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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第1章 敗北でした。 まだ戦争は終わってはいませんでしたが、将軍たちから娼婦にいたるまで、それは周知の事実でした。 英軍は罠にかかり、縛り上げられ、料理の仕上げにナポレオンの登場を待つばかりでした。 スペインは陥落し、カディス港の要塞とゲリラたちを残すのみでした。 敗北でした。 第95ライフル隊からサウス・エセックス軽歩兵隊の指揮を取るようになったリチャード・シャープ大尉は、戦争に負けたとは思っていませんでした。 しかし不機嫌で、イライラしていました。 雨は降り続き、足元はぬかるみ、ライフル隊のユニフォームはじっとりと濡れて重くなっていました。 彼は黙って、兵士たちの、とりわけロバート・ノウルズ中尉とパトリック・ハーパー軍曹のおしゃべりを聞きながら、むっつりと歩いていました。 二人は彼をほうっておいたほうがいいことをわきまえていました。中尉はそれでもシャープの不機嫌について何か言おうとしましたが、大柄なアイルランド人の軍曹は首を振りました。 「大尉を励ますチャンスなんかありませんよ。惨めになるのが好きで、だから惨めになりきっているんです。そのうちあいつは自力で這い上がってきますって」 ノウルズは、一介の軍曹が大尉のことを 「あいつ」 呼ばわりするのはどうかと思いましたが、軍曹に悪気は無いことはわかっていましたし、それに彼は二人の友情がうらやましくもありました。 この数ヶ月でノウルズにも彼らの友情がどんなものかわかってきていました。 彼らはオフのときを一緒に過ごすようなことはありませんでしたが、それでもやはりそれは友情でした。二人とも戦闘に関しては才能を持ち合わせており、二人が制服を脱いだ姿をノウルズは想像できないほどでした。 二人は戦争のために生まれたかのようで、普通は生き延びるために必死になる戦場で、シャープとハーパーは存在そのものが驚異的でした。戦場に生まれついているといってもいいほどで、ノウルズはそのこともうらやましく思っていました。 雨の中、ハーパーは機嫌よく兵士たちに声をかけ、北の戦場に向かっていくことをむしろ嬉しく思っていました。 パトリック・ハーパーも他の兵士たち同様、フランス軍とその新しい司令官についての噂を聞いてはいました。しかし、かといって彼はそれで夜の眠りが浅くなるということもありませんでした。 噂では、補充兵としてポーツマスから3月に派遣された兵士たちは嵐に遭い、ビスケー湾の北岸に死体として打ち上げられたということでした。そのため、連隊は正規の半数で闘うことになるのでした。 ハーパーはそのことも気にしていませんでした。 タラベラでは2分の1だった。今夜は集合場所のセロリコの町に着けば、女もいるし酒もあるだろう。 ドニガール出身の男には、もっとひどい運命だってあったかもしれないし。 ハーパーは口笛を吹き始めました。 それはシャープを苛立たせました。 英軍が打破されたということを彼は信じていませんでした。信じてはいませんでしたが、シャープを落ち込ませる原因にはなっていました。 タラベラ以降、連隊はパトロールと訓練にばかり時間を費やしていました。 将校たちはフランス騎兵の胸当てを洗面器代わりにし、シャープ自身までが、お湯を使って毎日ひげをそるという贅沢に慣れてしまっていたのでした。 平和時の旅行のような行軍でした。しかしようやく、時ならぬ雨の多い夏の今、フランス軍の攻撃が予想される北部へと向かっているのでした。 道は谷間の小さな村に入りました。 騎兵隊の姿があり、シャープはさらに苛立ちを感じましたが、彼らのユニフォームを見て気を変えました。 ブルーの、キングス・ジャーマン・レジオンでした。 シャープは彼らを尊敬していました。彼らはプロフェッショナルでした。シャープもまた、プロフェッショナルでした。戦場で経験を積み、幾多の闘いを生き抜いてきた彼やハーパーのような男たちは、戦時にだけ必要とされる男たちで、それはジャーマン・レジオンの兵士たちも同様でした。 騎兵たちの不審げな視線の中、シャープたちは行軍を止めました。シャープの赤い帯に目を留めた将校が、シャープに呼びかけました。 「きみが隊長か?」 「サウス・エセックス、シャープ大尉だ」 「シャープ大尉!タラベラの!」 将校は満面に笑みを広げ、シャープの手を握り、背を叩きました。そして部下たちのほうを振り向くと、彼らに向かって何か叫びました。 騎兵たちはみなシャープに向かってうなずきかけました。 シャープがタラベラでフランス軍のイーグルを奪ったことを、皆聞いていたのでした。 シャープはハーパーと兵士たちのほうを顎でしゃくりました。 「ハーパー軍曹と歩兵隊のことも忘れないでくれ。みんなでやったんだ」 「たいしたもんだな!私はロッソウ大尉だ。セロリコに向かうのか?」 シャープはうなずきました。 「あんたたちは?」 「われわれはコアに向かう。偵察中だ。敵が近づいている。戦闘になるぞ」 彼は嬉しそうで、シャープは騎兵がうらやましくなりました。ロッソウは声高に笑いました。 「こんどはわれわれがイーグルを取ってくる。どうだ?」 シャープはフランス軍を打ち破るとしたら、彼らを置いてほかにないと思いました。英軍の騎兵も勇敢でしたが、偵察や歩哨の仕事に倦み、ただ戦闘を夢見ているだけでした。 他の歩兵たち同様、シャープもまた英国騎兵隊よりも、仕事をわきまえているジャーマン・レジオンのほうが好きでした。 ロッソウはさらに付け加えました。 「もうひとつ、あの忌々しい憲兵たちが村にいる」 シャープは大尉に感謝し、そして兵士たちを振り返りました。 「ロッソウ大尉の言葉を聞いたか!憲兵がいるぞ。手癖の悪いやつはよく気をつけることだ!わかったか」 誰も略奪の罪で絞首刑になりたくなどありませんでした。 シャープは隊を解散し、10分間の休憩に入りました。 騎兵たちは雨の中を出立し、シャープは貧しく、見捨てられた村の中央の教会に向かいました。住民たちはポルトガル政府の命令で南や西の方角に立ち退き、食糧は持ち去られ、井戸は羊の死体で汚染されていました。 パトリック・ハーパーはロッソウと出会ったことでシャープの機嫌が直ってきたことを知り、彼の傍らにやってきました。 「盗むようなものはありませんよ」 「奴らは何か見つけるんだ」 3人の憲兵たちが教会の横にいました。彼らは待ち伏せする山賊のように、獲物を待ち構えていました。 「おはよう」 と、シャープは気安げに彼らに話しかけました。 将校が胡散臭げにうなずき返しました。 「このあたりにライフル隊はいないと思っていたが」 もしこの憲兵が彼らを脱走兵だと思っているとしたら、お門違いでした。脱走兵はユニフォームを着てなどいないものでしたし、シャープもハーパーも、他のライフル隊員同様、グリーンジャケットを着ていました。憲兵将校は二人を馬上から見下ろしました。 「命令を受けているのか?」 「将軍のご要請です」 と、ハーパーが人懐こい調子で答えました。憲兵はわずかに苦笑を浮かべました。 「ウェリントン公ご自身の?」 「そのとおりだ」 シャープは声に警告を含ませましたが、憲兵は気づかないようでした。シャープのいでたちは特殊でした。色あせて傷んだグリーンジャケット、フランス騎兵のオーバーオールにナポレオン近衛隊のブーツ。他の兵士たちと同様、フランス兵から奪った背嚢を背負い、将校にあるまじきことにライフルを肩にかけていました。将校の身分を示す肩章は縫い目とほつれを残してなくなっていて、緋色の帯も色あせ、汚れていました。 そしてシャープの剣。 それは歩兵将校のサーベルではなく、バランスが悪くて評判のよくない、騎兵の重たい剣でした。 「きみの所属は?」 と、憲兵将校は落ち着かない様子で尋ねました。 「サウス・エセックス軽歩兵隊だ」 憲兵将校は兵士たちを見渡しましたが、とくに誰かを縛り首にする理由も見つからず、シャープとハーパーに目を戻し、ハーパーの肩に目を留めました。 シャープよりも4インチは背の高いこのアイルランド人は、シャープよりもさらにイレギュラーな武器を携えていました。ライフルと、7連発銃。憲兵はそれを指差しました。 「何だ、それは」 「7連発銃です」 ハーパーの声は、自分の新しい銃への誇らしさにあふれていました。 「どこで手に入れた?」 「クリスマス・プレゼントです」 確かにそれは、シャープがハーパーにクリスマス・プレゼントとして与えたものでした。 憲兵は信じていないようでした。 まだ数百しか製造されず、海軍が接近戦で使うために一回に7発発射されるように工夫されたその銃は、反動で肩を砕くほどの衝撃があるものでしたが、シャープはハーパーなら使いこなせると思って与えたのでした。 「クリスマス・プレゼントだと?」 「俺からだ」 「で、きみは?」 「サウス・エセックスのリチャード・シャープ大尉だ。あんたは?」 憲兵は硬直しました。 「アイレス中尉であります」 「アイレス中尉、ここで何をしている?」 シャープは中尉の疑惑や居丈高な態度にうんざりしていました。 こういう連中が彼を鞭打ち刑にしたのでした。モリス大尉は、ダブリンにいることがわかっていました。ヘイクスウェル軍曹はどこにいるかわかりませんでしたが、シャープは必ず復讐しようと思っていました。 とりあえず、今はこの若い憲兵将校が相手でした。 「どこへ行くんだ?」 「セロリコです」 「気をつけてな、中尉」 「その前にまず一回りします」 シャープは憲兵たちが通りを馬で行くのを雨をすかして眺めていました。 「軍曹、お前の言うとおりだといいな」 「なんです?」 「何も盗むようなものがなければいいな、ってことだ」 そして二人はいきなり思い当たり、走り出しました。 シャープはホイッスルを吹き、軍曹たちが号令をかけて兵士たちを集合させました。憲兵もそれを聞きつけ、馬を返してきました。 「行軍用意!」 と、ハーパーが中隊の前に出ました。ノウルズがシャープのすぐそばに立ちました。 「何事ですか?」 「憲兵隊だ。何かあるぞ」 憲兵たちは必ず何かを見つけ出そうと決意しているようでした。 48人の兵士たちと3人の軍曹、将校が2人。しかし1人欠けていました。バッテンでした。 バッテンは髪をつかまれ、家の間から憲兵に引きずり出されました。 「略奪です。逮捕します」 シャープが喜んで絞首刑にしたい男がいるとしたら、この錠前破りのバッテンでした。しかしシャープは憲兵に何事もさせるわけにはいきませんでした。 「こいつが何を盗んだと?」 「これです」 アイレスが高く掲げたのは、まだ足が痙攣しているニワトリでした。 シャープは怒りがこみ上げてきました。憲兵ではなく、バッテンに対してでした。 「略奪は絞首刑です。見せしめは必要です」 ざわめきが兵士たちの間に広がりましたが、ハーパーがそれを押さえました。シャープはバッテンを怒鳴りつけました。 「どこでニワトリを見つけた!」 「その辺にいたんです。野生のニワトリです」 笑いがわき起こり、ハーパーがまたそれを静めました。 「野生だと?家の中にいたじゃないか。大尉、嘘です。私はこの男を家の中で見つけました」 「その家に誰が住んでいるんだ?住民はいるのか?」 「今はいません。が、人の住まいです」 「この村は捨てられているぞ。誰から盗んだんだ?」 アイレスにとってはそれは問題ではありませんでした。 「ニワトリはポルトガルに所属するものです。縛り首だ」 と、アイレスは他の二人を振り返りました。 「やめろ!」 「盗みは死刑です。あなたの部下たちはみんな同じだ。見せしめがないとわからない。いいか、コイツが吊るされるのをよく見て置け!お前たちもこうなるんだ!」 と、アイレスは終わりのほうを兵士たちに向かって叫びました。 が、カチッという音がそれをさえぎりました。 シャープがベーカー・ライフルの銃口をアイレスに向けていました。 「放してやれ、中尉」 「気でも狂ったのか」 アイレスは青ざめ、シャープと、横に立ったハーパーを見つめました。 その戦い慣れた厳しい顔つきを見、顔の傷跡を見て、この二人がイーグルを奪ってきた当人たちであると納得がいきました。 中尉の目が泳ぐのを見て、シャープは自分が勝ったことを知りました。代償の大きい勝利でした。 たとえ空のライフルでも、軍は憲兵にライフルを向けたものに甘くはない。 「どうぞ。近くまたお会いすることになりますが」 と、アイレスはバッテンを前に押しやり手綱を引いて部下たちと共にセロリコへの道に入りました。 シャープは前途に暗雲が垂れ込めていることを感じていました。彼はバッテンに向き直りました。 「ニワトリを盗んだのか?」 「はい。でもあいつが持っていきました」 不公平だ、とでもいうような口調でした。 「あいつがお前を持っていってくれればよかったよ。お前のはらわたをつかみ出してくれればよかった」 バッテンは後ずさりしました。 「ルールは知っているな、バッテン。言ってみろ」 軍律は分厚い本になるほどでしたが、シャープはただ3つのことを兵士たちにルールとして与えていました。 単純なことで、それを破ると処罰が与えられることになっていました。 バッテンは咳払いをしました。 「よく闘うこと。許可なしに酒を飲まないこと。それから・・・」 「続けろ」 「敵から、もしくは飢えた時以外は盗むな」 「飢えていたのか?」 「いいえ」 シャープはバッテンの腹を殴りつけました。彼は泥に倒れ、うめき声を上げました。 「バッテン、このばかやろう!」 シャープは彼をそこに残し、行軍の命令を発しました。シャープを先頭に、雨の中を彼らは進み始めました。 「殴ることないのに」 と言ったバッテンをハーパーは怒鳴りつけ、これからシャープがどうなることかと考えるのでした。 いっそ、自分でバッテンを殺してやりたかった。 ノウルズが傍らで同じことを思っているだろう、ということを、ハーパーは考えていました。 「たった1羽のニワトリのせいで」 と、ノウルズは困り果てた顔つきで軍曹を見ました。 「そうですかね」 ハーパーは若い中尉を見下ろし、ハーグマンを呼びました。ハーグマンはライフル隊最年長の40代の兵士でしたが、凄腕の狙撃手でした。 「ニワトリは何羽くらいいた?」 「1ダースですかね」 ハーパーは中尉に顔を向けました。 「と、いうわけです。少なくとも16羽くらいの野生のニワトリがいたんです。20羽かな。で、それがそこで何をしていたのか、飼い主がなぜ隠しておかなかったのかは、神様だけがご存知です」 「野生のニワトリは捕まえにくいですからね」 と、ハーグマンはくすくす笑いました。 「ほかに何か、軍曹?」 ハーパーは笑って彼を見下ろしました。 「ダニエル、上官たちにモモ肉を1本ずつだ」 ハーグマンはノウルズをちらりと見ました。 「わかりました。モモ肉1本ずつですね」 ハーグマンは戻ってゆき、ノウルズは含み笑いをしました。将校にモモ肉1本ずつということは、軍曹には胸肉のおいしいところがいき、兵士たちにも肉がいきわたり、しかしバッテンには何もないということだ。 そしてシャープは? ノウルズの気持ちは沈みました。 戦争は負け、雨が降り続き、明日はリチャード・シャープ大尉に憲兵隊からのトラブルが発生する。 深刻なトラブルが。
by richard_sharpe
| 2006-08-02 11:14
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