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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
終章 「何が起こったのだね、リチャード?」 「何も」 ホーガンは馬を前に進めました。 「どうも信じられんよ」 シャープは鞍に腰を落ち着けなおしました。彼は乗馬が嫌いでした。 「女がいましてね」 「それだけか?」 「それだけ?彼女は特別ですよ」 海からの風が、彼の顔に冷たく吹きつけていました。海面はきらきらと光り、北の運河に停泊している艦に向かって打ち寄せていました。今、その船は出発しようとしているのでした。 ホーガンはその船を見ていました。 「輸送船だ」 「勝利の報告を?」 といったシャープの声には皮肉が満ちていました。 「信じないだろうな。変わった勝利だ」 ホーガンは遠い水平線を眺めました。 「向こうに艦隊があるのが見えるか?船団が帰国しようとしている」 シャープは肩の治りかけた傷が引きつれるのを感じました。 「もっとたくさんの金が商売人たちにはあるでしょう。なぜ送ってこないんです?」 ホーガンは微笑しました。 「いつも足りないんだよ、リチャード。いつもなんだ」 「今はいくらかマシでしょうね。俺たちが持ってきたんだから」 「きみは何をしたんだね?」 「何もしていないといったはずです」 シャープは挑むような目を、穏やかなアイルランド人少佐に向けました。 「取ってくるように言われて送り出され、取って、持って帰ってきただけです」 「将軍はお喜びだ」 ホーガンの声は淡々としていました。 「当たり前です。せいぜい喜んでもらわないと!」 「きみたちを失ったと、将軍はお考えだったのだ」 ホーガンは草地の中で馬を進め、帽子をとりました。 「気の毒なアルメイダ」 シャープもつくり顔をしました。 「気の毒なアルメイダ」 ホーガンはため息をつきました。 「もうお終いだと思った。もちろん爆音が聞こえたし、もう黄金はないと思った。黄金がなければ、チャンスはないのだ」 「チャンスは何かしらあるでしょう」 シャープはほとんど吐き出すような口調で言い、ホーガンは肩をすくめました。 「必要なチャンスはなかったのだよ、リチャード」 シャープは怒りを静めました。 「どちらが重要でしたか?」 彼の声はとても冷ややかで、遠くから聞こえてくるようでした。 「黄金と、アルメイダと」 ホーガンは馬の首を引き上げました。 「黄金だよ、リチャード。わかっているはずだ」 「確かですか」 「完璧に確かだ。黄金がなければ、何千もの人間が死んでいくことになっただろう」 「しかしそれはまだわからない」 「わかっているとも」 ホーガンは周囲の光景に向けて腕を振って見せました。 奇跡のような光景でした。軍事技術の最高峰を示す一つの結果でした。そしてこれが、黄金を必要としていたのでした。 黄金は喉から手が出るほどに望まれていたのでした。さもなくば、今働いている1万ほどの人足たちは作業をやめ、シャベルやツルハシを納めてフランス軍が来るに任せていたことでしょう。 シャープはその巨大な作業場や、人々や牛の列が丘のかたちを作っているのを見ていました。 「なんていう名前ですか?」 「トレス・ヴェドラス防衛線だ」 3つの防衛線がリスボン半島を横切り、3つの巨大な防御壁が丘として作り上げられているのでした。 彼らが今たどっている最初のラインは26マイルの長さで、大西洋とテージョ川を結んでいました。 その背後にさらに2つのラインがならんでいました。 斜面は急で、上に大砲の列を戴いており、低地は水が広がっていました。 丘の背後には低い道が続き、2万5千の歩兵隊がフランス軍から見られることなく移動できるように作られていました。 シャープは東に目を向け、そのどこまでも続くラインが信じられないような気持ちがしていました。 大変な作業でした。そしてずっと大砲が続く要塞になっている。マッセーナの動きもチェックできる。 ホーガンはシャープに並びました。 「マッセーナの進軍をとめることはできない。しかしここまでだ。そしてここでは、彼はとどまることしかできないのだ」 「そしてわれわれはあっちに引き返す」 シャープは30マイルほど南の、リスボンの方角を指差しました。ホーガンはうなずきました。 「シンプルだよ。彼はラインを決して突破できない。そして迂回することもできない。海軍が待ち構えているからな。だからここにとどまり、やがて雨季に入る。数ヶ月で彼らは飢え、われわれは打って出て再びポルトガルを手中にする」 「そしてスペインへ?」 と、シャープは尋ねました。 「スペインへ」 ホーガンはため息をつき、再び作業している光景に手を振りました。 「そして、さらに金を稼ぎ出さなければならない」 「手に入れたじゃないですか」 ホーガンは彼にお辞儀をしました。 「ありがとう。さて、その彼女のことを話してくれるかな」 シャープはリスボンまでの道中、2つ目と3つ目のラインを横切りながら話しました。 彼は要塞を出てからの別れのことを考えていました。 敵の襲撃はなく、一度だけ打って出た斥候部隊を、ジャーマンたちが蹴散らした程度でした。 コア川のほとりで彼らは立ち止まり、シャープは約束していた1000枚の金貨をテレサに渡しました。 彼女は微笑して彼を見ました。 「これで十分だわ」 「十分?」 「必要な分だけはあるわ。私たちは闘わなければならないから」 風が丘を強く吹き渡り、シャープは彼女の浅黒い、猛禽類のような美しさを見つめていました。 「俺たちと一緒に行かないか」 彼女は微笑みました。 「いいえ。でもあなたは戻ってこられるわ。いつか」 彼はうなずき、彼女が肩にかけているライフルを示しました。 「それはラモンにやってくれ。約束したんだ」 彼女は驚いたようでした。 「これは私のよ!」 「ちがう」 シャープは自分のライフルを肩からはずし、ポーチと一緒に彼女に手渡しました。 「これがあんたのだ。俺の気持ちだ。俺は新しいのを手に入れるよ」 彼女はにっこりし、頭を振り上げました。 「残念だわ」 「俺もだ。でもいつか必ず会える」 「わかっているわ」 彼女は馬の向きを変え、手を振りました。 「フランス人をたくさん殺せ!全部殺せ!」 とシャープは叫び、テレサは父親とその部下たち、いや、彼女の部下たちと共に丘の中の秘密の道に姿を消していきました。ナイフと奇襲の、彼女たちの闘いを戦うために。 シャープは、恐ろしく寂しい気持ちがしました。 彼はホーガンに笑いかけました。 「ハーディーのことは?」 「悲しいことだ。弟がいるんだが、知っているか?海軍だ。兄貴に良く似ている」 「ジョセフィーナは?」 ホーガンは笑って、そして大きなくしゃみをしました。シャープは彼が涙を拭うのを待っていました。 「ここにいる。会いたいかね?」 「ええ」 ホーガンは笑い出しました。 「彼女はかえってうまくやっているよ」 彼はその意味を説明はしませんでした。 日が落ちてきて影が長くなったころ、彼らはリスボンに入りました。 荷車や人々でごった返す街路は、防衛線の建設でにぎわっていました。 このラインは1810年の間、フランス軍をとどめることになったのでした。 シャープはウェリントンの賢明さに尊敬の念を抱きました。 リスボンから以外ではこのラインの存在はわからない。 軽歩兵隊はサウス・エセックスに合流することになっていました。 近々、また闘いがある、と、ホーガンは言っていました。 ロウフォード中佐が両腕を広げてシャープを迎えました。 「補充人員だ、リチャード!こちらに向かってきている!リスボンから連れてくることができるぞ!将校に、軍曹に、270人の兵士たちだ!いい知らせだ!」 まだその船は着いておらず、プリマスを出てから攻撃を受けたのですが、7日だろうが7週間だろうが、シャープは満足して待つことができました。 彼はほっとして馬から滑り降りると手綱をホーガンに預けました。 「明日お会いできますか?」 ホーガンはうなずき、紙片に何か書きなぐりました。 「彼女の住所だ」 シャープは笑って礼を言い、背を向けました。 ホーガンが呼びかけました。 「リチャード!」 「はい?」 「本当にあの黄金が必要だったのだ。よくやってくれた」 1万6千枚の金貨のうち250がエル・カトリコに盗まれ、1000枚はテレサに、1万4千枚が将軍に渡されました。残りはシャープたちとジャーマンたちのために使われました。 シャープは彼らに酒を飲み、女を捜せと命じました。憲兵に金の出所を尋ねられたら、シャープの名を出すようにと。 憲兵たちは、この背の高い、顔に傷のある男との争いを避けたいはずでした。 さらにシャープの名義でロンドンに口座が作られ、ノウルズの代理人にも渡されていました。 盗まれた、という言葉を、リスボンのお歴々は微笑を持って受け入れただけでした。 そして彼は金貨の全部を手放したわけではありませんでした。 その家は大きく豪華で、ハーディーが使っていたであろう正面玄関を開けると、ジョセフィーナの召使のアゴスティーノが、着飾った姿で現れました。押しとどめようとする彼を押しのけ、シャープは大理石のホールに入りました。やしの木や敷物やついたてで飾られた中で、彼はふとテレサを思い出し、それを振り払おうとしました。彼はあまりにも強く、テレサに惹かれているのでした。 テージョ川に面して開いた窓からはオレンジの木々が風景を縁どり、香水のにおいがしました。 「ジョセフィーナ!」 「リチャード!」 彼女は回廊にいて、夕日が逆光になって表情は見えませんでした。 「何をしているの?」 「あんたに会いに来た」 彼女は彼の頬に指先で触れ、上から下まで見回すと、 「今はダメよ」 といいました。 「なぜ?」 「先客があるの」 テラスには騎兵中尉がワインを手にして座っていました。 「いくら払った?」 「リチャード!」 彼女は背後で留めようとしましたが、シャープは笑いました。 「中尉?」 中尉は立ち上がりました。 「関係ないでしょう!」 「いくら払った?」 「表に出ますか?」 ジョセフィーナも笑い出していました。彼女は楽しんでいるのでした。シャープは微笑しました。 「いいとも。俺はシャープだ。外に出ろ!」 「シャープ?」 中尉の表情はしぼみました。 「出ろ」 「しかし・・・」 シャープは剣を抜きました。いつもの、ごつい鋼鉄の剣を。 「出ろ!」 「失礼します!」 中尉はジョセフィーナに頭を下げるとワインを置き、シャープにちらりと視線を投げて、出て行きました。 ジョセフィーナはシャープを軽く叩きました。 「あんなことするもんじゃないわ」 「どうして?」 シャープは剣を納めました。 「あの人はお金もちなんだから」 シャープは笑い、新品のポーチを開きました。そしてぎっしり詰まった金貨を見せ、床の模様がほどこされたタイルに落としました。 「リチャード!これは何!?」 「黄金だよ、バカだな」 彼はさらに金貨を投げました。 「ジョセフィーナの金貨だ。あんたの金貨だ。俺たちの金貨だ。俺の金貨だ」 彼は再び笑い、彼女を抱き寄せました。 「シャープの黄金だ」
by richard_sharpe
| 2006-11-19 13:36
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