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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第8章 カーサテハーダは粉々にされた蟻の巣のようなものでした。 午前中いっぱい、斥候が谷を回り、そして土煙を上げて戻っていきました。 乗り手を失った馬たちがさまよい、ハーパーは故郷のドニゴールの荒野でポニーを乗り回していたときのことを思い出しました。 兵士たちはひっそりと動き回っていました。 ケリーは血の泡を口元に浮かべながら弱々しく呼吸をしており、兵士たちは死を怖れるようにして彼を避けていました。 シャープは目覚めるとハーパーに休むように命じ、歩哨の交代をし、一掴みの草で剣にこびりついた血をこそげ落としていました。 火を焚くことはできず、兵士たちは戦場でと同様、湯の代わりに小便で銃の中を洗い流していました。 例の娘は何の反応も見せず、表情も変えず、ラモンの手をとり、彼の唇を水で湿してやっていました。 太陽はじりじりと彼らを焼き、それをさえぎるものはありませんでした。 カーシーはシャープの横にやってくると、谷を見下ろしました。 「見ろ。荷造りを始めたぞ」 望遠鏡で見下ろすと、村の通りには一頭の荷ロバがいました。その荷が黄金かどうかまで、判断はできませんでした。 「こっちまで探しにはこないだろう。我々が立ち去ったかどうかを確認するだけのはずだ」 「移動しますか?」 「このあたりでいちばんの隠れ場所は、ここだ。きみたちさえ頭を低くしていれば大丈夫だ」 シャープはカーシーが常に「きみたち」ということばを使い、自分が英軍に所属していないかのような、シャープがこの敵の領域で生き延びるかどうか気にしていないような言い方をするのが不思議でした。 カーシーはしばらく物思いにふけっているようでしたが、こう切り出しました。 「あれがなぜ重要か、きみは知っておかねばならない」 「少佐?」 と、シャープは何のことかわからずに問い返しました。 「黄金だ。スペイン側は非常に失望している。タラベラで何があったか、考えてみたまえ。シウダード・ロドリゴではどうだ?恥ずべきことだよ、シャープ」 シャープは黙っていました。 タラベラではスペイン軍は、彼らが保証した補給を怠ったためにウェリントンの力添えを失いました。 シウダード・ロドリゴでは、5週間前、要塞都市が果敢な防衛の後に陥落し、ウェリントンは救援を送りませんでした。 マッセーナの攻撃軍は、つぎはアルメイダを標的としていました。 「シャープ、我々は彼らに同盟軍として、何かしなければならん。我々が助けになること、有益であることを、さもなければ彼らの支持をわれわれは失う。わかるか?スペイン軍がいなければ、我々は戦争に敗北するのだ。ウェリントンにもそれがわかってきた。遅すぎても、来ないよりはマシだ」 カーシーは例の笑い声をたてました。 「ウェリントンが我々に黄金を運ばせる理由はそれだ。誠実な努力を見せなければならん。シウダード・ロドリゴでの裏切りを埋めないとな!政治的配慮というヤツだ!」 今は議論の場ではない、とシャープは思いました。彼は全くカーシーの言葉を信じていませんでした。 シャープにわかっていたのは、この小柄な少佐はスペイン人の側にあるということでした。退役後の人生を、この荒野と白い家々の土地に見出したかのようでした。 シャープはテレサとラモンのほうを振り返りました。 「彼らは黄金については何か知っていましたか?ハーディー大尉のことは?」 「何も言っていなかった。たぶんエル・カトリコが黄金を移動して、ハーディーはそれに付き添っているのだろう」 カーシーはスペイン語でテレサに何か話しかけました。 シャープにはその内容はわかりませんでしたが、テレサを見ることができるのが嬉しく、ジョセフィーナと黒髪が似ているな、などと思っていました。 しかし二人が似ているのはそれだけで、ジョセフィーナが贅沢な暮らしに浸かっているのに対し、この野生の動物のような娘は厳しい表情で、23歳という若さでしたがその口元にはしわが刻まれていました。 シャープは彼女の母親がむごい死に方をしたらしいということを思い出しました。 そしてフランス軍大佐を殺した時の彼女の笑顔を思いだし、思わず微笑しました。 「何がおかしいの?」 テレサはシャープの目を指で抉り取りそうな顔つきをしていました。 「何も。英語が話せるのか?」 「彼女の父親は英語が堪能で、我々はずいぶん助かった。彼女は何も知らないそうだ。黄金はまだ隠遁所にあるのではないかと言っている。ハーディーの姿は見ていないらしい」 カーシーは、スペイン人が自分に嘘をつくなどとは思ってもいない様子でした。 「では隠遁所を探さなければ」 「まずは偵察がどう動くか待とう。そう長くはかからないだろう」 300あまりの槍騎兵たちが村から移動を始めていました。彼らは馬から下りていました。 シャープは兵士たちに静かにするように命令し、偵察が向かってくるのを見つめていました。 騎兵たちは斜面を登り始め、シャープは彼らが斜面の低いところをずっと移動し続けていくように、息を殺して願っていました。 背の高い槍騎兵が1人、他のものたちよりも高いところにやってきました。軍曹でした。 降りてくれ。 シャープはひそかに繰り返しました。しかし彼は一人でやはりこちらに向かってきていました。 シャープはゆっくりと振り返り、唇に指を当てながらハーパーにその軍曹を示しました。 騎兵軍曹は立ち止まり、上を見上げ、汗を拭きました。 将校が下から戻るように叫びましたが、彼は首を振って稜線を指差し、さらに昇りました。 あとほんの数歩で、すべてが駄目になる。 シャープは自分の真下にいる軍曹を呪いました。 その息遣いまで聞こえるようになり、いきなりシャープの目の前に茶色く日焼けした手が這い上がってきました。 シャープは30分ほどとも思える、実際は1秒にもならない時間を待ちました。 そして敵が驚きの目を見張った時。 シャープはその軍曹の喉を右手で締め上げました。左手でベルトをつかみ、身体をねじるようにして敵を引っ張り上げました。 ハーパーがその男を蹴り倒し、7連発銃の銃床で頭を殴りつけました。 誰も見ておらず、気づいていないはずでした。しかし敵兵たちはまだこちらに向かっており、これで終わりではありませんでした。 敵の軍曹とハーパーは四つに組み合い、相手の頭をねじろうとしていました。 その軍曹は叫び声を上げるべきでしたが、めまいがしているらしく、ただ彼は立ち上がることだけを考えているようでした。 2人の取っ組み合いを、他の者たちはただ呆然と見守るばかりでした。 行動を起こしたのはテレサでした。 彼女はマスケットを拾い上げると、真鍮製の銃身で男の額を殴りました。 そのときにちらりと喜びの色が彼女の表情をよぎったのに、シャープは気づきました。 いきなり静かになり、ハーパーは首を振りながら立ち上がりました。 「ゴッド・セーブ・アイルランド」 娘はハーパーを哀れみのような色を浮かべた目で見やると、そのまま(シャープを見もせずに)彼の横に横たわり、敵を見下ろしました。 彼らは軍曹を探し始めていました。 大声で呼び、こちらに向かってきていました。 シャープはあたりを見回しましたが、身を隠すところはありませんでした。 見つかるまで、時間の問題だ。まったく、あの軍曹め! テレサが谷を横切り、向こう側に向かって行き始めました。 「彼女がうまくやる」 と、カーシーがラモンの横で首を振りながら言いました。 その間にも軍曹を探す兵士たちは、刻一刻とこちらに迫ってきていました。 いきなり叫び声が上がりました。 鋭く、短く何度か繰り返されました。 テレサでした。 彼女は恐ろしい叫び声を上げ、シャープの部下たちは戸惑った顔つきを見交わしていました。 シャープは身を乗り出すようにして崖の縁から覗くと、槍騎兵たちが叫びながら斜面の上のほうを指差しているのが見えました。 何に興奮しているのか、その正体が分かると、シャープは思わずハーパーも見たことがないような大きな微笑を顔に広げました。 シャープは望遠鏡を取り出しました。 全裸の娘が尾根に沿って、追っ手を気にするように振り向きながら走り、丘の反対側に姿を消しました。 酒か女だ。 と、シャープは思いました。兵隊にはそれに限る。 そしてテレサが姿を消した方向に、槍騎兵たちは統率をなくして殺到しようとするのでした。 彼らは軍曹が彼女を見つけ、裸にし、そして逃げられたのだと思っていることは確かでした。 彼女がいかに勇敢で頭が働くか、シャープにははっきりとわかりました。 しかしただこのとき、彼は陰影の濃い、筋肉質の裸身を思っていました。俺の好みだ。 カーシーはシャープを見上げていました。 「何があったんだ?」 「彼女が連中を遠ざけてくれました」 「どうやってですか?」 と、ハーパーが尋ねました。 娘の姿は丘の頂上の向こう側に消えていました。シャープはハーパーに笑いかけました。 「服を脱いだんだ」 「きみはそれを見ていたのかね!」 カーシーは怒気もあらわでした。 「何も手伝いができなかったので」 「なんという類の男なんだ、きみは?」 どんな類の男が、あれを見ずにいられるというんだ? 「言ってくださればよかったのに」 と、ハーパーが残念そうに言いました。 「お前のおふくろさんが心配するからな。すまんな」 とシャープは笑い、 「お前に話してみろ、他の奴らがみんな見たがるに決まっているじゃないか。とりあえず今のところは無事に収まったって事だ」 といいながら、シャープは彼女の美しさを思い浮かべていました。 2時間ほど経って、白いドレス姿でテレサが戻ってきました。 騎兵たちは軍曹を探すのをあきらめ、カーサテハーダから立ち去っていきました。 たぶんその村はこの周辺のパルティザンにとって、マッセーナ軍の補給を狙う根城となっていたのでした。 テレサは尾根から自分の村を見下ろし、騎兵たちの槍の穂先の輝きが遠ざかっていく様子を眺めていました。 その行軍は果てしなく続くようで、フランス軍の威容を物語っていましたが、彼らですらゲリラ軍を打ち破ることはできないのでした。 シャープはあらためて、自分がパルティザンと戦う側にいなくてよかったと思いました。 彼らに勝つには皆殺しにするしかない。 そして血に染まった多くの死体のことを思い出していました。 フランス軍が姿を消すまでの間に、ケリーは息を引き取りました。 シャープはまた未亡人になったプルー・ケリーのことを思い、死んだ伍長が笑みを絶やさなかったことなどを考えていました。 彼女はまたすぐに結婚するだろう。兵隊について歩く女が生き延びるには、それしか道はないから。 ケリーは浅い穴に葬られ、その上に兵士たちは石を積み上げ、カーシーが祈りを捧げました。 縛り上げられた槍騎兵は、その光景を見てもがくのをやめていました。 すっかり日が昇り、暑く、雨雲はまだ遠くにありました。 軽歩兵中隊は、空になった谷間に、黄金を探すために降りていきました。
by richard_sharpe
| 2006-08-29 17:29
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