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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第16章 水筒の水はにごり、食糧もつきかけ、足元は滑り、夜明け前の寒い時間、兵士たちは丘の斜面を暗い谷間に向かって降りていきました。 カーシーは剣の鞘を岩に当てて音をたてながら、シャープに追いつこうとしていました。 「アルメイダだ。シャープ、それしかない!」 「アルメイダなんか」 と、シャープは足を止めて少佐を見下ろしました。 カーシーは日暮れに合流し、テレサが傷ついていないのを見たのでした。 彼女はスペイン語でカーシーに話し続け、彼は混乱したようでしたが、やがて不機嫌に黙り込みました。 そして夜風が草を渡る中、歩哨があたりを見回すのを眺めながら、シャープを南に向かわせようとかき口説くのでした。 そして夜が明けようとしている今、彼は話題の矛先を変えました。 「シャープ、きみは知らないだろうが、フランス軍がコア川を封鎖しようとしている。南にしか進めない」 「フランス軍なんか!」 シャープは足を滑らせ、尖った石の上に尻餅をつきました。 アルメイダに行くつもりはありませんでした。フランス軍が包囲し、攻め落とそうとしているのです。彼は西に向かい、コア川を渡り、将軍に黄金を届けるつもりでした。 谷に降り、足元は歩きやすくなりましたが、シャープは兵士たちに静かに歩くようにささやきました。 何も聞こえず、見えませんでした。 彼の直感はパルティザンが去ったことを告げていました。ハーパー軍曹がやって来ました。 「連中はいなくなりましたね」 「どこかにいるさ」 「ここじゃないですがね」 では、なぜ彼らはいなくなったのだろう? エル・カトリコが黄金をあきらめるはずもなく、モレーノもまた娘を傷つけた男を罰する機会を逸するわけもありませんでした。 それではなぜ谷はがら空きで静かなのだろう? 彼はライフルを構えながら、襲撃の可能性を思い描いてみました。斜面には、1000人もの兵士が隠れられると思われました。 彼は斜面の裾に立ち止まり、聞き耳を立てました。 兵士たちの息遣いだけでした。彼はカーシーに尋ねました。 「この丘の向こうは?」 「夏の羊牧場だ。騎兵がうようよしている。北は村がある。そして南にはアルメイダに向かう道だ」 シャープは敵が身近にいることを直感していました。 フランス軍か、エル・カトリコか。 兵士たちも緊張し始めていました。静かさと、シャープの警戒心が彼らの怖れを煽ったのです。 シャープは立ち上がりました。 「ライフル隊!攻撃態勢!中尉、歩兵隊を率いて前進!」 ライフル隊員たちはそれぞれペアを組み、散開しました。彼らは将校の命令なく、自分たちの判断で、ペアになったもの同士援護しあいながら攻撃するように訓練を受けているのでした。 ライフル隊員たちの後方50ヤードのところを、歩兵隊が丘を登っていきました。 テレサはノウルズの傍らにとどまり、ライフル隊の様子を見つめていました。 彼女はシャープのコートをはおって白いドレスを隠し、兵士たちの中に紛れ込んでいました。彼女はシャープよりもさらに強く、敵の気配を感じていました。 彼らの背後に日が昇り、シャープはライフル隊の先頭で太陽が丘の縁を照らし、谷間を染め上げていくのを見ていました。 彼は兵士たちを座らせ、斜面を見下ろすとノウルズに手を振り、ハーパーにうなずきました。 フランス遊撃隊の歩兵たちでした。 「赤い肩章の奴が見えるか」 ハーパーはシャープの肩越しに見てうなずきました。 「歩兵がいるってことは・・・」 「騎兵もいるってことさ。連中はこっちを昨日見つけたんだろう。丸出しでがけっぷちを歩いていた時だ」 ハーパーは伸び上がり、敵を見下ろしました。 「いよいよちゃんとした戦闘ですね」 と、彼は穏やかに言いました。 「こっちが場所を選べるんならな。左へ行くぞ」 左、つまり南側は身を隠しやすい場所でしたが、絶望的に明確なのは、敵の数が圧倒的に多いということでした。 歩兵たちを南に向かわせ、シャープとハーパーはライフル隊員と共にその上側にいました。 カーシーが登ってきました。 「どうするつもりだ、シャープ」 「ここから出なければ」 「どうやって?」 「さあ。少佐、俺にはわかりません」 「だから言ったはずだ!イーグルはそれはけっこうなことだ。だがここは敵地だ。万事違うんだ。エル・カトリコは捕まらん男だ。フランス軍の臭いがすると、姿を消すのだ。われわれはその間、アヒルみたいに座っていたのだ!」 「まったくです」 シャープは議論はよそう、と思っていました。そしてカーシーに顔を向けました。 「で、エル・カトリコはどこに?奴は黄金をあきらめることはないでしょう。違いますか?フランス軍がわれわれを襲ったあと、彼らはフランスを襲う。そうでしょう?」 「彼の望みはそれだけだな」 ライフル隊員のタングが、そのとき振り返りました。 「大尉!」 そしてそれが彼の最後の叫びになりました。 銃声が響き、タングはもんどりうって倒れました。 シャープは彼にかけ寄り、ハーパーはタングを狙った銃口を探しました。 「アイザイア!」 シャープは膝をついてタングの頭を持ち上げました。重く、その目に光はありませんでした。 彼が叫んだその瞬間、肋骨の間を弾丸が貫いたのでした。 弾丸がシャープをわずかにそれました。 ハーパーが狙撃手に銃口を向けたことが、その注意を逸らせたのでした。ハーパーの銃弾が叫ぶ暇もなく彼を倒しました。 シャープはタングのライフルを手にし、走りだしました。 敵の一群は足並みを乱し、シャープの銃弾がその一人を倒しました。 タングのパートナーのパリー・ジェンキンスは、タングの身体に覆いかぶさるようにして水筒とポーチをはずしながら泣いていました。 シャープは彼にタングのライフルを渡しました。 シャープの背嚢に銃弾が撥ね返り、敵が高所に回ったことがわかりました。 「ちゃんと装備をはずしたか?」 「すみません、大尉。申し訳ありません」 「お前のせいじゃない。行くぞ、パリー」 彼らは坂を駆け下り、その頭上を弾丸がかすめていきました。 タングの遺体は置いて行くしかなく、またスペインでのライフル隊員の犠牲者が出たのでした。 それともここはポルトガルだろうか。 シャープにはわかりませんでした。彼は、タングがかつて教師をしていたミッドランドの学校のことを考えたりしていました。 ノウルズが背後を指差し、シャープはフランス軍の襲撃隊が向かってきているのを知りました。 「ライフル隊!銃剣装着!」 フランス軍は一瞬ひるみ、シャープは無意識にかすめていった弾丸の数を数えながら、どれくらいの時間が稼げるかを考えました。 「中尉!俺たちの後から来い」 10分はある。どこか守備できる場所を探さなければ。 「前進!」 二人一組のライフル隊員たちはお互いに援護し合いながら進みました。 フランス軍の前方の兵士の何人かは逃げ、何人かがライフルの銃弾にあたって倒れました。 シャープは敵を頭上に見上げながら走り続けました。 フランス軍は向かってくる兵士たちを見て、パニックを起こしかけているようでした。 ハーパー軍曹が一人倒し、続けてシャープもまた剣を敵兵に突き立て、引き抜きました。 「みんな、登って来い!行くぞ!」 それはフランス軍が予期しなかった攻撃でした。彼らは後退をはじめ、シャープたちは突撃を続けました。 尾根に差し掛かり、緩やかな坂を見下ろすと、フランス軍の師団が整列して埋め尽くしていました。 彼らも英軍の出現を予期しておらず、すぐそばに現れた敵に対して発砲もしてきませんでした。 西に逃げ道はなく、北は歩兵の攻撃隊が追ってきており、南と東には騎兵がいる。 シャープは兵士たちを屈ませると、ノウルズに指示を出しました。 「100ペース下方で陣を組め。ライフル隊!彼らを援護しろ!」 闘うしかありませんでした。 敵はこちらに向かってきていました。彼らの射程に入る前に、ライフル隊は発砲を開始しました。 シャープもまた、一兵卒のように射撃を続け、次々と押し寄せる敵に狙いを定めていました。 煙を避けつつテレサのほうを見ると、彼女はタングのライフルを手に、頬を火薬で黒く染めてフランス兵に向けて射撃を続けていました。 そしてフランス軍の第2波が押し寄せてきました。 ライフル隊は敵をぎりぎりまで引き寄せ、フランス軍が雄叫びを上げて攻めかかってくるのを待ちました。 「撃て!」 ライフル隊員は寡勢でしたが、その射撃は効果的でした。 フランス軍は前列の味方の兵の死体に阻まれ、ライフル隊員たちに再装填の猶予を与えました。 ライフル隊員たちは後退しながら迫ってくる敵に発砲し、そして開けた場所へと移動していきました。 ここでは死ねない。騎兵さえ来なければ、なんとかなる。 軽歩兵隊も坂を下りながら発砲し、走り、再装填し、また発砲するということを繰り返していました。 そして谷から尾根を見上げ、シャープは新手のフランス兵たちの軍服が真新しいのを見て取りました。 ナポレオンがスペインでの決着をつけるために全軍を投入している。 シャープは彼らの中に指揮官を見つけだそうとしました。 ほんの20分前は無人の荒野を行くような気がしていたのに、10倍もの敵に圧倒されている。 シャープの左脇を銃弾がかすめ、肉をえぐる痛みが彼を貫きました。 ライフルを持っていることができず、彼はそれでも引き鉄に指をかけたまま、変わらない歩調で後退しました。 ノウルズが谷の端で怯えたように立ち止まっているのが見えました。シャープは彼に駆け寄りました。 「谷を突っ切るぞ!」 「大尉!お怪我を!?」 「なんでもない!行くぞ!」 ライフル隊員たちに隊列を組ませ、シャープはその中に混じっているテレサに笑いかけました。 彼女の目はぎらぎらと輝き、まるで男と同じように戦うのを楽しんでいるかのようでした。 シャープは右腕を振り上げました。 「前進!」 カーシー少佐もまた戦いに興奮している様子で、剣を引き抜いていましたが、彼の笑みはシャープを見て消えました。 「撃たれたのか!」 「何でもありません。流れ弾です」 「何を言っているんだ」 カーシーはシャープの肩に触れました。その手はシャープ自身も驚くほどの血に染まりました。 「もっとひどい怪我もしたことがあります。すぐ良くなります」 しかしそれはひどく痛み、服を脱ぐ時のことを考えるとぞっとするほどでした。 「シャープ、奴らは追ってこないぞ!」 「わかっています」 「騎兵隊か?」 「おそらく。谷の真ん中でわれわれを待っているんでしょう」 「どうすれば?」 と、カーシーは尋ねました。 「わかりません。祈ってください」 カーシーは首を振りました。 「私はずっと祈ってきた。ここ数日以外は、ずっと」 まだ数日なのか、とシャープは思いました。 そしてこんなふうに、フランス軍の歩兵と騎兵の間に挟まれて終わるのか? シャープは少佐に笑いかけ、穏やかに言いました。 「祈り続けてください」 日は高く登って谷底まで差し込み、虫が飛び交い、頭上に敵を持ちながら、シャープはこの谷間を美しいと思いました。 春には天国のようになるのだろう。 振り返ると、フランス軍がゆっくりと丘を下ってきていました。 このたにのどこかに騎兵隊が潜んでいることも、彼にはわかっていました。 後ろから来るだろう。罠にかかった。 彼は馬たちが100ヤードほどの場所を歩んでいるのをイメージしました。そしてつぎの50ヤードは早駆けで、剣を振りかざす。そして20ヤードのところからは全速で駆けてくる。 パトリック・ハーパーがシャープの傍らにしゃがみこみました。 「具合はどうですか?」 と、彼はシャープの肩に目をやりました。そして嫌がるシャープの腕を上げさせ、 「これは痛みますか?」 と尋ねました。 「ばかやろう!」 「骨はやられていませんね。弾がとまっています。流れ弾ですか?」 シャープはうなずきました。直接狙われたのなら、彼の肩は砕かれているはずでした。 ハーパーはテレサのほうをチラッと見てから、シャープに視線を戻しました。 「あの娘さんにはインパクトがあるでしょうねえ」 「バカを言うんじゃない」 ハーパーはひどく心配しているのでしたが、努めてそれを見せないようにしていました。 トランペットが聞こえ、シャープの気持ちは沈みました。 槍騎兵隊だ。 「200ですかね」 と、ハーパーは言いました。 「そうだな」 槍で殺されるほうが、剣よりはいい。早く死ねる。 兵士たちがそういい交わしているのが聞こえました。 シャープは左右を見回し、谷の東側に後退することを選びました。 兵士たちは走り、それは絶望的な行為でしたが、とにかく走り続けました。 そして突然、その行く手に別の騎兵隊の姿が見えました。 見慣れない軍服で、サーベルを抜き、しかし槍騎兵隊のように待ち構えているというわけではないようでした。 「止まれ!四方陣形!銃剣装着!」 テレサとカーシーを真ん中にして、兵士たちは落ち着いて陣形を組み、シャープはそれを誇りに思いました。 彼の肩はひどく痛み、フランス軍は弾丸に毒を塗るという噂があったことを思い出しました。 彼はそれを信じてはいませんでしたが、何か様子がおかしいのは確かでした。周囲がぶれて見え、彼は霧を振り払うように頭を振りました。 そしてカーシーにライフルを渡しました。 「すみません、持っていられないので」 剣を引き抜き、前に突き出して、シャープは陣の先頭に進みました。 兵士たちが皆、彼に笑いかけていることに、シャープはいきなり気づきました。歓声を上げるものまでいました。 歓声を上げ、銃剣を振りかざして死ぬのも悪くない。 しかしシャープに取ってはそれは論外でした。 息をひそめ、殺すことに集中する。 前方の騎兵が徐々に近づいてきました。 青のユニフォーム、黄色いラインの入ったオーバーオール。 どこの騎兵だ? シャープは射撃命令を出そうとし、しかしその声は途切れました。 ハーパーがシャープをそっと押さえるようにしました。 「大尉、お願いですから。そのまま」 ロッソウ大尉でした。 キングス・ジャーマン・レジオン。 大尉はシャープが倒れこむのを見て、自分が遅れたことを毒づきました。 そしてシャープのことはひとまず忘れ、仕事に取りかかったのでした。
by richard_sharpe
| 2006-10-16 17:52
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