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1811年3月、バルロッサの戦い。
第3部 戦闘 第9章 - 1 混乱でした。全くの混乱でした。全く、腹が立つほどでした。 「これは、予想されていた通りのことですね」 と、ウィリアム・ラッセル卿は冷静に言いました。 「なんということだ!」 と、サー・トーマス・グレアムは爆発しました。 「あらゆる細部にいたるまで」 と、まるで21歳の若さに似つかわしくない賢明さで、ウィリアム卿は言いました。 「実に正確に、われわれが予期したとおりです」 「なんという男だ!」 とサー・トーマスは言い、鞭で自分のブーツを打ちました。 「きみの事ではないぞ、ウィリー。あいつだ。あの男ときたら!」 「誰のことです?」 と、サー・トーマスの甥で上級補佐官のジョン・ホープ大佐が生真面目に尋ねました。 サー・トーマスは「マクベス」の一節を思い起こしましたが、あまりに腹が立ちすぎていました。その代わりに彼は馬に一鞭くれ、ラペーニャ将軍が率いる連合軍の先頭に向かいました。 それはまたしても進軍を止めたところでした。 事態はもっとシンプルであるべきはずでした。 タリファに上陸し、ジブラルタル守備隊から送られてきた英軍歩兵部隊と合流、それが予定通りに行われ、あと全軍の問題としては、北へ進軍することだけとなっていました。 簡単にいくべきはずのことでした。 たとえ大砲や荷駄があろうとも、たった50マイルの進軍でした。4日以上にはならないはずでした。 街道は北に向かっており、シエラ・デ・フェテスの下流に沿っていて、丘陵地から出さえすれば彼らは歩きやすい道を通って荒野を横切り、メディナ・シドニアにまっすぐ向かってそこで西に進路を変え、チクラーナの町を拠点とするフランス軍の包囲ラインを攻撃するはずでした。 そうなるべきだったのに、そうはなりませんでした。 スペイン軍が進軍をリードしましたが、彼らの進み具合が遅いのでした。恐ろしく遅かったのです。 サー・トーマスはしんがりを勤める英軍歩兵部隊の先頭に立っていましたが、ぼろぼろに裂けたブーツが道沿いに捨てられていることに気づきました。その壊れたブーツと一緒に、疲れきったスペイン兵が隊列から脱落して座り込み、レッド・コートやグリーン・ジャケットの兵士たちが通り過ぎていくのをただ黙って見ていました。 それにしても、裸足であれなんであれ、十分な数のスペイン兵がメディナ・シドニアにフランスの守備隊を追い立てるためにたどり着けるかどうかという以前の問題だったかもしれません。 ラペーニャ将軍は、進軍を始めたときにはサー・トーマスと同じくらいに熱意があるように見えました。 彼はヴィクトール元帥が布陣場所を決める前に北へ進み、西に向かうことをいかに急がねばならないかという重要性を理解していました。 連合軍は、フランス包囲軍後方の防備の薄い部分を嵐のように急襲することになっていました。 必要なのは、早さでした。スピードだけでした。それにつきました。 しかしそれが2日目には、ラペーニャは彼の足を痛めてしまった歩兵部隊を休ませることに決定、その代わりに翌晩、夜を徹して行軍することにしました。 それでもよかったかもしれません。スペイン人のガイドが道に迷い、全軍が星空の下をぐるぐるとさまようことになりさえしなければ。 「なんなんだ、全く!」 と、サー・トーマスは怒鳴りました。 「連中は北極星もわからないのか?」 「湿地帯があるのです、サー・トーマス」 と、スペインの連絡将校が弁護しました。 「それがなんだ!ただ道に沿って行くだけじゃないか!」 しかし道に沿っていくことはできず軍隊は迷い続け、そして停止し、兵士たちは野原に座り込んでそこで何とか眠ろうとするものもいました。 地面は湿っており、その晩は信じられないほど冷え込み、休むことができたものはわずかでした。 そしてガイドたちはあれこれ議論を続けた挙句に、ついにコルクの林の中でキャンプを張っていたジプシーたちをたたき起こし、彼らはメディナ・シドニアへの道を指し示しました。 歩兵たちは12時間に渡って行軍を続け、たった6マイル取り戻しただけで真昼になってようやく露営しました。 その間、わずかにサー・トーマス指揮下のキングス・ジャーマン・レジオン騎兵部隊たけが、フランス歩兵の偵察部隊大隊の半数を急襲、12人あまりの敵兵を殺し、その2倍ほどの捕虜をとるという成果を挙げただけでした。 ラペーニャ将軍は、十分休養をとったとしてその午後再び進軍を開始しようとしましたが、兵士たちは無駄に費やした一晩のために疲労困憊しており、さらに糧食もまだ配給されていませんでした。そこで彼は兵士たちが食事を摂るまで待つということでサー・トーマスと合意し、夜明けに出発するまで兵士たちを眠らせるべきだと決意しました。そして夜明けには、ラペーニャ将軍自身の準備ができていませんでした。 騎兵隊に捕虜にされたフランス軍将校の1人が、ヴィクトール元帥がメディナ・シドニアの守備隊を強化し、今では3000以上の兵士が駐屯していると明かしたことが原因のようでした。 「そちらに進むことはできない」 と、ラペーニャは主張しました。 彼は悲しげな感じの男で、やや猫背で、絶えず動く落ち着きのない目を持っていました。 「3000の軍ですぞ!われわれが彼らをたたいたとして、その弊害は?遅延です。サー・トーマス、遅れてしまう。ヴィクトールがわれわれを包囲する間に足止めさせようという策略だ!」 彼の両手は大げさなジェスチャーでいかに包囲されるかを描き出し、両手を大きく打ち合わせて終わりました。 「ベヘールに行くべきだ。今日、これから!」 彼は力をこめて決定しました。 「ベヘールからなら、南からチクラーニャを攻撃することができる」 確かにそれは実行可能なプランでした。 フラン人将校は、ブルールというめがねをかけた大尉でしたが、ラペーニャのワインを飲みすぎて酔っ払っているように見え、そして守備隊がベヘールにはいないことを嬉しそうに告白しました。 サー・トーマスは街道がその町から北に延びており、それは連合軍がフランス包囲軍を東から攻撃するというよりは、むしろ南からになることを知っていました。 彼はその決定に満足してはいませんでしたが、その案に一理あることも認めました。 そこで、出発時間の命令は変更され、正午過ぎに彼らは進軍を始めました。 そして今また軍隊は混乱の中にありました。 全く、腹の立つほどでした。 あるべき状態ではありませんでした。 ベヘールは荒野を横切ったところに見える白い家並の丘の上の町で、そこからガイドは軍隊を南東に導き始めました。 サー・トーマスはラペーニャのところに馬を進め、彼としては外交辞令でしたが、街に向かったほうがいいのではないかとそちらを指し示しました。長いこと考えた末にラペーニャはそれに同意し、そちらに軍を率いることにしました。そのため、隊列は逆方向に進むことになり、スペイン軍の先導隊は引き返してこなければならず、それで時間を取られて道路は混雑を極めた末にやっと軍は正しい方角を目指すことになったのですが、再び進軍はとまったのでした。 ただ、止まってしまっていました。 誰も動きませんでした。停止を説明する伝令もやってくることはありませんでした。 「全くあの男は!」 とサー・トーマスはまたしても口にし、ラペーニャ将軍を捜して馬を進めました。 彼は自分のささやかな軍を見て回るのが好きで、ちょうど最後尾にいたときに進軍は停止したのでした。 彼は自分の兵士たちがどこから派遣されたのかよく知っていましたし、その小さな軍勢のことが気に入っていました。 兵士たちは変な率いられ方をしているのを知っていましたし混乱の中にあるのもわかっていましたが、彼らは意気軒昂でした。 最後尾のカリフラワーズは、正式には第47師団第2大隊というのが正式名称でしたが、赤いジャケットに白い胸当てをしているのでそういうニックネームを与えられていました。カリフラワーズはカディス守備隊から派遣され、スウィーパーズと呼ばれるグリーンジャケットの第95連隊のうちの2大隊に続いていました。 サー・トーマスは帽子をあげて将校たちに挨拶をし、その次はカディスから出航してきたポルトガルの2連隊でした。兵士たちはサー・トーマスに笑いかけ、彼は何度も帽子を上げました。 ポルトガル軽騎兵隊もいました。気のいい連中でした。 泥で汚れた、マスケットと十字架を首から下げた従軍牧師が、いつになったらフランス人どもを殺しにいけるのかと尋ねました。 「すぐだ!」 と、サー・トーマスは約束しました。 「もうじきだ!」 ポルトガル兵の次はジブラルタル側衛隊でした。 グルースターシャー第28連隊からの2大隊と第82ランカシャー連隊、帽子につけた女神ブリタニアが聖母マリアに見えるためにホーリー・ボーイズと呼ばれているノーフォーク第9連隊。 ホーリー・ボーイズがスペインに入ってからというもの、行くところ行くところで女たちが十字を切るのでした。 ジブラルタル側衛隊の次はフォーフスと呼ばれる第87連隊で、サー・トーマスはゴー大佐に敬意を表して帽子に手を触れました。 「ヒュー、混乱しているよ。大混乱だ」 と、サー・トーマスは言いました。 「そのうちなんとかなりますよ、サー・トーマス」 「ああ、なんとかなるとも」 その前にはハンプシャー出身の第67連隊第2大隊、彼らは英国から着いたばかりでした。 いい部隊だ。 と、サー・トーマスは思いました。 彼らの前には第28連隊の別働隊がいて、彼らはダンディーズとかシルバー・テイルズとかと呼ばれていました。彼らのジャケットの後ろは長くなっていて銀の縁取りが施されているからでした。 彼らを率いるウィートリー大佐が、部下の中佐と馬を並べて進んでいました。 ダンカン少佐と彼の砲兵部隊2大隊がそれぞれ大砲5門を運んでおり、シルバー・テイルズに道を譲ろうとして待っていました。 サー・トーマスは通り過ぎながら、砲身に寄りかかって彼に眉を上げて挨拶したダンカンが、わずかに肩をすくめたことに気づきました。 「いずれ混乱も収まるよ!」 とサー・トーマスは言い、自分でもそうなるといいな、と思っていました。 砲兵隊の前には彼の副官がいました。彼は自分が指揮する部下たちが優秀であることを幸運に思っていました。 彼が指揮するのはたった2連隊でしたが、それぞれツワモノぞろいでした。 最前列にはコールドストリームと呼ばれる2中隊と、もうひとつのライフル隊の2中隊、そして第3歩兵守備隊の3中隊でした。スコッツメンです。 サー・トーマス配下の群の中では唯一のスコットランド部隊でした。彼は帽子を上げました。 スコッツメンとなら、地獄の門までぶち壊せる。と、サー・トーマスは思いました。 熱いものがこみ上げるようでした。 彼はセンチメンタルな男でした。兵士たちを愛していました。 レッドコートに袖を通すようになるまでは、彼は兵士を野蛮な盗賊どもだと思っていました。 しかし軍に入ってみて、確かに自分は正しかったことはわかりましたが、兵士を愛することも学びました。 もし自分が死ぬとしたら、愛するメアリーがいるスコットランド人の天国に行くことだろうが、コルンナで戦死したサー・ジョン・ムーアのように自分の兵士たちの中で死にたい、と彼は願っていました。 兵士の死に方は幸せだ。 と、彼は思いました。 男であれば、それがどんな恐ろしい苦痛を伴うものであっても、世界でいちばん優秀な部隊の中で死にたい。 彼は馬首を甥のほうにめぐらしました。 「ジョン、私が死んだら、お前の伯母のメアリーのところに身体を送り返してくれ」 「あなたは死にませんよ」 「バルゴワンに葬ってくれ」 と、サー・トーマスは結婚指輪に触れました。 「金はちゃんと用意してあるから」 スコッツメンを通り過ぎると、彼の軍を率いる第1歩兵守備隊でした。コール・ヒーバーズです。彼らは凍てつくロンドンの冬に、上官のために石炭(コール)を運んでいたことからそう呼ばれていました。 その先頭に立つディルクス准将がサー・トーマスにしたがっていたウィートリー大佐と合流、サー・トーマスはラペーニャ将軍がなすすべもなく呆然と馬上にいるところへとやってきたのでした。
by richard_sharpe
| 2008-10-01 19:25
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