがたった1週間だ!」 ハーパーはあまり同情していませんでした。 敵地からの黄金の奪還の報酬に、1ヶ月の休暇が約束されていたのはシャープだけで、他の隊員たちはそうではありませんでした。 しかし一方で、ハーパーにはシャープの不機嫌が理解できました。もちろん、ジョセフィーナの暖かいベッドは去りがたかったのです。 シャープは不機嫌なまま、道の脇に立ち止まって兵士たちか近づいてくるのを待っていました。 スリングスビー中尉の姿が目にとまりました。 彼もまた、シャープの不機嫌の原因でした。 くそったれのコーネリアス・スリングスビー中尉。 シャープのそばまで来ると兵士たちは道の傍らに座り込みました。 彼らは英国からついたばかりで、色のあせていない、鮮やかな赤いジャケットを着ていました。 古参の兵士たちのジャケットは日にさらされて色あせ、ところどころ茶色い布でツギをあてているものもあり、兵士というよりはトランプのような一隊でした。 「シャープ、新しいユニフォームが必要だ。そうすればもっと兵士らしくなる。申請しなければ」 と、スリングスビーは言ったものでした。 馬鹿なヤツだ。と、シャープは思いました。 新しいユニフォームも、冬までには色あせ、古参の兵士たちが好んで着る古いジャケットと同じようにこなれてくる。そして背嚢も、いつの間にかフランス兵のものに取って代わる。フランス製の背嚢のほうが、痛くないから。 シャープは兵士たちのほうに戻り、新兵たちに水筒を見せるように言いました。思ったとおり、全員の水筒が空でした。 「お前たちはバカばかりだ。1日分の定量だったんだぞ!1回に1滴だけ飲め!リード軍曹!連中に水をやるんじゃないぞ」 「わかりました。ご命令どおりに」 新兵たちは午後いっぱい、渇きに苦しめられることになるはずでした。しかしそのために、2度と同じことをせずにすむのです。 シャープはスリングスビー中尉が率いる後衛に歩いていきました。 「落伍者が出ないように、シャープ。私とミスター・イッフルがみんなをうまくなだめる」 スリングスビーは熱心な口調で言いましたが、シャープは何も言いませんでした。 コーネリアス・スリングスビーを知って1週間でしたが、その間に、シャープは彼を殺したいほどに嫌うようになっていました。 憎む理由はないのですが、スリングスビーの何もかもがシャープの気に障りました。 シャベルみたいに扁平な後頭部も、飛び出た両目も、黒いひげも血管の浮き出た鼻も、笑い声も。 シャープがリスボンから戻った時に、いつも頼りにしていたロバート・ノウルズの代わりにスリングスビーが中尉として配属されていたのでした。 「コーネリアスは身内なんだ」 と、陸軍中佐ウィリアム・ロウフォード卿が言いました。 「いいやつだ。きみの気に入るだろう。彼は軍に入るのが遅かったので、まだ中尉なんだ。形式的には大尉だが、実際は中尉だ」 「俺はずいぶん早くに入隊しましたが」 と、シャープは言いました。 「まだ中尉です。形式的には大尉ですが、まだ実際には中尉ですよ」 「ああ、シャープ。私以上にきみのことを理解しているものはいないよ。もし大尉の空席があれば・・・」 シャープにはわかっていました。彼が一兵卒から中尉に昇進したこと自体が奇跡でした。 ここから先は、大尉の空席ができるか、あるいはロウフォードの強力な引きが必要なのでした。 「きみはその価値のある男だ。しかしコーネリアスにも希望を持ちたい。彼はもう30過ぎだ。中尉にはちょっと年が行き過ぎているし、仕事熱心だ。経験も豊かだ」 それが厄介なんだ。と、シャープは思いました。 サウス・エセックスに配属される前は、スリングスビーは西インド諸島の配属で、上官たちが黄熱病で倒れていくうちに非公式ながら大尉になったのでした。 彼は兵士たちの管理の経験はありましたが、戦闘経験はありませんでした。 「私としては、彼をきみの保護下に起きたいのだ。引き立ててやってくれないか、シャープ」 墓場まで引き立てていってやる。と、シャープは苦々しく思いました。しかし彼はそれを押し殺し、今もスリングスビーが指差しているテレグラフ・ステーションに目を向けていました。 「ブルーのユニフォームの10人あまりがあそこに登っていくのを、私とミスター・イッフルは見ていたんだ。登ったほうがいいか、登らないほうがいいか」 シャープが見たところ、テレグラフ・ステーションは無人のようでした。 普段は数人の兵士たちと、テレグラフ担当の海尉候補生が駐在しているのですが、フランス軍がテレグラフの通信網を分断し、英軍が撤退して以降、このステーションだけが破壊されずに残っていたのでした。 カエルどもに、使えるものを残していくな。 そしてそのためにシャープたちは派遣され、ここを焼き払うことになっていました。 「フランス兵じゃないか?」 スリングスビーは熱心に尋ねました。 「カエルだろうと、気にすることはない。連中よりこっちのほうが多い。ミスター・イッフルを先にやって、撃ち殺させようか」 イッフルは驚いたようにシャープを見ました。 彼は17歳でしたがまだ14歳ほどにしか見えず、父親がこの少年をどう扱ってよいかわからずに陸軍に入れたのでした。 「水筒を見せてみろ」 「カラです」 イッフルは怖れをなしたように答えました。 「カラの水筒を持っていろと、俺が言ったか?そんな馬鹿な将校はいないはずだぞ。馬鹿だとしたら、それは将校じゃない」 「全くそのとおりだ」 と、スリングスビーが割って入りました。彼はいつも笑うときに鼻を鳴らし、シャープはいつもその喉を掻き切りたくなるのでした。 「水を無駄にするな」 シャープは水筒をイッフルに返しました。 「ハーパー軍曹!出発だ!」 30分ほどで丘の頂上に着き、そこには聖母マリアの像が刻まれた寺院が残っていました。 テレグラフの塔はその東の破風の梁を支えにして建っていました。 今は置き去りにされていましたが、信号用のロープが残っており、そこに白い布がはためいているのがシャープには不思議に思われました。 10人あまりの一般市民が、寺院の扉の前におり、その中にポルトガル人の将校の姿がありました。制服が色あせ、フランス軍のものに近いブルーになっていました。 「私はフェレイラ少佐だ。きみは?」 彼の英語のアクセントは完璧でした。 「シャープ大尉です」 「スリングスビー大尉です」 と、スリングスビー中尉がシャープの脇にすかさず立ちました。 「俺がここの指揮を取っています」 と、シャープは続けました。 「きみの目的は何だね。大尉?」 フェレイラは背の高い、浅黒い肌の男で、手入れのいい口髭で、身だしなみが良く、特権階級の出身のようでした。 ただ、今はどことなく居心地悪そうに見えました。 「テレグラフを燃やすのが目的です」 フェレイラは丘の頂上を目指している兵士たちにちらりと視線を向けました。そして不意に微笑みました。 「それは私がやろう。大尉、喜んでやって差し上げる」 「お言葉ですが、命令を受けていますので」 と、シャープは答えました。 フェレイラは奇妙な視線をシャープに向けていました。しかしやがてうなずくと、 「そこまで言うなら。しかし急ぎたまえ」 と、彼は言いました。 「急ぎます!」 と、スリングスビーは大急ぎで答えました。 「待つ必要はない!ハーパー軍曹!急げ!」 ハーパーはシャープに目を向け、しかしシャープは何も反応を見せませんでした。 そこでハーパーは兵士たちに命令を出し、藁を集めてこさせました。 フェレイラはしばらくの間彼らが働く様子を見ていましたが、男たちのほうに戻っていきました。 「準備できました。火をつけますか?」 と、ハーパーがシャープに尋ねました。 スリングスビーがシャープの返事も待たず、 「ぐずぐずするんじゃない、軍曹!燃やせ!」 「待て」 シャープは乱暴にさえぎりました。 将校同士は兵士たちの前では乱暴な物言いをせず、丁寧な言葉遣いで対応するのが当たり前のことでした。しかしシャープはスリングスビーをしかりつけるような口調をし、スリングスビーは思わず一歩下がりました。 彼は前に踏み出しかけましたが何も言わず、シャープが梯子を上っていくのを見ていました。 既に北部のテレグラフ・ステーションは破壊されていました。 マッセーナ元帥率いるフランス軍に、何一つ残さないために、テレグラフも焼かれ、倉庫は空にされていました。フランス軍がやってきても、彼らを飢えさせるように仕向けるのが狙いでした。 何もポルトガルには残さない。 畑も焼かれ、風車も壊され、井戸は家畜の死体で汚染されていました。 そして住民たちはトレス・ヴェドラス防衛線の内側や、あるいはフランス軍の手の届かない丘陵地の奥深くに避難していました。 何も残してはならない。 テレグラフのロープでさえも。 シャープはロープをほどき、白い布を引き下ろしました。上質な麻の布で、縁には青いイニシャルがPAFと縫い取られていました。 フェレイラ? 「少佐、あんたのですか?」 と、シャープは尋ねました。 「違う」 「それじゃあ、俺のだ」 シャープはそのハンカチをポケットに突っ込みました。 そして、フェレイラの顔に怒りがよぎったのを見ておかしくなりました。 「塔を燃やす前に馬を移動したほうがいいですよ」 「ありがとう、大尉」 「火をつけるか、シャープ?」 と、スリングスビーが下から声をかけました。 「俺が降りるまで待て」 シャープはもう一度あたりを見回し、南西に小さな土煙が上がっているのを見つけました。 彼は望遠鏡を取り出しました。サー・アーサー・ウェルズレイ、現在のウェリントン公から贈られた逸品の、その端を胸壁に載せるとシャープは膝を突いてレンズを覗きました。 騎兵隊だ。 フランス騎兵。グリーンの軍服の竜騎兵でした。 少なくとも1マイルは離れていましたが、こちらに向かってきていました。 40?いや、おそらく60。そんなに急いではいない。 なぜテレグラフ・ステーションを狙ってきているのか。 「敵だ!軍曹!」 本来シャープはスリングスビーに丁寧かつ穏便に指示を出すべきでしたが、彼を飛ばしてハーパーに直接命令しました。 「緑色の奴らだ!約1マイル、しかし数分でここに達するぞ!」 シャープは梯子を降りて軍曹に塔を燃やすように指示を出し、兵士たちは藁が燃え上がるのを見て歓声を上げました。 シャープは広場から下を見下ろしました。竜騎兵の姿は、そこからは見えませんでした。 行き先を変えたのか? スリングスビーがシャープの傍らにやってきました。 「こんなことをいいたくないんだが、しかしきみはひどいものの言い方をしたじゃないか。シャープ、ひどすぎる」 シャープは何も言いませんでした。 「怒っているわけじゃないんだ。だが兵士たちに悪い影響を与える。非常によくない。国王陛下への敬意にもかかわる」 と、スリングスビーは続けました。 「あんたは兵隊が国王を尊敬していると思ってるのか?」 「当然だ」 と、スリングスビーはショックを受けた様子でした。 「もちろんだ!」 「俺はそうじゃなかった。俺が兵隊として行軍している時は、国王なんか尊敬しちゃいなかった。俺はほとんどの上官たちは金を貰いすぎのくそったれだと思っていた」 「シャープ」 スリングスビーは驚きのあまり声も出ない様子でしたが、彼もそのとき丘の下に竜騎兵の姿を見ました。 「50くらいかな」 「兵を展開するのか?私が率いて打って出よう、シャープ」 「自殺行為だ。斜面の上で迎え撃つ。竜騎兵は突撃体制で来ることが多い。スリングスビー、剣を使いたがるんだ」 シャープは寺院を振り返りました。守備に使えるかもしれない。 「日暮れまでどれくらいだ?」 「3時間ぐらいだ」 竜騎兵が本当に襲撃してくるかどうか。もし攻撃があるとすれば夕暮れ前で、竜輝兵たちは夜間の攻撃によってパルティザンに襲われることを畏れているのを、シャープは知っていました。 「ここにいろ。連中を見張れ。俺が言うまで何もするなよ。わかったか?」 スリングスビーは何か文句がありそうでしたが、反抗するような口調で 「もちろんわかっているとも」 といっただけでした。
by richard_sharpe
| 2006-12-05 18:53
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