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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第15章 「大尉!大尉!」 と肩を揺り動かされ、シャープは目を開きました。 白々とした光が壁を照らしていました。 テレサもまた目を覚まし、自分がどこにいるのかわかるまでやや間があったようでした。シャープは彼女にうなずきかけると立ち上がり、階段の下から這い出すと、塔の南側のホールを突っ切りました。 サン・アントンの谷間は増水した川面に浸されていました。 しかしそれも引きつつあり、今日は渡河できるほどになると思われました。 辺りは静まり返り、アルメイダ攻撃はまだ始まっていませんでした。 「お客さんです。谷を降りてきます」 と、ノウルズ中尉が塔の入り口のところでシャープを待っていました。 焚き火の周りの兵士たちを、シャープは見渡しました。 「お茶をもらえるかな」 そして彼はノウルズの後からサン・アントンの中庭の南東の角から城壁に登り、谷間を見下ろしました。 「今朝の俺たちはなかなか人気者らしいな」 カーサテハーダから、騎馬の一隊がこちらに列を作っていました。エル・カトリコの部下たちでした。 「ロバート、誰も入れるなよ。少佐もだ」 シャープは剣をはずし、焚き火のそばで裸になりました。ライフルマンのジェンキンスがシャープの服を石の上に並べて乾かし始めました。 シャープはお茶のカップを両手で持ち、がたがた震えながら200人ほどのパルティザンたちを眺めやりました。 すぐに暑くなる。 シャープはマクガヴァーン軍曹に6人の兵士たちを水汲みに向かわせるように命じました。 「中尉のご命令で、もう済ませました」 「そうか」 シャープはノウルズに礼をつぶやくと 「邪魔は入らなかったか?」 と尋ねました。ノウルズは首を振りました。 「食糧は?」 ノウルズはため息をつきました。朝のシャープは機嫌が悪いのですが、テレサがそれを紛らしてくれているのではないか、と半分期待していたのでした。 「クズみたいなのが、少しだけです」 シャープは何事か罵り、お茶の残りをエル・カトリコたちのいる方角にぶちまけました。 「よし!銃の手入れはできているな!」 兵士たちはあまり眠っておらず、武器の手入れどころではありませんでした。 静かに夜が明け、雨もいつしか上がっていました。 砦に近づくには一箇所しか道がなく、テレサの言ったとおり、エル・カトリコは夜の間は手出しをしなかったのでした。 カーシーが木の間を縫って砦に向かってきていました。 シャープは服を着、ノウルズに兵士たちに出発の準備をさせるように命じました。 「もうですか?」 「ずっとここにいるわけにはいかないからな。カーシーにいい話を持って行ってやろう」 シャープは坂を元気よく下りていくと、カーシーに向かって陽気に手を振りました。 「おはようございます!いい天気ですね!」 カーシーは馬上からシャープを冷ややかに見下ろしました。 「シャープ、何をしでかしたと思っている?」 シャープは確かに怒りを予期してはいましたが、それは彼に対するものではなく、少佐が抱いていた幻影をぶち壊しにしたパルティザンに対するものでした。 しかし、少佐はシャープに向かって吐き捨てるような口調でした。シャープは静かに答えました。 「黄金を持ち帰りました。命令どおりです」 少佐はうなずきました。 「きみはテレサを誘拐し、パルティザンたちを閉じ込めた。私の命令に背いたのだ。きみは私たちと共に戦ってくれるものたちを敵に回したのだ」 少佐が息継ぎをしたときに、シャープがさえぎりました。 「そしてハーディー大尉を殺した連中をですか?」 「なんだと?」 「エル・カトリコが後ろから刺したそうですよ」 テレサがそのことを昨夜話したのでした。 エル・カトリコは黄金を移動しようとし、それに気づいた大尉をパルティザンたちが殺したのです。しかしカーシーは首を振りました。 「だが、きみは黄金を盗んだ!」 「命令に従っただけです」 「誰の命令だ?私はきみより階級が上だぞ!」 シャープは突然カーシーが気の毒になりました。 彼が黄金を見つけ、ウェリントンに報告し、しかも将軍は何も彼に話していない。シャープはポケットの中の紙片の文字が雨でにじんでいないように願いながら取り出すと、カーシーにそれを渡しました。 「命令書です」 カーシーは読みながら、怒りがこみ上げてきたようでした。 「これには具体的なことが何もない!」 「全ての将校は私のサポートをするように、ということです」 しかし、カーシーは聞いていませんでした。その紙切れをシャープに突きつけながら叫びました。 「黄金のことは何も書いていない!何もだ!」 シャープは笑い出しました。 「黄金のことをほのめかすことはできないでしょう。スペイン人もこれを見る可能性がある。黄金についての将軍の計画を?」 「知っているのか?」 シャープはうなずきました。 「カディスには持って行きません」 カーシーの反応こそは見ものでした。しばらくの間彼は身じろぎもせず、目をぎゅっとつぶると、例の紙片を滅茶苦茶に裂き、腕を乱暴に振り回しました。 「なんということだ!」 シャープは書類を取り戻そうとしましたが、手遅れでした。カーシーは怒りを爆発させました。 「私はスペインと英国が協力し合うために手を尽くしてきたのだ。その報いがこれか!シャープ、我々は黄金を奪おうとしているのか?」 「そうです。遅かれ早かれ、そうなったことです」 「そんなことはできない」 「あなたはどちらの側の人間なんです?」 シャープは乱暴にその質問を吐き出し、カーシーはさらに怒りをあおられたようでしたが、それをこらえました。 「われわれには名誉というものがある。われわれは二人とも軍人だ。富貴を期待してはならず、虚栄も、勝利の連続も期待できない。われわれはおそらく戦闘の中か、熱病で死ぬだろう。誰もわれわれを思い出しはしない。だが名誉は残る。わかるか?」 だんだんと暑くなっていく中、カーシーは魂の底からそれらの言葉をつむぎだしているのでした。 彼は生涯のどこかで、深く絶望したのだろう。と、シャープは思いました。女性のことか何かで。そして仕事に名誉を見出した。 カーシーはスペインを愛しているのでした。 シャープは声をやわらげました。 「将軍がお望みです。黄金がなければ、この戦争は負けると。これが盗みだというのなら、盗みで結構です。ご助力願えますか?」 カーシーは聞いていないようでした。彼はシャープの頭越しに塔を眺めながら、何かつぶやきました。 「なんです?」 「たとえ世界を手にしても、魂を失うのなら、それが人間にとって何の利益になろう」 「われわれが魂を失おうとしているかどうかはべつにして、エル・カトリコはカディスにあれを持っていくと思っているんですか?」 「いや。持って行きはしまい。自分のものにして、それをフランスとの戦いに使うだろう」 「われわれも同様です」 「そうだな。しかし、あれはスペインの黄金なのだ。われわれはスペイン人ではない。大尉、ウェリントンに黄金を持っていこう。しかし私の命令下でだ。娘を解放しろ。脅迫行為は許されん」 「それはできません」 カーシーは驚いたようにシャープを見ました。 「彼女は無事なのだろうな?」 「今のところは」 そしてシャープの忍耐もここまででした。彼はカーシーを見上げました。 「10分後に、彼女の耳を切ります。半分だけ。それならいずれ治る。だがもしエル・カトリコの手下たちがこちらの行く手をさえぎったままなら、切り取ります。つぎはもう一つの耳、それから両目、舌。わかりますか?我々は黄金と一緒に出発する。彼女はパスポートだ。親父さんに伝えてください。エル・カトリコにも。これ以上黄金を欲しがると、歯もなく、目も潰れ、耳もそがれた醜い娘を手にすることになると。わかったか!」 シャープの怒りは少佐を圧倒し、カーシーは坂を2歩ばかり下りました。 「シャープ、私の命令だ」 「あなたの命令は受けない。俺の命令だ!出発する。連中に伝えるんだ!10分後には悲鳴を聞くことになるぞ!」 シャープは向きを変え、砦に戻りました。そして黙ったまま、カーシーがパルティザンのところに戻っていくのを見ていました。 メッセージは伝わったはずでした。セザール・モレーノと、エル・カトリコの姿がありました。 「彼は何もしないはずだ。信じてくれ」 と、カーシーは砦を見上げながら二人に言いました。 そして 「ハーディー大尉は」 と、言いかけて言いよどみました。エル・カトリコは馬をカーシーに向けました。 「彼が何か?」 「シャープが、彼は殺されたといっていたのだが」 エル・カトリコは笑い出しました。 「そういうことも、彼なら言うだろう。あなたは唯一、信用できる将校だ。シャープとは違う。第一、証明できない。ハーディー大尉は捕虜になったのだ。セザールに聞いてみたまえ」 テレサの父親はやつれた顔をしていました。 そのとき、すさまじい悲鳴が木々を劈くように響き渡りました。 セザール・モレーノは思わず馬を走らせ、そして再び悲鳴が響きました。 エル・カトリコはシャープを必ず殺すことを誓いました。 泣き声が聞こえ、靴音がし、命令が発せられました。 軽歩兵隊は銃剣を装着し、行軍を始めました。 テレサ・モレーノの首にはロープがかけられ、彼女はむせび泣き、両手で押さえた顔の下の白い布が、朱に染まっているのが見えました。 シャープは銃剣を彼女に突きつけていました。 その周囲を、ライフル隊員たちが固めていました。 セザール・モレーノは娘の姿を見たときに、この大尉を楽には死なせないことを誓いました。カーシーが彼の腕に触れました。 「申し訳ない」 「気にしないでくれ。捕まえて、私が殺す」 「すまない」 「少佐、あなたの責任ではない」 軽歩兵隊はゆっくりと黄金を運んでいきました。 シャープが、その殿軍にいました。まだ水が引かず、水面から出た草の葉を足で掻き分けるようにして歩いていました。 すぐ前を行くパトリック・ハーパーが、彼に向かってうなずきかけました。 「彼女の親父さんには気の毒でしたね」 「そのうち、無傷だってことがわかるさ」 「そうですね。すぐに少佐が来ますよ。腕は大丈夫ですか?」 シャープはテレサが傷を負ったと見せかける為、自分の左腕を切り裂いて、その血でテレサの包帯を染めたのでした。 「大丈夫だ。彼女が無事だと連中に話してやれ。そっとだぞ」 「わかりました」 ハーパーは前方に向かいました。 兵士たちはシャープが娘に刃を振り下ろしたのだと信じ、ショックを受けていました。 もし兵士たちが真実を知っていたら、パルティザンの前を通り過ぎるときに、彼らは笑いをこらえることができなかったはずでした。 シャープはテレサに視線を向けました。 「しばらく痛そうなフリをしていてくれ」 彼女はうなずきました。 「約束は守る?」 「守る。取引だ」 シャープはテレサに敬服していました。彼はテレサがなぜ自分たちの側にいるのか、わかっていました。 そして取引の結果というのは別れであることが残念でした。 しかし戦争は続くだろう。そうしたら、また会える。 切り立った崖を昼日中に登りながら、それでも少しずつコア川に近づいていきました。 エル・カトリコとその部下たちを振り切ることができるかもしれないとの希望を、シャープは抱き始めていました。 痛いほどの日にさらされ、あたりには動くものは全くありませんでした。 「フランス軍はいますかね?」 と、ハーパーは尋ねました。 「たぶんな」 「見つからなければいいんですが」 「パルティザンに見つかるよりはマシだろう」 シャープは肩の袋を担ぎなおしました。 「夜通し歩くしかないな。西に向かう」 しかし夕暮れ時、崖の縁にたどり着いた時に、彼は眼下にエル・カトリコたちを見出したのでした。 「畜生、畜生、畜生」 シャープは低くつぶやきました。 シャープたちが足場の悪い崖を上り下りしている間に、彼らはまた先回りをしていたのでした。 しかし死中に活を見出すとすれば、シャープたちは襲撃には有利な位置にいるということになりました。 シャープは闇に目を凝らし、そして疲れきった兵士たちに視線を向けました。 「夜明けに突っ切る」 「わかりました」 ハーパーは下を見下ろしました。 「少佐がこちらに向かってきています」 カーシーは馬を降り、坂を登ってきていました。 シャープは肩をすくめました。 「俺たちのためにお祈りをしに来てくれたんだろう」 その祈りはおそらく、悪い内容ではないはずでした。
by richard_sharpe
| 2006-10-02 19:41
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