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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第4章 シャープの目には、徒歩のカーシーは滑稽に見えました。 短躯で、忙しく小刻みにはさみのような両足を動かし、大きな灰色の口髭はこけおどしのようでした。 しかしひとたび葦毛の馬にまたがると、ようやく本来の身の丈になったというように落ち着きを取り戻すのでした。 夜の行軍でした。細い月が雲間にかかり、闇の中を少佐に率いられて辺境の土地を進んでいきました。 カーシー少佐はアルメイダからシウダード・ロドリゴにかけてのこの一帯を知り抜いていました。 彼は土地の様子と村々を、抜け道を、川の渡渉地点を知っていました。 そしてゲリラたちがどこにいるのかも知っていました。 アグエンダ川から立ち昇る霧の中に腰を下ろし、彼はパルチザンのことについてシャープとノウルズに話して聞かせました。 襲撃と、殺戮について。武器を隠す秘密の場所について。そして丘の頂上から頂上へと伝わる烽火について。 「パルチザンを知らずには、ここで活動はできないのだよ、シャープ。フランス軍は伝令一人のために400人を警護につけねばならないほどだ。それでも十分ではないこともある」 ウェリントンは相当額を懸賞として提示している為、フランス軍の伝令はパルチザンにとっていい稼ぎになるのでした。 殺し方も無残でした。 「昼間は羊飼いや農夫や粉屋だったりするものが、夜には殺し屋に変わる。フランス人がひとり殺す間に、彼らは二人殺す。全ての男、女、子供たちまでもだ」 「女も闘うのですか?」 と、ノウルズが足を伸ばしながら尋ねました。 「闘う。男同然にな。モレーノの娘のテレサは、どんな男よりも優秀だ。どう襲えばいいか、ちゃんと知っている。彼女が殺したところを見たことがあるがね」 シャープは目を上げて丘の上を霧が流れていくのを見ていました。 「その娘が、エル・カトリコと婚約しているという?」 「そうだ」 しばらく沈黙したのち、中にはただの山賊もいる、ということをカーシーはいい、ノウルズはそれがエル・カトリコのことかどうか尋ねました。 「そうではない。しかしあの男は手ごわい。生きたままのフランス兵の皮を少しずつ剥いでいくのを見たことがある。祈りながらな。中尉、ここではフランス人がどんなに憎まれているか知っておくべきだ。テレサの母親もフランス人に殺された。ひどい死に方だった」 そして彼は立ち上がり、移動を告げました。 カーサテハーダまで約2時間、その前にアグエンダ川を渡らなければなりませんでした。 ここを渡ると友軍を期待することはできませんでした。既にフランス軍の領域内で、カーシーは敵の気配を探りながら先頭を進んでいきました。彼は敵に遭遇しても身を隠すことができるように、間道を選んでいました。 中隊は敵に近づくにつれ、興奮してきました。シャープが踏み分け道の傍らで兵士たちが行き過ぎるのを待つ間、彼らは皆笑顔を送ってきました。 ライフルマンは彼とハーパーを除いてたった20人になっていました。 優秀な奴らだ、と、シャープは嬉しく彼らを見つめていました。 ダニエル・ハーグマン。中隊一のスナイパーで、元密猟者。 パーリー・ジェンキンス。小男でおしゃべりで、釣りがうまい。彼はタングと組んで闘う。 アイザイア・タング。本と酒にどっぷり浸かった彼は、ナポレオンは目覚しい天才で英国政府は圧制者だと信じているが、それはそれとしてクールなライフルマンとしての戦いぶりを見せてくれる。彼は手紙の代筆をしてやり、届いた手紙を読んでやる。ときどき批判的な議論を吹っかけたがるが、無理強いはしない。 みんな、いいやつだ。 残りの33人はレッドコートでブラウン・ベス・マスケットを携えた歩兵たちでしたが、タラベラでの勇者たちで、ノウルズ中尉もいっぱしの将校になってきていました。(まだシャープを怖れているようでしたが。) アイルランド人のジェームズ・ケリー伍長は結婚してからこの3ヶ月というもの、笑いが止まらない様子で、メソジスト信者のリード軍曹は中隊全員の魂のことをいつも心配していました。 彼らの中でも最高のハーパー軍曹はシャープの傍らを歩いていました。 「お次は何ですかね?」 「金を拾って帰るのさ。簡単だ」 ハーパーはにやりと笑いました。 彼は戦闘においては、アイルランドの戦士の物語に出てくるゲール人の英雄のように野蛮でしたが、ひとたび戦いを離れると韜晦するのでした。 「それを信じているんですか?」 シャープには答える暇がありませんでした。 カーシーが200ヤード先で止まり、馬を下りると左を指差し、丘の上に登るように指示しました。 シャープもその動作を繰り返して中隊は移動を始めました。 「何事です?」 カーシーは答えず、獲物を探る猟犬のような目つきをしていました。そして丘の上を示しました。 「白い石が見えるか?敵はこのあたりに広がっているということだ。来い」 少佐は馬を引き、岩場に入っていきました。シャープと兵士たちもそれに続き、やがて村を見下ろす谷間に出ました。 「奴らもここにはこないだろう」 「で、ここはどこです?」 カーシーは谷の先を指しました。 「カーサテハーダだ」 遠くに雲が湧いていましたが空は青く、シャープには何も不審な点はないように思われました。 中隊が移動した小道から何かが音をたてて飛び立ち、ハーパーが微笑するのをシャープは見ました。 軍曹は鳥を見て日がな過ごすのが好きなのでした。 何も異状はないように見えました。 カーシーは岩の影に愛馬を連れて行き、何か話しかけていました。そのようすで、シャープには孤独な偵察業務の間、カーシーにとってこの馬だけが友人だったことがわかりました。 カーシーはシャープの元に戻ると、姿勢を低く保つように命令しました。 カーサテハーダは美しい村でした。川の流れが出会うところに作られた、40軒あまりの小さな村で、食糧も豊かでした。 村から2マイルほどのメイン・ストリートの突き当たりに古い塔が建ち、教会があり、反対側には大きな邸がありました。 シャープは朝日を反射することを怖れて望遠鏡を使いませんでしたが、その家が中庭を囲んで建物をめぐらしたつくりになっていることがわかりました。 「モレーノの邸だ」 「金持ちなんですね」 「かつてはな。このあたり一帯の大地主だった。だが、フランス軍がやってきた。今では廃墟だ。だかこの丘陵地からの襲撃までも奪い取ることはできんのだ」 村は無人で、生き物の気配もありませんでした。果樹園の奥にまた一つ教会と鐘楼がありました。 「隠遁所だ。聖者が昔住んでいたところに教会を建て、今では墓地として使われている。あそこに、黄金がある」 「あそこのどこに?」 「モレーノ家の納骨堂だ。隠遁所の脇だ」 村の通りは左から右に横切っており、右(南)に向かう端は谷の向こうの紫色の霞に消え、左はこちらに近づいて斜面の陰になっていました。シャープはそこを指差しました。 「どこに向かっているんですか?」 「サン・アントンの浅瀬だ」 そしてカーシーは丘の上の白い石を見上げました。 「来たようだ」 「だれが?」 「フランス軍だ」 風のほかに何も動くものはなく、しかしカーシーは鋭い目で谷をくまなく見渡していました。 「襲撃だ」 「なんですって?」 「教会の風見が動いている。パルチザンがいる時には鎖で固定してある。動物がいないだろう?フランス軍が食糧に屠ったのだ。奴らはじっと待っている。パルチザンが、もう誰もいなくなったと思って戻ってくるのを」 「戻ってきますか?」 「いや。連中は頭がいい。フランス軍は一日中待つことになるだろう」 「われわれは?」 カーシーは一瞬鋭い視線をシャープに投げかけました。 「待つさ」 兵士たちは窪地のそこに武器を置き、コートで日差しをさえぎり、水筒の黒ずんだ水を飲みながら休んでいました。 アルメイダを発つ前にシャープとハーパーとノウルズの3人で兵士たちの身ぐるみを剥いで12本のワインと2本のラム酒を没収していましたので、多少は隠し持っているにしても、酔っ払って使い物にならなくなるようなことはないだろうとシャープは思っていました。 兵士たちは眠り、シャープは道筋の確認を終えてやっと眠ろうとしたところをハーパーに起こされました。 「動きが?」 「谷です」 ざわついている兵士たちを抑えてから、シャープとハーパーはカーシーとノウルズがいる岩がけの縁に向かいました。 「見ろ」 と、カーシーが薄笑いを浮かべました。 北から5騎の姿が村に向かっていました。シャープは望遠鏡を取り出しました。 「パルチザンですか?」 「3騎はな」 スペイン人たちはまっすぐに背を伸ばし、ゆったりと騎乗していました。しかし残りの二人は裸にされ、鞍にくくりつけられていました。 「捕虜だ」 と、カーシーは鋭い声で短く言いました。 騎馬の男たちは立ち止まり、一人が馬から下りると捕虜たちに向かいました。裸の男たちは鞍から下ろされ、足首を馬の腹の下にしっかりと結びつけました。そしてロープが長く繰り出され、フランス人たちは馬に引きずられるかたちになりました。 シャープの望遠鏡を借りていたノウルズは、青い顔をしていました。シャープはそれを受け取り、覗き込みました。 「奴らはどうする気です?」 「アザミさ」 道の両側はアザミの生い茂った岩地で、ときに人の丈ほどの高さになっていました。 まず1頭が走り出し、その後を次の馬が追いました。ジグザグに走る馬たちの様子を、3人のスペイン人は馬上から静かに見守っていました。 2人の裸の捕虜たちの姿は土煙で隠れましたが、馬は岩に出くわすと向きを変え、そのたびに体が赤く染まっているのがちらりと見えました。 おそらく既にフランス人たちには意識はなく、痛みも感じていないはずでしたが、パルチザンたちの思惑通りに村のセザール・モレーノの邸に動きが見えました。 門が開き、じっと潜んでいた騎兵隊が姿を現したのです。 軽騎兵隊でした。サーベルを抜き、奔走する2頭の馬に向かって行きました。 しかし馬たちは立ち止まりました。フランス騎兵隊に追い回された記憶が、制御するもののない馬たちを怯えさせたのでした。 谷間は混乱に陥っていました。 2頭の馬は狂ったように走り回り、騎兵隊の命令系統は乱れ、100騎ほどのフランス騎兵は谷間を縦横に駆け回り、さらに多くの騎兵たちが通りに出てきているのも見えました。 もし自分の部下たちがあんな目に遭っていたら、やはり自分も助けようと走り回るだろう。 シャープはそう思いました。 1頭がようやく捕まったとき、他の馬を追おうとしていた騎兵たちに集合をかけるトランペットが響きました。 エル・カトリコが北の丘から手勢を引き連れて姿を現したのです。 圧倒的に数で勝るはずのフランス兵は虚を突かれました。 「パーフェクトだ」 と、カーシーは嬉しそうにいいました。 襲撃したはずの者たちが、襲撃されようとしていました。
by richard_sharpe
| 2006-08-12 15:03
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