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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第20章 ロウソクに照らされた薄暗がりの中で司祭が低く祈祷を続け、ハーパーが十字を切ったのにシャープは気づきました。 「今日は何曜日だ?」 「日曜日です」 「ミサか。出席するか?」 「このつぎにします」 ロッソウの靴音が回廊に響き、一瞬、背後から日が差し込みました。そしてまた彼は姿を消しました。 コックスは司令部におらず、城壁にいると告げられ、彼らが向かった時にはもうそこにもいませんでした。 今度は武器庫にいるといわれたので、彼らは武器庫として使用されている大聖堂にやってきたのでした。 コックスの姿はありませんでした。肩がひどく痛み、シャープは罵りの言葉をつぶやきました。 「アーメン、ですよ、大尉」 ハーパーが辛抱強く忠告しました。シャープは、ハーパーの信心には敬意を払わなければならないことに気づきました。 「すまん」 「大丈夫です。俺に謝ることはないです。神様はきっちり大尉に支払いをさせますからね」 シャープは自分が恋をしていることを思っていました。 もう一晩。 別れは明け方にするものだ。夕暮れではない。もう一晩だけ。 あと2日もすればフランス軍は完全にアルメイダを包囲することでしょう。なるべく早く出発しなければならない。 しかしアルメイダを去ることは、彼女から去ることでもあるのです。 ロッソウが再び姿を現しました。 「何かあったか?」 「いや」 そして大聖堂の扉が開き、何人かの将校たちの靴音が響きました。コックスの姿がありました。 シャープは大声で呼びかけましたがコックスはそのまま将校たちと何事か話し合いながら階下へ向かいました。 シャープとロッソウはそれを追い、ポルトガル兵にさえぎられました。彼らはそこから先、フェルトの上履きをはかなければならないのでした。 コックスたちの姿は既になく、突き当りには皮でできたカーテンがかかっていました。 シャープがそれを開けると、そこは樽の山でした。 「すごいな」 と、ロッソウはうめきました。天井まで届くほど積み重ねられ、その間には細い通路が開けられているだけでした。すさまじい量の火薬でした。 コックスが進んだと思われる通路のほうへ、シャープたちは向かいました。 チャールズ大尉が死ぬ前に言っていた、アルメイダは火薬がある限り、何ヶ月でも持つというのはこのことだったか、とシャープは思いました。 そしてフランス軍の砲撃がここに達することがあるかどうか、想像してみました。 たぶんありえない。 石造りの床も壁も厚く、梁は強固で、数千のフランス軍の砲弾に持ちこたえそうでした。 コックスは突き当たりでポルトガル将校が何か語るのを聞いていました。 半分英語、半分ポルトガル語でしたが、シャープにもその内容が理解できました。 銃のカートリッジが収納されている場所が浸水しているのでした。 「誰がそんなところに置いたんだ?早く移動させろ!」 コックスはポルトガル人たちを押しのけ、そしてシャープに気づきました。 「大尉!」 「はい!」 「司令部で待て!」 「しかし・・・」 コックスは怒りを爆発させました。 「問題は山ほどあるんだ、シャープ!物資はありえない場所に保管されている!上階に移さなければならん!」 彼はポルトガル人たちを振り返り、上を指差しました。 ハーパーがシャープの腕に触れました。 「行きましょう」 しかしコックスはシャープを呼び止めました。 「大尉!黄金はどこだ?」 「われわれの宿営です」 「そんなところに!司令部に移す。何人か差し向けてやる」 反論しようとするシャープをロッソウが押しとどめ、彼らはコックスを見送りました。 「俺は黄金をあきらめるわけにはいかないんだ」 「わかっている。まあ、聞きたまえ。きみはまっすぐ司令部に行け。私が宿営に戻る。黄金は誰にも触れさせない。約束する」 その声の調子で、シャープは黄金の無事を確信しました。 「ハーパー一緒に行け。誰も黄金に近づけるな。わかったか?」 「わかりました。大尉もお気をつけください」 「兵隊がいっぱいだ。大丈夫だろう。行け」 二人が歩みだしかけた時、シャープは 「パトリック」 と、声をかけました。 「彼女の面倒を見てやってくれ」 「もちろんです」 と、軍曹はうなずきました。 大聖堂の鐘が鳴り始め、シャープはゆっくりと歩きながら司令部に向かいました。背後では二人の兵士が火薬の樽を移動させていました。 砲声は途絶えていました。 しかし城壁の外は、修羅場になっているはずでした。 アルメイダは本格的な戦闘に望もうとしている。 黄金なくしては、英軍は海に追い落とされるだけだ。 シャープはいきなり立ち止まりました。 黄金が、何よりも重要だ。兵士よりも、馬よりも。 ホーガンはそういいました。 そして将軍は、敵の進撃の遅れも、彼自身が戦闘に赴くことも、ポルトガルを救うことにはならないのだと言っていました。 黄金だけだ。 シャープは大聖堂を見上げました。 日差しが傾き、彼は寒さを感じました。 これよりも重要なのか?街よりも、それを守る人々よりも? シャープは身震いしました。 彼は決断することを怖れてはいませんでした。それが彼の仕事でした。 しかしこのとき、彼は聖堂前の広場で、突然怖れを感じました。 シャープは午後いっぱい、司令部でコックスを待っていました。 コックスはなかなか現れず、時折砲声が響いたりしていましたが、シャープが半ば眠りかけた時にドアが開きました。 テレサの父親が、薄く笑いを浮かべて立っていました。 「彼女は怪我をしてはいないんだな」 「はい」 彼は笑い出しました。 「きみは頭が良い」 「彼女が頭が良いんです」 「そうだ。あれの母親に似ている」 セザール・モレーノの声には、悲しそうな響きがありました。 「なぜ彼女はきみたちについたんだね?」 「われわれについたのではなく、フランス軍の敵に回っているだけです」 「若いな」 彼はゆっくりとシャープに近づいてきました。 「きみの部下たちは黄金を手放さないそうだ。・・・きみは私を軽蔑するかね?」 「いいえ」 「私は年寄りだ。急に大きな力を預けられた。私は平和を望んでいるだけだ」 彼は照れたような微笑を浮かべました。 「平和を金で買うと?」 「おろかな質問だ。もちろんだ。われわれはあきらめていないぞ。わかっているな?」 「われわれ?」 「エル・カトリコと私だ」 エル・カトリコはあきらめないだろう、とシャープは思いました。しかしモレーノは、エル・カトリコとこちら側の、どっちつかずのところにいる。 「きみは私の娘と寝たのか?」 「ええ」 彼は再び微笑を浮かべました。 「うらやましがる男が大勢いる。彼女を傷つけたりしないだろうな?」 「俺はしませんよ」 「夜道に気をつけたまえ、シャープ大尉。あの男は凄腕の剣士だ」 「気をつけます」 モレーノは壁の色あせた絵に目を向けました。 「コックス司令官はきみに黄金を渡さんぞ」 そしてシャープを振り返りました。 「きみを見ているのはなかなか面白かったよ、大尉。カーシーはバカだ。愛すべきバカだ。英軍は次に強引なバカを送ってきたと思った。ところが君はわれわれをバカにした!」 外国語でこの類のジョークを言うのはむずかしいようでした。 「コックスはカーシー同様、名誉を重んじる男だ。黄金はわれわれのものだ。どうする?」 「見ていてください」 と、シャープは笑いました。 「そうしよう。娘は?」 「すぐに戻りますよ」 「きみは寂しいか?」 シャープはうなずき、モレーノは鋭い一瞥を与えました。かつて強かった という男の視線でした。再び強くなれる男のものでした。 「また会いに来るんだろうな」 「あなたはお望みじゃないでしょうが」 「そうだな。しかし彼女は頑固だ。私は彼女の様子をずっと見てきた。そしていつか、エル・カトリコと私の顔につばを吐くようなことをやってのけると思っていたよ。そしてそのときをつかんだのだ」 「で、エル・カトリコは今度は自分の番だと?」 「そうだ。気をつけたまえ。また会おう」 モレーノは手を振り、出て行きました。 そして日が翳り、シャープが再びうとうとしかけた時にコックスが戻っていました。 「シャープ!いったい何事だ?」 シャープは驚いて立ち上がりました。 「何事とは?」 「きみの部下たちは黄金を渡さん!」 カーシーはきらびやかな軍服のスペイン人将校を伴っていました。エル・カトリコでした。 「なんとおっしゃいましたか?」 「黄金だ!どこにある?」 「わかりません。私はここでお待ちしていました。ご命令どおりに」 コックスは紙片を取り上げました。 「決定事項だ」 「決定事項ですね」 シャープは軍曹の頃から、上官に対する態度を身につけていました。ほかのことを考えなければならない場合、相手のことばを繰り返すのです。 「気の毒だが、黄金についてはきみ自身とロッソウの言葉しか裏づけがないのだ。黄金はスペイン軍のもので、ホベリャノス大佐はスペイン政府から正式に委任されている」 「そのとおりです。正式な委任です」 自分で書類を作ったに決まっている。 コックスはため息をつきました。 「ホベリャノス大佐に黄金を運んで差し上げろ。速やかにだ。わかったか?」 「わかりました」 シャープはまっすぐに立ち、コックスの頭の上の一点を見つめていました。 「本当にわかっているとは思えんな、大尉」 とコックスは再びため息をつき、書類を作り始めました。 「明朝1820年8月27日の10時にバリオス大佐により、ホベリャノス大佐に黄金が引き渡される。場所は北門だ」 エル・カトリコは微笑しました。 「部下を何人か、街の守備に残しましょう」 このやろう。と、シャープは思いました。 書類は正式に出来上がり、エル・カトリコはお辞儀をしました。 「感謝します。それで、移動は今夜中に?」 「明日の朝10時ちょうどだ」 と、コックスは答えました。 「こうなると、シャープ大尉もここを簡単には立ち去れまい」 なんのことだ? 「大尉、明朝10時にきみの隊は私の指揮下に編入される。ロッソウ大尉は出発だ。騎兵は必要ないが、歩兵は守備隊に必要だ。わかったな」 なんてこった! 「わかりました」 大聖堂の鐘が時を告げました。カーシーがシャープの肘に手をかけました。 「シャープ、気の毒だが」 シャープはうなずきました。 カーシーの心配していることは明らかで、それはエル・カトリコのことでした。 10時までに何とかしなくては。 シャープは決断に直面していました。 それでもまだ、決断権は彼にありました。 鐘の最後の余韻が消えていくのを聞きながら、再びこの鐘がなることがあるのだろうか、とシャープは考えていました。
by richard_sharpe
| 2006-11-04 17:50
| Sharpe's Gold
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