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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第23章 アルメイダはその月曜の朝早くから動き始めました。 曙光がさし始める前に兵士たちはブーツをはき、敷石を踏み、その日の大仕事について話したりしていました。 ついに戦闘はこの国境の街に達したのです。 遠くの街々では人々が地図を広げていました。 アルメイダが持ちこたえればポルトガルは防衛されるだろうが、おそらく7,8週間後にはマッセーナの歩兵部隊はリスボンを手中にし、英軍は壊走し、全ては終わるだろう。 ザンクト・ペテルスブルグで、ウィーンで、ストックホルムで、そしてベルリンで、人々は地図を眺めながら、次に仏軍が送り込まれるのはどこかと考えるのでした。英国には気の毒だか、誰に何ができよう? コックスは南の胸壁にいて、フランス軍の砲兵隊の様子が見えてくるのを待っていました。 昨日はフランス軍は数発でテレグラフを破壊した。 今日はさらに激しい砲撃が加えられるであろうことを、コックスは理解していました。 彼は歴史に残るような激しい抵抗をすることを望んでいました。秋まで持ちこたえれば、雨がフランス軍の進撃を押しとどめる。 しかし彼はまた、フランス軍の砲撃が城壁を越え、阿鼻叫喚の中で劇はされることをイメージしてもいました。 コックスもフランス軍も、この街がフランスの勝利への最後の障害であることを知っていました。 コックスの頭上高く、城砦と大聖堂がそびえる丘があり、シャープはそこのパン屋の扉を開きました。 暗がりの中でオーブンのかたちがぼうっと見え、それは冷たく、テレサは彼の傍らでシャープのコートに包まって震えていました。 シャープの足も、肩も、わき腹も痛みました。そして朝方まで真剣に話しこんでいたため、頭痛もしていました。 「きっとほかに方法があります!」 と、ノウルズは言ったものでした。 「言ってみろ」 しかし冷たい沈黙が広がり、その中でシャープもまた他の方法を探していたのでした。 コックスに話すか?それともカーシーに? しかしシャープだけが、ウェリントンがどんなにその黄金を必要としているかを知っているのでした。 コックスにもカーシーにも、数千の金貨がポルトガルを守るとは想像できないことでしょう。そしてシャープにはそれを説明できないのです。なぜなら、知らされていないから。シャープは秘密主義というものを呪いました。その方法は数百の死を意味していました。しかし黄金がなければ、戦争自体が敗北に終わるのです。 テレサは去ることになっていました。 数時間のうちに彼らは別れなければならず、シャープは軍に、テレサは自分の闘いに戻らなければならないのでした。 彼はテレサをしっかりと抱き寄せ、ずっと一緒にいたいと願いました。 足音が聞こえて彼らは身体を離し、ハーパー軍曹が扉を開きました。 「大尉?」 「ここにいる。手に入ったか?」 「もちろん」 彼は嬉しそうに言い、ヘルムートを示しました。 「火薬一樽、トム・ギャラードからです」 「何に使うのか、聞かれなかったか?」 ハーパーは首を振りました。 「あなたが使うのなら、なんであれかまわないと。むちゃくちゃ重いですよ」 と、彼はドイツ人を助けて樽を運び入れました。 「手伝うか?」 ハーパーはまっすぐに立ちました。 「将校が樽を運ぶですって?ここは軍隊です!冗談じゃない。俺たちの仕事です。その後休みますよ」 「何をやるか、わかってるな?」 それは余計な質問でした。 シャープは汚れた窓から、まだ閉じている大聖堂の扉に目をやりました。 カートリッジの山は、扉のそばから移動したかもしれない。 ウェリントンの早馬が知らせを持ってくるのではないか。 しかしそういう思いをシャープは振り捨てました。 「うまくやらないとな」 ヘルムートはハーパーの銃剣で樽の蓋に銃剣の幅ほどの丸い穴を開け、作業に満足して何かつぶやきました。ハーパーはシャープにうなずきかけました。 「いってきます」 その言い方はさりげなく、シャープは笑みを浮かべました。 「ゆっくりな」 本当はハーパーに、自分でやるといいたいところでした。これはシャープのダーティーな仕事であり、しかし彼にはハーパーが言うこともわかっていました。 彼は背の高いのと低いの、二人の男たちが樽の端をつかみ、火薬が落ちるようにゆすりながら扉を出て広場を横切るのを見つめていました。 斜面をヘルムートが先に、ハーパーが後になって、楽に仕事が運ぶように彼らは工夫していました。 シャープは窓から火薬の筋が石壁の陰に進み、大聖堂に向かうのを見ていました。 自分でも彼は自分がしようとしていることが信じられませんでした。将軍の「ねばならない」という言葉だけに引きずられてここまできたのです。 コックスは追いかけてくるんじゃないだろうか? その間にロンドンから金が届いて、これが何の役にも立たないとしたら? そんなことを考えている間に、いちばん危ない瞬間が訪れました。 大聖堂の扉が開いたのです。 歩哨が出てきました。何が起きているか、彼らにわかるにちがいない。と、シャープは思いました。 テレサは彼の傍らで声にならぬ声で祈りの言葉をつぶやいていました。 「シャープ!」 振り向くと、ロッソウでした。 「驚かせないでくれ」 「罪悪感があるよ」 と、ドイツ人は丘の下のほうを見てうなずきました。 「例の家の、地下室の扉を開けてきた」 「そこで会おう」 シャープは導火線に点火したのち、あらかじめ選んでおいた、とおりに面した家の深い地下室に逃げ込む計画を立てていました。 ロッソウは動かず、二人の軍曹たちの様子を見守っていました。 「まだ信じられんよ、シャープ。きみが正しいことを祈る」 俺もだ。と、シャープは思いました。俺も祈っている。 これは狂気の沙汰でした。彼は腕をテレサに回し、軍曹たちが市のたつ広場を横切って大聖堂の前に達するのを見ていました。二人とも異常なことをしているようには見えませんでした。 「神様」 と、ロッソウはつぶやきました。 ヘルムートは樽をゆすり、残りの火薬が全部出てくるように努力していました。 ハーパーは20ヤードほどをまっすぐに歩いて歩哨たちに近づいていきました。 二人は殺されるな。と、シャープは思いました。 しかし彼らはハーパーと一緒に何か笑い合い、ヘルムートはいきなり引き返し、ハーパーもあくびをしてから手を振って歩哨たちと別れ、ヘルムートに続きました。 シャープは火打石とタバコを取り出しました。そしてタバコに火をつけ、その先が赤く照らし出されるまで吸いました。 いやな味でした。 ロッソウは彼を眺めていました。 「確かだろうな」 シャープは肩をすくめました。 「確かだ」 軍曹たちが現れ、ロッソウは部下にドイツ語で何事か言うと、シャープを振り返りました。 「幸運を祈る。じきに会おう」 シャープはうなずき、二人のドイツ人が去るのを見送りました。そしてもう一度タバコを引き寄せ、戸口に立っているハーパーに目を向けました。 「テレサを頼む」 「いや、俺はここに残ります」 「私も」 と、テレサが微笑みました。 彼女はシャープの手を握り、二人は通りに出ました。 空は白んできて、大聖堂は灰色に聳え立ち、もうじき白い姿を現すはずでした。 よく晴れた日になりそうでした。 シャープは大聖堂を建てた人々のこと、聖人たちの像を刻んだ職人のこと、ここで結婚式を挙げた者たち、子供の洗礼式に立ち会った者たち、そして生涯最後にここに運ばれてきたものたちのことに思いをはせました。 乾いた声が言った「ねばならない」という言葉。汚された垂れ幕をきれいにしようとしていた僧侶。妻子を連れた兵士たちの師団。地下室で見た死体の山。 シャープは屈みこみ、タバコの先を火薬に押し付けました。火花を散らし、炎が走り始めました。 その日最初のフランス軍の爆撃が始まりました。榴弾が広場で炸裂し、シャープが動く前、一発目の爆発が静まる前に、2発目が飛んできました。 それは大聖堂からほんの数ヤードのところに着弾し、火薬の筋に火がつき、歩哨たちはシェルターに飛び込みました。 地下室に逃げ込む時間はありませんでした。シャープはテレサとハーパーを引っ張りました。 「オーブンだ!」 彼らは走り、ドアを抜けてカウンターを飛び越え、シャープはテレサを引っつかんで頭からオーブンに押し込みました。 ハーパーはもう一つのほうに這い込み、シャープはテレサが身体を落ち着けるまで待ちました。 爆発音がしました。 あまり大きいものではなく、ポルトガル軍が反撃する砲声も聞こえました。 シャープはテレサの後からオーブンに入り込み、そのとき樽が爆発しました。 大聖堂の扉は吹き飛んだだろうか。カートリッジはまだそこにあるだろうか。 つぎの爆音が聞こえ、それはさらに大きくすさまじく、テレサはシャープの負傷している太腿を強くつかみました。 その爆音が静まりかけた時、一斉射撃のような音が響き、シャープにはそれがカートリッジに着火した音だとわかりました。絶えることのない破裂音が続きました。 大聖堂の中では何が起きているだろうか。 シャープは思い描いてみました。 炎が上がり、さらに爆発は大きくなり、そして階段の上の火薬に達する。そして最後だ。手のほどこしようがない。中にいる守備隊の兵士たちは死ぬだろう。 さらにフランス側からの砲撃は続き、破片がパン屋の壁に当たりました。恐ろしい音が響いていました。 地下祭室の箱から箱に火が移り、カートリッジからカートリッジに広がり、アルメイダの武器庫は爆発しようとしているのでした。 シャープたちが裂いたカーテンに炎は達し、兵士たちは地下深い祭室でひざまずき、パニックに陥り、そして火薬が炎を上げて彼らを取り巻いているのでした。 シャープは次にくるのは世界の終わりのような爆発音だ、と思いました。しかしあたりは死んだように静まり返り、炎が時折閃いているだけでした。 馬鹿なことだとわかっていましたが、シャープは思わずオーブンから頭を出し、ドアから向こうを見やりながら、カーテンはさえぎってしまったのだろうか、と思っていました。 そのとき、丘が鳴動しました。 空気を通してではなく地中から、岩がうめき声を立てるようでした。そして大聖堂全体が瓦礫に変わり、煙と炎が空を血の色に染め上げ、周囲は真っ暗になりました。 フランス砲兵隊の兵士たちは手を止め、飛び上がって城壁の向こうを見ようとしていました。 街の中心部は消え、巨大な炎に姿を変えました。 石と、梁とがまるで羽根のように巻き上げられ、砲兵隊を襲いました。 熱風が音をたてて吹き荒れました。 世界中の雷がひとつの街に、一瞬にして降り注いだかのような、世界の終末の有様でした。 大聖堂は消え、炎と化し、城砦も地面からきれいに吹き飛ばされていました。家々も炎に包まれ、街の北側は吹き飛び、南側も屋根を失っていました。 パン屋はオーブンを残して崩れ去りました。 シャープは何も聞こえず、むせながら分厚く積もった土ぼこりと熱い空気を掻き分け、テレサは彼にしがみつき、彼女の魂のために、そしてこの黙示録の光景のために祈っていました。 胸壁にいたポルトガルの守備兵たちは全滅でした。 要塞の中心部は打ち砕かれ、まだ火薬が時折爆発していました。 新たな火の手が上がり、アルメイダは何度も身震いしました。 やがて丘の上の爆発は静まり、ただ炎と暗闇が辺りを覆っていました。地獄のような光景の中で、静かでした。人々は爆音で聴覚を失っていました。 フランス軍も静まり返っていました。信じられない光景でした。彼らの前には修羅場が繰り広げられ、石やタイルや、焼け爛れた肉片が降りそそいでいました。 25マイル離れたセロリコでも、爆音は聞こえました。 将軍は朝食のフォークを置くと、窓のそばに歩み寄りました。 彼には、恐ろしいほどにそれが何を意味するかわかっていました。 黄金は来ない。 6週間の間彼を支え続けていた望みは、要塞と共に消え去りました。 やがて煙が重く広がってくるのが見え、東の空が朝日に照らし出され、国境の空は赤く燃えて、その雲は海にまで広がってきました。 アルメイダは破壊されたのでした。
by richard_sharpe
| 2006-11-14 15:38
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