カテゴリ
三冬のシャープ・サイト
以前の記事
2009年 06月 2009年 04月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第2章 差し迫った敗北の象徴があるとしたら、それはサウス・エセックス司令部が置かれているセロリコのサン・パオロ教会でした。 シャープは聖歌隊の席に立ち、僧侶が十字架像の衝立を白く塗っているのを眺めていました。 それは豪華なもので、古い、由緒あるものと思われました。 僧はシャープとついたてを交互に見やり、肩をすくめました。 「前にきれいにした時には、3ヶ月かかったんですよ」 「前?」 「フランス軍がここから出て行ったときです。もしこれが銀製だと知っていたら、バラバラにして持って行ったでしょう」 「そんなに遠くには持っていかないだろう」 それは気休めにもならず、僧侶は乾いた笑い声を上げました。 二人とも、フランス軍がまたやってきていること、英軍が撤退するだろうことを知っていました。 シャープは僧侶に対し、自分が個人的に裏切ろうとしているかのような後ろめたさを感じました。 ドアが音をたてて開き、午後の日射しが差し込んで、盛装したロウフォードが入ってきました。 「準備はいいか」 「はい」 「心配するな、リチャード」 と、フォレスト少佐がドアの向こうからシャープに微笑みかけました。 「十分に心配してほしいものだ」 陸軍中佐ウィリアム・ロウフォード卿は腹を立てていました。彼はシャープをじろじろと見回しました。 「準備できているのか?新しい軍服はどうした。浮浪者みたいじゃないか」 「リスボンです。軽歩兵隊の装備は軽いに限りますから」 「そして憲兵をライフルで脅すべきでもない。行くぞ。遅れるわけにはいかんのだ」 ロウフォードは三角帽をかぶりなおし、シャープは片手を挙げました。 「ちょっと待ってください」 彼は、中佐の白い帯に留めた金のバッジの埃を払いました。 それはタラベラ作戦後にロウフォードがイーグルをかたどって作らせたもので、サウス・エセックスだけがフランス軍の象徴を奪ったことを記念するものでした。 シャープは満足げに一歩下がりました。 「これでいいです」 ロウフォードはその謎かけを察し、笑いました。 「シャープ、お前ってヤツは。イーグルを奪ってきたからって、好きなことができるわけじゃないぞ。行こう」 シャープにしてみれば不思議なことに、ロウフォードが彼の嫌う上流階級の金持ちであるにもかかわらず、シャープはロウフォードが好きで、彼の部下でいることに満足していました。 彼らは同い年で、ロウフォードは昇進のための費用に困ったことなどありませんでした。 7年前にインドのマーラッタで戦ったとき、ロウフォードは中尉でリチャード・シャープは軍曹でした。 この軍曹は上官をサルタン・ティプーの塔で生き延びさせ、ロウフォードは彼に読み書きを教えたのでした。 人ごみを掻き分けるようにして、シャープはウェリントン公の司令部に向かうロウフォードについていきました。そして中佐の高価なユニフォームを見ながら、7年後はどうなっているのだろう、と思うのでした。 ロウフォードは野心的でしたし、シャープは彼が将軍になることを確信していました。そしてロウフォードはシャープのようなタイプの男を、今後とも必要とするだろう。 シャープはロウフォードの目であり耳であり、プロの兵士であり、ゴロツキのような兵士たちの表情を読み、彼らを優秀な歩兵部隊に仕上げることのできる男でした。 そしてそれ以上に、シャープは地の利を読み、敵を読むことができ、ロウフォードはこの軍曹上がりの将校を頼りにして、これまで闘ってきたのでした。 シャープのイーグルもまた役立ってきました。 それはバルデラカーサで軍旗を失ったことの恥辱を晴らし、サウス・エセックスの兵士たちの自信を回復しました。バッジは兵士たち全員の帽子につけられ、タラベラでの栄光を全員で分かち合っているのでした。 ロウフォードは人ごみの中から抜け出ると、シャープに念を押しました。 「軍事法廷沙汰にだけはさせられない。リチャード、断じてそれはダメだ。たぶん謝罪をしなければならないことになる。それでやり過ごすんだ」 「謝る気はありませんよ」 ロウフォードは足を止めて振り返り、指をシャープの胸に突き立てました。 「リチャード・シャープ。謝れと命令されたら、とびきりの謝り方をするんだ。はいつくばって、のたうち回って、ぺこぺこして、おべっかを使うんだ。わかったか?」 シャープはカチッと音をたてて踵を合わせました。 「サー!」 ロウフォードは、怒りを爆発させました。滅多にないことでした。 「全く、本当にわかっているのか、リチャード!これは軍事法廷行きの犯罪なんだぞ!アイレスは憲兵隊長にわめき立て、憲兵隊長は将軍に向かってわめきたてたんだ。で、ミスター・シャープ、将軍はこの点に関しては向こうに同情的だ」 人だかりができ、ロウフォードの怒りはそがれたようでしたが、指はまだシャープに向けられたままでした。 「将軍は憲兵隊をさらに導入しようとしている。その仕事の手始めがリチャード・シャープ大尉だということを、将軍はお喜びにならないだろう」 「わかりました」 「それからシャープ大尉、将軍がきみの行動に好意的だとは考えないことだ。あの方は今まで十分きみの身を守ってきた。これ以上ということはあるまい。わかるな?」 シャープはロウフォードが正しいことはわかっていました。 将軍はサウス・エセックスに出動を命じましたが、目的はまだ知らされておらず、シャープはそれがこれまでの退屈を忘れることができるような任務であることを望んでいました。 しかしアイレスの登場で状況が変わり、シャープは軍事法廷送りかも知れず、あるいは国境付近でのパトロールに配置換えされるかもしれないのでした。 ウェリントン司令部の建物の屋根の上には、妙なものが設置されていました。 シャープにとって、テレグラフ(電信)という新しい装置を見るのは、これが初めてでした。彼はそれが作動しているところをぜひ見てみたいものだと思いました。メッセージがコア川の警備隊からアルメイダの要塞を経て伝えられるというのです。 これは海軍のシステムを導入したものだということで、20マイルの距離を10分で到達できるのです。 シャープは、この長いナポレオン戦争が続く間に、必要に応じてこれからどんな新しい仕掛けが発明されることだろう、と思うのでした。 さて、ひんやりとした廊下に踏み込むと、シャープはテレグラフのことを忘れました。 彼はこれから始まる尋問をやはり怖れていました。 シャープのキャリアは不思議にもウェリントンのそれとリンクし、いくつかの戦場を共にしてきました。 そしてシャープは常に背嚢の中に、将軍から贈られた望遠鏡をしまいこんでいました。 小さな銘板がはめ込んであり、そこには 「感謝をこめて AW 1803年9月23日」 と刻まれていました。 サー・アーサー・ウェルズレイはシャープ軍曹に命を救われたと信じていましたが、シャープは実際のところ、将軍の馬が倒れ、インド兵の銃剣が迫ってきたことくらいしか憶えていませんでした。 アッセイエの戦場での彼は、上官たちが次々と死んでいくのを見、生き残りをかき集め、敵を叩きのめした、それだけでした。 その戦いの後で彼は将校に取り立てられ、取り立ててくれたその本人が今、シャープの運命を決めようとしているのでした。 若い少佐の案内で招じ入れられ、シャープはほぼ1年ぶりにウェリントンを見ることになりました。 シャープはそこに憲兵の姿がないのを知ってほっとしましたが、将軍の怒りを感じ取ることができました。 「きみはアイレス中尉をライフルで脅したのかね、シャープ大尉」 大尉 という言葉が強調されていました。 「はい」 ウェリントンはうなずき、その表情は疲れて見えました。 彼は立ち上がって窓に歩み寄り、部屋の中は静まり返って通りからの音だけが聞こえていました。 ウェリントンは振り返りました。 「わが軍の兵士たちが略奪や強姦を行った場合の軍への損害を理解しているかね、シャープ大尉」 「理解しております」 「そうであってほしいものだ」 彼は再び腰を下ろしました。 「敵軍は食糧調達のために略奪を奨励している。結果として、彼らはいく先々で憎まれる。私はそれを避けるために金を使っている。まったく、いくらかかることか!だから地元の人々はわれわれを歓迎し、助けてくれるのだ。わかるか?」 「はい」 シャープはこのお説教が早く終わってくれればいいな、と思っていました。 突然頭上で変わった音が聞こえてきました。ウェリントンは天井を見上げ、シャープにもそれがテレグラフの音であることが察せられました。 「官報で公表したきみの昇進は、まだ裁可を得ていない」 と、ウェリントンは再びシャープに視線を向けました。 シャープは、公式にはまだ中尉で、大尉としての階級は1年前にウェリントンによって交付されましたが、まだ正式な認可を得ておらず、彼の地位は全く流動的なものなのでした。 「その兵士は処罰されたか?」 「はい」 「それでは、二度と同じことが起こさないようにしてくれたまえ、シャープ大尉。たとえ野生のニワトリであっても、二度と」 やっぱり、将軍は軍隊で起きるすべてのことをお見通しなんだ、と、シャープは驚きました。 しばらく誰も口を利かず、これで終わりなのか、軍事法廷には送られずに済むのか、とシャープは不安になりました。謝らなくてもいいのか?彼は咳払いをしました。 「なんだね?」 「ほかに何か、軍事法廷とか、配置換えとか、そういうことは?」 ロウフォードは心配そうにシャープを見ましたが、将軍はかすかに笑いました。 「シャープ大尉、きみとあの軍曹を縛り上げたいものだ。しかしきみにはやってもらうことがある。この情勢をどう思う?」 沈黙が漂い、やがてロウフォードが 「敵の意図とわれわれの反撃について、憂慮すべき点がありますが」 と遠慮がちにいいました。 「敵はわれわれを海に追い落とすだろう。反撃?3万の軍勢と2万5千のポルトガルの初心者どもで、35万の兵士を迎え撃つのか?」 頭上のテレグラフはまだ音をたてていました。 将軍が挙げた数字には、ゲリラやパルティザンは含まれていませんでした。しかしそれを入れても、絶望的な数字に変わりはありませんでした。 ドアがノックされました。 先ほどの少佐が入ってきて、将軍に紙を手渡しました。それに目を通しながら、彼はため息をつきました。 「残りはまだ受信中なんだな?」 「はい。しかし要旨はここに」 少佐が去ると将軍は椅子に寄りかかりました。 あまりいいニュースではないようでした。 かつてウェリントンが、作戦を指揮することは手綱でつながれた馬のチームを走らせるようなものだといっていたことを思い出しました。ロープは弾けようとし続け、将軍にできることはそれを結び合わせて走り続けることしかないのだと。 1本のロープは今まさに解けかかっており、シャープは将軍の指がテーブルを小刻みに叩くのを見つめていました。 将軍は目を上げてシャープを見、そしてロウフォードに視線を移しました。 「中佐、シャープ大尉を借りる。中隊もいっしょに。1ケ月以上借りることになると思う」 「わかりました」 ウェリントンはやや安心した様子で立ち上がりました。 「戦争はまだ終わっていない。諸君、たとえ誰がなんと言おうとも」 口調は苦々しげでした。 「フランス軍を戦闘に引き出し、われわれがそれに勝つことができれば、進撃を食い止めることができるだけかもしれないが、われわれの生存は他のことにかかっている。シャープ大尉、きみがそれをもたらさなければならない。もたらさなければならないんだ。わかるか?」 シャープは、将軍がこれほどにしつこく強調するのを聞いたことがありませんでした。 「わかりました」 「もし失敗したら?」 と、ロウフォードが尋ねました。将軍はかすかな微笑を浮かべました。 「失敗しないほうがいい。ミスター・シャープ。私のカードはきみだけじゃない。しかしきみは・・・重要だ。諸君、予期せぬことが数多く起こることだろう。シャープ大尉、きみは私の指揮下に入った。今夜の出発に備えて準備したまえ。女たちも、必要ない装備も置いていけ。そして完全武装だ」 「わかりました」 「きみは1時間以内にここに戻れ。任務は2つだ。1つ目は、命令を受理することだ。私からではなく、きみも旧知の人物だ。ホーガン少佐だ」 シャープは、顔がほころぶのを押さえられませんでした。技術将校の物静かなアイルランド人は、シャープの友人でした。しかしウェリントンはそのシャープの喜びに釘を刺しました。 「しかしその前に、ミスター・シャープ、アイレス中尉に謝罪してきたまえ」 将軍はシャープの反応を注視していました。 「もちろんです。もちろん最初からそのつもりでした」 シャープは空々しく驚いたように目を見張ってみせました。しかし将軍の目の奥に、面白がっているような色がちらりと光ったような気がしました。 ウェリントンはロウフォードに目を向けました。 「いいかな、中佐」 「ありがとうございます、将軍」 ロウフォードは長く将軍の参謀として傍らにあり、その気質を知りぬいていました。 「夕食に同席したまえ。いつもの時間だ。フォレスト少佐も。シャープ大尉は忙しそうだな。それでは諸君、これで」 司令部の外では喇叭が聞こえ、夕日があたりを赤く染め上げていました。 将軍は好物のマトンの夕食の前に事務処理を終わらせようとし、しかし一瞬手を止めました。 ホーガンのいうとおりだ、と、彼は思いました。 作戦に奇跡が必要だとしたら、今会ったばかりのロクデナシこそが適任だ。ロクデナシだが、それ以上だ。戦士で、失敗なんて他人事だと思っている男だ。 しかし全くロクデナシだな。 と、ウェリントンは思いました。
by richard_sharpe
| 2006-08-02 11:15
| Sharpe's Gold
|
ファン申請 |
||