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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第19章 指が背中の傷跡をたどりました。 「誰がやったの?」 「モリスっていう奴と、ヘイクスウェル軍曹だ」 「なぜ」 「引っ掛けられたのさ」 「殺した?」 「まだだ」 「やるつもりね?」 「そのつもりさ」 まだ夜明け前でしたが、空は灰色に明るんできていました。 日が昇ったら、テレグラフだ。 と、シャープは思いました。 でもあと5分。 彼はテレサを抱き寄せました。 「ハーディーはあんたを欲しがったんじゃないのか?」 テレサは笑って何かスペイン語で言いました。 「妬いてないよ」 とシャープは答えました。 「そうよ。でもホアキンが近くにいたから」 ホアキン・ホベリャノス。エル・カトリコ。 テレサは彼のことや父親のことを、シャープの腕の中で話して聞かせました。彼女の父は善人で、しかし弱い男だと。 「弱い?」 「強かったわ」 テレサは英語でうまく表現できないようでした。シャープは話の接ぎ穂を持ち出しました。 「で、エル・カトリコは?」 「彼は全てが欲しいのよ。父の部下と、土地と、お金と、私。彼は強いわ」 中庭を横切る靴音がしました。もう起きなければなりませんでした。 「で、あんたは?」 「私たちは闘うわ。ラモンと、私と、父と。ホアキンはその後に起こることしか考えていないのよ。平和になったときのことだけしか」 「あんたは?」 「フランス人を殺したいだけ」 「あんたならやるさ」 「やるわ」 その微笑を見ながら、シャープは彼女を手放したくないと思いました。もし彼が決心しさえすれば、彼女と幸せになれるのに。そしてジョセフィーナのときにも同じように考えたことを思い出しました。 「何がおかしいの?」 「いや」 彼が服を着るのを手伝いながら、テレサはジャケットのポケットから銀のロケットを取り出しました。 「これは何?」 「ロケットだ」 テレサはシャープを軽くぶちました。 「わかってるわよ。これは誰?」 「ジェーン・ギボンズだ」 「ジェーン・ギボンズ。誰なの?あなたを待っているの?」 「会ったこともない。一度も」 「なぜ持っているの?」 「彼女の兄貴を知っていたのさ」 「ああ」 と、テレサは友情のためだと勘違いしたようでした。 「彼は死んだのね。フランス兵にやられたの?」 「いや。俺がやった。いや、そうじゃない。軍曹がやった。俺はもうひとりをやった」 彼女は座りなおしました。シャープはカーテンを引き上げ、向かいの教会の塔を見ました。 はしごを使えば、銃撃の時に足場になるな。 と、シャープは無意識に計算していました。 「奴らは敵だったんだ。俺の友だちをひどい目にあわせた」 「女ね?」 彼はうなずきました。 「俺の女じゃないけどな」 半分は本当でした。彼が二人の中尉を殺した時には、既にジョセフィーナはハーディーを見出していたのでした。 「あなたって、お人よしね、リチャード」 と、テレサは笑い出しました。 「そうなんだ」 シャープはテレサに笑いかけ、ロケットをしまいました。 なぜまだこれを持っているのだろう。 テレサはシャープのジャケットのボタンをかけました。 「戻ってくる?」 「戻ってくる。連中があんたを守る。大丈夫だ」 彼女はライフルを手にしました。 「大丈夫よ」 シャープが階下に降りていくと、ロッソウがビールを素焼きのボトルから飲んでいました。 「お楽しみだったか?」 ノウルズはたじろぎ、ハーパーは天井を見上げていました。 「お茶はあるか」 と、シャープはいいました。 「淹れたてですよ」 ハーパーがカップをテーブル越しによこしました。 「彼女を頼むぞ」 シャープは不自然に聞こえないかどうか気にしながら口にしました。 「俺が戻るまで面倒を見てやってくれ」 兵士たちはうなずき、彼に向かって笑いかけました。シャープは胸が熱くなるようでした。 彼らといれば、彼女は無事だ。金貨も無事だ。 どんな将校が、安心して兵士たちに金貨を預けられるだろう。 でもシャープは心配などしていませんでした。それが彼の部下たちであり、軽歩兵隊の兵士たちなのでした。 「いつお戻りですか?」 「3時間後だ」 テレグラフを打つのに1時間、返事を受信するのに1時間、コックスを言いくるめるのに1時間。 「エル・カトリコがこの街にいる。気をつけろよ、ロバート。絶対に、誰も中に入れるな」 街路はまだ冷え冷えとしていました。 シャープとロッソウ、ハーパーが石段を登りきった時に、朝日が差しかけてきました。 テレグラフの場所は人影もなく、マストはくくりつけられており、シャープは海戦の時のことを思い出したりしていました。 やがてアルメイダは太陽に照らされ、城壁から点呼の声が響いてきました。 ロッソウはシャープの負傷していないほうの方に手をかけ、南を指差しました。 「見ろ!」 包囲戦の最初の気配でした。 もう待てない。 シャープは望遠鏡越しにフランス砲兵隊の姿を認めました。 ポルトガルの砲兵もそれに気づいたようで、伝令が城壁を走り出しました。 ロッソウはこぶしで胸壁を叩きました。 「撃て!何をぐずぐずしている!」 ポルトガル兵にもそれは聞こえたのかもしれませんでした。彼らは最初の一発目を発射し、それが弧を描いて飛んだ射程を測り、一応満足している様子でした。 砲身が温まれば、さらに遠くに砲撃ができる。 ポルトガル兵は続けて発射し、それが着弾して煙を上げるのを見つめていました。 「よーし!」 と、ロッソウは手を打ちました。 「5分は奴らを食い止められるな」 シャープは望遠鏡を南に向け、まだ始まっていないものの、今日は砲撃に次ぐ砲撃になるであろうことを悟りました。 東側の、コア川を越える道もフランス軍によって封鎖されていました。 始まる。 シャープはロッソウに望遠鏡を手渡しました。 「まあ、やれるだろう」 「面白くなりそうだな」 と、ロッソウは微笑しました。 若い海尉候補生が石段を上がってきました。彼は片手に本を抱え、もう一方の手でサンドイッチをつかんでいました。 「おはようございます」 と、彼はサンドイッチを口に押し込み、敬礼をしました。まだ15歳になるやならずの少年でした。 「おはよう。送信を始めるのか?」 「メッセージが届き次第です」 「それは?」 「教則本です。もうじき試験なんです。海にいるわけじゃありませんが、昇進試験なんです」 「ライフル隊に入んなよ、坊や。算数なんかしなくて済むぜ」 と、ハーパーが本を手にしながら言いました。 「中継所はどこだ?」 シャープが尋ねると、少年は北西を指差しました。 「川の向こうの教会です」 シャープは望遠鏡の照準を合わせました。 「お前、見えるのか?」 「これがありますから」 少年はトランクからシャープのものの2倍ほどもある望遠鏡を取り出しました。ロッソウは笑い出し、シャープはちょっとむっとしました。 「メッセージは?」 「チャールズ大尉がいつもお持ちになります」 大聖堂から火薬の樽を3つ運び出している兵士たちの姿を、シャープは見下ろしていました。城壁は厚く、多少の砲撃には持ちこたえると思われました。 こんなところに居合わせたくなかった。 とシャープが考えている間にも、包囲側の砲が火を噴き始めました。 「おはよう!きみがシャープだな!」 ポルトガル人将校を従えたチャールズ大尉がシャープに明るい声をかけました。 「おはよう、ジェレミー。よく眠れたか?」 「はい、大尉。これをお願いします」 候補生は望遠鏡を渡すとマストのロープをほどき、滑車で黒い袋を上げ下げしました。 「何だ、あれは?」 「朝の挨拶です。送信準備ができたことを伝えているんです」 チャールズ大尉が1枚目の紙を渡し、少年はときどきそれを見ながらロープの上に屈みこんで引っ張ったりし始めました。 シャープは候補生の肩越しに髪を覗き込みましたが、そこには数字の羅列があるだけでした。 「暗号だ」 と、チャールズ大尉が説明しました。 「なんて書いてあるんだ?」 「トップ・シークレットだ。補給のことや何かさ」 「黄金についてのメッセージは?」 「黄金?聞いていないな。今朝は3つだけだ。第68師団が昨日包囲網を突破したことと、今日使える砲弾の数と、最後はフランス砲兵隊の件だ」 「私が行ってこよう」 と、ロッソウが生真面目な表情をしました。 「きみはここにいてくれ」 ロッソウが階段を駆け下りていくと、シャープはチャールズのほうに向き直りました。 「司令部では何が起きているんだ?」 「よくわからん。あんたのところの少佐と、スペイン人の大佐と、みんな腕を振り回したりテーブルを叩いたりしていた。ああ!すごいぞ!」 彼は南を指差しました。 シャープは振り返り、望遠鏡をのぞきましたが何も見えませんでした。 「なんだ?」 「新手の砲兵隊だ。隠れている。ずるがしこい奴らだ」 姿を現すときには、既に砲撃準備が完了しているはずでした。その背後には歩兵部隊がいることも、シャープにはわかっていました。 「今のところノロノロしてるが、すぐに忙しくなるぞ」 「どれくらい持ちこたえられますか?」 と、ハーパーがチャールズに尋ねました。チャールズ大尉は鋭い目つきで見返しました。 「永久にだ!すくなくとも兵站が持つ間は大丈夫だ。大聖堂の中には火薬が何トンもあるし、ポルトガル兵は優秀だ」 シャープの視線の先に、煙が巻き起こりました。赤い炎も見えたようでした。 その後何が来るか、彼にはわかっていました。 「伏せろ!」 「何だ?」 と、チャールズがシャープを見たその瞬間、城壁は波打つように揺れました。 シャープは胸壁越しに下を見下ろしました。石が崩れ、土ぼこりが舞い上がっていました。 「たいした腕前だ」 と、ハーパーがうなりました。 反撃の砲声が響きましたが、まだ敵陣まで届きませんでした。そしてその間に、敵は再装填をしているのです。 「来るぞ」 今度はシャープの目にも、細いラインの弧を描いて飛んでくるものが見えました。 塔は再び大きく揺れ、チャールズは軍服を手で払いました。 「テレグラフを狙っているんじゃないのか?」 「そうかもしれん。ジェレミー、急げ!」 ロッソウが叫びながら石段を駆け上がってきました。彼は埃まみれで、そして笑いながら紙片を差し出しました。 「こっちを先に送れ!」 とシャープは叫びました。 チャールズは気の進まない様子でしたがあえてさえぎらず、少年がロープを上げ下げするのを見ていました。 「メッセージをキャンセルしたところです。これから送ります」 そしてもう一発、すさまじい音をたてて砲弾が彼らの頭上を飛び越えました。 「どうして遅れたんだ?」 と、シャープは苛立ちを押さえながらロッソウに尋ねました。 「政治的配慮って奴だ。スペイン人は黄金はスペインのものだと言い張って、英軍の助けはいらんという。コックスは怒り出すし、カーシーはお祈りを始めるし、おまけにあんたの友だちのスペイン人どもは剣を研ぎ始めたってわけだ。ああ!やっと終わった」 少年が飛び跳ねるように動き回り、ロープの黒い袋が忙しく上下していました。 「大尉?」 と、ハーパーは砲兵隊のほうを見ながら言いました。 「大尉!」 「伏せろ!」 24ポンド砲の弾丸が直撃しました。 少年はロープをつかんだまま空中で回転し、叫び声を上げ、そしてそれは急に途絶えました。 彼の頭だけが残っていました。 吹き飛ばされた4人の男たちはその血を浴び、チャールズはマストに激突して息絶え、その衝撃でマストは折れて倒れ、バウンドし、やがて止まりました。 「大尉、大丈夫ですか?」 と、ハーパーがまず立ち上がりました。 「ああ」 シャープの肩はずきずきと痛みました。 「坊やはどうした?」 軍曹は頭を指差しました。 「残りは城壁の向こうです。かわいそうに」 ロッソウはドイツ語で何か言いながら、左足だけでなんとか立ち上がりました。 「怪我したのか?」 「かすり傷だ」 ロッソウは候補生の頭に目をやり、そしてチャールズの傍らに膝をつくと脈を取りました。 「死んでいる。気の毒に」 「たった4発で命中です。なんて腕前だ」 というハーパーの声には尊敬が込められていました。 「ここから出なければ」 とロッソウが言い、シャープは 「コックスに掛け合って、この町から出なくちゃならん」 と答えました。 「ヤー。簡単なことじゃないぞ」 「テレグラフの予備はあるんでしょうね?」 と、ハーパーは残骸を蹴りながら言いました。シャープは肩をすくめました。 「どうかな。それに誰が送るんだ?」 砲撃はまだ続くはずでした。今日だけでなく、フランス軍が目的を達成するまで。 「行くぞ。コックスに会ってこよう」 「望み薄という感じだな」 シャープは振り返りました。彼は笑っていました。 「出て行って見せるさ。なんとしてでもここから出て行く」
by richard_sharpe
| 2006-11-03 20:08
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