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1810年8月、アルメイダ破壊作戦。
第10章 細身の剣は目にもとまらぬ速さで動き、シャープの左にあったと思った次の瞬間には、まるで魔法のように胸元に突きつけられていました。 鋭いその切っ先は、わずかに触れているだけなのに、シャープは血が一筋流れているのを感じていました。 エル・カトリコは一歩跳び退り、敬礼から守りの姿勢に入りました。 「遅いぞ、大尉」 「剣を代えませんか」 エル・カトリコはシャープの剣を取ると、バランスを測り、空を切ってみせました。 「肉切り包丁だな」 エル・カトリコの剣は針のように細く、バランスもいいものでしたが、シャープは彼の攻撃から身をかわすことはできませんでした。 パルティザンの首領はシャープをなぶり、喉元からほんの半インチのところで刃を止めました。 「きみは剣士ではないな」 「俺は兵士なんでね」 エル・カトリコは微笑むと皮一枚のところをかすめて剣を戻しました。 「ではきみの軍隊に戻りたまえ。船に乗り遅れるぞ。英軍は帰国しようとしている。大尉、戦争を我々の手に残して」 「じゃあ、よく面倒を見て置いてください。また戻ってきますよ」 シャープはエル・カトリコの高笑いを背に門に向かいました。 ノウルズによる銃撃のあとが生々しく残るモレーノ邸の中庭でした。 セザール・モレーノが門を入ってきて立ち止まり、シャープに笑いかけ、エル・カトリコに向かって片手を挙げました。 「大尉、きみの部下たちの用意はできたようだ」 モレーノは品のある男でしたが、力強さや勇気は妻の死と共に仕舞いこまれ、彼は愛娘を強大な力を持つエル・カトリコにゆだねたようでした。 灰色の頭髪と口髭を持つ彼は、シャープに通りの方を示しました。 「同道しよう」 村人たちの埋葬で丸一日かかり、その間にローデンも死に、彼の葬送が今始まろうとしているのでした。 「私の子どもたちだが」 と、モレーノは口を開きました。救ったことへの礼ならもう何度も繰り返されていましたが、彼はまた説明せずにはいられないのでした。 「ラモンは病気で、さほど重いものではないのだが、旅には耐えられない。それでテレサが残って面倒を見ていたのだ」 「フランス軍の襲撃は突然だったのですか?」 エル・カトリコが割って入りました。 「突然だった。我々の予想を越えていた。彼らが丘陵地を探索していたのは知っていたのだが。マッセーナは心配なのだ」 「心配?」 モレーノが言葉を継ぎました。 「補給線が、南へ向かっている。我々がどうするかわかるかね?アルメイダを守るために、明日補給線を叩く」 シウダード・ロドリゴでと同様、英軍があてにならないために、エル・カトリコは部下たちを危険にさらそうとしているのでした。 彼は魅力的な微笑を浮かべてシャープを見ました。 「きみも来てくれるだろうな?きみたちのライフルは役に立ちそうだ」 シャープも笑みを返しました。 「軍に合流しなければならないんでね。おっしゃったでしょう?船に乗り遅れる」 「何もせずに帰るのか。悲しいことだ」 ゲリラの一団が、彼らが通り過ぎるのを黙って見つめていました。それぞれが、男も女も、マスケットと銃剣を装備し、ナイフをベルトに何本も差し、長剣を帯していました。馬も立派で、鞍をつけたそれらを、シャープは羨望の眼差しで見つめました。 「彼らはフランス人への憎しみのために、馬を進める。人民が我々を支えてくれるのだよ、大尉」 と、エル・カトリコは言いました。 それと英軍の銃とね。 と、シャープは思いましたが、何も言いませんでした。 「大尉、申し訳ない。きみの部下を我々の墓地に埋葬することはできんのだ」 モレーノは彼らを墓地の外に伴いました。 プロテスタントの魂は、カトリック信者の魂を地獄に引きずり込む。 スペイン人はそう信じているのでした。 カーシーが墓の前に立ち、ハーパーにうなずきました。ハーパーの号令で全員が帽子を取り、カーシーの祈りが始まりました。 で、黄金は? と、シャープは考えていました。 フランス軍が持ち去ったようではあるが、残虐に村人を殺し、金貨を奪い、その後で注意深く納骨堂の石を戻しておくだろうか。 シャープはハーパーに目を向けました。 軍曹は空を見上げ、鳥を見ているようでしたが、彼の視線がちらりとシャープに向けられ、一瞬で逸れました。 その表情に、何か気づいたことがあるということを、シャープは認めました。 「アーメン!敬礼!」 カーシーの声に我に帰り、シャープ、ハーパーと号令が飛んで葬礼の空砲が響きました。 シャープは戦死した兵士たちを葬儀無しで葬ろうとしていたのですが、カーシーが難色を示し、シャープも少佐が正しいというように思ったのでした。 兵士たちが軍に戻ることについて静かに話している声が、シャープの耳にも届いていました。皆、戻りたがっていました。 カーシーが聖書を手にシャープの傍らにやってきました。 「きみはよくやってくれた。この辺境の地まではるばるやってきて、よくやってくれた。何も手にすることなく戻らせるのは心苦しいが、きみの努力は無駄ではなかった。我々はスペインの人々に、彼らとその将来を気にかけていること、きみたちの熱意と行動を示すことができた。それは忘れられることはないだろう」 エル・カトリコが拍手をしました。カーシーはさらに続けました。 「明日ポルトガルに向けて出発したまえ。エル・カトリコがエスコートしてくれる。私はここに残り、戦闘を続ける。また会えると願っている」 シャープはまっすぐに前を見て、怒りを押し殺していました。 つぎはエル・カトリコの主催する葬儀にシャープたち将校が連なる番でした。 テレサは黒いドレスを着て、いつものようにシャープなど見たこともないといったような視線を向けてきていました。 エル・カトリコは脇に剣をはさんで立ち、テレサのシャープに向けた視線に気づいて薄笑いを浮かべました。彼は、テレサに対するシャープの思いを知っているようでした。 シャープは岩場を駆けていた陰影の濃い裸身を思い浮かべ、それは黄金と同様にあきらめなければならないものだと自分に言い聞かせていました。 ハーパーが十字を切り、帽子を取りました。 ラモンがシャープに笑いかけました。 「明日行くんだね?」 「そうだ」 「悲しいな」 たった一人、カーサテハーダで親しみを見せてくれるのが彼でした。彼はシャープのライフルを指差しました。 「それが好きだ」 シャープはニヤッと笑い、ライフルを彼に持たせました。 「一緒に来いよ。ライフルマンになれるぞ」 エル・カトリコがひとしきり笑い、咳払いをしました。 「大尉、悲しいことだ。多くのものが命を落とした。多くの新しい墓を設けなければならなかった」 シャープは小さな墓地を見渡しました。 何かがおかしい。何か見落としている。 フランス軍は墓を暴いていったのでした。それは今では埋め戻されていました。 もし連中が黄金の事を聞いていたら、ここをこんなに荒らしただろうか? ハーパー軍曹がさりげなく近づいてきました。 「全部が荒らされたわけじゃないですね」 エル・カトリコは彼に微笑を向けました。ハーパーが指差している墓は、まだ新しいものでした。 「全部ではない。時間がなかったのだろう。6日前に葬った、私の従者の墓だ。いい男だった」 カチリと音がして、皆がラモンを振り返りました。彼はライフルをいじっていました。そして、シャープの手にそれを返しました。 「いつか一つくれるね?」 「いつかやるよ。戻って来た時に」 「戻ってくる?」 シャープは声高に笑いました。 「戻るさ。フランス人どもをパリまで追い立てなくちゃならないからな」 彼はライフルを担ぎ上げ、エル・カトリコから離れて歩き出しましたが、振り返ると彼はシャープについてきていました。 「大尉、戦争に敗れたとは思っていないのか?」 シャープは肩をすくめました。 「まだ負けていない」 「間違いだ。大尉、きみたちは負けたのだ。今では奇跡だけが、英国を守る」 その声はあざけりを隠していませんでした。シャープも同じ調子で言い返しました。 「我々は同じクリスチャンだ。違うか?ってことは、奇跡を信じるということだ」 いきなり高い笑い声が響きました。 振り返った視線の先に、テレサがいました。 彼女は父親の腕をとり、隠遁所の入り口に立っていました。 笑いは突然に終わり、彼女は再び気難しい表情に戻りました。 しかし初めて、シャープには、テレサの気持ちがこの背の高いスペイン人に向いていないことがわかりました。むしろ、シャープに同意しているようでもありました。 奇跡か。そいつが始まったのかもしれないな。 と、シャープは強く感じました。
by richard_sharpe
| 2006-09-05 18:22
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